仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第77話

 1883年(明治十七年)五月三日

 源氏物語『梅枝』『藤裏葉』を浮世絵化

 ロンドン 英吉利情報局

 「世界中の銀を日本にもたらせている浮世絵だが、その象徴ともいえる源氏物語は、後何年続くのだ」

 「源氏物語は、五十四巻からなるそうです。藤裏葉が三十三巻目ですので、毎年二巻ずつ発行ですと残り十一年かと」

 「欧州の出荷先をパリが請け負っているため、世界販売の過半数をパリが押さえている」

 「そのせいで、普仏戦争の賠償金一億フランを支払っても仏蘭西はびくともしませんでしたから」

 「よって、今日の議題はいかにして浮世絵を凋落させるかだ」

 「世界初のカラー印刷を駆逐するすべの方はどうだ」

 「カラー印刷よりもカラー写真の方が先行しております。世界初のカラー写真は今世紀の61年に仏蘭西でなされました。三原色のフィルターを通して、三度撮影します。それをスライドにするとき、三枚の写真を三方向からスライド照射をしてカラーのスクリーン照射をすることができました」

 「だが、これはスライド止まりだというのだろ。カラー写真にするために印画紙がないからな」

 「はい、カラー写真にできるようになったのは、68年にまたもや仏蘭西でカーボンプリントに減法混合により紙にカラー写真を残せるようになりました」

 「しかし、乳剤に難があって、浮世絵のようなきれいな色彩ができないのだろ」

 「はい。それは、73年に独逸で赤と緑の乳化剤を発明したおかげでカラーフィルムへの道が開けました」

 「ふむ。とりあえずカラーの境地を切り開いた点は評価するが、大量印刷ができねば浮世絵に対抗できぬ。カラー写真ができるようになるのはいつごろか。印刷物への応用はどうだ」

 「カラー写真ができるようになるのは今しばらく時間がかかるかと。印刷物にカラー写真を描写させるには、複写という過程が必要ですので、我々が望むような展開になるにはその後かと」

 「カラー印刷の実用化ですが、まずは、輪転機はモノクロではありますがすでに実用化してから三十年の年月がたちつつあります。これにより、機械による大量生産の道はすでに開けております」

 「後は、この輪転機がカラー化できればいいというのであろうが、それはいつだ。もしくはいつごろか」

 「はい有力なのは、チェコで79年に考案されたグラビア印刷法でございます。その理論を考案したグラッチェ氏がその実用化に日々努力しているということであります」

 「よかろう。現時点では彼に資金援助を。そして一刻も早く浮世絵一枚当たりの値段に匹敵する商業化を実現するように」

 「はい。全世界にカラー印刷の実現に向け、諜報員を展開させます」

 「ふむ。浮世絵の息を止める手段を一刻も早くだ」

 「はっ」

 「しかし、そうは言うが俺は源氏物語が全巻浮世絵が出る後十年は、浮世絵の商業化に対抗する手段が出そうにない気がするのだが」

 「三色法も最初の方は色合わせ等で熟練の職人芸が必要だからな」

 「カラーの機械化ができたところで、それを日本人に使われれば両者の間にあるのは、紙の消費地までの距離」

 「紙を大量消費してくれる欧州で機械を回せば日本から欧州まで四十日かけて運搬する時間の分だけ欧州にカラー印刷機を置く者が有利なのだが」

 「しかし、印刷機の歴史に出てくるのは、大陸がほとんどだな」

 「活版印刷を発明したのは、独逸のグーテンベルグ」

 「カラー写真技術で秀でているのは仏蘭西」

 「局長は、浮世絵の息の根を止めよという指令だが、その後を仏日同盟している仏蘭西にさらわれた場合、英吉利が蚊帳の外に置かれる立場は変わりないのだが」

 

 七月一日

 桐生駅

 「桐生発水戸行き一番列車、発車いたします」

 「今日、ここに開通式に集まった連中に話をしたいのは、この桐生駅ではまだ使われていないが、日本橋駅周辺で使用される予定になった電灯についての協議だ」

 「今年二月に江戸電燈株式会社が発足し、電力を日本橋周辺に三年後をめどに供給し始めるとのことだ」

 「わが社は、電力を供給され大量の電灯を消費する需要家という立場だが、何か問題でも」

 「わが社は、駅ごとに電灯を必要とする大口供給先となる」

 「いいたいのはこれか。大量に購入する電力であれば、わが社で電力を供給すべきであると」

 「そうだな。停電した際、自社電力ならば鉄道網だけ停電の影響を受けずに自社配線を確保できるであろうな」

 「ここで水戸藩からの要請がある。常磐炭田で産出する石炭を大量購入してくれる会社を求めている」

 「そうだな。鹿島の製鉄会社で利用するには低品質であり、燃料用にしかならないからねえ」

 「しかし、火力発電に用いられる石炭は低品質でも問題ない。どうであろう、わが社が電力会社を興し、常磐炭田の大量購入先となるというのは」

 「つまり、火力発電所を建設し、線路沿いに電線を引っ張るというのか」

 「そうなるかな。鉄道会社の利点はすでに送電線をひく土地を確保していることだ。線路わきもしくは線路沿いの地中に電線を張り巡らせれば、線路の有効利用にもつながる」

 「一石三鳥ぐらいか。問題は、わが社は北から北海道、南は鹿児島まで線路を張り巡らせている点だ。電線の有効距離は千キロを越えるか」

 「江戸電燈が採用しているのは、直流電力だ。営業距離は武蔵一国を出ない」

 「では、わが社が必要とする電力を供給するすべはないのか。直流電力であれば、各州ごろに発電所が必要となるであろう」

 「もうひとつの送電方法である交流電力をもちいれば、遠隔地まで送電ができる。この場合、百キロは送電可能だ」

 「東海道と山陽道をあわせて千キロ。各地に発電所を建設するしかないか」

 「まてまて、発想の転換をはかるべきだ。いいか、わが社は電力の大口需要家だ。しかも日本全国でだ。日本各地津々浦々まで発電所を建設するのは合理的でない。例え、線路沿いに人口が増えつつあるとしてもだ」

 「人口が増えつつあるのであれば、発電所を建設してもいいではないか」

 「待て待て、全国津々浦々にまで張り巡らされているのは藩であり、わが社の大株主もしくは名古屋藩のように協力体制を敷いている藩も数多い。わが社が大口需要家として電力購入を保証すれば、わが社の株主に電力会社の設立を促せばよい」

 「なるほど、友好的な藩があればその地の電力を任せられるというわけだな」

 「そうだ。関東は水戸藩に任せればよい。我々は需要家であればよい。水戸藩が常磐炭田で起こした電力をわが社が購入すれば水戸藩からの要請も達成でき、水戸藩は電力会社として大口需要家を確保できたとして感謝もされる」

 「なるほど。これはおいしいですなあ。世間に対する信頼関係を築けるというものだ。では、九州は大藩である薩摩藩に主導権を渡しましょう」

 「東海は、同じ御三家である名古屋藩に話をもっていきましょう。先方が話に乗るのもよし。駄目なら東海道線で水戸藩が起こす電力をわが社の線路で送電いたせば問題ない」

 「では、北陸は前田藩に話をもっていきましょう」

 「では、四国はどういたしますか。わが社と関係が深いのは高松藩と南海鉄道株式会社の二つですが」

 「「「無論、南海鉄道株式会社」」」

 「では、同社と合弁企業を設立。もしくはわが社が同会社に出資をする方向で」

 「奥州はどうしましょう。我が社以外に電力の需要家を探す方が難しいのですが」

 「ここは、仙台藩に話をもっていきましょう。同藩が話に乗ってくれば両者で電力会社を設立する方向で」

 「ですなあ。電力を消費してくれるとすれば大都市が有利で。必然的に大都市を有する大藩が優位かと」

 「その路線が使えないのが北海道ですが、ここは自前ですか」

 「北海道で発展の余地があるのは釧路と北海道の中央に位置する札幌周辺かのう。両者の中間に位置する富良野駅周辺に火力発電所を設ければ石狩炭田の炭鉱を利用できるので一つの発電所ですむであろう」

 「後、わが社が路線をひいている地は畿内と福山以西の山陽道ですがいかがいたしましょう」

 「大坂と京の二大都市を押さえるのは第一であるな。両者の中間である摂津と山城の境界に発電所を建設すべきか」

 「山陽道は、備前藩との協議でいこう。備前藩との話が流れれば、その時はその時の対応を取ればよいかと。備前ならば、姫路あたりからの送電もあり得るからな」

 「では、各藩にふるべき資本金はいかがいたしましょうか」

 「江戸電燈と同じ二十万円を申請いたせば問題ないであろう」

 「後は、発電機の発注ですが当然、仏蘭西ですよね」

 「もちろんだ。わが社の大口株主に仏蘭西がある」

 「わが社の一割を保有する大株主に利益を配分せずしていかがいたす」

 「いえいえ、他意はございません。わが社は交流電力で電線を引っ張るとのことでしたから、仏蘭西に発注する発電機を用いるとなれば、わが社が購入する電器の使用周波数は、50 Hz、電圧は127 V と規定させていただきたいためがための確認です」

 「なるほど。電器の規格を統一せねば誤作動につながるからか。各藩にはその旨を説明しなければ。統一規格を設定しなければ、大口需要家であるわが社が電力の引き取りを拒否する旨、各藩に通知すするように」

 「これで仏蘭西にもいい顔ができるな」

 「一石四鳥ですね」

 「では、これを来年の決算報告会に諮るか?」

 「いや、一カ月で各藩に話をもってゆくために今月十五日の定例取締役会に諮ろう」

 「では、それまでに取締役に根回しをさせていただきます」

 「ふむ、反対をする理由を見つけるのが難しい議題だが。だからこそ満場一致を狙おうではないか」

 八月三日

 鹿児島城

 「これはこれは、東海道鉄道株式会社の取締役である島津珍彦殿ではございませぬか。急な帰国はいかがいたしたのでしょうか」

 「なに、島津藩の藩主代わりに代理取締役をしているようなものだが、今日は島津藩とわが社とで電力会社の設立について話をしに参った」

 「電力会社というと、電灯の明かりを供給する会社ということでしょうか」

 「その通りだ。九州は島津藩が主体となって電力会社を設立せぬかとわが社が提案している」

 「設立金は、いかほどで」

 「二十万を予定している」

 「その利潤は確定できるので?」

 「わが社が九州で使用する電力を同会社から購入したい」

 「では、買主もつれてきてくれたのです。我が藩の家老らも認めてくださるでしょう。何か問題でも」

 「わが社は鹿児島線の他、長崎線も運用している。つまり、駅に供給する電力を求めるのならば、九州全線での電力供給を求めているのだが、大口需要家としては、博多と熊本、長崎等の大都市が有利でな。これら全ての都市を鹿児島藩に任せていいのかという問題が生じる。このへんを詰めていただきたい」

 「なるほど、ごもっともですなあ。家老たちに諮りたいので、設立要件の要綱があればご提示を」

 「では、このようになっておる」

   一、 東海道鉄道会社は九州に電力会社の設立を要望する

   二、同会社は九州の全域で駅への電力供給を求めるものとし、大口需要家として要求する

三、設立する会社は資本金二十万円を要望する

四、 弊社は電力会社に送電線を供給する用意がある

五、 日本全国で同一規格の電力を求める。わが社に供給される電力は交流電力で 50 Hz を。一般家庭に供給される電圧には127 V  を要望する

六、 五の規格を達成するために発電機の発注は仏蘭西に一任するつもりである

 「それでは、三日後までにこちらから連絡させていただきます」

 「よろしく頼む」

 

 

 

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