仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第65話
1979年(明治十三年)六月一日
萩駅
「萩発下関行き一番列車発車いたします」
「勘定方のうめき声が聞こえてきそうな気が」
「山陰線は難しいねえ。運行方が長州藩の本拠まで鉄道が埋設できなくて、なにが日本橋までの路線ですかと押し切ったね」
「いろいろ意見はあったが、萩を経由しなければ山陰線の埋設も遅くなると山陰の大名方がいろいろ騒いだという話だが」
「これを機に下関まで本城をうつせばいいのにというあくまで山陽がいいといいきる派閥も出来ていたが」
「その場合、鳥取と出雲間に路線を埋設して、後は岡山藩が伯備線を埋設するのをお待ちくださいというのもあったが」
「しかし、あくまで山陰線の全線開通なくして山陰の発展なしといいはった石見の大名家の策動がうまくいったようだな」
「おかげで幕府からはこちらから申請しないうちに『山陰道全線の埋設許可』が送られてきたよ」
「山陽道の折、幕府は埋設許可を渋って、東海道鉄道株式会社にも免許を与えたのとはえらい違いだね」
「個人的には、京の八条駅から山陰道をつないでいく方がもうかるといいたいが」
「人口はそちらが多い。ただし、日本海側に出てから線路の埋設に立ち往生する箇所が多くて不可となった」
「そりゃ、わが社が京まで路線の埋設ができていれば話はかわってくるだろうが、京に乗り入れている会社は東海道鉄道株式会社と中山道鉄道株式会社の二社がすでに乗り入れているからその話は流れた」
「後は、大藩である鳥取藩と松江藩を結べば、いい顔も出来るし友藩も出来るといいことばかりなのだが、最大勢力を占めたのは萩をないがしろにしてはいかんという本城の皆さま方とこのままでは路線埋設が最後になってしまうと危機感を強めた石見の勢力が合同して、何、下関の発展のためには山陰道を西から京までつなげてゆけばいいではないかという萩城至上主義が通ったか」
「とはいえ、山陰道を下関から京まで七百キロ。山陽道の収益を用いて埋設に励んでも十四年はかかるなあ。新規埋設はほぼなく、後は山陽道の線路改善がある程度か」
「山陰道を埋設する競合相手は現れないだろうな」
「山陽道の時と違って競合相手が現れて欲しいなあ。一人で積雪地の山陰道を開発してゆくのは骨が折れることだろう」
「要は、収益性のあがらない路線だからなあ」
「伯備線でどちらが先に松江につなげるか、岡山藩と競争するぐらいかね」
「いい勝負になりそうだが」
十月十五日
日本橋 第一銀行本店窓口
「富くじ百枚」
「俺は、五十枚」
「三十枚」
「仏蘭西がもたらした物は、富くじを統治者が母体となって発売するというもの」
「幕府が後ろにあれば、信頼性は抜群だね」
「たとえ、パナマ運河に出資する金額が足りないといわれて、出資金不足を富くじで補うためであるといえどね」
「幕府が出した金が二十万円。富くじで科せられた金は、金額に達するまで毎年開催することになったが、一千万円か」
「仏蘭西もこれが交渉術だといわれる方法をとってくるなあ。日本に求める出資金は、一千万円です。二十万円では話になりませんと最初に幕府の勘定方をあたふたさせて、どうやらそんな金は作れないというような顔ですねとこちらの思考を誘導し、ではどうでしょう、仏蘭西から一千万円の創り方を伝授いたしましょうと思惑通りに話をもってゆく」
「よく考えれば、他国の出資金状況をきくなどという状況判断ができていれば、富くじで用意できる金を四分の一まで値切ることができただろうが、その判断ができないうちに契約に持ってゆき、日本の富くじの総本山に幕府がつき、一千万円ができるまで複数年にわたって富くじを販売しつづけることにしてゆくのはさすが、多国間で交渉に慣れている国だけはあるねえ」
「幕府も十年間はやむなしと思っただろうが、この富くじの総元締めはおいしいと気づいているだろうね」
「だね、十年後、公共投資をする時が来れば、富くじの収益でできる範囲はやろうではないか、幕府の財布はその時、開けなくてすむようになるからね」
「で、一千万円ができたとして、出資に対する割合はどうなるのよ」
「一フランが0.290gの金で、一円が天保小判一枚金成分で6.381g 銀4.818gだから、一円はおよそ二十三フランに相当する」
「ということは、二億三千万フランの出資ですか」
「それって、すごいのか」
「パナマ運河会社の出資金の想定額は五十億フランだから、出資金比率で日本の負担はおよそ五分だね。全体で一千百万円が日本の持ち分だね」
「はは、日本が世界での立ち位置を把握しておかねばならないねえ」
「日本がいなくても仏蘭西だけで五十億フランを集めようとしてもできるからねえ」
「浮世絵様々だねえ。世界中から外貨を集めていなければ日本から保有する金の一割がとんでゆく事態になってしまって、物価が急騰し幕府批判が瞬間沸騰しているとこだよ」
「でもよ、パナマ運河建設で働く日本人を大々的に募集しているんだろ」
「本来の一つの浮世絵作品を買う金は、買う者が負担するんだけど、そのうち三分の一をパナマ運河株式会社で、残り三分の一を東海道鉄道株式会社が負担する作品が世に出てしまった」
「前者は、冒険をしにパナマに来ないかと誘い、後者は北海道でゴールドラッシュをまき起こさないかい、鉄道建設の合間にできるよ、そんなうたい文句で人夫を募集している」
「けどよ、この原文を知っている俺が言うのはなんだけど、この文中に出てくるゴールドラッシュは、偽物で誰かが金塊一個を川中に落としてしまって大半を拾ったのがトムで、街中繰り出して砂金掘りをしてもトムが手にした金に届かなかったんだろ」
「しかし、それは間中の話だからね。読者は、トムとベッキーとインディアンのインジャンの駆け引きを楽しむ物語だろ」
「ああ、俺は洞窟でインジャンと遭遇した際、なぜインジャンはトムを殺さなかったのかそれが謎だね」
「そこは誰もが突っ込みたいところだが、そこは読者同士で論争をするように仕向けた筆者の方針というしかないだろ」
「とにかく、この話が世の中に出たのだ、世の中の親は我が子が冒険者気取りをしなければいいのですがの一言だろうな」
十月二十日
『トムソーヤの冒険』を十三回の作品として浮世絵化
十一月一日
松山駅
「松山高松行き、急行石鎚一番列車が発車いたします」
「なにはともあれ、一切配当をしていないが南海鉄道株式会社は、松山と高松を結ぶことができた」
「全長二百キロメートルの路線長が完成しました」
「しかし、このまま無配当でなすべきことは、予讃線に続いて高徳線の埋設か」
「埋設距離にして七十五キロですねえ」
「松山と多度津間の埋設を達成した我々です。なせばなるでしょう」
「救いは、予讃線に比べて直線が多く、線路の埋設に適していることだな」
「当分の間、徳島と松山を直結する特急の新設に全力ですね」
「その後、最難関の土讃線か。こちらは四国山脈越え、できれば回避したいものだ」
「そうですねえ、それを回避するのでしたら、松山から宇和島まで路線を伸長した後、予土線で高知を目指す方法があります。四万十川沿いですから、それほど勾配は悪くありません」
「路線長の比較は?」
「松山から宇和島経由で高知までの埋設ですと、二百五十キロ、現在わが社は琴平まで路線をひいていますので、琴平から高知までの埋設距離は、百二十キロとなっております」
「難しい選択だね。四国山脈越えであれば勾配が1/30など、かなりきつい。これは蒸気機関車としてほぼ限界までの能力を要求するものだ。松山と宇和島間は乗客が見込めるので、人口希薄地は、宇和島と高知間の百五十キロ。建設費では予土線に軍配が上がるか」
「そういうと土佐の人間は怒るかもしれませんので、四国一周お遍路の旅として、四国一周の路線としますか」
「ふーむ、お遍路の皆さまへ配慮したといえば、土佐の人間も怒るに怒れないなあ」
「悪くはない」
十二月十一日
鹿島鉄鋼所
「鉄鋼所を立ち上げたと思ったら、舞い込んできた仕事は缶詰の缶を作ってくれという仕事か」
「日本の缶詰の始まりは、石狩市での鮭缶が本格的な創業者第一号だ」
「しかし、鮭缶は主に輸出されているばかりで日本人が購入できるほど安くはない」
「国内向けは、国境で駐屯している国境警備隊に送られる軍需物資だな」
「それも何も缶づめに使われている缶その物を輸入していては原価が下がるはずはない」
「今のところ、鮭缶一つを購入するために米が四升買える。鮭缶一つの代金があれば、一人が一カ月飯を食えるぞ」
「で、それではいかん。みかんの缶詰を輸出するのにそんな高価な缶の輸入をしては採算が合わないということでぜひ缶を国産化してくれと幕府からもみかん生産農家からも要請されている」
「みかんを冷凍にしても保管場所である冷凍庫を作り上げるために多額の投資が必要だ」
「それよりも秋に収穫したみかんを缶づめにできれば通年でみかんを輸出できるとそろばんをはじいた」
「早くもそんなみかんを使って、仏蘭西ではそれをパンにはさんで皆さんにお出ししましょうとメニューが出来上がりつつあるようだ」
「なあ、あんパンにみかんを入れたらおいしいのか」
「どうだろ、餡とみかんの相性はどうも食感が悪くてお勧めできないのだが」
「一度、日本橋のオテルにいってパンにみかんを挟んでうまい料理を作ってもらおうぜ。みかん缶をつくるためにやる気を起こさせる料理を御所望しようや」
「そうしようぜ、料理人ならうまいみかん料理を出してくれるだろ」
「おお、きっと我々の想像の絶するものになるに違いない」
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