仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第79話

 1884年(明治十八年) 三月一日

 水道橋駅

 「昨年の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、滝川と岩美沢駅間、八戸と二戸駅間、富山と泊駅間、栃木と桐生駅間でした。昨年度、百円の収入を得るために必要な経費は、三十九円でした。次に、昨年の夏にわが社は、北海道電力と畿内電力を設立するためにそれぞれ二十万円を支出しました。よって、本年の路線延長予算は、前年度比で半減とさせていただきます。さらに来年以降、日本各地の駅に電球をつけますので、その設備投資と使用電力代がかかるということを御理解していただきたい」

 「やむなし」

 (((地元に鉄道を通していい顔をしたかったが、電球を届けるのも悪くはあるまい)))

 「では、泊と直江津間の工事期間と工事費用の見積もりについて、報告してもらいたい」

 「はい。難所の代名詞である親不知と子不知間の十三キロは、飛騨山脈が海岸まで突き出た難所であり、地元の者たちでさえ徒歩で歩くしかない道なき海岸線です。同区間は明治に入り、道路ができましたが海岸沿いにかかわらず、海抜八メートルと同百メートルを繰り返すものであり陸上輸送はほとんど当てにできません。よって、工事はトンネルを掘って、親不知側から順次つなげてゆくしかありません。同区間に合計九個のトンネルを必要とし、西側の親不知から始めまして最後の最長となる子不知トンネルをもって同区間は抜けることができます。同区間の工事費は、七百万円、工事期間は最短で三年を予定しております」

 「まさに断崖絶壁を掘り進む難所か。同区間が貫通すれば、大坂から新潟までの北陸線が全通か」

 「北陸線の全通のために工事か。重要性は最重要区間にあげてもいいのではないか」

 「それでは、同区間の工事に入ってよろしいでしょうか」

 「しかし、今年は電力会社に投資をしてしまったからなあ。路線延長は、各自、半減でいかねばなるまい。今年の予算では、最初のトンネルを開通させればよいのではないか。残りのトンネル八ヵ所は、毎年二か所ごとに開通させ、五年がかりで北陸線の全通とすれば、全体の調和がとれる」

 「意義という点であれば、桐生と高崎間を開通させれば、水戸から八王子までの北側外環状線が完成する。水戸駅にとってこれほど意義のある路線はあるまい」

 「いえいえ、奥州路を青森まで伸ばすのために首を長くしてまっている奥州にある藩は、薩摩藩まで先着されたことを一刻も早く取り戻したくわが社に陳情してまいっております」

 「いえいえ、釧路から札幌まで伸ばして初めて北海道の開拓が成し遂げられるのです。優先順位は、北海道電力の建設と相まってこちらも譲れません」

 「とりあえず、各区間の路線延長を訊こうではないか」

 「先ほど申した通り、桐生と高崎間の三十九キロを」

 「二戸と青森の中間である野辺地までの五十一キロを」

 「岩美沢と札幌間で四十一キロを」

 「誰かが譲らねばなるまい。外環状線は申請通りを受け付ける。後は半減して、二戸と三沢間、岩美沢と高砂間。泊と直江津間は、五年で開通させるものとし、本年は最初のトンネルを開通させるものとする」

 「今年は、予算の分捕り合戦でしたな」

 「以上をもちまして、昨年度の決算報告を終えます」

 

 

 四月四日

 日本橋 料亭梶

 「東海道鉄道株式会社の株をもっていたやつらいいな。二年後に事業が開始される北海道電力と畿内電力のそれぞれの株式をただでもらえたんだから」

 「俺も持っていたら同株式をもらえたのにな」

 「それぞれが持っている株式枚数に比例した分だけ受け取ったのだから、経済でいう平等といえば平等」

 「しかし、北海道電力なぞ採算に乗るまで他の電力株より時間がかかるだろ」

 「しかし、額面は維持できるであろう。近々、釧路と小樽が全線開通するのであれば、その間に家も建ち並び、同区間の駅では電球というやつが真昼のように照らすのだろ」

 「ま、だから赤字になることはあるまいから、持っていて損はあるまい」

 「畿内電力の株を株式数によって分配したのは、販促の意義もあるな。同株式をお持ちの方々へ電球を明かりとして採用してくれるようにお願いする意味もある。例え電力購入しようと、電力の利益が電力株の配当として受け取れるなら、人間はコロッと同社の電力を購入するさ」

 「後は、このようにわが社は会社を興した際、東海道鉄道株式会社の株をお持ちの方々へ株式を譲渡いたしますので、わが社の株を買ってくださいという意味もある」

 「同社株の人気も上がるし、土地買収も容易になるさ」

 

 

 五月三日

 源氏物語『若菜上下巻』を浮世絵化

 「光源氏もおじさんか」

 「千年前の寿命は四十ほどだろ。後は、人生の残照か」

 

 

 七月一日

 高崎駅

 「高崎発水戸行き急行隼、一番列車が発車いたします」

 「外環状線も残すは、八王子からの南路線か。なんだかんだと言っても、関東が路線密度が一番高いな」

 「御三家として譜代が多い関東平野の経済力を高めることこそ、天下太平の第一歩だからな」

 「それもあるが、人口密度はやはり、畿内と関東の二つが抜き出ている。単に人口の多い所に鉄道を走らせただけと割り切ればいいさ」

 「機内には競合鉄道会社があるが、幕府に遠慮したのか関東平野にはいまだに競合会社がない。これは奇跡か」

 「それも後数年のことだろう。中山道鉄道株式会社が奥州街道を南下してきて、佐倉藩まで鉄道を伸ばす。当然、日本橋経由であろう」

 「なにはともあれ、今年は二つの電力会社の株式をうちの株主に譲渡した。株主には大盤振る舞いをしたつもりだ」

 「三大株主で、全体の七割を占めているからこそできる荒業だがな」

 「安定株主対策をしないですむのは大いに助かるが」

 

 

 七月四日

 仏蘭西から亜米利加に自由の女神像が譲渡される

 

 

 七月五日

 江戸城 二の丸

 「清仏戦争の結果、仏蘭西が勝利し、日本は清に対し仏蘭西と同格の地位に立った」

 「では、清のみならず李氏朝鮮に対しても不平等条約が適用されるので」

 「もちろんだ。それだけではない、仏蘭西の上海租界の隣接地に日本も租界を建設することになった」

 「では、当然、我々が清に朝貢する必要はなくなった」

 「では、清に我々に朝貢させることもできるのでは」

 「それは、清がかたくなに拒んだ。この条項を清に受け入れさせるのならば、我が国も同戦争に参戦していなければならなかっただろ」

 「今のところ、いいことずくめですな」

 「そうだ、我が国の重要な輸出品である浮世絵であるが、これからは主要な市場として清と朝鮮をはじめとする東アジアで市場を伸ばすつもりである」

 「それはそうですな、浮世絵に関税を課そうとしても関税自主権は我が国にある。遠慮はいりませんな」

 「それもあるが、世界で唯一のカラー印刷技術である浮世絵も欧米でいついかなる時に機械化されたカラー印刷が市場を席巻するかもしれない。そうなれば、我が国は欧州市場は遠くて市場を失うであろう。その時のために対処するための市場開放だ」

 「なるほど。我が国にも機械印刷技術を導入すれば、欧州から遠いアジアでありますから、我が国でアジア市場を独占できるかもしれません」

 「さらに、アジアでは今しばらくは浮世絵を輸出できるであろう。しばらく機械印刷の費用が高止まりするかもしれないし、アジア市場向けに機械印刷が進出するまで今しばらく欧州より遅いであろうし」

 「なるほど、人口であれば欧州仕様の二倍の規模が開かれたわけで」

 「そうだが、諸君。戦争に参戦もしていない我々に台湾が譲渡されることになった」

 「それは何故でしょうか。戦争の対価としては釣り合わないのでは」

 「そうだな。清から仏蘭西は四百万円の賠償金とこれから阮朝を切り取るだろうが。戦争に協力した我々に台湾を渡す道理はないはずだ」

 「だが、オスマン大統領は台湾にかわる対価を我々に求めた。日本がパナマ運河の完成を確約して欲しいと」

 「三十五億フランをつぎ込んでも完成のおぼつかない同運河ですか」

 「そう、現地病であるマラリアの蔓延するパナマでの運河建設だ」

 「三十五億フランといえば、日本円で一億五千万円。とりあえず、三十五億フランを元本保証しようとすれば、日本国内の全ての藩と幕府の年間予算を上回りますねえ」

 「それを拒否するという案はないのでしょうか」

 「それも考え済みだ。その時は、日仏同盟が崩壊するであろう。なんせ、オスマン大統領は今年限りをもって引退するという声明を出した。そして、パナマ運河会社のレセップス社長も今年限りで引退だ。いわば、日本に大恩ある二人の遺言だ。突っぱねれば、日本がパナマ運河会社を見放したと世間はみなすであろうから、パナマ運河会社の株式が暴落するであろう。仏蘭西は二十五億フランをつぎ込んで大損したとあっては、矛先はそれを見放した日本に向かうであろう。仏蘭西そのものを敵にまわすのことになるであろう」

 「受けざるをえませんか」

 「日本に仏蘭西以外の同盟国はない。仏蘭西を失えば、清の立場に日本は落とされるであろう」

 「では、日本は金をねん出するので」

 「もしくは、三十五億フランのうち、日本の負担分を除く三十三億フランの元本保証をすれば世の中は納得するであろうが、そのような金は幕府にない」

 「では、スエズ運河建設の時のようにやるしかありませんか」

 「やるしかあるまい。金が出せないなら、人夫を提供するのみ」

 「侍と書いて極地の工夫と読む」

 「世間は、支配者階層の士族が土木作業員になるのです。侍の特権よりも義務の方が多いとみなすでしょう」

 「今、世間に士族と平民を平等にしようといいだしても平民が断るかもしれませんね。侍の義務は侍でやりなさい。平民に決して押し付けないようにと」

 「すまんが、早速パナマ運河に派遣する名簿の作成にかかってくれ。このことは各藩にも連絡してくれ。もちろん、人夫の代わりに各藩に負担金も併記してやれ。負担金か人夫の派遣か、二者一拓でかまわんが」

 「負担金を選択する藩はないでしょう」

 「パナマ運河を開始してから、ぼちぼち清人との契約期間が過ぎようとしている。このまま任期が明ければ、大半の清人が中国に帰国するであろうとみなしている。すぐさまパナマに人夫を送る必要があると勝殿から連絡がまいった。最善を尽くしてくれ」

 

 

 七月二十日

 パナマ運河株式会社

 「社長、日本がパナマ運河の完成を確約したことで、同社の株が持ち直しております。ふむ、では、わしが引退する条件が整ったな」

 「それと株式の新規購入者ですが、美術愛好家で名が通っている面々から多数応募がありました」

 「はて、その理由はわかるか?」

 「今のところ、購入以外は動きがございません」

 

 

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