仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第66話

 1880年(明治十四年)一月三日

 直江津駅

 「直江津発上田行き急行一番列車が発車いたします」

 「日本海側に進出できたか」

 「日本海側にある唯一の外国との窓口である新潟まで残り百四十キロ。二年後にはここと太平洋側を結んで貨物で儲けさせてもらいまっせ」

 「此度の伸延は七十キロに抑えたのも山がちだったせいもあるが、二年後に開通する路線が平坦地であるから、距離を稼ぎやすいのも理由だな」

 「1/40の勾配が四か所。それ以外にもスイッチバックの駅が関山だ。川中島を信玄が取って、謙信が取れなかったのも道理だよ。川中島まで越後勢が出向くのは、たとえ鉄道を使っても、甲府と新潟からでは進軍速度が相当違うな」

 「長野にある川中島まで新潟からでは直江津経由で二百キロ。甲府から川中島まで百五十キロ」

 「たった五十キロに思えるが、進軍に要する時間は鉄道を使っても二倍の差が出るだろう。特にスイッチバックまで必要な信越国境での難儀はそれに拍車をかけるだろう」

 「二万の兵を輸送する場合、さらに時間差が広がるだろうな」

 「両者の武に差がなければ、経済性で勝負がつきやすい。なにはともあれ、平坦地を埋設する気楽さ。しばらくはこの気分でいきたいね」

 

 

 一月三十日

 朝刊より

 「佐賀藩の熱意、ついに対馬藩を動かす」

 「デンデン、デンデコ」

 佐賀藩は複数年にわたる交渉により、対馬藩と合同で長崎線の埋設にこぎつけた。詳細は、鳥栖と佐賀駅間六十キロを双方が半分ずつを請け負い埋設する。とともに、これだけでは佐賀駅が終着駅となってしまい、十分な経済効果を得られないものとして、東海道鉄道株式会社に佐賀と長崎駅間の建設を請け負ってもらうことにした。これにより九州では、中津藩を除き、十万石以上の大名間で鉄道は埋設される見通しとなった。なお、十五万石以上の大名家で今だ鉄道に縁がないものを列挙してゆくと、

 越前藩

 鳥取藩

 会津藩

 徳島藩

 土佐藩

 久保田藩

 松江藩

 鶴岡藩

 郡山藩

 米沢藩

 と、九州は全てがなくなっており、鉄道先進地といってよいであろう。なお、鉄道に縁がない地域は、日本海側にほとんどがある。

 

 福井城大広間

 「今朝の新聞を読む限り、我が藩よりも大藩であった佐賀藩がついに鉄道埋設に動いた。さて、諸君らにはこれに対する対策を出していただきたい」

 「私は、ここ福井にも鉄道をひくべきです。鉄道ができれば、売上税が多いに増え、経済効果は期待以上のものがあります」

 「ふむ、これに対する反対意見はあるか」

 「ないようであるので、福井藩も佐賀藩と同じように鉄道埋設に推進するものとする。では、どう路線を引っ張ってくるべきか」

 「自前は厳しくございます。佐賀藩も対馬藩を口説き落としたのですから、我が藩も隣接する藩と合同で鉄道を敷くべきです」

 「それはそうであろうな、越前藩より石高が小さい鳥取藩や会津藩はそのうち、日本三大鉄道会社によって鉄道が埋設される予定地であるが、我が藩にはその予定が入っておらぬ。我が藩より動くしかあるまい」

 「はい、四国の南海鉄道会社のように無配当であっても四国を鉄道で結ぶことを社訓といたしております会社もございます」

 「だろうな、このまま十年を過ごせば、徳島藩と土佐藩は南海道鉄道株式会社が路線を敷いてくれるが、そのような存在は我が藩周辺にはない、いかがいたす」

 「二択でございます。畿内と結ぶか金沢と結ぶか」

 「前者であれば、福井と敦賀、米原と近江塩津間を当藩と中山道株式会社とが請け負い、近江領と越前藩を両者で分け合うのが妥当かと」

 「後者は、福井と金沢間を等分できればよいのですが、前田藩は富山と金沢間を結ぶことに全力をあげております。我々が持ちかけた場合、中間である小松まで我が藩が埋設するべきでしょう」

 「では、建設費用はどうじゃ」

 「福井からですと敦賀と近江を隔てる柳ヶ瀬トンネルが我が藩の持ち出しとなりえましょう。全長一キロ余りのトンネルを掘るために一年がかりとなりましょう」

 「ということは、米原までつなぐとなれば、二年は必要か」

 「工事費でいえば、柳ヶ瀬までの工賃は、小松までの工賃の五倍でありましょう。ただ、畿内とつなげればそれに見合うだけの見返りが得れますが」

 「やはり、水は高き所から低き所に流れるものぞ。前田藩と話をつけてまいれ。金沢と福井をつなげた後、その収益で柳ヶ瀬までの路線を埋設いたそう」

 「では、早速、家老を前田藩に派遣いたします」

 「ふむ、急がずとも好い。駄目なら中山道鉄道株式会社に話を振るだけだ。気楽にいってまいれ」

 

 

 三月一日

 水道橋駅

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、新田と水沢駅間のみでした。釧路線は、今年の五月になってようやく釧路と池田駅間を埋設できる模様です。何分、北海道で工夫を雇うのにも苦労をかけており、冬季の休業もあり工事が遅れております」

 「やむを得ないだろう。台湾で苦労していた連中からしてみれば、まだましであろうから」

 「百円の収入を得るために必要な経費は三十八円でした。今年の伸延区間ですが、盛岡までの伸延とわが社が長崎と佐賀駅間を請け負うことになりましたのでこの二路線はほぼ既定ともいえます。なお、昨年からの課題として新規路線を決める予定になっております。まずは、北海道での伸延はどこまでにいたしましょうか」

 「池田まで延ばせなかったのだ。今年は伸延を抑制して、新得までであろう」

 「妥当であろう。今年、佐賀と長崎間を請け負うとして、残りの伸延は五十キロか」

 「いや、長崎と佐賀間を一年で埋設するか、二年で埋設するかでも違う。同区間は、百キロです」

 「佐賀と鳥栖駅間が六十キロ。我々の持ち分は、二つの藩が建設する距離より長いのですなあ」

 「これは、今年の新規路線を決めてから同区間の埋設年数を決めてもよいでしょう。三年もありでしょう」

 「では、私の新規路線は、一月三十日の朝刊を意識したわけではございませんが、人口稠密地である畿内で取り残された大和に鉄道を走らせるべきだと思います。柘植から奈良、王子を経由して中之島駅までの大和路線を走らせるべきです」

 「いやいや、ぼちぼち堪忍袋が切れる前に手を差し伸べるべき相手がございます。関東で唯一残された下総に鉄道を走らせるべきです。ここを埋設しなくて水道橋駅に本社を置く意義がございません」

 「でしたら、もっとじらしてやるべきです。水戸からの伸延をすべきは宇都宮までの路線延長で、水戸を八王子に並ぶ新三都と呼ばれる土地にすべきです」

 「でしたら、私は水戸と八王子を結ぶ外環状線の路線埋設を要望いたします。水戸駅から宇都宮、小山、高崎までの路線が第一期。この後、八高線を使いますと八王子までの外環状線の半分ができたことになります。この路線は、関東平野とその背後にある山間部を繋ぐ落合を繋ぐことで関東を一周する路線を目指すことです」

 「では、八王子からの伸延は、既存の中央線ですか」

 「八王子からは、将来的に神奈川までの直通の横浜線を埋設すべきかと。将来的には、東海道線の輸送量は増大してさばけなくなる可能性があります。八王子製糸工場から生産される生糸は直通で神奈川港まで運ぶべきです」

 「では、二期工事が八王子と神奈川を結ぶとして、三期工事は日本橋から千葉、佐倉を経由して鹿島までの路線を繋ぐことで外環状線の完成ですか」

 「はい、こうしますと、鹿島で生産されました鉄鋼を神奈川まで運ぶのも容易になります」

 「また、田舎を走らせていた鹿島線を日本橋と直結できれば、沿線住民も増加いたすでしょう」

 「ですが、この最大の見どころは、南紀派である佐倉藩を関東の路線の最後にもってくることですなあ」

 「左様。新規路線が水戸から高崎まで二百十キロ。八王子から神奈川まで四十キロ。日本橋から鹿島神宮まで百十キロの最後に佐倉藩をもってこれるのです。後六年は、佐倉藩をやきもきさせれるかと」

 「では、新規路線はそれでよいかと、今年はどこまで伸延いたすのでしょうか」

 「水戸と下館間の五十キロが適当かと」

 「そうなりますと、北海道と奥州、関東で百七十キロ。長崎線は三年で完成ですなあ」

 「佐賀と久保田間を長崎線に割り振りしましょう」

 「以上をもちまして、昨年度の決算報告を終えさせていただきます」

 

 

 四月七日

 江戸城芙蓉間

 「レセップス次期パナマ運河会社社長からの書簡だと幕府から代表として勝に会計を担当してもらいたいときた」

 「理由はいかがですか」

 「此度も日本からの出資をパナマ運河会社社長として歓迎いたします。つきましては、出資なさるのであれば、当然その出資金が正当に使われているのかを監査されるべきです。であるならば、スエズ運河建設の折、コンビを組みました勝殿にもう一度日本方の代表として辣腕をふるっていただきたく、会計としてパナマ運河会社の運営に携わっていただきたいとある」

 「反対する理由もございませんし、筋もとおっていますなあ」

 「出資する側として情報を得る上で勝をパナマまで派遣するしかございませんでしょう」

 「では、書簡の通りにいたします」

 

 

 

 

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