仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第78話

 1883年(明治十七年)八月五日

 鹿児島城 二の丸

 「東海道鉄道株式会社からの申し入れである九州電力会社の設立であるが、皆は設立の方向か」

 「御意」

 「同社は、電力会社から大量に電力を買い取る需要家としての立場をとっておる。いわば、自前でやろうと思えばやれるところ、わざわざ我が藩に話を振ってくれたわけである。設立に反対する理由はないか」

 「設立に百万円単位の準備金が必要であるといわれれば、協議の必要があるでしょうが、わずか二十万円です。同社はすでに我が藩にそれを上回る金額を配当してくれました。金銭的にも問題はございません」

 「では、我が藩のみで九州に電力を供給いたすか」

 「それには、いくつか懸念がございます。まずは燃料となる石炭ですが、とりあえず我が藩内でも採取できますが」

 「なんだ。歯切れが悪いではないか」

 「実は二点ほど都合が悪い点があります。七十三年、琉球の西表島に石炭があると同島に住む住民から我が藩に訴え出た者がおりますが、その者は、琉球の情報を横流しにしたとして島流しにあっておりまして、同島における住民感情を考えますと今しばらく琉球の住民が鹿児島藩になびくまでそのような刺激を避けたくあります。無論、その島しか産出しないというのであれば石炭を産出するのもやぶさかではございませんが、琉球の西端から九州まで運んでくるのであれば、筑豊炭田なり三池炭田で産出いたした石炭を同地で火力発電する方が経済的でありますし、発電所のすぐそばを鹿児島線が通っているのです。送電線もごくわずかで済みますし、これは、同地に火力発電所を建設する方がはるかに合理的です」

 「それは、鹿児島で電力を消費する場合でもか?」

 「はい、交流電力による送電方法であれば百キロ離れた地であろうと、送電による損失は、石炭を鹿児島まで運ぶ費用をはるかに下回ります」

 「では、費用対策を考えると三池炭田のある大牟田周辺に発電所を建設し、それを鹿児島駅まで送電させる方が合理的か」

 「御意」

 「さらに藩外での石炭供給並びに発電所の建設をおこなうのです。三池藩のご機嫌をとるためにも同藩も発電会社の設立に入れるべきです」

 「では、火力発電所の設立は、三池藩と鹿児島藩との共同設立か」

 「それでも設立に邁進できますが、電気を買ってくれる立場の者達を取り込むのが吉かと」

 「鉄道会社以外でいうと百貨店にお城か」

 「電力を買ってくれるのは、大都市ほど有利というものです。博多と熊本それに海軍の拠点がある長崎等を押さえる方が採算性は上がるか」

 「二つの藩で事業を興すこともできる、しかし、需要地を押さえる方が採算は良い。はてさていかがいたしたものか」

 「選択肢は、大まかにいって三つ。二つの藩で電力会社を興す。上記に加え、九州にある四大藩で。九州にある大名家全てに石高により株式を分割する」

 「はてさて、薩摩藩が文字通り主導権を発揮できるのは、三池藩と組んだ時のみか」

 「博多藩と熊本藩が組めば、我が藩の石高を上回ってしまいますから」

 「しかし、博多と熊本の双方はぜひとも押さえておきたい」

 「三池藩と組んだ場合、博多藩と熊本藩が競合会社を興すとも限りません。その場合、激烈な競争が起こる可能性があります」

 「では、二択まで選択肢を狭めるか。大藩四藩と三池藩の五藩体制か九州にある全ての大名家にするか」

 「我が藩は、九州にある他の大名家からはやっかみとうらやむかのどちらかでしょう」

 「我が藩は、東海道鉄道株式会社に投資をして金のなる木をつかんだも同然だ。此度また、電力会社で独り勝ちをいたしますとねたみにかわるかもしれません」

 「それはいたしかない。百戦百勝は危うしだな。此度は、我が藩から譲歩いたそう。九州にる全ての藩に電力会社への出資を募るといたそう。はて、その場合、資本金は二十万でよいか」

 「三池炭田の他に、筑豊炭田にも発電所を建設すべきでしょう。資本金は四十万で」

 「九州にある全ての藩に参加してもらうのだ。せめて我が藩の主張を通すべきだ。会社名は薩摩電力とすべきだ」

 「私は、本社登記を鹿児島とするだけで会社名は九州電力がよいかと」

 「それでは何から何まで譲歩か」

 「いえ、鹿児島に本社登記を残すだけで、電気料金の一割が我が藩に売上税として懐にしまえますが」

 「よし、名を捨てて実を取ることにいたそう。本社登記を鹿児島に置くことのみを主張といたし、後は石高で出資を調整することにいたそう。さすれば筆頭株主の地位は得られ、鹿児島に本社を置く理由として十分であろう」

 「では、早速その方向で明日の話し合いをもってゆくことにします」

 

 

 八月二十九日

 江戸電燈株式会社会議室

 「わが社が電気事業に進出を決めてから、半年が過ぎたが事態は急展開をした」

 「わが社の後追いは、関西や名古屋で起業いたし、すぐさま江戸で競合するとは思いもしなかった」

 「それが大口需要家の東海道鉄道株式会社が音頭を取り、同社は北海道電力と関西電力のみを直営といたした。その他の地域では、奥州電力が仙台藩を、北陸電力を金沢藩が、名古屋電力を名古屋藩が、中国電力を広島藩が、九州電力を薩摩藩が主体となって起業いたした」

 「機材の発注は全て仏蘭西に発注し、わが社が給電を始めるのと同時になりそうだな」

 「我が社との違いは、水戸藩が主体となる関東電力と比較すれば一目瞭然だ。寄り合い所帯ゆえ、様々な藩による主張が入り混じる関東電力だが、電力にとって寄り合い所帯というのは、強力な利点をもつ」

 「電力に投資をできるような藩はその藩事態が大口需要家でもある」

 「つまるところ、寄り合い所帯の面々にそれぞれ電力を売るだけでわが社の売電規模を大きく上回る。で、わが社との最大の違いは、長距離を走る鉄道株式会社に供給する電力は交流が望ましいということで直流電力を供給予定のわが社と相反する」

 「つまるところ、わが社は追い込まれている。江戸周辺に電力を供給する予定が、関東平野にある藩全てを相手に戦わねばならなくなった」

 「少なくとも藩には売電の道がふさがれた。地道に百貨店回りをするか。一発逆転で江戸城に攻勢をかけるかだ」

 「地道にいこう。日本橋周辺の百貨店に攻勢をかけてみよう。最悪、関東電力に身売りする手段もあるが、少なくとも企業価値を高めねば起業した意味そのものが希薄になる。売電契約を取りまくるしかあるまい」

 

 

 十月三日

 パリ 富嶽三十六景美術館

 「前田利益物語の反応はどうだ」

 「個性ある日本人というふうに解釈するものがいる一方、オタクと思われる方々は熱い視線を集めております。第二巻はいつ配布されるのかという問い合わせがすでにたくさん舞い込んでおります」

 「ふむ、出足は好調か。三カ月ごとに新たな巻を出すというお触れはそのままでよいであろう」

 「個人的には、小冊子を出すだけでなく、世界中に浮世絵として出荷すべき価値があるかと」

 「そうか、小冊子の切りがいい所で世界出荷につなげよう。目標は第二の源氏物語だ」

 「壮大な夢ですが、そこまでたどり着けますか」

 「よいよい。儲けは二の次。冬に温州みかんが食べたいというパリ在住の日本人のわがままから源氏物語に温州みかんが登場したように、この前田利益物語では桜が第二の主役だ」

 「そうですねえ。日本人は桜見物ができなくては春になったという実感がしない難物ですから」

 「で、ちょうどパリは現大統領が作ったパリの外郭水路がある。そこに桜並木を並べれるようにパリジャンの思考を誘導中だ」

 「何年計画ですかね」

 「そりゃ、五年計画だ。五年は前田利益物語は続くからな」

 「五年で計画が発動しえも桜見物ができるようになるまでさらに五年ですか。息の長い計画ですね」

 「後は、この美術館の開館が56年ですから三十年を記念して桜を植樹するというのはどないでっか」

 「ええなな、夢見る間は何ぼでも思いつくなあ。とりあえず、八十六年には記念行事を催すことは決定ね」

 

 

 1884年(明治十八年)

 一月三日

 会津若松駅

 「会津若松発新潟行き一番列車が発車いたします」

 「どうよ、南紀派をめぐる旅はこれで後一つになった」

 「後は、奥州街道を南下して佐倉藩にたどり着けば派閥の結集は間違いない」

 「しかし、会津から佐倉まで三百五十キロ。六年がかりの旅か」

 「それが終われば、我々の使命はやはりあれかのう」

 「高崎と小諸を結ばねばなるまい」

 「いつまでも新潟と日本橋を直行する路線場ないのはまずかろう」

 「あそこは、二年ではきついのう。四年がかりとふんでおかねば」

 「とりあえず、奈良に鉄道を通さないか。あそこを通さねば奈良に隣接している近江商人としては肩身が狭い」

 「奥州街道では、それほど難工事はございますまい。奈良に鉄道を通さなければ、紀州藩としても片落ちですのでこの際、奈良にも鉄道を走らせましょう」

 「わが社は、京と大坂で開業した会社故、奈良にも知人が多いですしなあ」

 

 

 二月二十日

 パリ 富嶽三十六景美術館

 「すまぬが、ここならば私の小説を出版してくれるのではなかろうかと訪ねてまいったのだが」

 「どれどれ、小説の中身を拝見」

 「お客さん、これは推理物というものでしょうか」

 「推理小説というカテゴリーに入るでしょう」

 「では、出版を検討させていただきますが。本のタイトルは『J=ハバック=ジェフソンの証言』でよろしいですかな」

 「その通りで、ですが出版してもらえるので」

 「まずは、浮世絵で出版させていただきます。好評でしたら小説として出版させていただきますがよろしいですか」

 「問題ない」

 

 

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