仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第72話
1883年(明治十七年)二月一日
仏蘭西 大統領府
「本日は、阮朝で始まった戦争に関する戦略を話し合うためのものである。まずは、補佐官、現状を述べたまえ」
「昨年末、我が陸上部隊のアンリ大佐が仏蘭西商人の返還を当地で求めましたが当局との話し合いに進展はなく、大佐はそれを武力で解決する方法を選択しました。阮朝 (ベトナム)のハノイの占拠に成功いたしました。阮朝は、清軍に援軍を求め清軍はトンキン地方に進軍いたしました。さらに大佐は、太平洋天国の流れをくむ劉永福率いる黒旗軍より殺害され、部隊も散り散りとなってしまいました」
「ここまでの周辺関係と黒旗軍に関する情報をあげて欲しい」
「まずは黒旗軍ですが、当初は清軍との小競り合いを清国南部でしておりましたが太平洋天国の乱が終息したこともあり、正規の清軍に追われ阮朝に潜伏し、その勢力は数千人かと思われます。アンリ大佐を破った時には、五百名の仏蘭西軍を三千人で攻め大佐の殺害に成功しております。なお、黒旗軍は67年には阮朝国内の保勝で清軍に勝利。73年にはわが軍を撃破しております」
「では、黒旗軍は、阮朝とは友好関係にあり、清朝とは敵対関係にあるとみてよいのか」
「はい。阮朝の要請があれば我々に敵対し、友軍としてやってきた清軍とも連携が取れるものかと」
「では、周辺国家の関係をあげてくれ」
「仏蘭西はインドシナに進出するために、コーチシナを植民地化後、63年にタイと阮朝から責められていたカンボジアからの求めで同国を保護領といたしました。ついでその矛先を清国に朝貢していた阮朝に向けました。阮朝は、清に朝貢している関係上、清を兄とし自分をその弟と称しております。小中華思想というべきものでしょうか、周辺国家に対しては阮朝を一段高い位置に置きたがります。よって、周辺国家に対しては受けが悪く、版図もかなり広いのですがまとまりがなく、太平洋天国の乱で疲弊した清のようにあっちこっちで勃発する反乱に手を焼いております。このような国ですので、当初我が国を優遇していたのですが、次第に中華思想に染まり儒教を優遇するようになり、キリスト教徒の迫害に及びました。その結果、我が国は阮朝の南部と西部諸州を武力で取り上げました」
「では、阮朝自体は組みしやすい国か?」
「組みしやすいかと。清さえ落とせば阮朝のことなどどうにもなるものかと」
「では、わが軍を二度破った黒旗軍はどうだ」
「黒旗軍は良き指導者に恵まれ、手ごわい一言です。元々、57年の結成から戦場を駆け回っている軍です、さながら戦場の機微をよく知っています。落とすのなら清軍の方がやりやすいです」
「陸軍と海軍に問う。阮朝に対して勝利は出来るか?」
「「できます」」
「では、質問をかえる。両者に再び問う。阮朝と清軍並びに黒旗軍を相手に勝利できるか」
「海戦であれば勝てます」
「それは、清軍と阮朝に勝てるという意味にとってよいか」
「御意」
「陸軍はどうか」
「インドシナ駐留軍のみであれば、一勝一敗かと」
「では、戦略は決まった。海戦で清軍に勝ち、その後、阮朝の独立を認めさせる。清の手を離れた地点で阮朝と一対一の戦いを陸海軍でおこなう」
「大統領、阮朝の友軍である黒旗軍はいかがいたすので」
「向こうが攻めてこない間は攻めるな。向こうが攻めてきたときは、拠点にこもって反撃せよ。こちらが攻めることはない。海戦が終了するまで、阮朝国内に攻め込む必要はない。そうだな、黒旗軍は言い方をかえると清から追い出され後がなくなった死兵であろう。それを攻めるのは愚策よ。よって、黒旗軍にはわが軍の兵にならぬかと誘いの手を向けよ。わが軍の大佐を破ったのだ、今現在の占領地の支配を認めるとともに、劉永福にはわが軍の大佐の地位を授与すると約束せよ。なに成功せずともよい。この話を阮朝国内のみならず、北京まで広げよ。黒旗軍が清朝と阮朝から疑心暗鬼で見られさえすればよい。疑心暗鬼でみられるようになった黒旗軍がわが軍に接近してきたときは約束を守ってやれ」
「方針はわかりましたが、我が海軍の本拠はカンボジアに置いておくのでしょうか。清朝との戦いでは、兵站が延びる懸念が」
「もっともなことだ。海軍の攻めるところは二か所。台北を攻め占拠する。占領地の維持にはジャポン軍に任せて、補給を長崎でせよ。清の海軍に勝利するのが二番目の目的だ。清海軍を呼び込む戦略は海軍に任せる。我々が求めるのは、東シナ海と南シナ海での制海権を要求する」
「陸軍には、国境線の維持を当初の目的とする。制海権が覆されないところに来たところで、清国に阮朝の独立を認めさせる。阮朝単独となった地点で、阮朝を攻略せよ。できれば黒旗軍とは事を構える。向こうからわが軍に接近する方法を探れ」
「陸軍と海軍の方針は決まりましたが、同盟軍であるジャポンにはいかがいたしますか」
「台北の占領地の維持とわが軍に対する補給のみでよい。当然、清に対する宣戦布告は必要ない。清がジャポンに宣戦布告したときのみ、応戦してくれればよい。ジャポンに求めるのはこれだけだ」
「それだけでは、同盟と呼べるのでしょうか?」
「ジャポンには、勝利のあかつき後、戦争よりも困難な命題を振るゆえ、戦争終結後、その命題を明らかにする故、ジャポンはその命題を達成するよう要請すると連絡しておけ。中身は大統領のみ知っているゆえ、連絡員たる私さえ知らないと言っておけ」
「御意」
「では、清を戦争に呼び込む宣戦布告文は任せる」
「「ははっ」」
二月十五日
紫禁城
「大臣、仏蘭西の駐留大使より宣戦布告文が届きました」
「早速、朝廷に上奏せよ」
我が国の一民間人が、貴国に朝貢している阮朝で拘束の憂き目をおった。現在、彼の所在も明らかでなく、彼の引き渡しを求めたわが軍は、阮朝と勇敢に戦ったにもかかわらず敗退の憂き目をおった。ゆえに清王朝に以下の要求をいたす
一、 阮朝の独立を認めよ
二、 一の要求が通らないときは、清朝に対して宣戦布告を二月二十日付でいたす
仏蘭西大統領 ジョルジュ=オスマン
「皆のもの、いかがいたす」
「阮朝は、我が国に朝貢する数少ない国家のひとつ。かの国の独立を認めるとはかの国を見捨てるということになります。他の朝貢国が我が国からはなれますゆえ、これは認められません」
「しかし、相手はアロー戦争を戦い抜いた仏蘭西。わが軍は勝てますかな」
「目下、建造中の戦艦がこちらにないのが痛い」
「独逸に発注した戦艦二隻ですな。それは間に合いませんな」
「では、どうですか。阮朝に対する友軍を送るというのは」
「すでにそれはおこなっております」
「では、敵の敵を利用しましょう。我が国から追い出された黒旗軍に近代武器を与えましょう。我々にかわって仏蘭西と戦ってくれましょう」
「それは良い」
「では、この文章は無視すると」
二月二十一日
紫禁城
「大臣、台北が仏蘭西軍に占拠されました」
「阮朝内の戦いでなく、台湾に攻め込んだか」
「陸戦でなく海戦か」
「はい。仏蘭西軍は、台北を日本軍に任せ。海上を北進したとのことです」
「では、次なる目標は何か」
「今のところ情報はあがってきておりません」
「弱い所をついて来よったな。台北の日本人街は、台湾に住む原住民とも仲が良いときく。仏蘭西人憎しといえど日本人に銃を向けるわけにはいくまい」
「仏蘭西のみならず日本を戦争に巻き込んでしまったら、アロー戦争の二の舞にならぬか」
「このまま、台湾を放置しておけば台湾は清から離れるぞ」
「実質、清王朝の台湾に対する支配は万全でない」
「あの島には福建省の鼻つまみ者を送りこんでしまったからなあ。清に対する忠誠は期待できぬ」
「三択だな。一、台湾を見捨てる。二、海軍を仏蘭西軍にぶつける。三、陸軍で阮朝を支援する」
「三しかあるまい。阮朝との国境付近にある軍を阮王朝に送れ」
三月二十八日
紫禁城
「わが城に出入りしている商人からの情報では、仏蘭西が黒旗軍に名誉大佐の勲章を贈ったとか」
「黒旗軍の支配地がすでに所領安堵されているとか」
「清が黒旗軍に武器を渡しているのを裏で喜んでいるとか」
「そりゃ、自分の味方に武器を手渡してくれる敵はありがたいの一言だな」
「黒旗軍を清に攻め込む手引き者に仕立てているとか」
「阮朝を黒旗軍と仏蘭西軍で二分する約束が成り立っているとか」
「過去、黒旗軍と清軍との間で起こった紛争に勝利した黒旗軍をほめるだけで、仏蘭西軍に勝利した黒旗軍を不問といたしたとか」
「ええい、敵か味方か色のはっきりしない黒旗軍に対する援助は中止だ」
「では、阮朝に対する援助は清軍が担うので」
「陸軍に問う。清軍と阮朝で仏蘭西軍に陸戦で勝てるか」
「仏蘭西軍だけであれば勝てますか、黒旗軍が相手につけば勝利はおぼつかないかと」
「ええい、役に立たん連中だ。いい策はないか」
「先に黒旗軍を阮朝と連合でたたけば仏蘭西に勝利できます」
「よろしい、その策でいこう」
四月十五日
黒旗軍
「兄貴、最近の噂ですが。仏蘭西軍から名誉大佐に任命されたとか、本当ですか」
「ああ、確かに軍使とともに仏蘭西の勲章が送られてきたな」
「で、仏蘭西につくんですか」
「仏蘭西につくんじゃない。仏蘭西につかざるを得ないようにされたんだ」
「では、本当のことなんですか」
「いいか、事実にされつつあると言ったらよい。いいか、俺が今更どういっても清と阮朝は俺たちを信用しないわ。俺たちはあくまで仏蘭西と戦いますと言っても、真っ先にされることはなんだと思う」
「ええっと、清がくれた装備の返還でしょうやね」
「おまえ、それが飲めるか」
「冗談でしょう。いつ敵にまわるかもしれない清に武器を返すのなんて殺されるとわかってのこのこと出てゆくようなもんでしょう」
「だよな。我々は阮朝とは仲が良かった。しかし、それに清が出てくるとなると俺たちの立場は微妙だ」
「ですねえ。我々は最近、仏蘭西軍と戦争をしてませんから。兄貴、仏蘭西とことをかまえますか」
「おまえ、それ本気か」
「冗談ですよ。このまま仏蘭西に攻めてゆけば、敵が喜ぶだけですよ。我々の逃げ道がふさがれやす」
「というわけで、仏蘭西と渡りをつけてこい。我々を受け入れる準備ができているか否かと」
「ヘイ」
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