仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第60話

 1877年(明治十一年)八月二十日

 日本橋 料亭梶

 「亜米利加での労働争議は、すさまじいの一言だ」

 「鉄道先進国として、鉄道総延長が六万キロ。これは世界一周よりも長い」

 「日本も一生懸命追いあげているがそれでも今後三十年で六千キロに届くかどうか」

 「鉄道がはりめぐされた時、その過剰融資によって投資銀行が破たんすれば、鉄道従業員に巡ってくるのは賃金引き下げに次ぐ賃金引き下げ」

 「二度目の賃下げに対する労働者の答えは、賃下げ撤回まで断固として鉄道の運行をやめる」

 「ストライキによる労働者と連邦兵との間で紛争が発生し、死者数百人を出すとともに期機関車数百両、客車数千両を火災のため失うとある」

 「鉄道労働者に炭鉱労働者が合流してしまうと国が止まるね」

 「経済的損失は、日本にある金の保有量の六分の一に相当する一千万ドルか」

 「日本にまで波及しないことを願うだけだ」

 「日本における一揆が子供の出来事のように思えるほどだ。四十五日に及ぶ労働争議は、亜米利加の半分を巻き込む形になったな」

 「このときの失業率が14%か。これが危険水準だな」

 

 

 九月二十日

 熊本港

 「ついに日本にも導入した冷凍船の試験運行だ」

 「船舶の所属先は、山陽道鉄道株式会社とした」

 「処女航海は、もちろん温州みかんを南へと運んで冷凍庫の試験運用だ」

 「試験運行先は、台湾縦貫線の最前線である台南までだ」

 「北回帰線を越えることで冷凍庫の性能を点検することになっている」

 「台南では、十月の最低気温が二十二度。冷凍みかんを届けに行くには十分は高温だな」

 

 

 十月四日

 淡水港

 「さあ、日本の早生温州みかんが冷凍船で届いたぞ。線路でいけるとこまで南下せよ。そして現場の人間にも食わせてやれ」

 「ごくろうだったな。これを食えば、現場の人間もあとひと踏ん張りできるだろう。さて、これがその代金だ」

 「船長、この冷凍船、がっぽり儲かりませんか」

 「現在、競合する船がないのが大きい。この船はうまくやれば鉄道の収益どころではないぞ」

 「で、台湾からパインアップルとバナナを積みなさるんで」

 「それだけでは冷凍船の意味がない。もちろん足が早い果物も載せて一儲けをたくらむぞ」

 「船長、この暑い台湾でこれだけ冷凍みかんがさばけたんです。日本の夏にも冷凍みかんを各地の駅で販売しませんか」

 「いいな、この船はクリスマスまでにパリまで温州みかんを運ぶことが決まっているだけのはずだったが、運行に休みがないほど日程が詰まってゆく。冬季に温州みかん、夏には各地まで冷凍みかんを運ぶ役目。北と南で果物を運べば、山陰道の完成も短縮できるであろう」

 「新しい冷凍船を買おうという発想はないんで」

 「競合会社が出てくるまでは必要なかろう。それまでは果物に生糸並みの値段がついても売れるからな。わが社で二隻目の冷凍船を作るのは、どうしても荷物がさばけなくなった時だな」

 「出てくるなよ。競合船ども」

 

 

 十一月十日

 大学校

 「教授、附属病院に担ぎ込まれた患者ですがどうみてもコレラかと」

 「いいか、根拠のない流言は許すな。尊王攘夷派がこれをしれば流布の方策が二つ考えられる。一つは、だから国外との取引なぞ、我が国に未知の病原菌が入り込むだけで百害あって一利なしだと」

 「それはひどい話で。では、その方は鉄道にも乗らないので」

 「もうひとつ、関連ない所と結び付けるのが流布の流儀だ。幕府が台湾で鉄道埋設なぞをしているから現地でコレラを拾ってきたのだと」

 「それは、立派な幕政批判ですね。台湾で働いた面々は、コレラにかかりますと日本に上陸する前に症状が現れるのですが」

 「とりあえず、幕府には二人目の患者が担ぎ込まれた地点で避病院の設置を要望してみる。まだこの病原菌に対する処方箋が見つかっていない。とにかく患者の拡散を徹底的に絞り込むぞ。このときだけは人の移動を制限する関所の復活がしたいくらいだ」

 「了解しました」

 

 

 

 1878年(明治十二年)一月三日

 上田駅

 「上田発岐阜行き一番列車、発車いたします」

 「中山道沿いにある信州上田藩は、鉄道泣かせの土地柄だな」

 「このまま中山道を日本橋まで延長できればどんなにいいか」

 「機関車が立ち往生する路線をつくるわけにはいかん。それよりも直江津までの伸延は前倒ししないのか」

 「平地なら前倒しをしたかったね。直江津から南下すると勾配が1/40の区間が十六キロで、途中の関山ではスイッチバッグが必要」

 「つまり信州区間であれば伸延してもよいが信越の国境を工事するには時間が足りないと」

 「高山線より距離が短い信越線は機関車泣かせであったか」

 「では、碓井峠を越えて信州上田藩の願いをこめた信州と前橋を結びますか」

 「それは、勘弁願おう。あくまで商人としての目線でいこうではないか。同区間を結ぶくらいならば、日本橋と前橋を先に結ぶ方を選ぶ」

 「会津まで残り三百三十キロ。後六年は、南紀派を繋ぐ線路延長だな」

 「その頃になると、碓井峠を越える線路を埋設できるか」

 「いや、商人の目線で先に会津から日本橋までを伸延したい」

 「相当な迂回を含んだ中山道ができそうだな」

 

 

 一月三十一日

 朝刊より

 「デンデン、デンデコ」

 昨日、各地で打ち入りがありました。佐賀藩は、田代(対馬藩飛び地)

 まで長崎線の路線延長の陳情に赴きました。対馬藩は、これに対して回答を保留しております。記者の読みでは、対馬の島に鉄道がひかれないのでは利点が少ないという考えとすでに鳥栖には鉄道が南北に走っているので急きょ線路を埋設する必要性を見受けられないという考えと鉄道は儲かるという考えの三つの派閥に分かれて藩内の意思統一は難しいと考えられます。

 津山藩は、岡山藩まで津山線の埋設の陳情に参りました。しかし、岡山藩は備中松山までの伯備線に照準を合わせていることからこの要請を断りました。来年の朝刊でもこのような打ち入りが成功のいかんにかかわらずおこなわれるものと予想されます。この討ち入りは、参加者の扮装になりきることも目的の一つであり、先人の吉良邸への打ち入りに敬意を払いたいとお思いの方々は来年も実行される可能性が高くなっております。

 

 

 二月二十日

 公示

 幕府並びに各藩が発行する通行を保障する手形の名称をこれ以降、旅券の名前で呼ぶように

  幕府

 「なあ、今まで通りの通行手形でどう駄目なんだい」

 「通行手形といえば、どうしても国内の関所を連想してしまうだろ。そこがよくない」

 「へ、それで充分でないのかい」

 「関所の数は増えているかい、それとも減ってるかい」

 「そういや、関東から一番近い関所はどこだといわれるとまいってしまうな。白川の関か」

 「今、関所の数は減る一方だ。つまり通行手形の出番は減るばかりだ。それに対して旅券は、国内のみならず海外での身分を保障することができる。つまり、世界で通じる言葉に統一したいのが幕府の方針で、国内でしか通用しない通行手形というものは決まりが悪いんだとさ」

 「関所がなくなりつつあるんなら、国内しか関係しないおいらにとっちゃ、通行手形がなくなるだけでうれしいよ」

 

 

 三月一日

 水道橋駅

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、田浦と川内駅間、岡山と福山駅間、岩沼と仙台駅間、甲府と小渕沢駅間でした。百円の収入を得るために必要な経費は、三十七円でした。今年伸延が決定済みの区間は、鹿児島本線の全通。小渕沢と塩尻駅間、高山線の高山以南五十キロ。ですので、今年の伸延が決定されていない区間は、仙台以北の区間となっております」

 「まずは、仙台以北であるが、ここは盛岡を目指して邁進するべきです。盛岡まで二年で到達するか三年で到達するかの違いであろう。ちなみに両者の区間は百八十キロだ」

 「二年だと一年で九十キロを進む必要があります。ここは三年で、今年は新田までの六十四キロが適当であろう」

 「ここは、新田までが他の区間との調整がつくであろう」

 「仙台以北は、海岸線を走らせても大きな都市がなく、鉄道の埋設にも不便な土地が多い。盛岡までの直進は前提条件であるな」

 「盛岡の次は、八戸かのう」

 「人口希薄地になりましたな。仙台以北は」

 「個人的には、炭鉱等を掘りだす北海道の方が有望かと」

 「続きまして、昨年の課題でありました硫黄の鉱山ですが、手つかずのものは北海道の道東に多くみられました。本州にある硫黄鉱山は、わが社が手を出す前に誰かの手がついており、採算性が釣りあわないものと考えます」

 「道東か、幕府のいいなりで面白くないが、一年幕府の言いつけを回避できるかどうか検討しようではないか。幸い、鹿児島線の全通が今年だ。今年いっぱいは戦略を練り上げてもいいだろう」

 「昨年の藤枝杯ですが、優勝は武蔵の国代表町火消し選抜が再び栄冠をつかみました。準優勝は、福岡藩選抜でした。以上をもちまして、昨年度の決算報告を終えます」

 

 

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