仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第74話
1883年(明治十七年)七月十日
仏蘭西大統領府
「清海軍はどうじゃ」
「仏蘭西海軍が清の領海内に入って挑発いたしても要塞から出てきません」
「海戦は進展なしか。では、事態を打開する策をあげよ」
「清国内で浮世絵によるビラを配りましょう。清海軍が要塞内に閉じこもっておりために、貿易が成り立たないと」
「かつ、漁師の生計が壊滅であると」
「清国内で民衆の不平不満をあおるのか」
「財務の立場から言わせていただきます。清から輸出される品目で各国が最優先で必要なものは生糸です。清の海上封鎖をする場合、その代換え手段を用意しなければ強国の命運を握る御婦人方の恨みを買いますが」
「それに対する二点の策を実施中だ。まず、清の海上封鎖をすれば、それに該当しない地域がある。具体的には、香港と上海租界だ」
「つまり、清の生糸が英吉利に流れてしまうと。英吉利の海運がもうかるのであれば、英吉利は、仏蘭西に対して友好的な中立を維持してくれるであろう」
「さらに清からの生糸輸出が停滞する場合、ジャポンに対する仏蘭西への生糸輸出優先権を一時的に解除する用意がある」
「高い生糸を手に入れても仏蘭西は利点がありませんからねえ。リオンの絹織物のためにも優良な生糸の入手は欠かせない」
「では、清国内では太平天国の乱が再発するように誘導するということでよいでしょうか」
「それといざ清の官兵に追われた場合、上海の租界地と台湾と阮朝に逃げ込めば仏蘭西が保護してやるということを徹底してやれ」
「それは、おもに中国民衆に対するものですねえ。悪党は、独自の情報網ですでに逃げ込むところを確保していますよ」
「そうか、これは蛇足だったか。で、清が仏蘭西に対して攻勢に出る兆しはないのか」
「独逸にある清が発注した二隻の戦艦ですが、独逸の領海を出て大西洋を横断するのはまず不可能です。独逸にしても清に手渡しをする前に仏蘭西海軍との海戦をしたくはないでしょう。手渡しをできなければ違約金の請求が来るだけですから」
「だとしたら、二択だな。清から攻めるとしたら、阮朝を版図に治めて、インドシナの仏蘭西海軍に攻勢に出るか。仏蘭西海軍との海上決戦をするなり、もしくは他国の海軍でも使って、台湾海峡の制海権を奪い返すか」
「来月から停戦への道筋をつける方針に変える。清が交渉の場につかざるを得ないようにいたそう。制海権を得ているのであれば、台湾全土の占領に乗り出す。仏蘭西軍が前線に出て日本軍に占領地の確保をさせよ。台湾全土が仏蘭西の手に落ちた時までに講和の席に清がつかないようであれば、その時は渤海にきりこんで艦砲射撃で紫禁城に向けて打ちまくってやれ。何、清と戦争を継続しようとも何も仏蘭西が困ることはない。補給は長崎でできるゆえ数年がかりで挑んでくれ。今は仏清以外に争点はないからな」
「了解いたしました。提案があるのですが、阮朝内での戦いですが黒旗軍が善戦を続けています。どうでしょう。このまま、黒旗軍を支援するとともに黒旗軍が清国内にてゲリラ戦を仕掛けているように偽装できないでしょうか」
「できるであろう。情報部としても太平天国の生き残りといくつかつてを確保しているのだが」
「要は、清国内で略奪にあった地域に黒旗軍の軍旗が一つ残されていればいいのです。阮朝内に派遣されている馮提督が無能であるとの風評がたてばかまいません」
「なるほど、阮朝に派遣されている馮提督は紫禁城に軍資金ばかりを請求するばかりで黒旗軍が清国内に返り咲いたのを阻止できなかったと前線の士気をくじくか。やってみて損はあるまい」
「では、海軍といたしましては清の沿岸部を襲い、その襲撃後に黒旗軍の旗を残してゆく策を実行したくあります」
「やってみたまえ」
八月二十日
日本橋 料亭梶
「台湾に送られる侍が二万人に増派か」
「立場は、仏蘭西軍に参戦する義勇兵という立場を崩さないよ」
「戦闘は仏蘭西軍でやるから、占領地の順守を要請されるのは変わりないか」
「おかげで仏蘭西人が極東までわざわざ派遣する人数が半減したと言って、仏蘭西の財務から喜んでもらっているという話だ」
「仏蘭西からでは、台湾に来るまでに二カ月近くかかるからなあ」
「おかげで前線が伸びることをきにせず、仏蘭西兵も台湾沿岸を攻略しているとのことだ」
「それが一転、中国沿岸部に上陸作戦を仕掛けるときは、残してゆくものは黒旗軍の軍旗と倭寇の姿を残してゆく」
「昔、勘合貿易のころの倭寇は、日本の海賊と中国沿岸の住民だったのだが、此度は三国連合軍か」
「日本の浮世絵を残し、黒旗軍が清国内にまいもどってきたことを知らしめ、上陸部隊は仏蘭西兵が請け負う」
「清国内では、制海権を奪われたうえ、沿岸部に住民の被害が出ているようでは清国内での体制不満が高まるばかりであろう」
「無能な陸軍と要塞内でのうのうとする海軍。どちらも役に立たなければ無能の烙印を押されるが」
「どちらにせよ。台湾では戦闘にならないみたいだが」
「清は台湾を重視しなかったからねえ。戦闘になる準備をしていなかった土地柄だし、原住民を無視するように他国が台湾の占有を要求しなかっただけで成り立っていると思われてもしょうがないような装備だそうだ」
「台湾が清の属した歴史を振り返ってみても、明と戦火を交えた阿蘭陀が澎湖諸島からの撤退の時、交渉で台湾に退却するならば、台湾の占領を認めてもよいという程度のものが歴史の始まりだからね」
「その後、明の残党による台湾統治の時代を経て、明の残党を滅ぼしてしまったが故、やむなく清の領土になったといういわくつきに土地だからね」
「清は、台湾に省都を置かなかったほど台湾の序列は低い」
「そこをついて、台湾にいる官僚には日仏の傘下になれば、今ある官位を一つずつ押し上げることを約束しよう。頭には、省都を治める権限を与えるといわれてしまっては、大半の者が仏蘭西兵に降伏してしまったとか」
「まあ、日本から半分だけ出兵したようなものかね。おかげで吉原に通う侍があちこちで見受けられたとのことだ」
「戦争で死んでしまう前に、やりたいことを済ませておこうというのはいつの時代でも変わりないねえ」
「とりあえず、はみ出し者が外地へ派遣される構図は今までとお変わりないねえ」
十月四日
江戸城
「台湾の占領は順調だときいたが」
「元々、半年も最前線の台湾に増援がなかったのです。現地にいる官僚も応援がなければ戦えないことを理解していた模様です」
「清海軍がサボっているのであれば、自分達が必死になって侵攻を防ぐという風には考えませんし」
「また、台湾にいる官僚には前々から気を配っていたからなあ」
「中国大陸には台湾には日本資本の鉄道が走っているのを伝達されていないようで、そのへんをくんでくれれば、御ししやすいかと」
「で、台湾島の占領だが完了はいつごろになるか」
「今年いっぱいかかるかと」
「では、来年頭に停戦になれば台湾本土は日本のものか」
「そうなる可能性は高いですが、日本のしていることは台湾にいる官僚の接待と住民の慰撫だけですが」
「まあ、勘定奉行の意見を取り入れて、台湾の統治が成立したら現地でも直接税は五年間免除する方針で台湾住民を慰撫しているのだが」
「大盤振る舞いですねえ」
「そこはそれ。勘定奉行も売上税を二割に引き上げようとした際のごたごたの仇を取りたいのであろう。直接税は治める必要はないが、売上税を二割で採算を合わせるつもりのようだ」
「江戸の敵を台湾で討つですか」
「浪花節やね」
十一月一日
台北 行政府
「局長、あのまま紫禁城の指示に従わず、日本の指示に従う我々でよかったのでしょうか」
「まあ、なんだ、紫禁城とは半年も音信不通だ。もし万が一、両国の間で講和条約が成り立ち、我々が清に復帰した場合は、抗戦百日に及びましたが食料も弾を尽きてしまい、白旗を上げざるをえませんでしたということにしておけ」
「了解しました。その可能性は極めて低そうですが」
「そうだな。ここ半年、清の海軍を見たのは一度たりともない」
「勝てないとわかっている海戦をしないのも一つの手ですが」
「やはり海戦では、孫子が通用しないな」
「ですねえ。勝てない戦いを回避すればその地を占有される」
「しかし、中国本土が残る。そのような方針で行くのでしょうか、紫禁城は」
「そうしかあるまい。とりあえず、海戦は清にとって鬼門だな」
「ころっと寝返った我々が言う言葉でありませんが」
「だがな、特権がおいしいんだ」
「あれですね。局長が前にくれた一等列車の切符五十枚よりすごい優遇ですよ」
「だよな、日本に採用された台湾現地民へは同乗者一人を同乗させたまま、台湾縦貫鉄道の運賃を免ずる。いや実にいい制度だ」
「これで私は、隣のミンミンを誘って列車でデートです」
「おれは、とっかえひっかえ乗りまくります」
「「「はははは」」」
1884年(明治十八年)二月八日
紫禁城
「此度の仏蘭西との戦争だがどうだ?」
「いけません。阮朝に派遣した馮提督につきましては、福建省の沿岸部に黒旗軍の軍旗が残されたまま、略奪につぐ略奪に沿海部の住民から怨嗟がたちのぼっています」
「では馮提督からの言い分は?」
「沿海部は、海軍の管轄だ。制海権さえあれば略奪など起こりはしないと」
「一応、理屈は通っておるが、では、陸戦で黒旗軍に勝てるのかね?」
「いえ、神出鬼没の黒旗軍に翻弄されるのものようで」
「要塞内の海軍に出陣してもらったところで、役に立たんだろ」
「では、講和交渉ですか?」
「まずは、仏蘭西との交渉で相手の言い分を予想してみよ」
「では」
一、戦費として五百万洋銀を仏蘭西に支払う
二、仏蘭西の同盟国たる日本へ清は朝貢する
三、現在の占領地である台湾を仏蘭西に割譲せる
四、阮朝の独立を清は認める
「二は、どうにかならんか」
「二は、日本が仏蘭西に入れ知恵しなければどうにかなるかと」
「この講和がなりたてば、清に朝貢する国は朝鮮のみか」
「朝鮮は、清と陸続きなので清が介入すれば離反を防げるかと」
「台湾を失えば島嶼部の領土を失いますので、清の領土を占領させることは二度とないかと」
「もう後はないとも言うが、とりあえず張り子の虎である海軍は無傷で残したのだ。次回は必ず海軍に参戦させねば」
「はい、講和がなればすぐさま清に独逸から戦艦を引っ張ってきます」
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