仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第75話
1884年(明治十八年)四月二十日
北京駐留仏蘭西大使館
「フレシネ殿、清と仏蘭西の間で講和を話し合いたいアル」
「条件次第ですな」
「では、清から仏蘭西に提案させていただきます
一、清は阮朝の独立を認める
二、仏蘭西が現在占有している台湾を清は放棄する
以上の二点をもって講和を結びたいアル」
「では、仏蘭西から提案させていただきます」
一、清は阮朝の独立を認める
二、仏蘭西が現在占有している台湾並びに澎湖諸島を清は放棄する
三、仏蘭西は、清に対し戦費として一億フラン(四百万円)を支払う
四、仏蘭西の同盟国である日本へ清は朝貢する
五、仏蘭西に認められている、もしくはこれから認められる清と仏蘭西との条約を日本と清との間でも適応させる
以上の五点を仏蘭西から講和への条件といたしたい」
「厳しいアル。紫禁城にもって帰って話し合いたいアル。よろしいアルか」
「かまいませんよ。仏蘭西にとってこれ以降有利になりこそすれ、不利になるようなことはありませんから」
「失礼するアル」
「フレシネ殿、一と二は決まったようなものですな」
「ほぼ、予想の範囲内ですな。清が見る悪夢は、仏蘭西に対するものでしょうか、それとも日本に朝貢する屈辱に対するものでしょうか」
「前者なら実力で負けたもの。後者なら中華思想の終焉に対するものでしょうから、中国人の誇りを粉砕することへのもの。どちらも敗戦国にとってはきついものですな」
「しかし、オスマン大統領の黒旗軍を抱え込む戦略は見事でしたなあ。おかげで仏蘭西の極東陸軍からは、見せ場がなくなったとぼやかれて、台湾への侵攻には全力をもってあたると言わしめましたよ」
「元々、清国内で二十年間にわたって内戦を戦い抜いたたたき上げの黒旗軍は、数千人であれど、清兵一万に匹敵する。彼らには、清との阮朝との国境である阮朝北部をまかせれば、盤石であろう」
「後、占領地への配慮と補給面で全く危なげなかった」
「清は、制海権を放棄していたため、ジャポンから台湾への輸送も問題ないばかりか、渤海を隔てて長崎で補給できるのも海軍から評価されていました」
「占領地は、日本兵に任せておけば危なげなかったな」
「むしろ、日本兵がいる地域では、原住民と福建省流れの者とのいざこざも少なくて済んだ」
「ところで、私のきいたところでは清仏戦争の講和条約がなったあかつきには、現大統領が引退するとお聞きしましたが」
「どこで情報を得たかはきかないが、大統領は後継者候補に一つの課題を出したよ」
「その課題の話を知っているシャルル=ド=フレシネ殿は、もしかしてその候補の一人ですかな」
「貴殿に問うが、私の競合相手は誰とみる」
「そうですねえ、対外拡張主義の教育相ジュール=フェリー殿ではないでしょうか」
「確かに、彼の実績はたしたものだ。仏蘭西も遅まきながら初等教育を義務とし、無料化できた」
「確かに強敵ですなあ。で、その課題とは」
「今回、ジャポンは仏蘭西の同盟国でありながら仏蘭西と歩調を合わせることなく清に対して宣戦布告をしなかった」
「はい、仏蘭西大統領が自らジャポンには、対清開戦よりも困難な戦後が待ち受けるゆえ、軍を押しとどめたとか」
「さすが、情報通、ではその課題を特別にお教えいたそう『ズバリ、大統領が日本に課す課題とは』だそうだ」
「そりゃ、難題ですねえ。やはり、台湾を日本に与えて中国大陸への先兵にするとか」
「ふむふむ、そりゃ誰でも考えますがな」
「では、インドシナ仏蘭西領に鉄道を走らせるとか」
「そりゃ、台湾に鉄道を走らせた日本にとってみれば、ワイン片手にやり遂げますよ」
「難しい。年寄りの考えることは」
「今何と言った」
「はい。ジョルジュ=オスマン大統領は、今年七十五歳になるお年寄りだと」
「そ、それだ。ありがとう。課題が解けたよ。早速、パリまで電信をうつ。では、お先に失礼する」
「いってらっしゃい」
「バタン」
「フー、やれやれ、フレシネ殿。あなたが有利なのはパリ改造で名声をはせたオスマン大統領と同じ土木畑の人間であること。そして、駐清大使に任命されたのも外交で得点を稼がせるため。大統領の後進指名はあなたにしたいがための私の派遣となったわけですが、世話を焼かせてくれますねえ」
五月九日
アモイ近郊の漁村
「我々は、倭寇アル。この村にあるかねもの者は全ていただいていくアル」
「そ、そればかりはご勘弁を」
「無駄アル。我々は、残虐非業な日本人アル。抵抗すれば皆殺しアル」
「皆、山まで逃げろ。持ち物はすべて置いてゆけ」
「ドタバタ、ドタバタ」
「さあ、お前達、いただけるものはすべていただいてさっさとずらかるアル」
「「「おう」」」
一時間後
「いってしまましたね。匪賊の連中」
「広東語しかしゃべれない連中が日本兵であるはずない」
「撤退する船もそこらにある漁船でしたね」
「どうだ、あいつらの後をつけた偵察部隊はどうだった」
「どうやら、たんまりお宝をここから三里離れた小島にため込んでいる模様で」
「よし、それでは黒旗をかかげよ。追剥だ」
「「「おおお」」」
六月六日
紫禁城
「仏蘭西大使館での話し合い以降、国内治安悪化が目も当てられません」
「国内の良識派からは、阮朝に出した兵があるくらいなら、国内で治安回復に役立たせるべきだという意見が猛烈にわき上がっています」
「では、仏蘭西と講和をかわし、国外にいる兵を引き上げる以外にないか」
「しかし、仏蘭西大使館から持って帰った条件の中で、四だけは認められない」
「条件闘争に移そう。少なくとも四を削除できる面子を交渉に送りだそう」
「それしかあるまい。四を飲むということは朝鮮も失うということだからな」
六月三十日
駐清仏蘭西大使館
「フレシネ殿、仏蘭西から提案された一と二は双方で納得いたしましょう。今日、我々の間で話し合われる事項は、三と四と五についてで良いでしょうか」
「結構です。しかし、我々は三から五についても譲る気はありませんが」
「しかし、我々が例えば四を受け入れたとしましょう。仏蘭西は朝鮮をいかがいたすつもりで」
「講和がなって以降、朝鮮に対しては何も要求いたしません。この地点では」
「しかし、我が清は朝鮮から朝貢並びに柵封を受ける身、四の条件であれば朝鮮を失うに等しい。ゆえにこれを飲むわけにはいきませぬ」
「どれほど飲めぬ条件でしょうか。三と五を飲めても駄目といわれるので」
「はい、その通りです」
「では、朝鮮は清と日本への双方に朝貢いたすといたしましょうか。四の条件を飲む代わりに」
「いえ、それも飲めません。朝鮮は清と陸続き。朝鮮を日本に朝貢させるくらいならば朝鮮を我が清で合併いたします」
「そこまでおっしゃるならやむをえません。条件は以下のものでよろしいでしょうか。
一、清は阮朝の独立を認める
二、仏蘭西が現在占有している台湾並びに澎湖諸島を清は放棄する
三、仏蘭西は、清に対し戦費として一億フラン(四百万円)を支払う
四、仏蘭西に認められている、もしくはこれから認められる清と仏蘭西との条約を日本と清との間でも適応させる
「それならば、調印できます」
「では、七月一日をもって清と仏蘭西との間で和平がなったことになりますがよろしいでしょうか」
「了承しました」
「バタン」
「フレシネ殿、朝鮮に手を出さなかったのは、なぜでしょう」
「清は今回、海軍を温存いたしました。そして独逸に発注いたしました戦艦二隻が加わります。朝鮮に手を出せば、清海軍は講和から一転、数年後には、戦艦二隻まで投入して朝鮮を取り返しにくるでしょう。もちろん、朝鮮は清の隣接国。もし仮に人海戦術を投入されれば、李氏朝鮮のゲリラ戦と相まって目下の仏蘭西では手に余ると判断いたしました」
「しかし、条約の四を見る限り、清は日本との不平等条約に調印したと同義なのだが」
「中華思想を満足させる国があれば、清人の誇りは保てるのでしょう」
「ま、これで清に日本は朝貢を停止するであろう」
「それでは、オスマン大統領が日本に課す課題とは何だったのかお教え願えますか」
「大統領も高齢だが、パナマ運河会社のレセップス社長も高齢。しかも来年をもって会社から退くとの噂がもちきりだ。つまり、大統領とレセップス社長がともに政財界から足をひく。しかし、パリ改造で名をはせた大統領にしてみれば、パナマ運河の建設半ばで大統領の地位を退くのは、世界に名を残したとは言い難い」
「確かに、世間ではパナマ運河会社が途中で破産するのではないかと危惧いたしていりますなあ」
「そこで、台湾をジャポンにくれてやるかわりに、かの国にパナマ運河完成を確約させることができれば、気がかりもなく、大統領も運河会社の社長も円満に退くことができる」
「なるほど、さすがは次期大統領」
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