仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第70話
1881年(明治十五年)十一月七日
パナマ
「勝殿、何とか詐病対策はなったな」
「病院に送られた作業員が戻ってこなければ士気が下がる一方でしたが、復帰した者たちが以前よりやる気をみせているのをみていますと作業効率も幾分改善しております」
「では、現場はこのまま幾分予定表よりも遅れているが、これ以上は望めないか」
「やはり、熱を出して倒れた作業員のうち、三分の一は現場復帰がなりませんから現状維持が精いっぱいかと」
「それでは、現場にはこれ以上は言うまい。では、出る方は締めるしかあるまい。会計として支出の方はどうだ」
「レセップス殿、私は数字に弱くてままなりませんので部下に丸投げいたしておるのですが」
「では、そやつの評価をきいてまいろうか」
部長室
「新参の金庫番ですか、あれは会計という役目は天職のようですねえ」
「どのようなところが?」
「営業が金庫番に差し出した伝票に納得しなければ、理由をききます。理由に正当性がなければそれをつっ返します」
「それだけでは、一方的に反感を買うのではないか」
「普通はそうかも知れませんが、彼はそれを上回る技能もちですから」
「どんな技能で?」
「我々は複式簿記にされたものを日本人が理解しているのをびっくりいたしますが、彼はその複式簿記を一目見ただけで、訂正が必要な個所があれば再提出させます」
「誰かその被害者が出たのかね」
「再度計算し直してきた者に、まだ間違いがあるといいはって再度の提出を命令させました」
「どこが間違っているのか問いだした営業にここの計算が違うとやり直しを命じました」
「その営業も頭が来たのでしょう。隣の者に再計算させましたところ、確かに金庫番が指摘したところを間違っていました」
「勝殿、日本人は手品でも使うのかね」
「日本人なら理解は出来ます。この応用ですねえ。これこれ、そろばんというやつですよ」
「このじゃらじゃらしたものがその原因かね」
「我々は、読み書きそろばんといいまして、仏蘭西語にしてみればそろばんところに読み書き計算とすればいいでしょうか、そろばんというものは計算機といえますかな」
「会計殿、金庫番はそのようなものを使いませんでしたが」
「有段者になりますと、このパチパチ珠を動かすのを煩わしくなりまして、目の前に仮想のそろばんを用意いたします。いうなれば頭の中でそろばんを動かして最速の計算ができるようになるのです。足し算と引き算では金庫番は誰よりも早いことでしょう」
「勝殿、彼に金庫番を続けてもらいたいのだが、皆が納得する方法はないかね」
「では、彼にはそろばんを一日とばしで使ってもらいましょう。そろばんを使っている日もそろばんを使わない日も同じ結果が出るとなれば、彼の隣にそろばんさえあれば、使用の有無にかかわらず、営業は説明のつかない必要経費と過大な経費の提出をためらうでしょうから」
「営業の天敵がのさばるのですか」
「何、普通のことができれば問題ないのだよ。間違いのない伝票と最大の利益を追求する姿勢さえあれば」
「それが難しいのですが」
「なにはともあれ、鬼の金庫番ができたのだ。社長としてこれほど頼もしいことはない」
「なにはともあれ、金庫番が優秀ならば私としてもいうことはありません」
十一月十日
豊原
「何とか、樺太での鉄道が南北に走ったな」
「寒冷地ゆえ、予定通りにいかないことが多かったが、建設に従事した侍は内地に戻せるよ」
「精一杯、石炭の輸送で儲けさせてもらいまっせ」
「運賃収入より貨物収入で成り立つような土地柄ゆえな」
十二月五日
長崎港倉庫
「ヨーロッパとアメリカ向けに埠頭の一角に冷凍設備が立ち並ぶようになったな」
「輸出に向けるものが大半であるが、今年も冷凍みかんと缶詰用のみかんを冷凍庫の確保できるようになったな」
「そりゃ、国内であればみかんは生食用だ。ただし、年越しができる程度で、二月には生食用の温州みかんは姿を消していたが」
「それを冷凍庫に入れれるようになったから、缶詰用の加工は稼働期間が相当延びた」
「ふふふ、それだけではないぞ。冷凍みかんもこれからは進歩させることができた」
「どこがすごいのだ」
「今までは収穫した温州みかんをただ凍らせていただけであったが、研究を重ねたおかげで、急速な冷凍と水たしでみかんの表面に氷の膜を形成することができるようになった」
「今までとどう違うのだ」
「今までの冷凍みかんはスカスカのものしかできなかったが、これからは違うぞ。中身をそのまま生食用のみかんの感触そのまま食べてもらうために進歩したものを売りに出すぞ」
1882年一月三日
新潟駅
「新潟発岐阜行き急行筑摩発車いたします」
「ぬかった。二年間がこれほどの差になるとは」
「ここ二年、新潟港で荷揚げされる貨物は大きく減少してしまったな」
「新潟で通関を済ました貨物は、富山港に荷揚げされ、富山駅から日本橋までの直通貨物列車で輸送されていたものが大半であると」
「そして、新潟駅を開設した我々にされる荷主の要求は大半がこうだ。新潟で荷揚げされた貨物は、これまで通り富山に荷揚げされた荷物より先に日本橋に到着されますか」
「はいできます、(中央線経由で)日本橋に先着できます」
「新潟をでた貨物は長野を経由し塩尻駅へ」
「そこから中央線に乗り換え日本橋まで、東海道鉄道株式会社が担当する」
「富山発高山線経由で日本橋に到着する場合、高山線での東海道鉄道株式会社の権利が四分の一だから、塩尻駅から日本橋まで担当する場合と比べ、同社に入る貨物収入は大して違いはない」
「わが社の利点は、新潟港が開港していて直接荷受けできるのに対し、富山港で輸入ものを一旦新潟港で通関作業に手間取ることだ」
「その差がなければ、富山を経由する荷物が再び新潟港でさばかれるように取り返すことも難しかっただろう」
「開港しているのが日本海側には新潟港しかかないことにしみじみと感謝あるのみだ」
「ともかく平野部だ、二年後には信濃平野を踏破するぞ」
「一気に会津に到着してやる」
「その後は、奥州街道を踏破するぞ」
三月一日
水道橋駅
「昨年の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、池田と富良野間、盛岡と好魔駅間、下館と小山駅間、久保田と諫早駅間でした。百円の収入を得るために必要な経費は、四十円でした。なお、今年の伸延区間が決定しているのは、長崎線の全通です」
「長崎線が二十五キロの伸延ですので、奥州は、二戸までの六十二キロを申請いたします」
「外環状線は、栃木と宇都宮駅間の四十キロを申請いたします」
「北海道は富良野と滝川駅間、五十五キロを申請たします」
「よかろう、今年の伸延はそれらの区間でいこう」
(((しまった、もう少しよくばればよかった)))
「今年の議題ですが、私は日本のトンネル技術向上のためにトンネルを掘る必要があると思われます。わが社は、設立当時、御殿場線と熱海線の工事費比較をさせています。その際、将来的には熱海線の開通を約束いたしましたが、工事費の関係上見送られました。しかし、東海道線の輸送量は大幅に増えております。相変わらず御殿場線がその限界量を決める要因となっておりますので、その限界量を引き上げるためにも熱海線にかかる丹那トンネルは八キロと予想されています。いきなり八キロのトンネルを掘るのは、技術的に困難がよそされますので、とりあえず二キロほどついで四キロのトンネルを掘り、技術の向上をはかりたくあります。つきましては、来年までの課題としたくあります」
「「「異議なし」」」
「以上をもちまして、昨年度の決算報告を終えます」
五月三日
源氏物語『梅枝』『藤裏葉』を浮世絵化
五月二十二日
米朝修好通商条約締結
「清国が立会人となっての条約締結か」
「李氏朝鮮は、清と日本に続き亜米利加と通商を結んだのだ。この後、ヨーロッパ各国とも条約を結ばねばならないだろう」
「第一条の周旋条項がな。朝鮮の立場を端的に表している」
「周辺国家ともめた時には、亜米利加に紛争の調停を依頼できると」
「朝鮮を恫喝する国はどこを想定しているの?」
「清と露西亜、それに隣国である日本だな」
「日本は朝鮮とも間でもめるつもりはあるのか」
「今のところない。それよりも以前日本が朝鮮と結んだ条項にある準最恵国待遇を要求するのか」
「ああ、今回は見送りになる模様だ」
「一応不平等条約だが、今回は不平等性が弱い。それに清が立会人となったのだ。不平等を押し付けるのはいまいち立場がな」
「名ばかりであるが、清は日本が朝貢する国家だったな」
「次回を待つとするか。露西亜あたりに期待しよう」
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