仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第67話

 1880年(明治十四年)一月二十七日

 トーマス=エジソンが白熱電球の特許を取得

 

 五月三日

 源氏物語『野分』『行幸』を浮世絵化

 

 日本橋 料亭梶

 「俺は、この玉蔓を勝手に好敵手扱いしている近江の君がいいなあ」

 「周りからはからかわれるだけだが、そんなフインキを出す登場人物がいると落ち着いて物語が進行できる」

 「自分で勝手に空回りして、そんな人物が世間では大半だけどね」

 「それよりもガス灯よりも明るい白熱電球がトーマス=エジソンの手によって特許が取得されたんだってね」

 「日本に関することといえば、白熱電球に使われる京都の竹が使われることと、ガス灯が白熱電球にとってかわられると、日本近海にまで出かけていた亜米利加等の捕鯨が廃業する方が大事かもしれない」

 「竹が輸出品目に加わって、鯨油が輸出品目から消えるか」

 「技術の進化といえばそれまでだけれど、日本を開港させた理由に一つに鯨油を求めて世界中を旅した捕鯨船によるものだとしたら、また世界の局面が変化するということだな」

 「なにはともあれ、亜米利加で起こった発明が四ヶ月後には、ここ日本で多数の者が知ることができるのは、日本も情報を制することができるということかねえ」

 

 

 六月二十日

 イスマイリア スエズ運河会社

 「ようこそ、勝殿、久しぶりだな」

 「お久しぶりです、レセップス殿。此度は、私に会計をしてもらいたいのだとか」

 「そう願いたい。で、会計は出来そうかね」

 「全て、家臣任せですよ。数字には疎くて」

 「では、その家臣に帳簿をにらんでもらいたい。今度の会社の方針は、一に節約、二に節約、土方以外の予算は極力削減だね。少しでも亜米利加という大陸を削りたいのさ」

 「私が目下、五十七歳で隠居願を出したいというところまで来ていたのですが、それはお預けのようですね」

 「何を言う、私なんか七十五歳でパナマ運河建設に駆り出されたんだよ、君なんか、若いの一言だよ。とりあえず、十年間ひたすら運河堀に邁進したいね。できるだけ会社の出血を避けてくれ」

 「では、最善を尽くしましょう」

 「これから、亜米利加にいって工夫の選考をおこなっているのを見てくるといい。それに対する感想があれば、十月にパナマで会おう」

 「次は、社長とその部下ですか」

 「そうなるかね。で君は部下をいかほど引き連れてくるつもりかい」

 「裏方で三人、土方で五十人ばかりでしょうか」

 「とすると、今回も浮世絵の新作には事欠かなくてすむようだね」

 「私が呼ばれた最大の理由はそのせいだったような気がしますが」

 「また、頼むよ。今度は、スペイン語訳と中国語訳があるといいねえ」

 

 

 七月一日

 宇都宮駅

 「宇都宮発水戸ゆき一番列車が発車いたします」

 「来年の決算報告までに、新得まで伸延のめどはついたのはほっとしたよ」

 「線路の埋設の妨げはいくつかあるが、釧路湿原も思い通りにならない箇所だよな」

 「まず、足場をつくるために土砂を入れる。よし、足場ができたと思っていると、翌日はその足場が沈んでもう一度足場作りからやり直し」

 「一度、沈んでしまうと数回沈んでしまう事態を想定しなければならない。土砂を入れて、よし、これで礫を入れられると思っても、礫が沈んで線路がぐにゃりとなれば大事な線路自体がおしゃかになってしまう」

 「釧路湿原だけですまないのが北海道の線路埋設の難点だな」

 「本州の場合、湿原があっても、人口が増えれば、湿原から水をひいて水田地帯にするか、干拓地にしてくれるからねえ」

 「北海道の場合、下流になれば泥炭地が広がっている場合が多い。富良野という川上を目指すのは悪くない」

 「それよりも、北海道で工夫の確保に苦労するのがねえ。どうにかして北海道で働きたいという意欲をわかせる物がないか」

 「酪農も少しばかり落ち着いてしまったからねえ。もう一段伸びがあれば、大地が就農者を待っている北海道に移住してくれるのだが」

 「うちも最大限努力はしよう。富良野までつなげたら、未開拓な土地を開拓できる希望者を募ろう。日本橋で朝集合したら、翌日は鉄道と蒸気船で富良野の大地にたたせよう。日本橋まで一日でいけますよ。いいものができたら日本橋の百貨店に並べてもいいし、わが社の駅で販売してもいいですよ」

 「販促が必要な土地、北海道か」

 「使えるものは、なんでも使おう。樺太麦酒で使う資材も北海道で供給できるものがあれば、販路確保したうえで北海道への移住を募ろう」

 

 

 八月一日

 シカゴ ミシガン湖湖畔

 「がんばれ、後、百歩はいけるアル」

 「後、五十歩。もう一息」

 「おお、すげー。五百歩を越えたアル」

 「次、三人がかりで荷車をひく」

 「今度は、千歩を越えたアル」

 「今までの最高記録でないアルか」

 「負けてられないアル。私が記録更新してやるアル」

 「私は、個人で千歩が目標アル」

 「お前に出来るアルか」

 「何をすかすアル。これでも大陸横断鉄道を十年にわたって掘ったツワモノアル。私にできぬことなどないアル」

 「ふふふふ、私は、七十七年の労働争議で州兵相手に大立ち回りをした文字通りの強兵アル。主に負けるわけにはいかないアル」

 「よし、では勝負アル。負けた方が今日の晩飯をもつアル」

 「よろしいアル。勝負アル」

 「これは勝殿。勝会計とお呼びすればよいのでしょうか」

 「勝で結構です。この湖畔でおこなわれている勝負というか、単なる台車を引っ張る力比べは何なんでしょうか」

 「勝殿は、ジャポンの出身でしたよね。では、中国の故事に詳しいでしょうか」

 「開国まで我が国の見本は中国でしたから、一通りのものに目は通していますが」

 「では、京劇で一番盛り上がる作品といえば何でしょうか」

 「三国志演義でしょうか」

 「それは、日本人の視点ですねえ。ここの集まっている者達は大陸横断鉄道を建設した者達が集まっています。では、彼らの主体はどこの国のものですか」

 「清ですねえ。清国で人気の京劇といえば、やはり周の建国時のものですねえ。となれば、あの荷車は、もしかして太公望と文公の出会いを取り扱ったものですか」

 「中国では、特権階級が今だにあります。その特権階級の最たるものである王がみずから一人の釣れない釣り師である太公望を軍師に迎えるために自分が乗っている馬車に太公望を乗せ、自らは馬車を馬の代わりとなって一人で二百七十五歩、周りの兵に手伝ってもらって、五百十五歩進むことができました」

 「前者の歩数がそのまま、周王朝の続いた年月である二百七十五年を示し、後者は周りからの助けを受けながら、周という時代が終わっても周という国は五百十五年の長寿を全うしました」

 「そうです、京劇で一番盛り上がる場面ですが、今回その場面をパナマ運河会社の人夫募集のために使わせていただきました」

 「ということは、三人で荷車を歩いた日数がそのまま雇用される年月になるのですか」

 「五百歩を歩けば、その日にちの分だけ五百日分の雇用を約束するというものです」

 「では、最初に一人で荷車を進めた歩数は」

 「三人前の給料で雇う日数です。いうならば、三人前の給料で五百日、一人前の給料で千日雇う契約をするというものです」

 「では、その場合、五年の年月を雇うことになるのですか」

 「そうなります。どうですか、楽しい雇用試験でないでしょうか」

 「面白い試みだとは思いますが、なぜこれほどまでに盛り上がるのでしょうか」

 「そうですねえ、やはり三人前の給料を出すとなれば誰でも盛り上がりますし、誰がどうみても平等な試験ではないでしょうか」

 「それだけではないような気がしますが」

 「もちろん名誉もあります。そのまま、成績のいいものは作業長として雇うことになるでしょう」

 「皆、ノリがいいですねえ」

 「試験はかなり工夫しましたよ。ここに集まった者たちに集合時刻まで冊子を渡し、浮世絵で書かれた京劇の一場面の盛り上がりを読んでいただきまして、興奮させました。その興奮のまま、試験会場で、荷車の進行が難しい石だらけの湖畔でひたすら荷車を進めていただきます」

 「で、気がついた時には二年とか一年とかの期間を雇用できた雇い主側とあれ、三年もパナマに派遣されることがいつの間にか決まっている中国人がいると」

 「冷静な判断ができないうちに契約を決めてしまうのも立派な戦法ですけど」

 「とりあえず、人夫の募集は順調ですか」

 「大陸横断鉄道経験者を雇用するのは、順調です」

 「しかし、ジャポンでの雇用は芳しくなかったと」

 「やはり、雇用は不況の地での募集がよいですなあ。大陸横断鉄道の建設が終了した亜米利加では人夫がどしどし集まってきていますが、浮世絵景気に沸くジャポンでの募集はイマイチで」

 「だとすれば、パナマ運河の人夫用に中国語訳の浮世絵が大活躍しそうですねえ」

 「そこはよろしくお願いします。私も楽しみにしています」

 

 

 十月一日

 パナマ運河会社社長にフェルディナン=ド=レセップが就任。パナマ運河会社が立ち上がる

 

 

 

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