仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第61話

 1878年(明治十二年)六月一日

 日本橋証券取引所開設

 「国内にある株式会社の証券を取引する場が開設されたか」

 「銀行に鉱山、百貨店等が上場か」

 「発起人には、第一銀行監査役で東海道鉄道株式会社社長の渋沢栄一が名を連ねている」

 「当然、東海道鉄道株式会社も上場か」

 「それ目玉だろ」

 「俺は、大奥が支配する百蘭株式会社の方がお勧めだね。なんたって、世界有数の出版会社だよ。こちらは、世界的な知名度は他を寄せつけない」

 「なにはともあれ、これで上場企業の株をもっている者は株式取引所を通せばいつでも売買できるようになり資産規模が一目でわかるようになる」

 「個人で一番の資産家は、一橋家か」

 「二番手は薩摩の御隠居、斉彬公か」

 「この日を待っていた人も多いな。東海道鉄道株式会社の株券は土地を買収する際にその対価として渡されたものが多々ある。これまで売らずにいた人々はその資産価値を数倍に膨らませたな」

 「その筆頭は、名古屋藩か。日本の金はまた動くな」

 

 

 七月一日

 塩尻駅

 「塩尻発日本橋行き急行甲斐、一番列車が発車いたします」

 「これで八王子製糸工場に集まる蚕の生産地を結ぶ路線が完成か」

 「重要な輸出品ゆえ、線路埋設の上位に位置するのであるが随分完成まで待たせてしまったな」

 「その上位に位置したものはもっと重要だったということだ」

 「東海道線の難所御殿場線のう回路である身延線の埋設か」

 「国防上、下関までの路線延長は幕令つきだったな」

 「なにはともあれ、今日をもってあちこちがつながり、中央線は塩尻までの全通」

 「鹿児島線の完成で、九州は背骨ができた」

 「北は仙台以北まで延びた」

 「日本海側も富山までぬけ出すことができた」

 「日本中にある州のうち過半数は鉄道が走るようになったか」

 「残り半分か」

 「それで、藤枝杯だが全国大会にしないか。鉄道が全国に広がったということを大々的に示そうぞ」

 「しかし、それだと八十余りの代表が集うぞ」

 「ちと多いな。畿内と七道、北海道、樺太でそれぞれ各道の代表をそれぞれの州代表で予選会を開くべきか」

 「それがいいだろ、次回の決算報告で全国大会にするように議題として出してみよう」

 

 

 七月二日

 『フランダースの犬』が十三回の連載作品として毎週出版される。最終回である十三週目は九月二十四日の火曜日

 

 

 七月九日

 オテル日本橋食堂

 「レを注文する客が増えたな」

 「子供連れで来て子供がレを注文する場合が多い」

 「これは予想外のことが起きつつある。牛乳の発注は確保できそうか」

 「牛乳を加工品に回す分を牛乳にまわせば当座はしのげるかと」

 「仕方ない、料理の品目をかえて牛乳にまわす分を増やさなくては」

 「牛乳を出してくれるお店はごくわずかしかありませんからねえ」

 

 「父ちゃん、牛乳って不思議な味だね」

 「牛の乳だからどうたとえていいのかなあ。あえて言えば豆乳に近い味か」

 「ネロは、この瓶をパトラッシュに運ばせたんだね」

 「ああ、ここの乳も鉄道をつたって甲斐の国から来ているって話だ」

 「父さん、今日はありがとう。ネロの気持ちが少しわかったよ」

 

 

 九月二十日

 父危篤、至急江戸にのぼられたし

 「あなた、何はともあれ薩摩藩江戸屋敷に参りますわ」

 「お前がいそいでも仕方がないだろ。お前は確かに斉彬公の実子典姫であるが、財産は養子で薩摩藩主の忠義公にいってしまうのだぞ」

 「何をおっしゃいます。日本で二番目に金持ちである父の危篤。半歩でも先に枕元にたどり着かねば、父の残した形見が離散したらどうしますの」

 「そうだなあ、形見分けだけでもものすごいものがあるだろうな」

 「では、列車に乗って一路、品川を目指しますわ」

 「では、わしも一族じゃ、なにはともあれ江戸へ行くか」

 

 

 九月二十二日

 薩摩藩下屋敷

 「ただいま、斉彬公の実子である典姫殿とその夫である珍彦殿が江戸に駈けつけられました」

 「では、当人のお部屋に通せ」

 「父上、遅くなりました、ここに典が駆けつけました」

 「主治医から申し上げます、患者は意識がすでにございません。患者のことを思うならば、もち万が一に備えて待機してもらいたい」

 「では、復帰の見込むはもうないと」

 「後、二晩もてば上々かと」

 「わかりました、これでも父の子、覚悟はできております」

 「では、その覚悟だけいただきましょう」

 「一橋家藩主並びに東海道鉄道株式会社社長御来室」

 「これは、典姫殿、お早いおつきで」

 「そなたが経営する鉄道に乗ってみますと、二日で品川についてしもうた」

 「鹿児島線は、斉彬公がいたからこそ早期に埋設されたものです。仮定の話ですが、斉彬公がいなければ、そうですな、二十年は鹿児島まで線路が来なかったことでしょう」

 「父は、人を見る目があったということでしょう」

 「ですなあ、私が単独で薩摩藩江戸屋敷を訪れた時、話を聞いた後、ポンと五十万両を出していただけましたから。あの金がなければ、まだ、九州には線路は姿を現していなかったかも知れません」

 

 

 九月二十四日

 島津斉彬公逝去

 

 

 九月二十五日

 品川区正心寺

 薩摩藩主忠義公次女清子の視点

 「おじい様は本当に偉かったのね」

 「そうですよ、家督相続争いを未然に防ぐ意味で当主を養子にしなさいました」

 「こんなにたくさんの方々がおじい様とのお別れに訪れてくださいましたもの」

 「おじい様は薩摩藩主を隠居されたとき以降の方が、お金持ちでしたし人々との交流も多くございましたもの」

 「どうして、藩主をやめたら年貢が入ってこなくなるでしょ」

 「隠居料をそのまま、東海道鉄道株式会社に投資なさいまして、それに成功したのですよ」

 「それって、すごいの」

 「清子さまが鹿児島からのってこられた汽車がございましたでしょ。どうでした」

 「とにかく早かった。景色がぐんぐん遠ざかってゆくの」

 「あの汽車が鹿児島までたどり着くのにもしおじい様がいなければ、汽車そのものが九州になかったといわれるほどですよ」

 「では、おじい様がいたからこそ私は今日ここにいるの」

 「ですよ、清子様はおじいままの臨終に間に合うようにおじい様に品川まで呼ばれたのですよ」

 「へー、そうかあ、おじい様ならやりそうねえ。で、私がききたいのだけど、今日、泣いている人ばかりでしょ。そんなにおじい様との別れがさびしいのかな」

 「そうですねえ、特に女の方々に泣いている人が多いですねえ」

 

 

 典姫夫婦視点

 「今日、泣いているのは女の人ばかりだな」

 「そうね、おじい様は相当やり手だったのかしら」

 「日本で二番目の金持ちだったからなあ、毎年受け取る配当だけでも相当な額だ」

 「では、私に妹なり弟なりがいるといわれるので」

 「可能性としてはあり得る。もうすでに株券を渡しているかもしれないが」

 「あなたどうですね、お父様の株券は減っておりませんの」

 「それが、同株券は株式分割のせいで数度にわたって株数が増えているし、少数株主も土地代代わりに受け取った人がいて、総数の確認と株式分割の確認とそれを調べるのは、形見分けが終わってからだな」

 「では、それまでに異母兄弟が現れなければ問題ないというのね」

 「そうだな、長子相続であるから、その点は問題ない。ただ、生前に株券を渡していなければの話だが」

 「そうね、おじい様の死ぬまで生き残れたのは、実質私のみ。日本で二番目のお金持ちなら、少々お手付きがついても問題ないと思うでしょうしねえ。面倒を見れるだけの財産もあるし」

 「妻には言えないなあ。アノ最中に発作を起こしたなんて。しったら、どうなるんだろ」

 

 

 斉彬公秘書の視点

 (秘書とお仕えしていた斉彬様とも今日でお別れかあ。よかったわ、今日の泣き顔をお見せしても斉彬公をおしたいしている風にみられるから。ああ、ネロはやっぱり死んだのね、きっと最後は幸福になれると信じていたのに、こんな悲しい結末を迎えるなんて、周りの女の人もその口かしら、今日はフランダースの犬の最終回が発売された翌日、きっと昨日はたくさんの人が泣いたのね)

 

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