仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第73話

 1883年(明治十七年)五月一日

 阮朝―カンボジア国境

 「兄貴、俺たちは、清国内にいた時のようになってしまいましたね」

 「清朝が大軍で攻めてくれば、カンボジアに逃げる」

 「輜重部隊を見つければ、輜重部隊を襲撃する」

 「さすれば、部隊は偵察部隊に山岳地形に適した軽装備で武器は飛び道具に剣を使ってとどめをさす」

 「槍は、山岳地形にあってないからなあ」

 「いざ森林地帯を縦断するとき、長物は木と木の間で取り回しが難しいからねえ」

 「第一、障害物を越える際、両手がふさがる武器はいったん離さなければならないから緊急時は遅延行為だ」

 「仏蘭西からの命令は今まで通りでよい。清軍と敵対する必要はないといわれたな」

 「どうやら、黒旗軍の寝返りで軍事の均衡が仏蘭西よりになってしまい、清と阮朝の連合兵は攻勢に出てこないとか」

 「にらみあい?」

 「陸ではそのようだ。陸上なら野戦。海上なら総力戦があれば、一日ですむようだが双方に都合があって、どちらも我慢比べのようだ」

 「だったら、引き分け?」

 「陸上はそうなるかもしれない。ただし、制海権があってどちらが取るかで島嶼部はこの一存で決まるな」

 「海戦がないならどっちが制海権を握るの?」

 「清はアロー戦争とアヘン戦争を引きずっているからなあ」

 「だったら、清が先に我慢できなくなるのか」

 「二つの戦争で学んでいるだろ。我慢できなくなった方が先に根をあげると」

 

 

 

 五月十五日

 江戸城

 「仏蘭西からの要請はないのか?」

 「わが軍は参戦しなくてよいのか」

 「駐日仏蘭西大使に確認をしたところ、台北での占領地の維持と長崎を仏蘭西海軍の補給に務めて欲しいとの二点のみを要求されています」

 「では、あくまで参戦を要請されていないんだな」

 「その模様です。ただ、仏蘭西としても台湾縦貫鉄道の価値が上がってきているそうです」

 「清は気が付いていませんが、線路の爆破や脱線を未然に防いでほしいとの要請が上がってきています」

 「では、質問をかえよう。周辺国家はどのような姿勢だ」

 「最も影響力の強い英吉利ですが、インドシナでは仏蘭西と歩調を合わせていく模様です。印度とタイに挟まれたコンバウン王朝(ミャンマー)に狙いをつけた模様です。清と仏蘭西の終戦後、阮朝が清に朝貢しなくなれば、戦争に疲弊している清からコンバウンをもぎ取る模様ですので、仏蘭西に対しては友好的な中立を維持するでしょう」

 「それをきいて安心したな」

 「露西亜も傍観です。清から各種条約を押し付けて清の弱体化もしくは清から領土をかすめ取ることを考慮中かと」

 「北も安心か」

 「次に清とインドシナから等分にあるフィリピンを占拠しています西班牙ですが、こちらは動きがございません。斜陽とよばれる西班牙です。亜米利加大陸にある各地の独立戦争に忙殺され、清に対する影響力はありません」

 「亜米利加はどうだ?我が国に対する要求を突き付けた国だが」

 「亜米利加は、インドシナでは出遅れてしまっています。近年まで南北戦争を戦っていたため、亜米利加周辺国家への働きかけを優先しています。亜米利加はインドシナに影響力がありませんので、同国が働くのは停戦へのあっせんを依頼したときでしょうか」

 「では、国内に向けてみよう。国内の動向は」

 「侍たちは動きだしています。天下泰平三百年の鎖が切れるのかと」

 「最後の合戦は大坂夏の陣で慶長の時代か」

 「今年から顧みますと263年前の話か。我が家の蔵にある甲冑はそれ以降買っておらぬな」

 「では、久しぶりに寺子屋ならぬ町道場がにぎわうか」

 「さて、配下への説明はいかがいたすかのう」

 「町道場に活気が出ただけで何も変わりません。配下には現状を維持せよ。いついかなる時にいざ鎌倉となるかわからんので」

 「とりあえず、弾薬等を製造して長崎に送りましょう。どうやら清海軍はひきこもりのようで、制海権は仏蘭西軍が握っておりますが、海戦がいついかなる時に起こるかもしれません」

 「ふむ、当然の奏上じゃ。それには認可を与えよう」

 「後、この際、侍には十三年式村田銃の練習をさせましょう。射撃をさせた後、防具を注文させれば国内景気が上向くでしょう」

 「非常時の備えを今やらなくていつやるか。二百年前に買った甲冑は村田銃の的にしてしまいましょう。銃の威力がどれほど上がったことを理解してくれれば、今に必要な装備への更新をしてくれるであろう」

 「後は、台北への増援です。台北を攻められないようにするのが日本に与えられている仕事ですので」

 「俺は今になって怖くなった。あの仏蘭西が我々にアジアで何も要求してこない。何か見落としがないか」

 「あの駐日仏蘭西大使からは日本には、終戦後戦争より困難な任務が与えられるとほのめかされたのですが」

 「清と戦わずにそれ以上の難問か。お主、想像がつくか?」

 「仏蘭西が清と戦っているのです。日本は清の形式上とはいえ朝貢国です。それを考慮したのではないでしょうか。朝貢国でありながら清へ戦争を仕掛けるのは対外的に野蛮な国といわれかねませんから」

 「では、何か。仏蘭西はもし戦勝すれば清への要求の中に日本が清への朝貢を取りやめることを盛り込むのではないでしょうか」

 「それは、まずい。仏蘭西への借りがますます膨れるだけではないか」

 「その仏蘭西といたしましては、清を日本への朝貢国に仕立て上げるのではないでしょうか」

 「日本が兄で清が弟か」

 「そのような地位に立つのはここ二千年でなかった出世だな」

 「私は朝鮮を含めて、長男が日本。次男が清。三男が朝鮮というのはいかがでしょうか」

 「まあ、清に朝貢する国が朝鮮以外全滅となればそのような関係となるなあ」

 「では、仏蘭西に勝ってもらいました時こそ、清と朝鮮に不平等条約を押し付けましょう」

 「しかし絵に描いた餅だな。我々が戦争もせずに清より上の立場に立つ。やはりその見返りは何であろう」

 「あのう、私としては糞害がひどい漢城府など一言も欲しくはないのですが」

 「確かにちりひとつない江戸に住んでいれば漢城府など台湾より下だな」

 「ではどうでしょうか。清と仏蘭西のにらみ合いが現状続いています。我々が台湾の中心都市である台北を押さえているのです。このまま既成事実として認められる可能性があるのですが」

 「台湾海峡を仏蘭西が押さえている限り、台北を取り返される可能性はかなり低いですし、清は戦勝のあかつきには、阮朝の独立と同時に現状占領地をそのまま停戦条件といたしはしませんか」

 「仏蘭西が阮朝を日本が台湾を握りますと、台北―ハノイ―プノンペンという海続きの隣接国となります」

 「なあ、どっちがいい?台湾か朝鮮か?」

 「あのう、絵に描いた餅は結構ですが、仏蘭西はその見返りに何を日本に求めるのでしょうか」

 「金でしょうか」

 「日仏関係は浮世絵貿易で世界から金を集金している。双方にこれ以上の金は必要ないが」

 「領土でしょうか」

 「台湾を日本に押し付けようとする仏蘭西が今更それ以上のものといわれると清しか残りませんが」

 「清はまだ切り取るのは時期尚早でしょう。戦争後、清を取り囲む英吉利、露西亜等とけん制し合う時期があります。その中で最初に手を出した国は、残りの二国から連合で攻められる可能性がありますので、三国で同時に清を攻めるよう調整が入ることでしょう」

 「では、清という蜂の巣を日本が突くのは英吉利と露西亜というスズメバチを呼び込むかもしれませんので」

 「仏蘭西は、その役目を日本に押し付けることはありませんか」

 「あり得ます。台湾もしくは朝鮮という足がかりを基に清に対する宣戦布告という線も」

 「取り合えずだ。戦争の準備をしなければ」

 「海軍奉行からも軍艦の購入をお願いいたします」

 「やむを得んな。しかし、財源はいかがいたす、勘定奉行」

 「仏蘭西からの情報によれば清は独逸に戦艦を二隻建造中との話です。それに対抗するには、少なくとも巡洋艦を複数隻建造する必要があります。財源ですが、独逸がすでに実施している煙草に贅沢税を課したくあります。煙草への課税です。売上税を二割に引き上げるような抵抗は少ないかと」

 「酒に続いて煙草か。男に対する課税はどんどん上がってゆくなあ」

 「しかし、煙草に課税することで農民と都市住民との納税負担がやっと等分になりませんか」

 「それは確かに成り立つなあ。しかし、今回の名目はいかがいたす?」

 「素直にいきましょう。同盟国仏蘭西への配慮といたそう」

 「これには反対しずらいですなあ」

 「では、勘定奉行として全国の大名に煙草を贅沢税として課税するよう通達を出します」

 「で、どうする。戦争の経過を平民に連絡するか?」

 「そのへんは、新聞社等に任せましょう。どうやら戦闘らしい戦闘は今まで起こっていないようで」

 「さあ、仏蘭西が一番今怖いのう」

 

 

 

 六月二十日

 紫禁城

 「仏蘭西軍はどうじゃ」

 「陸軍はかなり戦費をせしめられています。黒旗軍のゲリラ戦で前線までの補給が思うようにいきません」

 「だれじゃ、黒旗軍を見限ったのは」

 「今はそのようなことを言い出しても始まりません。阮朝までの補給路を確保するには二択しかありません。海軍で台湾海峡の制海権を取り返すか、あくまで陸上部隊によって阮朝まで今まで通りの補給を確保するか」

 「台湾海峡での海上決戦か。何度も想定してみた。しかし、戦力が足りぬ」

 「独逸で建造中の戦艦二隻があれば話はかわってくるのでしょうか」

 「もう名前はつけた。『定遠』『鎮遠』の二隻だ」

 「艤装は終わったらしいが戦争中に清まで独逸から運べないと通達があった」

 「二隻の戦艦なしでの戦略を描け」

 「熟練運転が半年も必要な戦艦なぞ当てにはならん。このまま制海権を取られたまま仏蘭西との我慢比べか」

 「近代装備をした仏蘭西正規軍を打ち破る火力が清の陸上部隊にはありません」

 「後一年、我慢比べをいたすしか」

 「しかたがない。独逸まで戦艦二隻の受け取りにいってまいれ。仏蘭西の焦りを誘う」

 「では、一年後には戦艦二隻が清の海軍に加わるので」

 「わが軍は、海戦の不慣れなものばかりだ。あくまで戦争後にスエズ運河を越えてくるのが山だろ。第一、仏蘭西が支配するスエズ運河を清海軍が通れると思うな」

 「事体が展開いたしませんな」

 「向こうの背後に日本がいる。日本が参戦しないのが不気味だ」

 

 

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