仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第90話

 1886年(明治二十年)

 三月一日

 水道橋駅

 「昨年の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、高砂と札幌駅間、三沢と野辺山駅間、横浜線の全通でした。百円の収入を得るために必要な経費は、四十円でした。今年はすでに、奥州線の全通を前倒ししておりますので、青函連絡船と合わせ、五月までに日本橋と函館を結ぶ路線が完成直前です。次に、親不知子不知区間は、今年が三年目、残り五つのトンネルのうち、二つを完成させるつもりです。今年、十月には、敦賀と米原が結ばれますので、三年後には京と新潟を直通運転する列車が走る予定です」

 「柳ヶ瀬トンネルの開通は、一長一短だな。北陸と京が直通運転をできるのは実に喜ばしい」

 「しかし、それまで金沢と京を結んでいた高山線の価値が半減だ」

 「とはいうものの、親不知子不知トンネルを掘っているのであるから、金沢以西の線路がなければ、宝のもち腐れになるよ」

 「残る鉄道未開地は、本州以南に限れば、青森と秋田を経由して新潟に至る奥羽線」

 「山陰線は、山陽道鉄道株式会社の管轄であるから、残る本州は、中国山地越えを除くと、奈良が手つかずだが、ここは紀勢線を優先着工したのであり、二年後には中山道株式会社が埋設するであろう」

 「最後は、小倉と鹿児島を結ぶ日豊線か。九州と奥州、北海道は我らの管轄であるから、三か所で着工個所を決めねばなるまい」

 「北海道は、小樽まで今年、着工できるでしょう。でしたら、このまま、函館まで線路を伸ばすのが自然でしょう」

 「なら、奥州も青森から日本海側を南下いたすのが流れかと」

 「九州は、南下か北上だな」

 「同時着工は、経済的ではない。あくまで二者択一だ。他に建設すべき地域が待っているのであるから」

 「その地で最大の人口を誇るのが大分と宮崎の二都市」

 「大分を目指すのなら北から、宮崎を目指すのなら南から」

 「前者が百三十キロ、後者が百二十キロ。こりゃまた互角」

 「私は、石炭が取れる筑豊炭田を有効活用するためにも南下を支持いたします」

 「しかし、わが社の大株主である薩摩藩は北上を望むであろう」

 「こりゃまた、別れましたね。ですが、私は城下で採れるという城下カレイを食べてみたいですなあ。此度、平民でも食べるるようになったそうで」

 「「「日本アルプス選手権には逆らえませんな」」」

 「では、来年以降、小倉駅から南下ということで」

 「では、総括させていただきます。今年の新設は、札幌と小樽間。奥州線の全通と青函連絡船。となりますと、外環状線は、日本橋と船橋とするのが妥当かと」

 「「「異議なし」」」

 「以上をもちまして、本年度の決算報告を終えさせていただきます」

 

 

 五月一日

 富嶽三十六景美術館

 「さあ、今年は何と将軍様の外遊先に我が美術館が決まった」

 「将軍というと十五代徳川将軍か?あの大奥にひきこもって吉宗公以降、一般の者が姿を見たことがないという」

 「それほど、日仏同盟を重視しているという建前で、どうやらパリ市民が当美術館の最大の貢献者である慶喜公を当館三十周年の記念に招きたいという要望が上がり、仏蘭西政府もそれをむげにはできず幕府にそれを伝えたところ、それは癪だといえ、要望された人物より小粒の人物を式典に出席させたとあっては、当人に持病でもなければ納得できまいということで老中も将軍を仏蘭西に外遊させるのに折れた」

 「何事にも裏と表はあるわな。我々は、着々と前田利益物語の小冊子を世に出している」

 「当面の目標は、前職と新大統領に浮世絵の版木に使われる桜の植樹だ。これを成功させずして、日仏友好なぞならん」

 「そうだ、四年後には桜の木の下で宴会だ」

 「というわけで、式典後には、日仏両政府の初首脳会談だ、今年の夏は急がしいぞ」

 

 

 五月三日

 源氏物語『鈴虫』『夕霧』を浮世絵化

 『ジギル博士とハイド氏』を浮世絵化

 

 

 五月九日

 青函連絡船

 「万丈、どうだ、三十年前の約束は忘れてはおらぬか」

 「はい。桜が咲くころ、船上で杯を交わそうという約束でした」

 「やっと、実現できたのう。実は、今年は本当なら仏蘭西まで出かける用事が決定寸前のことであったが、老中連中が富嶽三十六景美術館に外遊するのは将軍の仕事にすべしと、日本が開国したのを見せつけるつもりであろう」

 「おかげで去年から構想しいていた式典が仏蘭西から横やりを入れられずにすんだわい」

 「お互い。招待でもなければパリにいけぬ身分になってしまいましたね」

 「塩飽衆の連中はどうだ?」

 「瀬戸内海は、毛利水軍に連絡船を取られてしまいましたが、青函連絡船にも釧路航路にも我が一族が多数船乗りとして乗り込んでおります」

 「芸は我が身を助くか。万丈には、大坂支社を任せている関係上、丘にあげてしまったのう」

 「パリ行きの船に乗っていた連中も五十になろうとしております。本当に月日のたつのも早いことで」

 「そうだのう。日本の骨格は今年でめどがついたかのう。後は、肉付けをするまでじゃ」

 「会長も跡取りの心配をせねばならぬようになりましたねえ。後継者は育っておりますか」

 「厚も今年、数えで十二になる。まだ、学校に行かねばなるまい。大学を出た後、十年は使い物になるまい」

 「では、後二十年は会長をやめられませんな」

 「どうかのう。大学を出たら、渋沢の秘書にでもさせて帝王学を一から学ばせるなら、その地点で隠居してもかまわんと思わんか」

 「会長は、実務を社長に投げやっておりますから、今のままでよろしいのではないでしょうか」

 「それを言われると、二の言葉もない。渋沢さえおれば、会社も傾くことはあるまい」

 「そうですが、会長も三十年前、船中で仏蘭西語を習得されたのですから、二代目も仏蘭西語を習得させねばならないでしょう」

 「そうか、渋沢にも言われたのう。やはり、国外留学させねばならぬか」

 「社長もそう言われましたか。では、社長は、びしばしと二代目を鍛えるつもりのようで」

 「甘やかすのも、高等教育機関に入るまでか。大学に入ったら、留学手続きをとらせるか」

 「会長、ここにいらしたのですか」

 「噂をすれば、渋沢の登場だ。塩飽万丈と三十年前の話をしておったところだ」

 「さいですか、どうせ、大坂で食べた讃岐うどんの話でもしておられたのでしょう」

 「外れだ。桜の時期に約束した鯛飯の話をしておったところだ」

 「音頭を取っていただかねば、式典が始まりません」

 「そうであったか。では、皆を待たせるのは悪いしな」

 「では、音頭を取っていただきますよ」

 「わが社は日本に鉄道を走らせるという目標を掲げで、早、四半世紀が過ぎた。最初の営業距離は、日本橋と小田原の区間で八十四キロ。東海道一の弓取とうたわれた家康公に習ったのがよかったんだろう。そのまま、わが社の社名は東海道鉄道株式会社という名の下、一路、東海道を西へ西へと進む日々を過ごした者は、ここにいる全員が認識していることだろう。途中、四大鉄道会社という競合相手も現れたが、権現様が東海道を進めと導かれたのであろう。競合相手があってこそ、時に協力関係を結び、ときに客を奪い合う関係であるが、営業距離は、北は釧路から南は鹿児島まで、二千キロを超えるまでになった。札幌を出て鹿児島までたどり着こうものなら丸四日かかるまでになった。しかし、まだまだ日本は鉄道先進国の尻尾を踏んだだけの存在である。いつかは、私が日本人として二番目に鉄道に乗った日の感動を世界中に誇れるものへと皆で導いていただきたい。では、不肖にして渋沢に押し付けてばかりのワシが音頭を取らせていただく。では、乾杯」

 「「「乾杯」」」

 

 

 八月十六日

 江戸城

 「それでは、仏蘭西にいる将軍には、いかがいたしていただきましょうか」

 「そうよのう。清と戦争になるやもしれぬ状況じゃ。外交日程はつつがなく進行させるのは日仏同盟を強硬にさせるために必要な措置じゃ」

 「外交日程が無事終了した後は、どうしましょうか」

 「印度洋から東シナ海にかけて、将軍お召船が襲われる可能性はあります」

 「対策は練ってきたか」

 「ひとつは、極東仏蘭西海軍と合流して、船団を組んで日本を目指す方法があります。しかし、この場合、印度と横浜の航行日数で二十日間。石炭の補給がままなりませんから、良策とは言えぬかと」

 「では、ジョホール海峡を避けて、オーストラリアを経由させて帰ってこさせるか」

 「だとしたら、航行日数が、六十日ばかりに膨らみます」

 「ではなんだ。良策があるのか」

 「地球は丸く、かつ最前線を将軍が視察したとすれば、前線の士気も上がるというものです」

 「では、日仏同盟強固の一環で、将軍みずからパナマの地を踏めと」

 「マゼラン海峡は、無視すればよいかと。船でニューヨークに下船し、ロサンゼルスで日本から船を派遣させるのです。その後、パナマを視察させ、日本に帰ってくれば、清は手出しが出きぬでしょう」

 「確かに、清におびえジグザグと印度洋を横切るより、最前線に将軍がたったとあれば、パナマでもう一踏ん張りしてくれよう」

 「パナマに将軍が赴いたとあれば、仏蘭西と世界に対し、日本は世界に貢献する用意があると訴えるか」

 「はい、それでこそパナマ運河会社の株式も高値をつかむことができます」

 「だが、将軍は現地で風土病を拾って来ぬか」

 「それは、心配ご無用かと。蚊取り線香のおかげでパナマでの風土病の倒れるものは皆無となりました」

 「そちがそういうのであれば、認めよう。しかし、最善を尽くせ。清との戦争をするいかんにかかわらず、将軍が死んでしまっては、日本という国がぐらつく。十五代目は、在職期間が二十年目を迎える所じゃ、国内安定の要因は将軍の貢献が多大ゆえの」

 「それは重々承知しております」

 

 

 

 

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