仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第76話

 1883年(明治十七年)一月六日

 パリ 富嶽三十六景美術館

 「月末から開催される『アムステルダム国際植民地博覧会』向けのポスターを前に最後に点検をしているのだが、何度博覧会の広報を浮世絵で担当させてもらってもどうも違和感がぬけぬ」

 「今世紀は、例えて言うならば植民地分捕り合戦の世紀ですからねえ」

 「残っているのは、東南アジアと東アジアぐらいなものですかね」

 「東南アジアで起こった戦いも山場を越えたという感もありますから残っているのは清の周辺だけというまさに植民地だらけの世紀」

 「その植民地の名を冠した博覧会に非白人である日本人がポスターを担当するとは、これが違和感の根本かね」

 「植民地博というのは、いい方を変えると人間動物園と言い換えられる。世界中からどれほど奇妙な人種を連れてくるかが勝負」

 「ダーウィンの進化論が受け入れられる時代になると、今度はそれを白人に都合よく利用する」

 「白人こそ、最も進んだ人種であり、地球上に散らばる珍しい人種を西洋人が狩ってきたように展示することこそ、植民地博覧会の意義であると」

 「しかし、その広報を担当するのがインディオと同じ人種の日本人というのがパリにいる限り続く違和感の正体」

 「しかし、日本人とて浮世絵がなければ西洋人の植民地の一部となっていただろうか」

 「どうだろうな、博覧会に来てもらいたい主催者は、一時の葛藤をみせた後、庶民に来てもらうことこそ大盛況の根本。非白人である日本人に血の涙を流しつつも博覧会を成功させるために浮世絵の力を借りることとなる」

 「それもこれも六十七年の第二回パリ万国博覧会で二千万人という大動員を達成したおかげだな。仏蘭西にしてみれば、浮世絵をヨーロッパにばらまくことこそ、仏蘭西の利益であり、その流れで唯一のカラー印刷技術である浮世絵を中心に欧米中に招待状なり、ポスターをばらまいた」

 「浮世絵の効果は一説によれば、五百万人の増員となって表れたという話だったが」

 「それ以降、万博の広報に我々が組み込まれてしまったな」

 「しかし、木版画で始まった浮世絵にA3サイズより大きい印刷物にするのは最初どうかと思ったのだが」

 「さすがは、浮世絵師。そんなのはひき札で嫌というほどやってますよ。もっとも大きな和紙は、丈長奉書で55×76 cm の大きさまで対応できるといわれた時は、そんな大きな桜の版木があるのかと心配になったほどだ」

 「桜は鑑賞して良し。浮世絵の版木として良し。どうだ、日仏友好の証明にセーヌ川沿いに桜並木をつくらぬか」

 「いいね、パリ市民に桜並木を作らせるほうにしむけようぜ」

 「よし、では温州ミカンの二番煎じといこう。桜並木こそ幸せの象徴。そんな物語はなかったか」

 「いっそのこと、桜吹雪で有名な遠山の金さんではどうだ」

 「おお、刺青も仏蘭西に輸出できるかな。しかし、やはり最短の道は世界のベストセラー『源氏物語』に桜並木をこれでもかと取り入れることだが」

 「欧州で温州ミカンの人気を支える源氏物語に二度も頼ってはいかんだろ。やはり徳川の時代を再興した吉宗公が作った上野の桜並木はどうだ」

 「それは一から桜を見てそれがはかなくとも美しいと思わせる物語がなくてはいかん。吉宗公の物語にそのような説明は入れられるか」

 「それはちときついな。では、かぶき者である前田利益を主人公とした物語などどうであろう。桜の下で連歌を読み、友とともに桜吹雪の下で語り合う」

 「もしかしてここ仏蘭西で歌舞伎がはやるかもしれん。そうであれば幕府に補助金も要請できるであろう」

 「よし、金のめどはたった。では、当美術館で入館証とともに渡される小冊子に『前田利益物語』を付属させよう。広くかぶき者なる人物を普及させ、パリで歌舞伎を見れるように頑張るぞ」

 「よし、これで当博物館の入場者数も過去最高を更新といきたいな」

 「かぶき者、それはオタクといわれるものの始まりかもしれん。オタクの動員も期待できる」

 「よし、セーヌ川沿いに歌舞伎を鑑賞しながら桜並木を見下ろす丘ができればいうことなしだが、オタクの筆頭現大統領はのってくるか?」

 「何、小冊子であれば、五年ばかりは連載が続く。その間に盛り上がればいいのさ」

 「ふふふ。博覧会の広報を担当している限り、博覧会における日本の展示場はポスターの一番いい所を受け持つようにしているし、日本人の発明した品物と産物は広報で一番手間暇かけているからな」

 「それこそ、広報のうまみだな」

 

 

 三月一日

 水道橋駅

 「昨年の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、富良野と滝川駅間、好魔と二戸駅間、宇都宮と栃木駅間、長崎線の全通でした。なお、東海道線と山陽線、九州の門司港と長崎駅間は清仏戦争あおりを受け、軍事物資の優先走行を指定されました。昨年度、百円の収入を得るために必要な経費は、四十円でした。なお、今年の課題としてトンネル技術の習得のため、最初にトンネルを掘る線路を決定しなければなりません」

 「わが社の最重要路線が軍事路線の指定を受けたが輸送量はさばけそうか」

 「長崎線は、今だ単線ですが元々、輸送量自体が少ないために九州区間での混雑は生じておりません。東海道線も一日の許容輸送量である千両に達しておりませんので問題はございません。ただ、梅雨の時期に豪雨が降りますと、輸送そのものがとどこおってしまいますので、甲府と身延線を経由する経路をその時は使用する必要があるかと」

 「ふむ、とりあえずは問題なしか。では、軍事物資の輸送は輸送賃半減であるが、経費は元を取れるか」

 「問題ありません。軍事物資を輸送するのは、日本橋と長崎駅、中之島駅と長崎駅、日本橋と中之島駅が主要輸送経路です。このような長距離輸送であれば、輸送賃が半減であっても、元は取れますし、一編成が長い列車ですので儲けは保証できます」

 「では、最後に軍事関連で、長崎と鳥栖駅間の複線化は早期に必要か」

 「戦争の長期化次第ですが、目下のところ他の路線より優先する理由はありません。少なくとも今年、一年は単線で十分いけるかと」

 「了承した。では、どのトンネルを掘るかに移りたいのだが皆はどのトンネルを掘りたいか」

 「まずは、私から言わせていただきます。トンネルを掘るということは距離当たりでいえば、平地の数倍の費用を必要といたします。ので、経済効果が見込まれる路線以外はわざわざ全国津々浦々まで線路が達するまでは、必要最低限でいきたくあります。それを踏まえたうえでトンネルなしでは線路がひけない地でかつ、行き止まりでなく、始点と終点双方が幹線として重要な個所を選定していただきたい」

 「そのような地をどなたか、検討をつけてまいりましたかな」

 「最重要地は、敦賀と米原駅間ですが、この路線は越前藩が名乗り出てますのでわが社が手を出す必要もないでしょうし、連結される路線も中山道鉄道株式会社ですので候補として外すべきでしょう。同じような理由で京と福知山を結ぶ路線は、山陽道株式会社に任せるべきです。ですので、当社が負担すべき路線といたしましては、二路線をあげさせていただきます。高崎と新潟を結ぶ上越線で清水トンネルが九キロ。富山と直江津を結ぶ路線で、こちらは子不知トンネルが二キロ」

 「どちらも連結先は中山道鉄道会社か。そして、一方が北陸道を大きく存在価値をあげる路線。もう一方が江戸と新潟の最短路線となる路線。ちなみに工事費用はどの程度か」

 「双方、一千万円を予定しております」

 「一年であれば、わが社の新規路線費用を上回るな。さて、どちらも意義ある路線だが」

 「私は、ここで現場の意見をきくべきです。清水トンネルは全長九キロ。汽車の煤煙に九キロはつきあいきれません。汽車が通っているうちは二キロ弱のトンネルを含む富山と直江津間を走らせるべきです」

 「確かに、機関手が乗りたくない路線をつくるのは時期尚早か。では、今年の伸延は富山と直江津間を第一とする。しかし、同区間の工事期間はどのくらいを想定しておるのか」

 「はい、トンネル区間は調査のみにしぼるべきです。富山と泊の五十キロ区間を申請いたします。同区間であれば建設は容易です」

 「ふむ、難工事は来年以降か。では、他の区間も申請を受け付ける」

 「八戸と二戸駅間の三十一キロ」

 「滝川と札幌駅間の八十四キロ」

 「栃木と桐生駅間の四十二キロ」

 「では、北海道以外の区間は申請通りでよい。札幌到着は来年に回すとして、滝川と岩見沢駅間の四十二キロといたす」

 「以上でよいか」

 「私は、遠山と直江津間が全通いたしました後、四キロのトンネルを掘ることを提案いたします。熱海線で八キロのトンネルを掘るのですから、二キロ弱のトンネルを掘った後、その二倍の距離である四キロ六百メートルのトンネルに挑戦するのが適当だと思われます。該当するトンネルとして、中央線笹子駅と甲斐大和駅間にある笹子トンネルがふさわしくあります。今現在、同区間はアプト式ラックを利用しておりますが、同トンネルを開通させれば、そのような不都合はなくなり、輸送の改善に大きく貢献するものと思われます」

 「完成すれば、日本最長のトンネルか。ただし、富山と直江津の区間が完成した後の話だな」

 「十年後の話として聞いておこう」

 「それでは、以上をもちまして昨年度の決算報告を終えます」

 

 

 四月三日

 オテル日本橋

 「この釜飯は絶品だ」

 「おれは、富山駅で売られているますずしが一押し」

 「何をぬかす。冷めてもうまいあなごめし弁当は山陽鉄道会社が責任をもってお届けする」

 「何をぬかす。山陽鉄道の一番は、下関の河豚の竜田揚げ、そん所そこらで食べれるものはない」

 「今年は、日本アルプス選出を駅弁で決めるか」

 「異議あり、九州と中四国はチーズで勝負するのは緯度の件で不利である。今年は全国で平等に勝負してもらいたいとの申し出があった」

 「駅弁ならば、全国平等であり、さらなる鉄道利用客を見込むためにも駅弁で勝負するのは異議を申し立てた連中も納得した」

 「おかげで、普段は駅弁で使用されないような食材も飛び出しておるが。牛肉を出してくることは予想されましたが、雉を出してきた甲府駅は周りから半分白い目で見られております。そんなもの、毎日百食提供できまいと」

 「まあ、それは置いといて。大賞の発表だ」

 「それでは、来年一年日本アルプスを名乗る地方を述べさせていただきます。瀬戸内の鯛をふんだんに利用いたしました今治駅が出展いたしました鯛飯に決まりました。来年の権利は石鎚山が獲得いたしました。皆さん、拍手でお願いいたします」

 「初期の駅弁は、握り飯に沢庵が数枚であったが。鉄道の発展とともに駅弁も発展しておるのう」

 

 

 

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