仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第91話

 1886年(明治二十年)四月四日

 朝刊

 日本を旅する美術館となった日本アルプス百景美術館は、今年いっぱい土佐の中村にて展示がおこなわれている。そのために、わざわざ松山から高知まで宇和島経由で鉄道がひかれたというから、各地の観光地が日本アルプスの称号をどれほど手にしたいかわかることだろう。そして、来年の美術展が開催される権利を賭けて、昨日、オテル日本橋で今年の大会が開催された。職人部門の題名は、観光地を賭けた戦いということで、お土産となった。各地の展示場で購入された商品に対し、一般入場者一人につき一回投票をする権利が与えられ、最も投票数を集めた観光地にその栄誉が与えられることになった。これは、一般入場者に同大会を解放したもののその投票数を見極める大会という位置づけたためであった。そのため全国の銘菓も集まった。浅草からは、かりん糖。京は、八ツ橋。大坂からは、粟おこし。飛騨高山からは、みたらし団子の実演販売が会場を歩く子供連れの視線を一手に集めていた。その中で、栄誉を勝ち取ったのは何と軍用品を転用したという石狩山地から出展された鮭缶。他の商品とは一桁値段が高かったものの、初めて見たという人々のために、缶詰を切る実演販売が一般入場者の好奇心をくすぐってしまったし、見たこともない缶詰を家族に見せたいという切らずに持ち帰りたいといういう支持につながった。しかし、美術部門との総合順位で一位を獲得したのは、飛騨山脈となった。来年、日本アルプス百景美術館は、飛騨高山で展示されることになった。

 

 

 八月二十三日

 阮朝北部ランソン城

 「劉永福の兄貴、何を読んでいるんでヤンすか」

 「未発表ものの最新刊、前田利益物語だ」

 「もしかして、日本からの訪問客が置いていったものでヤンすか」

 「日本は、黒龍軍の行為を勝ち取ろうと必死だったぞ。その期日が二十日だったわけだが、どうやら、日本が危惧していた日清戦争は、勃発しなかったようだな」

 「おいらの知らないところでそんな重大事が」

 「そうだな。もし仮に日清間で戦争が起こっていれば、ここ阮朝の最北端は、一転して清と仏蘭西間で戦争が始まる最前線となっていただろうなあ」

 「兄貴は何でそう、大器なんですか」

 「たとえ、戦争が勃発したところでやることは、対して変化しないせいかな。そら戦争だ、いつものように敵の輸送部隊をたたくぞってな」

 「違いないでヤンす」

 「てなわけで、違うとすれば、せっかく日本人が置いていった前田利益物語を戦争中ならかわいい部下に見せたりしないのだが。どうやら戦争とはならなかったようだな。ほら読んでみろ」

 「おらあ、兄貴と違って文盲だ」

 「ほう、ではとりあえず目でなぞってみろ」

 「イカすでヤンす。この男」

 「ほら見ろ。面白いだろう。漢字が読めなくても」

 「兄貴ずるいでヤンす。こんなに面白い浮世絵を隠しておくなんて」

 「それはだな。それを読んで夢中になってしまったら、戦争を仕掛けるに支障をきたすからだ」

 「その浮世絵に魅力に抗うのや難しいでヤンす」

 「そらみろ。危惧した通りだろ。だから、見せられなかったんだ」

 

 

 九月二十日

 パリ外郭

 「それでは、ジョルジュ=オスマン前大統領並びにシャルル=ド=フレシネ現大統領に招かれましたジャポン国徳川家達将軍を紹介いたします」

 「かの国から浮世絵が伝わって三十年の歴史が経過しました。その間、ここパリ近郊もプロイセン軍との間で戦争が勃発するなど、幾度となく危機も迎えましたが、つい先日も仏蘭西に二度敗れた清が今度は日本に対し宣戦布告をするのではないかという戦争が始まる事態一歩手前まで進行いたしました」

 「しかし、仏蘭西に向かった将軍お召船は、ジャポンに引き返すこともなく、仏日同盟を証明するかのように清と日本との戦争も回避され、本日ここパリ外郭で双方の友好と発展を記念して、三者による記念植樹をする運びとなりました」

 「植樹する樹は、世界中で販売されている浮世絵の版木となる桜でございます。仏日双方の友好を体現するにふさわしい木といえます」

 「浮世絵博物館として世界中に愛されている富嶽三十六景美術館をここ最近利用されたことがある市民の方には、前田利益物語に頻繁に登場いたします出会いを演出する場として桜の木の下で、また友と一杯をするにも桜が満開の時を選んで杯を交わします。そのようにこの三者が植樹をするにもふさわしい木でございますので、本日、富嶽三十六景美術館開館三十周年記念行事の一環といたしまして、今日ここに開催の運びとなりました」

 「それでは、三者により三本の桜を植樹いたします」

 「明日の朝刊は決まったな」

 「仏日友好の木、パリ外郭にて千本の桜を植樹」

 「前大統領最後の晴れの場」

 「仏蘭西は、いつの間にかジャポン文化を取り組んでしまうな」

 「温州みかんを食する習慣か。あれは、水分補給がわりにしている御婦人方もいるよな。食してみると、今日は温州みかん、翌日は葡萄と甲乙つけがたいと仏蘭西を代表する果実である葡萄に匹敵すると」

 「それは、当然だといいはるメンツもいる。浮世絵を欧州に卸している関係者にしてみれば、競合相手がいない商品を届けるのは金のなる木を遠いアジアから運んでくれる現代のシルクロードの終着点がここパリだと言い張る人間もいる」

 「なのに、ジャポンには難航しているパナマ運河を押し付けているのであるから、ジャポンのご機嫌も取らなければならないという実業家連中もいる」

 「そしたら、ジャポンまで抵当となった浮世絵の鑑査にいったアンリ達は、富嶽三十六景美術館をもう一度建てられる在野の浮世絵を発掘してきたなあ」

 「あれのせいで、美術館らしくなったといえるかもしれないが。調査してきた浮世絵の研究から浮世絵の歴史を三百年史としてまとめる仕事が舞い込んだと」

 「ともかく、上の階級から労働者階級まで双方の友好が続くことを願う者ばかりだな」

 「後は、浮世絵の代名詞である源氏物語が四分の三まで進行したのを心配する声もある。あの後を継ぐ大作が出てくるか否か。それは誰にもわからない」

 「さて、仏日は共通の敵を清と定めるべきか否か。それはこの後行われる仏日首脳会談の結果次第だな」

 

 

 パリ大統領府

 「大統領、この緑茶はわざわざ私のために用意していただいたものでしょうか」

 「それは、スエズ運河建設の置き土産ですよ。スエズ運河建設の際、日本人がエジプトで罹患せず働き続けるのはなぜかと、フランス陸軍が検討した結果、緑茶が風土病に有効であると検証された結果、フランス陸軍から緑茶の風習が大統領府で広まりました」

 「そのような事実が、三十年前からですか」

 「将軍、遠くジャポンから我々の招待に応じていただいて、感謝の念が絶えません」

 「いえいえ、パリで悠々としていられるのも仏蘭西のおかげにつきます。ジャポン単独では、清に対抗するすべはなかったでしょう」

 「そういわれるとなんともいえませんなあ。日本が軍備に力を入れられないのは、仏蘭西を大いに悩ましたパナマ運河建設のせいですからなあ。しかし、我々が入手した情報によれば、パナマで流行する風土病に対抗するすべがジャポンにはあるとか」

 「すでに、パナマ在住の仏蘭西人からお聞きでしょうが、除虫菊から生産いたします蚊取り線香を用いますと、風土病の恐怖から解放されました」

 「それはすごい発見でしたなあ。仏蘭西は、英吉利とアフリカを植民地とする争いをいたしております。しかし、アフリカは赤道をまたぐ土地も多く、現地に仏蘭西人がいきたがらないのですよ。未開の地ということもありますが、現地で風土病に罹患して死ぬのではないかと恐れるものも多くいます。少なくともジャポンが発見した風土病対策があれば、アフリカの植民地化はより一層進展いたすでしょう。今日は、このこと一つをとっても有意義な会談です」

 「はい、ですのでこの会談が終わった後、私もパナマという最前線を視察する許可が下りました」

 「では、将軍はこの後、パナマに向かわれると」

 「パナマには、世界最短の大陸横断鉄道であるパナマ地峡列車が走っているとか。将軍として、世界最短の大陸横断を成し遂げることになるでしょう」

 「なるほど、では、世界一周を将軍はされるわけですか」

 「そうなるでしょう。カリブ海から太平洋に移動しますと、迎えの船が待っていることになっております」

 「では、帰りの道中も問題ございませんね。我々としても将軍がアジアで清と海戦をするのではないかと危惧いたしていたところです」

 「はい。ただし、このことは御内密に。無事、日本に帰るまで情報統制をしたくあります」

 「ごもっとも。では、清の話が出たところで、ジャポンは今後、清を仮想敵対国といたすので」

 「インドシナを仏蘭西が押さえ、日本が台湾を押さえている現状を考えますに、清の東西に仏蘭西と日本が位置しています。しかし、日本は台湾を押さえて二年目、領地経営もままならない地として、樺太、台湾を抱えてしまいました。清が攻めてきた場合は、応戦いたしますが、日本から攻めていく選択肢は、パナマ運河建設がなった後の事になります」

 「といわれると、パナマをジャポンに押し付けた仏蘭西といたしましては抗いがたいものがあります。では、双方の共通敵として清は考えていないとジャポンは」

 「パナマ運河が完成するまで、人と金をいかほどつぎ込むかわかりません。パナマ運河か完成するまで、軍備を整えるのは抑制せざるをえません」

 「わかりました。今はそれが最善だと双方の認識といたしましょう」

 「日本は、清に対し市場として魅力を感じています。西洋で売れた浮世絵を清に対しても実行するつもりです」

 「わかりました。日本にとって清は不平等条約で解放された市場として応対すると」

 「はい、清の市場開放をしてくれた仏蘭西は同盟国条項として最大限使わせていただきます」

 「わかりました。仏蘭西は、今後矛先をアフリカに定めることにいたしましょう。では、こちらから提案することが一つございます。パナマで風土病の研究を仏日共同でおこないたくあります。パナマ運河建設現場が黄熱病やマラリヤから解放されたのであれば、安心してその周辺部で現地の風土病に罹患している患者と接することができます。貴重な医学者を安心して現地に派遣することができます」

 「それは、こちらからもお願いしたいことです。それでは、今日の出会いを記念して、日本からは、丹後ちりめんを贈らせていただきます」

 「では、仏蘭西からは、カラー写真の写せるカメラを贈らせていただこう」

 「それでは、日仏の友好が今後一層発展いいたしますように」

 「「握手、握手」」

 

 

 

 

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