仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第80話

 1884年(明治十八年)七月二十三日

 阮朝王朝

 「仏蘭西より我が国に保護領になれという勧告ですが、いかがいたします」

 「勧告を断れば、阮朝と仏蘭西との間で戦争でしょうに。勝利は出来ませぬな」

 「清があれほど頼りにならぬとは。せめてもの抵抗です。来年まで手続きに時間がかかるとして返事を引き延ばしなさい。向こうが戦争を仕掛けるより、我々から自発的に保護国になるほうに益があるならば、後半年くらいは引き延ばせるでしょう」

 「では、条件闘争に移らせていただきます」

 「ほんに、あれほど清が当てにならぬとは。清を呼び込まねば勝利も出来たかのう」

 「黒旗軍に最新装備をもたらせれば可能であったかもしれませんが、国内で反乱軍を抱えている地点で、黒旗軍に最新装備を渡す策は成功いたしません。黒旗軍は、反乱側につくこともあり得たわけですから」

 「国内がまとまっていなければ、義勇軍に頼る策はなしか」

 

 

 九月十八日

 パナマ運河会社

 「では、これより過去三十年に渡り世界の発展に寄与してきたフェルディナン=ド=レセップス社長に最後の会見をお願いいたします」

 「株主の皆さま方、次に従業員の皆さん、そしてマスコミ関係のみなさん、私、フェルディナン=ド=レセップスは、世界を小さくするためにひたすら地面を掘り、そしてそこに海水を引き込み、海と海をつなげること、いいかえると六千キロの短縮となる航路の開拓に二度挑戦いたしました。一度目は、ナポレオン皇帝の後押しを受け、地中海と紅海をつなぐことに成功しました。次に、二度目はオスマン大統領の要請により、カリブ海と太平洋の接続に挑戦している最中であります。ただ、我が精神はいまだ健在なれど、誰も果たせぬ夢である大洋同士の接続は、私の体力の限界と高齢により成し遂げることは見届けることはかないませんでした。しかし、誰もが夢物語といわれたパナマ運河開通を託したオスマン大統領は、自身の功績と引き換えに同盟国であるジャポンとの共同作業という形で引き継いでいただくことができました。どうか、株主及び従業員の皆さまは、引き続きわが社の発展に貢献していただきあります。途中退場する私のわがままをどうかお許しいただきたい」

 「それでは、株主の皆さま方には、同士の退任に承諾と勝海舟新社長の就任を承諾する決議に入る前にご質疑がある方は挙手をお願いします」

 「まずは、新社長の就任ですがいつくか質問いたしたいことがあります。まず、日本はパナマ運河完成の確約をされたそうですが、我々株主にはどのような変化が訪れるのでしょうか」

 「それでは、勝がお答えいたします。パナマ運河完成まで我々日本は、どのような困難に立ち会おうと運河採掘の歩みをとめません。もし万が一、工事が止まるときは日本中の労働者が枯渇した時とお考えいただきたい」

 「では、日本はあくまで工事の続行を確約されるわけですが、我々は株主として三十五億フランを投資しているわけです。これに対する債務保証はされるのでしょうか」

 「それも考慮いたしましたが、今後十年の間は、工事を止めるつもりはございません。ですので、十年後以降、もし万が一工事を止めることがありましたら、株主の皆様には、幕府ができる債務を履行したくあります」

 「では、我々株主としては、今日本にある債権の代わりとなる抵当を教えていただきたい」

 「幕府としましては、各藩の石高に応じて債権を割り振るつもりですが、幕府の用意できる抵当は、天領にある鉱山や幕府所有の船舶等を幕府の所持する外貨とともに当てはめるつもりです」

 「各藩に割り振りしたとのことですが、それらの各藩は債権を保証してもらえるのでしょうか」

 「いえ、今現在、株主の皆様にお返しする金銭は十分にはございません。それゆえ、工事の進行を日本が受け持つことになっており、各藩も人員の派遣にご理解していただきました」

 「では、各藩も金銭で補償をしてくれないというわけですな。では、我々株主としては、抵当となるものを実際に確認する権利を有すると思うのですが」

 「日本や台湾各地にある鉱山をご見学なさりたいというのですか」

 「いえ、それらの鉱山は操業していてこそ価値があるのです。鉱山から搬出される鉱石等の出来高を確認するだけで十分です。例えば、鉱山大国である露西亜などは、鉱山のリストをみせていただければそれで十分な抵当となるわけです。しかし、日本は大規模鉱山があまりない。ないというか、採算性の怪しい鉱山ばかりで我々株主が納得するだけの物は出せないでしょう。しかし、私は今年新たに出資してくれた方々にこうお願いされました。日本中に散らばる浮世絵を抵当としてみせていただきたい」

 「浮世絵にそれだけの価値はあるのでしょうか」

 「あるかないかは、こちらも現物を見なければ判断できません。しかし、パリにある富嶽三十六景美術館一つで数億フランの価値があるという専門家もいます。抵当となる浮世絵が日本から海外に売っぱらわれるのを債権者として黙っているわけにはいきません。幕府及び各地の藩が所蔵する浮世絵の価値を我々株主に見せていただきたい。どうでしょうか、我々のみならず、欧米の皆様に浮世絵を展示してくれれば、株主への説明責任を果たしたということにはなりませんか」

 「展示する浮世絵は、私物以外の全ての浮世絵ということになるのでしょうか」

 「そうですねえ、我々株主の中にも美術品の専門家がいます。対象となる浮世絵を日本で確認して、世界に展示する価値がある物は全て欧米で展覧会を開催してもらいたい」

 「私個人としては、確約できませんが、その提案を幕府に伝え、返事をもらうことでこの場をおさめていただけないでしょうか」

 「では、その債権者として権利を一つ行使することで納得いたしましょう。幕府が返事をするまで日本にある浮世絵は、私物であるものを除き海外に出てゆくことを禁止してもらいたい。むろん、今以降、公共物から私物に変更するのも認めませんが」

 「それでは、最善を尽くして皆さま方に浮世絵の展覧会をすることを約束させていただきます」

 「それでは、最初に我々に展示していただける方向で話を進めていただきたい」

 「承りました」

 「それでは、新社長の就任に異議を唱える方は、挙手をお願いします」

 「賛成多数とみなします。十月一日より新社長に勝を迎え、わが社のさらなる発展にご期待ください」

 

 

 九月二十五日

 江戸城芙蓉間

 「それでは、パナマ運河会社の株主総会で浮世絵の総展示を約束させられたのか。勝は」

 「三十五億フランの力を背景に断ることは我々の誰にもできなかったでしょう」

 「それで、その専門家は幕府が承認すればすぐさま、日本に向かうと」

 「はい、我々が承認すればすぐさま仏蘭西を発つとのことです」

 「断ることは出来ぬか」

 「断るには、三十五億フランに相当するものを用意しなければならないでしょう」

 「つまり、幕府の蔵にある発禁処分になった物まですべてさらけだせと」

 「で、我々がここにいる理由はなんだ。専門家が来ることは拒めぬのだろ」

 「全ての藩にも連絡していただきたいのと、できれば江戸城に一同に作品を集めたいのですが」

 「親藩までならそれですむだろうが、外様は納得するか。大金に相当する美人画を幕府に預けるのに納得するか」

 「でしたら、地域の大藩に頼むとか。一企業に任せるとか」

 「ではいつものやつしかあるまい」

 「東海道鉄道株式会社に一任いたそう。同社株を担保といたせば、外様も展示には同意いたそう。そもそも、同株式会社の大株主には仏蘭西政府もあるのだ。その接待は当然だな」

 「そもそも、そのためのオテルだろ。展示会場も同社は確保しているではないか」

 「何のための飛脚便か。美術品を輸送するためのものであろう」

 「最後の軍事物資に浮世絵を指定してやろう。さすれば断ることもできまい」

 「この際だ。美人画等の一覧を作成いたそう。うまくいけば、大名の御取りつぶしの際、押収することも容易になるであろう」

 「まあ、良い。各藩には、浮世絵の展示を東海道鉄道株式会社に将軍直令で申しつけたゆえ、協力するように通達せよ。それが嫌なら、各藩に割り当てられた金額を幕府に預けよと」

 「すぐさま、通達に参ります」

 

 

 九月二十八日

 水道橋駅

 「で、将軍直令でわが社が日本中の藩から藩の所有する浮世絵をオテル日本橋に集めて仏蘭西から来る美術専門家に展示せよと」

 「そのためにオテルと飛脚便があるのだと老中たちは申しております」

 「これは、採算は度外視か」

 「専門家に見せた後、仏蘭西人の評価した肉筆画をみたい庶民はたくさんいるでしょう。どうせなら、彼らから入場料を受け取れば採算は合うのではないでしょうか」

 「まあ、そうだな。門外持ち出し禁止の肉筆画か、それはワシでもみたいのう。しかし、各大名家は提出を渋らぬか」

 「そこは、わが社の株式を貸し出しの最中担保として渡しておけと言われてますが」

 「貸し出しの最中に不慮の事故が起こればわが社の責任か。まあ、和紙というものは物理的な衝撃には強いが」

 「とりあえず、各藩には通達を出せ。将軍勅令によりオテル日本橋に各藩の浮世絵をお借りいたしますと」

 「では、そのように通達を出します」

 「日本全国に物流網を張り巡らせるのは、いささか問題が多いな。厄介事もふってくるではないか」

 

 

 十二月一日

 出雲駅

 「出雲発萩行き急行隠岐一番列車発車いたします」

 「毛利藩にも藩が所持している浮世絵を貸し出せときたか」

 「これは、茶器と同じ扱いだな。他者に一度もみせたことがないものは無視できるが、どこにも愛好家はいる。浮世絵をみせてください。このように前田藩主の推薦状もいただいてまいりましたので、とくれば見せぬわけにはいかんな。浮世絵をみせるのはさほど苦痛にもならぬ。茶器と違い、落としても割れぬし、もし一部が欠けた場合、修復すれば済むからのう」

 「火災だけは防げませんが。それにしても東海道鉄道株式会社は幕府が厄介事を持ち込む窓口になってますなあ」

 「だが、それは浮世絵の展示が成功すれば日本が認めた展示主となるだろう。後々、日本中から展示物を集めてみたいので協力をしてもらいたいのですが、どうかその役目を同社で引き受けていただきたいとくるであろうな」

 「確かに物流網は、日本一。展示会場であるオテル日本橋は実績十分」

 「そのような厄介事が舞い込む東海道鉄道株式会社はうらやましいですなあ」

 「とりあえず、わが社の役目は出雲大社までつなげることができました。これで神在月である旧暦十月には、日本中の御師を出雲までお届けできるでしょう」

 「それくらいは、おいしい所がなければのう」

 「しかし、中国電力は広島藩と岡山藩においしい所をもっていかれましたねえ」

 「話をふられた岡山藩が本社登記を岡山におき、後は石高によって出資比率を決めた」

 「おかげで毛利藩は、鳥取藩をわずかに上回る出資比率二位の立場に甘んじなければならぬ」

 「電灯をひくということは、再来年までに各駅に電灯をつけねばならぬ。その点、電力会社に多大な投資をできぬわけではあるが」

 「わが社の各駅に電灯をつけよという啓示でございますな」

 

 

 

 

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