仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第68話

 1880年(明治十四年)十一月一日

 パナマ

 「レセップス社長、運河建設の進捗状況はいかがでしょうか。運河を掘り始めてから一カ月が経過しましたが」

 「勝殿、難問が立ちはだかった。マラリアだよ。マラリアだけなら何とかなるかもしれないが、中南米の風土病である黄熱病。その二つに人夫の士気はあがらない、発病したものは、半数近くが復帰できない、おかげで詐病まで出てきてもホントかウソか判断しにくい、詐病だからといって解雇もままならない、一人解雇すればそれに同調して多数がやめてもらっては、工事の進捗そのものにさし障る」

 「詐病まで出ましたか、それは困りましたね」

 「スエズ運河建設の折は、こんなとき、慶喜殿がさっと現れて、効果がある浮世絵を置いていってくれるのだが、そのような気休めはないよな」

 「そうですねえ、そんな策があれば、すぐさま実行したいくらいですよ。では、台湾縦貫鉄道を建設した折に役立ったことを再現いたしますか」

 「何か良き策があるのか」

 「さあ、気休めかもしれませんが、台湾縦貫鉄道の場合、海岸線を埋設していきましたから何か役に立つでしょうか」

 「それは、地峡を横切る運河堀にどう生かせるというので」

 「海岸沿いの進むことの利点は、物資の補給が容易であったこともありますが、周囲の半分は海岸側で、視界が開けていて密林にいる場合に比べ息苦しさがなかったですねえ」

 「息苦しさねえ、では試しに運河建設予定地の両翼各百メートルを伐採するか。少しでも視界が開ければ作業効率が上がるかのう」

 「やって損はありますまい」

 

 

 1881年二月一日

 アルプスの少女ハイジが十三回に分割され浮世絵化

 日本橋 料亭梶

 「スイスの独逸語圏が大元だけど、各言語に対応させるって」

 「仏蘭西語でheidiを音読すると、ホテルがオテルのなるようにhを発言しないのが訳者にとってアイディは、ハイジでないといいはってね。ちょうどスイスは四言語に対応した国家だからと押し切った」

 「伊太利語だとどうなる?」

 「ハイジはいじらなかったけど、クララがリオになり、フランクフルトに連れてゆくのではなく、トリノで学ぶことになっている」

 「伊太利にもアルプスはあるから、伊太利語ではそうなるか、では、欧州の出荷先である仏蘭西語版では?」

 「ハイジは、独逸語のアーデルハイドの略だからアデルに、クララはフランシスになった」

 「リオも伊太利の一部分から、フランシスはそのまま仏蘭西語の女性形みたいだな」

 「そうでもしなければおさまりがつかないからね、ちなみにフランクフルトにかわってナントで学ぶことになってる」

 「仏蘭西アルプスがあるからそれでいいか」

 

 

 三月一日

 水道橋駅

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、釧路と池田駅間、水沢と盛岡駅間、水戸と下館駅間、佐賀と久保田駅間でした。ただいま、池田と新特間を工事中であります」

 「昨年より北海道での工事は幾分ましになったか」

 「百円を得るために必要な経費は、三十七円でした。長崎線は、未開通区間の中間点である諫早駅までの伸延が適当だと思います。他の区間の延長は決まっておりません」

 「釧路線は富良野までの伸延は出来ますか」

 「八十キロですか、工事場所が四か所ございますので、大幅に他の伸延の妨げとなりますが」

 「理由の一つは、北海道開拓者を富良野まで連れてゆき、その地でここなら日本橋まで翌日にはつけますよと勧誘したのだが」

 「少し説得力に欠けるのではないか。久保田と諫早間が七十キロが確定しているしなあ。私は、それよりも盛岡から二戸までの六十五キロを延長してもらいたい。日本橋との直通であれば、乗客は見込める」

 「北海道は赤字すれすれですから、それよりも水戸を発展させるために、下館と宇都宮間の四十五キロを申請いたします」

 「富良野をまでの伸延にこだわる理由その二を申し上げます。ここにいる皆さんは、『アルプスの少女ハイジ』を御存知でしょうか」

 「裸足の少女、ハイジだ」

 「スイスの天然少女、ハイジだ」

 「孫にせがまれている。日本橋で買ったらすぐにうちに帰ってきてとな。ちなみ今日はその発売日である。二月は二十八日。今日が五回目の発売日だ」

 「この作品のおかげでアルプス山脈に関する理解度が大幅に上がりました」

 「しかし、それと富良野までの伸延とどう関係するのだ」

 「アルプスの知名度が大幅に上がりましたので、日本にもアルプスの名を冠した地名があってもよいだろうという話がたちあがっております。そのなかで、赤石山脈と飛騨山脈が本州でその候補地として立候補しております。そのなか、私は大雪山山系を北海道から立候補させるべきだと他の立候補地に申し上げました」

 「なかなか、目の付け所は良い。が、私が競合相手の邁進役ならこういう。アルプスの名は、観光推進が目的だよ。大雪山山系なぞどうやって観光客を呼ぶのかねと」

 「そう、話し合いでいわれました。私は、広大な放牧地にある牛の放し飼い。これこそ、ハイジの原風景そのものだと」

 「しかし、それだけだとこう反論する。確かに牛の放し飼いは北海道ならではのものだが、観光客にどうやって見せるだね」

 「赤石山脈なら甲府駅。飛騨山脈なら高山駅がその窓口となっているがねえ」

 「ですので、私は日本アルプスに立候補するために大雪山山系の入り口である富良野までの伸延を希望いたします」

 「もう一つ聞きたい。富良野までの伸延を約束したならば、日本アルプスの候補に立候補できるのだな」

 「それは、確約できます。今年の四月のあるチーズの味比べで来年の日本アルプスを名乗る山脈を決めるのです。今年中に富良野までたどり着ければ立候補できます。もし立候補が三か所でれば、チーズで味勝負となっております」

 「つまり、立候補できチーズで最優秀を取れば日本アルプスを名乗れるのだな」

 「はい、チーズ大会は毎年開催される運びとなっております。最優秀のチーズを獲得した地区がその翌年の日本アルプスを広報できます」

 「甲府は、わが社の主要駅だから赤石山脈が日本アルプスに選ばれてもかまわないのだが、仕方がない。盛岡からの伸延は好魔までの二十キロにするか」

 「飛騨山脈が日本アルプスに選ばれても、高山はわが社の主要な駅だからそれで構わないのだが、下館からの伸延は小山までの十六キロにするか」

 「では、今年の伸延は、新特と富良野間、盛岡と好魔駅間、下館と小山駅間、久保田と諫早駅間となります」

 「皆さん、ありがとうございます」

 「以上をもちまして、昨年度の決算報告を終えます」

 

 

 四月三日

 オテル 日本橋

 「ふむ、このブルーチーズは一級品だな」

 「このモッツァレラは逸品だな」

 「私は、このカマンベールが一押しだ」

 「それでは、御来場の皆さま方、お気に入りのチーズをそれぞれの札にお書きして投票箱にお入れください」

 「それでは、来年一年日本アルプスの称号を名乗る地区を発表させていただきます。赤石山脈です。皆さま、拍手で代表者をお迎えください」

 「初代日本アルプスは、赤石山脈に輝くか。負けちゃいましたね」

 「大雪山山系もいいところまで行ったが、チーズ作りは熟年の技。この国でチーズ作りは甲府の牧場で始まった。その差が出たか」

 「来年こそ、最優秀をいただきましょう」

 「そうだな。知名度は大幅に向上したのだ。来年こそ」

 「それにしても大盛況だったね」

 「フランダースの犬が発表されて以降、牛乳文化が広く浸透したが懐疑的な者たちは一時で廃れると見限っていたのだが、牛乳文化の最高峰ともいえるチーズが話題を独占したのが今年だ」

 「ハイジが炉端でチーズを火にかざし、とろけるチーズをやってましたね」

 「もともと発酵文化とは長い付き合いの日本で、受け入れる土壌はあったのだ」

 「牛乳の需要が相当高まりそうですね」

 「勝負には負けたが、チーズを作りたい者達には大雪山のふもとは魅力的な土地に映ることだろう」

 「なんせ、早い者勝ちなところがありますしね」

 

 

 五月二日

 八王子製糸工場

 「はい、生糸を五千斤追加注文ですね」

 「生糸をいつもの二倍くれ」

 「私は、年に二回の納入を三回にしてくれ」

 「申し訳ございません。生産が追い付きそうにありません」

 「注文をさばききれません。うれしい悲鳴をあげています」

 「『故郷に錦を飾る』が文字通りの意味になったな」

 「はい、故郷に錦を飾るだけでは不十分です。敬老の精神で故郷の老人に絹でできた羽毛布団を贈りものとしなければ、周りは認めてくれません」

 「生糸の注文が殺到して、生糸産業は大賑わいだ」

 「羽毛を生み出す野鳥には少しかわいそうですが」

 「それを教えたのが、八歳の少女」

 「クララの足が治ったお祝いにその父親からなんでもいいからお礼をしたいといわれて、それならペーターのおばあさんに軽い布団を贈ってやりたいと言ったのだから」

 「クララの父親はその意気に感じて絹のカバーをした羽毛布団をおばあさんに贈った」

 「おかげで生糸の需要がさらに伸びそうだ」

 「福の神ですねえ」

 

 

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