仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第69話

 1881年(明治十五年)五月三日

 源氏物語『藤袴』『真木柱』を浮世絵化

 日本橋 料亭梶

 「このへん、当時の藤原氏が全盛時を思わせるような展開だね」

 「主人公の敵は、政敵でなく肉親である息子」

 「けれど、略奪婚が出てくるあたり、当時の風潮を色濃く残している」

 「明治の時代に、これほどまであけっぴろげな恋愛はないからねえ」

 「女が主人公を務める時代は、武士の時代になってから表に出てこないからねえ」

 「だから、売れているともいえるが」

 「売れているといえば、北海道の住居が売れ始めている。日本アルプス争奪のおかげか?」

 「交通の便が整いだし始めたことも大きい。後数年もすれば、北海道で横断鉄道が完成して、釧路と小樽を結ぶようになる」

 「明治に入ってからの北海道の町並みは、仏蘭西様式といえばいいのか。町の中心に駅があり、周辺の農地をもっている者も駅周辺に一つの町並みに集合して開拓村を形成している」

 「一時は、広い北海道だ。砺波平野のように散村形式に落ち着くと予想する者が多かったが、釧路を中心に文明に触れやすい街村を選択したか」

 「いまだに鉄道の足音もしない奥州の日本海側や九州の太平洋側に住んでいるよりは、北海道の広さと開拓精神に賭ける若者が出つつあるのだろう」

 

 

 六月三日

 パナマ

 「運河を掘る予定地の外側を百メートル、木を伐採したことで作業効率は幾分上昇したな」

 「病気等による人夫の充足率の低下も幾分持ち直しております」

 「ただし、順調に消化しているのは予算だけ。思うように運河堀が進まないねえ、勝殿、何かいい手はないか」

 「やはり、詐病対策でしょうか。ものはためしです、やってみてもよろしいでしょうか、社長」

 「改善が見られなくてもかまわないからやってみてくれ」

 

 

 六月十日

 パナマ第一病院

 「もう駄目アル。一歩も動けないアル」

 「わかりました。現場の方にはこれから復帰のめどがたたずと連絡しておきましょう」

 「悪いアル。契約が後八百日アル。ワタクシ、何蘭はその分は働くアル」

 「気持ちだけ受け取っておきましょう。では、こちらは闘病生活に役立つだろうと思われる浮世絵の新作をお渡ししておきます」

 「なになに、『アルプスの少女ハイジ』あるか、知らないアル」

 「物語は知らないほうが面白ですよ。後は、看護婦さんにお任せします」

 「申し訳ないアル」

 

 

 六月十一日

 同病院 歩行練習所

 「何蘭、もう少しだけがんばって」

 「残念アル、棒につかまっても立ち上がれないアル」

 「そんなことはないわ、きっとたてるわ、あなたは職場復帰ができる人よ」

 「無理アル。あの過酷な職場にはたてられないアル」

 「そうですか。無理はさせられないから今日は後一回付き合ってもらいましょう、これで今日の最後にしましょう」

 「では、心を解放するためにまずは両目を閉じて」

 「閉じたアル」

 「そして、私はあなたの心に働きかけるために額にひとさし指を置くわ」

 「額を突っつかれてるアル」

 「では、いくわ。何蘭、あなたは立つことができるわ」

 「無理アル」

 「では、これよりあなたの深層に働きかけます」

 「準備はいいですか」

 「いいアル」

 「何蘭、カラン、立って立つのよ、クララ、クララがたったのよ」

 「どこアル、クララはどこアル」

 「おめでとう、何蘭。あなたは歩行器の補助なしで立つことができました」

 「すごいアル。もう二度と職場にはいけないと思っていたアル」

 「では、何蘭は歩行練習気なしで立ち上がることができましたので、職場には明日から復帰できますと報告しておくわ」

 「ひどいアル。もう一度あの過酷な職場に立てと」

 「そんなことはありません。クララがいつもあなたの心の中で励ましてくれますよ」

 「ひどいアル」

 「で、何蘭さん、このことを誰かにいいますか」

 「いわないアル。道づれは一人でも多いほうがいいアル」

 「そうですか、ではそうさせていただきましょう」

 「ひどいアル。過酷な職場に一人でも多く復帰させるアル」

 「できるだけ、そうさせていただきます」

 「絶対アル」

 

 

 六月十二日

 こうして、何蘭は職場に復帰することができました

 

 

 七月一日

 小山駅

 「小山発水戸行き一番列車が発車いたします」

 「日光街道とようやく混じることができたな」

 「徳川家の鉄道だったら、このまま日光まで路線を伸ばしたいところだ」

 「気持ちはわかるけど、宇都宮までだね。この外環状線の目的は、あくまで関東平野とその背後にある山地の境にある落合を連ねてゆくもの。日光まで延ばすと骨が折れるよ」

 「日光の平坦地は標高六百メートル。この落差は、蒸気機関車にしてみればつらいものがあるよ」

 「その難易度はかなり高いね。近々、樺太で幕営鉄道が完成する模様だけど、日光まで走らせるんだったら北海道の横断鉄道を推し進めるよ」

 「そうか、無理難題か」

 「それに日光まで延ばしたのはいいけど日光街道は終着駅であって、環状線の路線をつくるのは隣接駅がない」

 「しかたない宇都宮の次は、栃木だね。最近、生糸の生産が上り調子だから、栃木産の蚕も生糸にしないと」

 「なるほど、外環状線は、蚕を八王子まで運ぶ役目も受け持つのか」

 「それもあるけど、水戸と八王子を直接やり取りしたいのも大きいね。日本橋を経由しなければ、路線が込み合うこともない」

 「最近、日本橋と品川駅間の列車運行を組むのが難しくなってきていると運行部より報告があった」

 「まてまて、複線で列車の運行が混雑しているのか」

 「東海道線の最混雑区間であり、日本橋から海外に輸出される浮世絵も神奈川に回される」

 「八王子製糸工場で生産される輸出用の生糸も八王子から日本橋を経由して神奈川に行く」

 「荷物の出入りがそれだけ多ければ、当然、人の出入りも多い。八王子と神奈川を直接結ぶ横浜線だが今の外環状線で取締役会の議題に上がらなくとも、そのうち東海道線でさばけなくなる荷物が出てくれば、誰かが東海道線のう回路として取締役会にあげてきただろう」

 「日本橋と神奈川間が混雑することへの対策は?」

 「東海道線で一部複々線化がすでにできている区間がある。それが答えかな」

 「御殿場線の入り口となる国府津と小田原間のように複々線にするのか」

 「もしくは、横浜線のような平行線を小田原と日本橋駅間で確保するか」

 「外環状線に貨物を誘導して、外環状線そのものを東海道線のう回路とするか」

 「当分の間、外環状線があれば日本橋駅周辺で混雑を解消できるのだろう」

 「できるね。外環状線に貨物を誘導できれば、日本橋駅周辺での貨物輸送は半減できる」

 「だったら、外環状線を複々線化すれば問題も解決だろ」

 「今のうちに八王子と神奈川間を複々線化するか」

 「日本橋駅周辺での線路の土地購入はかなり困難だから、それを思うと八王子と神奈川間の線路幅二十メートルをあらかじめ購入するのもいいなあ」

 「貨物輸送は、最短距離の経路が混雑すれば、時間が最短となるう回路を走らせても顧客から苦情が来ないのがいい」

 「なにはともあれ、我が国にも複線で処理できなくなるほどの列車密度が出現し始めたか」

 「今しばらくは、身延線で直接、東海からの荷物を八王子経由でさばくことにしているけどねえ」

 「身延線がある限り、熱海線の企画は通らないか」

 「取締役会にかけても時期尚早と出るだろうな。日本中に鉄道がいきわたってから、列車に使われる燃料が軽減できますのでやらせてくださいと言えるだろうな」

 「熱海線で必要な丹那トンネルの全長は八キロ。これはわが社にとっても挑戦だね」

 「我が国にあるトンネルの最長は、未着工であるが敦賀と近江の境にある柳ヶ浦トンネルの一キロ余り。これをまずは二年がかりで貫通しなければ、全長八キロのトンネルなんて人夫と請負人がしり込みするよ」

 「物事に順序があるがわが社で二キロ以上のトンネルを建設できる土地はあるか?」

 「あるよ、今すぐ着工してもいいのは、富山と直江津間にある不知火だね。子不知トンネルが一キロと六百メートルだ」

 「そこまでくると御殿場線以上の難工事だね」

 「難工事についてくるのは膨大な工事費」

 「必要がなければトンネルは作らないものだからね」

 「はは、だれかが柳ヶ浦トンネルを掘らないとわが社もトンネル技術はあがらないけど、日本全国へ鉄道を届ける方が先だよね」

 「いうなれば、最長トンネルに挑戦するには北海道を攻略してからだろう」

 「だね、未開地の攻略と難工事の双方を請け負ってしまうと、今のように二百キロ近い路線の埋設はできなくなってしまうよ」

 「難工事を請け負うと、路線の埋設は毎年五十キロに落ちるだろうね」

 「はは、それは世間に大きい顔ができないからできるだけ避けたいねえ」

 「わが社の取締役はなるべく世間の期待にこたえる方が先だよ。日本中を線路でつなぐのが先だからね」

 「難工事は、男の浪漫に封印か」

 

 

 

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