仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第94話

 1886年(明治二十年)十一月一日

 江戸城 雁間

 「本日、将軍が帰国されるとか」

 「当初の予定では、日仏往復と先方での歓迎会への出席で十月末には帰国予定であったが、思わぬ出来事で、世界一周をされる破目になってしまったのう」

 「しかし、日程的には変わりなかったのう。思えば、この部屋にいるメンツの中にも69年に今回とは反対方向に世界一周をした連中がいる」

 「あの時の参加者がこの部屋にいるということは、あれから十八年か。前回は、スエズ運河が開通したからこそ、船による一周ができた」

 「そして、今回はパナマ運河の建設に御為に将軍が最前線に足を運んだ」

 「さて、将軍は世界一周をしたわけであるが、どのような面構えとなったかのう」

 「明日は、御前会議となるがはてさて、お手並みを拝見いたそう」

 

 

 十一月二日

 「この場にいる者どもにいくつか課題をもって帰ってきた。担当者がいればそのものが答えてもかまわないが、まず最初の議題を述べる。酒井、パナマへの派遣であるが、勝が言うには、年季を三年といたしたいと言ってきた。可能か」

 「このところ、作業現場での死傷者はほぼ皆無となりました。ですので、三年ごとに交代できるめどが立ちました」

 「では、年季明けの人員をいたわってやれ。当初の連中は、同僚が風土病で死に逝くのを多数みた連中だ。幕府への批判はやむをえんが、補償を十分してやれ」

 「ははっ」

 「仏蘭西からの要請で、パナマに仏蘭西の医療従事者が参加するようになった。これは、報告のみですむゆえ処理済みといたす」

 「ははっ」

 「次に、パナマ運河会社の人事であるが、勝は五年で引退したいと言ってきた。後任にあてはあるか」

 「難しいです。現場を知るものは多数いますが、一国一城の主が務まり、なおかつ、仏蘭西語の堪能な者となるとかなり限られてしまいます。できれば、次代は仏蘭西から任命してくれると楽なのですが」

 「仏蘭西との協議のうえ、パナマ運河会社に返答をいたそう。よって、協議が始まるまでに詰めておくべきことを済ませておくように」

 「ははっ」

 「さて、今回仏蘭西に出向いている間、長崎で暴動が起きたそうだが、現地はよく二倍の水兵を押さえたな」

 「ちょうど長崎に来ていた佐賀藩士の他、その場にいた人力車夫の応援で事なきを得ました」

 「幕臣と佐賀藩士にはそれぞれ任務ゆえ、その上司から褒章を受けることができるであろう。しかし、我がいない間に立派な心得をしてくれた人力車夫には、下賜なければ納得しないであろう。そこで、仏蘭西土産を長崎の人力車組合に与える」

 「殿、国外にいたのですから御存知ないでしょうが、新聞で報道を知った全国から見舞金が多数当該者の人力車車夫に届けられていますか」

 「それは良い心がけよ。では、その志に我も加わらねばなるまい。よって、仏蘭西土産を渡してくれたまえ」

 「ははっ」

 「では、最後にこの場にいる者どもに問う。仏蘭西の信条は、自由と平等そして博愛といわれたが、同盟国たる日本の信条はなんぞ。答えたまえ」

 ‥‥‥汗汗汗汗‥‥‥

 「それはその勤勉でございます。仏蘭西から押しつけられましたパナマ運河も一所懸命継続するその意思でございます」

 「他には?」

 「天下泰平が三百年続きました。平和の希求こそ日本の求める道でございます」

 「では、仏蘭西に対抗いたして日本も三つの信条をあげねばなるまい。最後は?」

 「周りの者どもへの配慮こそ、日本では必要でございます。信頼こそ日仏同盟を継続する力でございます」

 「勤勉、平和、信頼ときたか。では、仏蘭西の同盟国たる我が国に必要なものがあると先方にいわれたのだが、それは何かわかるか」

 「先方と釣り合うだけの軍事力」

 「経済力」

 「相互の交流」

 「間違いではないが、幕府がするべきことではない。仏蘭西憲法に照らし合わせ、我が国の憲法を起草してみたまえ」

 「強国の憲法を研究しておりますし、我が国でも憲法を仕事にしている部署がございますが」

 「では、頼もうか。徳川憲法の発布までその部署に発破をかけていただこう」

 「ははっ」

 

 

 十一月三日

 「仏蘭西帰りの将軍は見違えたな」

 「このまま親政であろうか」

 「御年数えで二十四歳。四歳で将軍についたから、二十年目で自立いたすか」

 「仏蘭西にいかせたのはこのような事態もあり得ると踏んでいたが、甘かったかな」

 「ついに憲法の起草か。来るべきものが来たというべきか」

 「本音は、勤勉な日本人は資本主義という動機付けでがむしゃらに働くというのではなく、周りが働いていれば、勤勉こそ美徳という風潮に皆が従ってくれるのだから、わざわざ資本主義という毒に当てなくてもいいのだが」

 「しかし、どうやら仏蘭西から求められたことゆえ無碍にはできまい。仏蘭西に納得してもらうだけの仕事をさせねばなるまいな」

 

 

 十一月十日

 長崎駅

 「へー、これが将軍からの贈り物」

 「人力車と同じタイヤが二つ」

 「確かに俺たちが受け取るのが妥当というものか」

 「しかしよう、これに乗れるのか」

 「なんでも馬に乗るより楽だとか」

 「仏蘭西では、これで競争もされているという話だ」

 「しかしよう。人力車は人を乗せることができるが、これは一人乗りだろ」

 「俺たちが人力車乗りになったのも元は駕籠で食っていけなくなったせいだ」

 「そうだな、駕籠で食っていけなくなった連中は、飛脚便になるか人力車乗りになった」

 「ということは、これの使い道は、これに乗って人力車を引っ張れと」

 「ちょっと、やってみろ」

 「うんしょ、駄目だ、そこまで力が伝わらない。大人が乗っては動きそうにない」

 「では、人力車を引っ張るというのは不可。で、どうする」

 「俺たちがここに来る途中に乗るか」

 「それでは、金にならん」

 「いっておくがこれに一般の者を乗せるというのは駄目だぞ。俺たちでさえ、修練が必要だからな」

 「さて、これは速いか?」

 「二輪車ですから、人力車より速いですよ。では、飛脚便に使わせよう。背中に背負えば街中の配達が早くすむだろう」

 「では、この自転車は飛脚便に貸し出すとする」

 「それがいいか」

 

 

 1887年(明治二十一年)二月二十日

 神田 屋井乾電池会社

 「さて、東海道鉄道株式会社に納める電気時計二十個の製造は完了した。では、凍結防止策を練るか」

 「まずは、硫酸銅濃度を高めてみよう。よしこれはうまくいった」

 「だ、駄目だ。硫酸亜鉛濃度は、低ければ低い方がいい。硫酸銅濃度を高めた分だけ、硫酸亜鉛中に亜鉛が溶けるようにするには、初期の硫酸亜鉛濃度は低い方がいいのだが、薄い硫酸亜鉛は凍結してくださいといわんばかりだ。かといって、硫酸亜鉛濃度を高めれば、硫酸銅濃度を高めた意義がなくなる。溶液中の銅イオンが多量にイオンのまま金属に還元することなく残ってしまう。これでは宝の持ち腐れだ」

 「どうする。連続電池以外の使い道を模索するか。それだと、液体電池のままで売れるだろう。しかし、一ボルトの起電力で動かせる物はないか。連続電池に使っている電池はダニエル電池だからな。ここ二十年、ダニエル電池の先を開発した者はいない。先駆者のいない利用法など、思いもつかん」

 「竹を使った電球を灯すには、ダニエル電池は電圧不足だな」

 「ちりあえず、銅の電極はいい。太くなるだけで問題はない。問題は、亜鉛イオンが溶けだすことだ。これがある以上、液化のままだな。前途多難だ」

 「かといって、蓄電池なぞ、誰も作ったことなぞない」

 「鉛蓄電池は、仏蘭西の秘伝です。端子に難があります。液体電池に変わりありませんし」

 「では、どうするか」

 「江戸物理学校の教授にお伺いをするか。何かきっかけを教えてくれるだろう」

 

 

 二月二十一日

 江戸物理学校

 「何、凍結しない電池が欲しい。難題だね」

 「屋井殿、それならば液体を使わなければいい」

 「教授、そのような便利なものがあるのでしょうか」

 「まず、溶けない電極を探してみてはどうだね。白金や金は溶けんよ」

 「あ、確かに」

 「そもそも電気が流れるのは、電位差があるせいだ。単純に二種類の金属があれば、一方が溶け、陽イオン化するともう一方の金属に電子が流れるせいだ。よって、陽イオン化した金属イオンをどこかに閉じ込めておければ、別に固体でもかまわないのだよ」

 「わかりました。いろいろと試してみたいともいます」

 「今この部屋を照らしている白熱電灯もエジソンは三千種類の素材を試したという。新しい発明をするのであれば、それくらいのことをしなければできないだろうね」

 「ありがとうございます。一つは、様々な電極を試す。もうひとつは、陽イオンを閉じ込めることができる空間をもつ素材を使う。この二つの方針でやっていきたいと思います」

 「そのようなものができたら、うちでも使わせてもらうよ」

 「これからもお願いします」

 

 

 

 

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