仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第83話

 1885年(明治十九年)三月一日

 水道橋駅

 「昨年の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間関しましては、外環状線は、水戸と八王子までの北半分が完成いたしました。二戸と三沢駅間、岩美沢と高砂間でした。百円の収入を得るために必要な経費は、四十一円でした。また、今年は日本中に電灯を設置いたしますので、そのため、鉄道埋設に回せる予算は、昨年同様、緊縮予算でお願いいたします」

 「やもうえんか。親不知子不知にかかるトンネル費用の分だけ、必要経費を押し上げてるしな」

 「所で、親不知に相当する難工事である米原と敦賀間の埋設工事の進捗状況はどうだ」

 「来年には、大坂から敦賀を経由して富山までの路線が開通する予定となっております」

 「そうか、それを聞いて安心した。親不知子不知の工事が終わるまでに同区間が開通しなければ、北陸線の全通開通にはならない。大坂と新潟とが直通してこそ、我々が難工事をする価値はあるというものだ」

 「はい、日本海側と太平洋側を結ぶ路線は、高山線に信越線、そして北陸本線と三本の線路が走ることになります。これで日本海側の開発も進むと思われます」

 「それでは、今年の路線延長を受け付けよう」

 「北海道は、札幌まで」

 「奥州は、青森まで」

 「外環状線は、八王子と横浜間を申請いたします」

 「奥州のみ、三沢と野辺山間とする。後の申請は、申請どうりとする」

 「青森からの青函連絡船は、めどがついているのでしょうか」

 「わが社は、仙台と釧路間ですでに連絡船を運営中であるから、同航路を走るベテランを半数、青函連絡船に割り振る予定である」

 「では、安心いたしました」

 「以上をもちまして、昨年度の決算報告を終えます」

 

 

 四月四日

 朝刊紙面

 昨日おこなわれました日本アルプスの称号をかけた戦いは、文字通り持てる力を出し切ったものであった。あまりに力が入った職人部門の審査は、題材に鍋と発表された。同大会は、鉄道をひく権利をかけた日本中の注目を集める大会であり、観衆は職人の一挙一動にかたずをのんで見守った。同大会は、此度から駅のない地域も参加が認められたため、参加地域が文字どおり二倍に拡大してしまった。

 同大会の商品の一つである日本アルプス百景美術館が同部門と美術部門の合計点で勝者の地に開館されるわけである。このとばっちりを受けたのは職人部門の審査にあたった審査員たちである。文字通り、審査となる鍋が百近くも並び、審査員は全ての鍋に箸をつけるのに躊躇する事態となった。同大会は、審査員の立場に立った鍋が栄冠を受けた。同大会で審査員が望んだのは、胃に優しい鍋であった。あっさりとした審査員をもてなす心が詰まった料理を提供したのは、城下カレイでカレイ鍋を提供した鶴見岳と蒸したウナギでウナギ鍋を出した四国山脈を推した西土佐の中村であった。

 料理部門の栄冠だけでは勝てないのがこの大会の難しい所で、美術部門の得点と合わせての勝利となる。美術部門は、一位の担保価値を出していたのが、仏蘭西の調査団に世界一の浮世絵の評価を与えられた西土佐の中村であった。よって来年の日本アルプスの称号を得た土地は西土佐の中村であり、同地に鉄道がひかれるとともに日本アルプス百景美術館が一年間の限定であるが開館することになった。

 同大会の成功を受け、次回の開催にあたっては変更する点が出てくると思われる。参加数が百近くに上ったことで、審査員の苦労を低減する方向に話は進むと思われる。審査方式を一般に開放して、審査員を大幅に増大させるとともに支持された数で順位を決めることになりそうである。ともあれ、関係者の関心は、次回いつ鉄道をひく権利をもった大会を開催できるかに移っている。五年後か、十年後か、それは松山と高知を結ぶ線路の株式売却によって銀行から借りた資金を償還できる時期で決まることになっている

 

 

 日本橋 料亭梶

 「オテル日本橋で開かれた日本アルプス争奪戦は、すごい盛り上がりだったらしいな」

 「参加者より、周りで応援する応援団の熱の入れようはすさまじかったぞ」

 「そりゃ、勝てばおらの街にも鉄道がやってくるわ、電灯がひかれるわ。文字通り、江戸日本橋と同等の産業資本が降ってくるのだからな」

 「俺は、ウナギ鍋を提供した料理人の勇気をたたえるねえ。美術部門で最高点が与えられているのは、相当な圧力となっていたはずだ。にもかかわらず、あっさりした料理に仕上げた」

 「周りの料理人が、これでもかと最高食材をぐつぐつと煮込んでいる中で最小の手間で出した鍋には、自信がなければ出せないだろう」

 「だな、いい素材ほど手間暇をかけないのが和食の基本。原点に返った料理が審査員の胃袋をがっちりとつかんだわけさ」

 「俺は、職人部門でもう一つの栄冠を受けた鶴見岳に哀れを感じるよ。二つの部門のうち、一つをとっても美術部門が及ばなかったばかりに、豊後に鉄道が来なかったわけだからね」

 「それが平等といえるかどうかは神のみぞ知るというやつだな。第一、今回の鉄道をひく原資は日本中に散らばった浮世絵なわけだから。美術部門を廃止にせよとはいえない」

 「だからこそ、世間の関心は次回の鉄道路線をひく大会開催時期に移っている」

 「ともあれ、今回の結果を受けて南海道鉄道株式会社が松山から宇和島経由で高知まで鉄道をひきことを請け負ったのだろ」

 「日本中も高知は鉄道が最後にひかれるのではないかと思ったのだが、予想外のことが起こったと」

 「南海道鉄道株式会社も来年こそ、徳島まで路線を延長するのを予定していたようだが」

 「同社は、四国電力を立ち上げたせいで路線を延長する原資が枯渇したところに、今大会の優勝さ」

 「高知に鉄道がひかれるのが徳島より先になるとは、四国の人間でも考えまい」

 「しかし同社もちゃっかりしているよ。琴平からではなく、松山から高知までの路線延長さ。おかげで二倍の路線距離を稼げた」

 「経済性からいえば、大歩危小歩危を越える琴平経路と宇和島経路の採算性は、後者が上回るのではないか、それに四国山脈のど真ん中を越えるのは、トンネルあり吉野川にはさまれた渓谷ありで、難工事であり、かつ蒸気機関車では登坂能力が危ういからねえ」

 「双方に必要な予算は、路線が長いほうが安くできるだろうしな」

 「で、採算性はどうよ。早く次に鉄道埋設を賭けた日本アルプス杯を見てみたいぞ」

 「やはり、百円の収入を得るために六十円の経費がかかる路線になるだろうなあ。次は、十年後かね」

 「後は、日本中の大名家が領国内で浮世絵の発掘をおこなえば、日本アルプス百景美術館の収蔵品が充実して早期に開催されるかも」

 「それなんだが、やみくもな我田引鉄は防止しようという話だ。要するに、地域振興の看板にそぐわない行為はやめましょう。領国内で浮世絵狩りなんぞおこなわれてみろ、地域振興の観点からそぐわないとみなされて、新規に集められる美術品は相当な制限がかかった」

 「なるほど、人材育成の道しか認められなかったか」

 「そういうこと、同美術館に新たに収納が認められる作品は、明治生まれの者が創りだした者に限るそうだ。そうしなければ、同協会は浮世絵狩りをおこなわれた領民から恨まれるからね」

 「地域振興の原点を死守か」

 「それよりも、来年以降、審査員は一般に開放されるとさ。来年こそ、腹いっぱい職人の創りあげた料理を食ってやる」

 「来年は、きき酒になるという噂だが。今回、相当、審査員は背後から感じる応援団からの圧力と食べきれない料理に一番の貧乏くじを引いたという話だが」

 「審査員は、名誉ある職であり、権益も大きいのだけどなあ」

 「そうだな、日本中の国で職人の最高峰の審査だからな」

 

 

 五月三日

 源氏物語『柏木』『横木』を浮世絵化

 

 

 六月六日

 パナマからの文

 紀州有田に残した母上様、いかがお過ごしでしょうか。こちらでパナマ運河建設に従事するようになってから、半年が過ぎようとしています。母一人子一人でありながら、原始林の生い茂る異国までやってきた私をどうかお許しください。本来、武家の長男は発病の相次ぐ熱帯雨林までやってくる必要がないのですが、私は藩の土木方の責任者でありまして、一族のうち、一人はやってくる必要もあり、私がこの地に参らなければならないようになりました。同地にやってきた藩志は、三人に一人が倒れました。我々がやってくるまでは、清人が契約で作業にあたっていたということでしたが、日本人がやってきたときには、彼らは契約が切れた者から順次、帰国の足についており、契約を更新した清人は見たことありませんでした。どうやら、仏蘭西人は長期雇用契約を盾に清人を働かせていたようですが、清人は契約が切れるとともにパナマを離れました。どうやら、仏蘭西にしてみれば、清人が逃げ出した現状では、パナマ運河会社は後少しすれば休業しなければならなかったようです。つまり、日本人に押し付ける以外、選択肢はなかったということです。どうか、母上も体を大事にされますように    紀州藩士 鈴木一平

 

 

 

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