仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第81話
1885年(明治十九年)一月五日
漢城府
「日本より通達が参りました。清仏間で締結されている条件で日朝貿易をおこないたいと」
「恐れていた事態が来たニダ。朝鮮は、日本による不平等条約の標的にされてしまったニダ」
「清仏戦争で清はいい所なく敗れてしまいました。清も仏蘭西の同盟国である日本に対し不平等条約を締結させられました」
「では、朝鮮に押し付けられた不平等条約を押し返せるいい方法はないか」
「清は、朝鮮に清に対しこれまで通りの朝貢を求めています。段階をいくつか考えますと、日本からの不平等条約を破るには、まず清に対して朝貢を停止する必要がありますが」
「無理ニダ。朝貢を停止したら、国内がまとまらないニダ。もし、朝貢を停止したら、清と朝鮮は陸続きニダ。真っ先にここ漢城府を包囲して我々に無条件降伏を要求するニダ」
「では、取れる策は一つしかありません」
「どうするニダ」
「このまま、不平等条約を受け入れ、開国政策の継続しかありません」
「それ以外に方法はないか」
「清に戦争で勝てるとお思いでしたら清に戦争を吹っかけるといいかと。そうそう、あり得ないと思いますがもうひとつ時期を待てば成功するかもしれません」
「それは何ニダ」
「清が仏蘭西に匹敵する強国に勝てばいいのです。そうすれば、世界は清の実力を認めるでしょう」
「わかったニダ。早速、清に要望書を出すニダ。戦争に勝つ準備をさせるニダ」
一月二十日
神奈川港
「アンリ調査団の皆さん、日本へようこそ。来日中、同行を務めます橘と申します」
「早速で悪いが、橘殿。我々はすぐさま浮世絵をみせてもらいたい。案内を頼む」
「わかりました。それでは、神奈川駅より汽車に乗り日本橋駅で下車してもらいます。会場は、日本橋駅から見えますオテル日本橋の大会場を押さえてあります。皆さま方には当オテルに宿泊してもらうことでよろしいでしょうか」
「それで構わない。我々は、仕事をしにきたのであるからな」
「では、これより移動を開始していただきます。会場のオテル日本橋まで、一時間の旅路となります」
品川駅近郊
「我々は、これより東の聖地日本橋に踏み込むのですな」
「西の聖地であるパリのオペラ界隈は西洋人にとって訪れるのは度々という者はたくさんいるが、地球の反対側である東の聖地を訪れたという者は、我々の間でもほんの一握りだ」
「片道四十日の旅ですから。我々でさえ、仕事にかこつけてでもなければ訪問することはなかったでしょう」
「私は、本国に帰ったら早速、仲間に呼び出されることになっています。土産の浮世絵の一つでも持って帰らなければ、格好がつきませんね」
「しかし、帰ったら同行の士からよってたかって話をせがまれるのではないか」
「ええ、何か面白い話の一つでも拾えるとか。未発見の浮世絵に出会いたいですね」
「そうだな。我々に仕事の第一目標はもう一つの富嶽三十六景美術館級の浮世絵を発見することだ。我々の派遣元であるパナマ運河株主にとっては、富嶽三十六景博物館より付加価値の大きな浮世絵を発見することができれば、我々に与えられた仕事は成功だ」
「時価数億フランの浮世絵を世界に向けて発信することができればわくわくしますね」
「我々は、用意されたものを見るだけだが、はたして大名という領主が用意する浮世絵はいかがなものか」
「浮世絵は、庶民を標的にしたものであるから、貴族たる大名家にはありませんと言われればどうすることも出来ないのですが」
「そうだな、ここ日本に来るまで大名家が収集する骨董品という物を調査した結果がある。茶道を体現する上で必要不可欠な茶器に」
「大名家に嫁ぐ上でかわいい嫁にもたせる源氏物語絵巻に貝合わせの数々」
「そして、赤穂浪士になりきるための浪士達が残した数々の遺品」
「なんですか、その浪士とは」
「浪士とは、使える主人を失った武士といえばいいのだろう。西洋でいえば、領地を召し上げられた貴族につかえていた騎士といえばいいだろうか。この赤穂浪士は、とある事件で領地を召し上げられ切腹を命じられた主君のために復讐を遂げるために浪人となって一年後、見事仇を討った赤穂浪士四十七名が残した遺品のことでな。彼ら浪人には何も援助をしていなかった後世の連中が赤穂浪士の残した遺品を収集して、それを大名家とか武士同士でこれこそ、筆頭家老が使った茶器であるぞと赤穂浪士に我こそ近いものであると自慢しあうための遺品の数々だな」
「はあ、どこの世界にも珍品貴品を集める連中はいるのですね」
「てなわけで、我々が期待するのものを大名家が持っているとは必ずしも成り立たないわけだ」
「個人的には、源氏物語にはまっている恋人のためにその貝合わせを買って帰りたいですね」
「後、いっとくが大名家が秘匿している浮世絵は出てこないかもしれないぞ。誰かに見せていなければ、わざわざ抵当にしたくはないからな」
「はあ、期待半分、不安半分というところですか」
一月二十一日
オテル日本橋大広間
「まずは、西洋で二大巨人である葛飾北斎と歌川広重の未発見作品であれば、それは要チェック。そして、浮世絵の始祖というべき菱川師宣の作品は、ぜひとも押さえて欲しい。初期の作品は、富嶽三十六景美術館では、収集量が少ない。このあたりは、好事家が高い評価をつけるでしょう」
「次に、浮世絵の歴史をたどれるものがあればそれは複数枚で成立してもかまいません。初期のころの肉筆画が総じて高い評価を頂けるでしょう。浮世絵のという名はついていませんが十六世紀には浮世絵に分類されるものがあるということです」
「さらに、発見枚数が少なくても評価が高い人物がいます。東州斉写楽という人物は、幕府が版元を発禁としたため今現在も謎の多い人物です。その手掛かりを幕府の蔵から引っ張り出せれば、大手柄です。なお、俺の活動期間はわずか一年ということです」
「そして、西洋が注目する浮世絵のだいご味は何と言っても世界初のカラー印刷であることです。そして、日本でもその初めての作品というものがあります。もちろん、その時代の先駆者である鈴木春信らの作品であれば、その可能性は極めて高い。その時代の発売時期順に並べれれば浮世絵の時代そのものを解明できます。さあ、皆さん、これからこの大広間に世界が待っているものがあるはずです」
「「「おおっ」」」
一月三十一日
「今日で、長いような短いような缶詰生活も終わりか」
「歴史的な発見もあり、有意義でしたね」
「初期のころの作品は、やはりここ日本にしかないものが多かったですねえ」
「初期のころは、版画でなく美人画だから一点ものだ。絵師にしても大名家に献上された作品も多数あった」
「それで、結果はどうでしたか」
「もうひとつ、富嶽三十六景美術館ができるだけの担保が出てきたよ。依頼された仕事は成功だ」
「では、この後、休暇を楽しみますか」
「そういきたいね」
「「「わいわい」」」
「「「がやがや」」」
「なんだか、広間の外側が騒がしいですねえ」
「アンリ団長、まことにいいにくいことなのですが、明日からの一般公開の期日を間違えてきた団体がございまして、作品を今日見せろと言って無理難題を吹っかけております」
「それは、期日を間違えた者が悪いだろ。対応は橘殿に任せる」
「それが、むげにできない用件もありまして。鈴木春信の作品が本物であるか、調べてくんろと駄々をこねるんで」
「待った。作品をみせてもらおう。ちなみにその作品名は何か」
「井出の玉川図というんですが」
「御一行をこちらにご案内して。早速、鑑定に入らせていただきます」
「では、そのように手続きをさせていただきます」
「仕事が増えましたな。本物なら歴史的な快挙だ」
二月二十日
「さあ、これまでにない所に中村からやってきた一行によって記録更新だ」
「「「すげえええ」」」
「さて、その要因をお教えしていただきましょう。団長のアンリ殿、始祖や二大巨将を差し置き、最高位に張り付いたこの作品の価値は何でしょうか」
「それは、浮世絵そのものの歴史が入っていることです」
「では、この作品群をもってこられた妹尾氏にお伺いします。これだけ高い評価を受けた理由をなぜでしょうか」
「おらの村は、六十年に一度、江戸から歌舞伎役者を招いて公演をおこなうだな。で、その際、その時々に流行った浮世絵の作品を代々、勧請所に奉納して蓄えていったんだな」
「では、その浮世絵が開かれた回数は何回でしょうか」
「幕府が続いている期間がそのまま開かれたから、去年までで計五回分なんだな」
「ということは、歴史を振り返りますと、明治、文政、明和、宝永、正保の作品が一堂に入っていたというわけですね」
「んだ。六十年に一度というのは、六十干支でわてらの村にはその中の一つが割り当てられているせいだ」
「なるほど、浮世絵のそのものの歴史が一つの箱の中に入っているというわけですねえ。これには、誰も勝てないでしょう」
「そうか、おら達、この公開鑑定を見に来て正解だった」
「やはり、浮世絵は庶民のものだ。大名家に匹敵する宝の数々がザクザクと出てきた」
「アンリ調査団に方々をこうして大広間に見に来る人達もたくさんいるねえ。やはり、仏蘭西人の血かね。結果がすごくわかりやすい。大広間の壁に作品の価値ごとに並べているからねえ」
「壁の左側に位置するものほど価値が高い作品という一目でわかるわかりやすさ」
「そして、解説を交えて例えば歌川の作品がこの位置にあるのを丁寧に解説してくれる」
「司会者もいいねえ。普段、結婚式の司会進行を務めているそうだってね」
「おれらは、この公開鑑定を見に来たんだが、噂道理だね」
「ああ、口コミで浮世絵をもちこむものが後を切らないという話だ。一般公開期間中、この浮世絵の作品持ち込みのために調査団の人たちはうれしい悲鳴をあげているっていう話だ」
「では、妹尾氏にお伺いいたします。最高評価をいただいたあなた方は、今何を望みますか」
「おら達、中村は何もない村だ。あら達の村に汽車を走らせたいだな」
中村ときいて、各自の頭の中には、名古屋藩や津軽藩、豊臣秀吉?備中、天草四朗?といった言葉が浮かんだ
「中村はどこにある中村でしょうか」
「西土佐にある四万十川の河口にある村だな」
「その声が届くといいですな」
「んだ」
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