仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第82話

 1885年(明治十九年)二月二十一日

 オテル日本橋 客室

 「庄屋さん、おら達の村に奉納されていた浮世絵だがどうしなさるんで」

 「おらが言った通り、浮世絵が売れて汽車が走れば言うことなしだが」

 「でも、土佐に鉄道を走らせるのは、値段でいっても無理だ。松山もしくは琴平から高知に鉄道をひかせるのは、それぞれ七十里、三十里も離れているだ」

 「南海鉄道の人たちもいってただ。どちらにしろ、工事費が南海鉄道の初期及び二次三次建設費相当が必要だと」

 「おら達の村の奉納品が二十個も三十個も必要だな」

 「それだ。一つでは足りないが、五十百と集まれば鉄道をひける」

 「そんなお宝どこにあるんで」

 「少なくともここ数日間、オテル日本橋に集まったお宝はそれを上回る数だ」

 「それは他人のもちもんですから、どうこうできないでしょう」

 「どうこうさせればいいのさ。早速、出かけるぞ」

 「どこに」

 「オテル日本橋で開催される名物行事を主催する日本アルプス振興会だ」

 「庄屋さんのいってることはわからないだが、ついてゆくだ」

 

 

 日本橋 日本アルプス振興会

 「これは、渦中の人である妹尾氏ではありませんか。こちらに参りましたご用件とはいかがいたしたものでしょう」

 「日本アルプス振興会に四国山脈を推す町として中村を入れて欲しい」

 「今まで鉄道をひかれていない街から来られた方々には、お断りをしているのですが。観光の振興に役立つためには鉄道の駅がなければならない。よって、駅がなければ日本アルプス振興会に所属することは出来ないと」

 「ある、鉄道をひかせる手段がある」

 「それは、中村にある浮世絵を売却し、その代金が線路をひく代金に充てるとおっしゃりたいので」

 「それは、そなたもおわかりであろう。一桁もしくは二桁足りないと」

 「はい。例え世界一の浮世絵といえども、鉄道をひく予算は莫大なものです。勝負になりません」

 「そう。確かに足りない。そして土佐の中村は、鉄道の駅がないというだけで日本アルプス振興会に所属することができない。しかし、それは間違っている。鉄道が走るということは、一日で日本橋と結ばれ、来年から昼間のような明かりがともるということで大名家は、日本の四大鉄道会社に日参しているほどだ。しかし、鉄道をひく代金を確保できれば、誰であろうと鉄道会社に依頼を出せる」

 「はい。誰もがそこで苦労しているのですが」

 「できる。金は銀行から引き出せるすべがある」

 「どこにあるのでしょうか」

 「ここ、オテル日本橋に集まった浮世絵を半分ほどまとめればよい。それを担保として銀行から金を借りればよい」

 「皆さん、それで納得してくれるでしょうか」

 「納得させるだけの実績が同協会にはある。日本アルプスの称号を受け取りたい人たちの願いは、それが地域振興につながるからだ。そして、次回の称号獲得地には、同地まで鉄道をひかせる権利を同協会で保証すればいい」

 「いくつか解決しないといけない問題があります。鉄道が走っていない土地に住む方々は、同地にある浮世絵を担保とすれば、日本アルプス振興会に所属でき、日本アルプスの称号を競うことができるようになれば貴殿の提案に賛成してくれるでしょう。しかし、すでに鉄道が走っている地域の方々は納得してくれるでしょうか」

 「日本初の称号をその土地の方々に提示できれば問題ないかと。線路があれば電気が確保できるのです。鉄道がすでにあるというのなら、電気で動く路面電車を走らせる資金を準備させるといえばよろしいでしょう」

 「そうですねえ。京にある馬車鉄道は有名ですが、それが電気で動くとなれば、大都市ものってくるでしょう。もちろん、駅から鉄道の支線をひくのも選択できるとすればさらにいいかと」

 「実際、鉄道の支線を選択する方が多いでしょうが」

 「次に、担保に達するまでの浮世絵を提供してもらうのですが、うまくいくでしょうか」

 「価値のない浮世絵を担保とされても銀行は金を貸してくれません。そこで、日本アルプスの称号を得るために、これまでの勝負内容を改めてはいかがでしょうか。勝負内容を二本立てとします。今までの路線は、そのままひきつぎます。新たに設ける部門は、仮に日本アルプス美術館とします。担保とした浮世絵を一つの美術館で展示します。ここは単純にいきましょう。要するに担保として価値の高い作品ほど、美術部門で有利となるのです要は、優れた作品を提供された地域が有利になり、職人部門との合計点で競うようにしてはいかがでしょうか」

 「なるほど、優れた作品を預けた地域が有利となるのであれば、担保価値の高い作品が集まってくるでしょう。しかし、日本アルプスの称号をさらに高めるために、集められた作品を二分して、半分を日本橋で美術館を開き、残りの半分は日本アルプスの称号を得た地で展示されるとなれば称号の価値も上がるであろうし、すでに鉄道がひかれている土地のやる気も上がるであろう」

 「では、検討していただけるので」

 「現在、加盟されている地域の方々並びに、今まで入会を依頼された地域の方々に打診をしてみよう。賛成多数であれば次回の開催要項を変更することにいたしましょう」

 「よろしくお願いします」

 「こちらこそ、実りある提案をしていただきました」

 

 

 三月二十日

 フィガロ紙

 政治面 優勢変わらず

 現職大統領の引退を受けた仏蘭西大統領選は、後継に指名されたシャルル=ド=フレシネ候補が優勢を維持しており、対立候補は苦戦しております

 国際面 黄金の輝き再び

 仏蘭西の同盟国である日本は、仏蘭西の要請を受け、パナマ運河建設に乗り出しました。同運河は、多数の工夫が現地病であるマラリアに感染しており、高度な医療を有する仏蘭西でさえも難工事と言わしめました。パナマ運河前社長の引退を受け、同運河社長もジャポン人である勝に引き継がれました。日本がパナマ運河会社の債権を引き受けたことは、同株主にとって喜ばしいものであったが、一部の株主は、日本の抵当設定に不安を持ち、ジャポンにアンリ調査団を派遣して抵当の鑑査にあたった。同運河株式は、日本が仏蘭西からの事業引き継ぎを発表された際、多数の美術愛好家が同株式を購入する浮世絵を抵当として価値を認めた異色の株式として有名となった。同調査団の監査対象は、公立の浮世絵であったが、同株式を購入した愛好家たちの目は確かだった。浮世絵三百年の歴史を調査しに日本に行ったといわれるほど価値ある監査の旅となり、同地に一つの美術館を誕生させる契機となった。同地に建設される美術館は、民間で保管されていた浮世絵であり、パナマ運河会社の抵当には当てはまらないのであるが、同調査団は学術的価値のために民間に散らばる浮世絵の鑑査にあたった。

 結果は見事な歴史的な発見であった。公立の浮世絵が一点ものである美人画を中心とした物に対し、民間に散らばる浮世絵は、文字通り浮世絵三百年の歴史を体現する発見が相次いだ。そして、民間に散らばる作品を集めた一つの美術館が誕生した。同美術館の名称を日本アルプス百景美術館といい、現在のところ同美術館に展示予定されているものは、浮世絵が中心となっている。同美術館が唯一無比の存在である理由は二つある。毎年、内臓品がジャポン各地を旅することである。その理由は、仏蘭西アルプスの名称を参考とした日本アルプスが日本各地を旅するからである。日本アルプスという山は、仏蘭西であれば勲章を栄誉された山に与えられる名誉である。日本アルプスに指名されれば、観光客が大多数押し寄せるとともに、地域振興が進むために日本アルプスという称号を得るために血と地を流す戦いが起こっている。昨年までの大会は、職人が丹精込めた作品を審査し、最優秀を得た作品を出した土地が日本アルプスの称号を得るというものであった。しかし、今年からは新設された部門との二点立てとなった。新設された部門では、美術品価値が高い作品を浮世絵の製作地である日本橋と日本アルプスの称号を得た地で展示するということになった。つまり、日本アルプス百景美術館は、ジャポン各地を旅する美術館となったわけである。さらに、美術品としての価値を体現するなら、浮世絵で鉄道が走ることになるというものである。同美術館に収納された作品を担保に銀行から融資を得て、次回日本アルプスの称号を得た地域には、鉄道をひくことを確約したために、文字通り浮世絵の価値を高めたことになったわけである。日本ではここ最近、末は、浮世絵師か機関士かいう流れが定着しているが、その流れはより大きくなりそうである。日本は再び浮世絵という錬金術を成功させた

 

 

 四月三日

 オテル日本橋

 「今年の職人部門の勝負は、鍋か」

 「前もって、日本アルプス百景美術館におさめられている作品には、点数が割り振っているから、地域によっては、大逆転を狙わなければならなくなった」

 「しかも賞品が鉄道をひく権利ときた。鉄道未開地の代表はちばしっているなあ」

 「今年は、先月までに新規に申請した地域が多数あるからなあ」

 「駅がなくてあきらめていた地域は多いしな」

 「日本海側と東九州で新規加入が相次いだ」

 「同時に鉄道の埋設を切望している地だ」

 「線路がひけなくても、日本アルプスの称号は欲しいという地は多かったからなあ」

 「審査員も大変だよな。鍋料理全てに箸を通す必要があるから」

 「一発逆転を狙う土地の料理ってどんなものだろうな」

 「舌で天を味あわせるものかね」

 「それでは、今年の職人部門の勝者を発表させていただきます。力作が並んだ鍋料理の中で、我々が文字通り箸を休めることができました鍋が二つありました。一つは、鶴見岳から出品されました城下カレイを淡白上品に仕立て上げてくれたカレイ鍋。もうひとつは、四万十側で採れたウナギを蒸したウナギ鍋。審査員にとっては、この二つ以外の料理はこってりしており、胃には優しくなく途中で審査を止めようかと考えてくれました方々もでたそうです」

 「料理の基本はおもてなしの心。私たちは、その心意気をこの二つの鍋に見出せました」

 「料理の数が増えたからこそ、審査員の胃腸をつかんだ者が勝ちか」

 「出展数が増えたことで料理の原点に回帰したか」

 「次回の大会では、何が勝負品目となるであろうか」

 「あっさりときき酒の大会といきたいねえ」

 

 

 

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