仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第92話

 1886年(明治二十年)九月二十五日

 紫禁城

 「北洋大臣、印度各地の港に密偵を放つ用意ができました」

 「我が命令したいことはわかるな」

 「はっ、仏蘭西から帰国する日本の将軍お召船を印度の港で確認し、その情報を紫禁城と北洋艦隊に連絡することであります」

 「印度で石炭を補給せねば、印度洋から太平洋に抜けるだけの燃料を使用できないためであります」

 「そうだ、印度で将軍お召船である扶桑を発見すれば、北洋艦隊で待ち伏せすることができる」

 「素直にマラッカ海峡を進んできた場合でも、同海峡を回避してスマトラ島の南側を抜けようとしても、ほんの少し北洋艦隊を移動させることで、扶桑を攻撃できる」

 「北洋艦隊は、将軍お召船を見つけた場合船員が再び、操縦を誤って砲弾を発射。後は制御がきかず、船影を見失うまで打ちまくったと。これは、北洋艦隊の船員の半分を島流しにされた報復行為ということになるはずである」

 「それを実行するために、印度で将軍お召船を発見することが非常に重要な任務となるわけで」

 「ふむ、吉報を待ち望む」

 「了解いたしました」

 

 

 十月一日

 紫禁城

 「北洋大臣、将軍お召船ですが、印度でそれらしき船はここ一週間発見できませんでした」

 「どういうことか、推測をしたまえ」

 「考えられる事例といたしまして、印度での補給はインド亜大陸の港ではなく、セイロン島での補給を実行した場合が考えられるます」

 「それはうかつであった。すぐさま、セイロン島に諜報を放て」

 「次に考えられますのは、将軍お召船に何らかの事故が発生いたしまして、印度に到着することができなかったことが考えられます」

 「ふむ、引き続き監視にあたってくれたまえ」

 「最後に考えられるのは、我々の密議が相手方に漏れている場合が」

 「あり得るな。それで民間の連絡船に乗車いたしたか。印度での密偵は、残り二週間をめどに撤退せよ」

 「了承しました」

 

 

 十月五日

 コロン市

 「ここがカリブ海の終着点にして、太平洋の玄関口となるコロン駅か」

 「鉄道利用者の多くは、69年に亜米利加大陸横断鉄道ができるまで年間二万人がパナマ地峡鉄道を利用して、カリフォルニアまでゴールドラッシュを目当てに出かけた面々か」

 「大陸横断鉄道が完成後、同鉄道が運行されるのは一日に一便か。現在、中南米の太平洋側とカリブ海側を結ぶためにあるか」

 「では、その例外的な利用客として、世界一周をする日本人が利用することになるとは」

 「年間二万人ならば、一日の利用客が六百人。確かに一日一便ですむな」

 「パナマ地峡は幅六十キロ。一日一往復をするに十分な時間があります」

 「どれ、その中の一人とおなるといたそう」

 

 パナマ市 パナマ運河会社

 「勝、久しぶりだな」

 「我らこそ、将軍をお迎えすることができまして感激をしております」

 「しかし、そちも人がいいというか。スエズ運河に派遣された連中をまとめるのみならず、パナマから逃げ出した仏蘭西のしりぬぐいをいたすためにパナマ運河の社長を受諾いたしているとは」

 「前社長は、同じ釜を食った仲でした。レセップス氏は、八十過ぎてもなお男の夢である三大洋をつなげるために尽力されていましたが、八十五歳を人生の引き際といたされていていた模様です。その年まで仏蘭西財界からの要請を受諾されていたようですが、本人も熱帯雨林での作業を甘く見ていたと回顧されていらっしゃいました」

 「なるほど、スエズ運河での名声を利用されたか。で、勝よ、今日はそちにいい知らせがある。台湾の縦貫鉄道を建設する際も、幕府は医学希望者を募って現地に派遣いたしたが、今回もそれを実行いたしましたが、どうじゃ、医学希望者と幕府から派遣された医学者は」

 「介護には役に立つ連中ですが、マラリアと黄熱病に対しては、無力でありました」

 「なるほど、蚊取り線香の前には、人は勝てなんだか」

 

 

 十一月一日

 米原駅

 「米原発金沢行き一番急行つるが、発車いたします」

 「午前六時というのに、それにしても明るいねえ」

 「ここ米原駅、北陸道と中山道との接続駅。そんでもって、北陸道の主要駅というわけで、電灯の照明がまるで御天と様のように明るいっていうわけや」

 「日本海と京がつながったんや。盆と正月が一緒に来たようなもんや」

 「そのはしゃぎようはわかるわ。柳ヶ瀬トンネルは、全長一キロ二百メートル。この難所に、米原駅から中山道が鉄道として走るようになっても、北陸道は、十四年も待たされた。沿線の住民の気持ちもよーーうわかるねん」

 「その間、飛騨高山は日本海側と太平洋側の中間駅として、観光に沸いた」

 「そして、とどめは来年の日本アルプスを襲名する権利を得た。みたらし団子なぞ、京の下鴨から伝わったというもので、独創性なぞあるはずはない」

 「そうはいうが、我々の地は京の風習が色濃く残っているんや。むしろ、近江の国は京の風習を取り除いたら、琵琶湖で採れる魚料理ぐらいしか残らないぞ」

 「どうか、鮒寿司で日本アルプスの称号を勝ち取れますように」

 「その場合、お題はなんなんや」

 「もちろん、寿司で」

 「ごっつい競合相手がいてはるよな。その代表格は、今日ここで接続された越前ガニを使った寿司。同じ発酵食品なら富山の鱒寿司。北海道の幸、鮑の干戈に海栗、イクラ」

 「はは、今更ながらみたらし団子でよう、一等になったもんや」

 「来年以降、缶詰が市民権を得たから各地で缶詰を製造するようになるだろう。少なくともパナマで働いている連中に日本の食事を届けるとなれば、保存食の代表である缶詰が有利や、需要は増えることはあっても減ることはあらへんしな」

 

 

 

 

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