仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第95話
1886年(明治二十年)十二月一日
鳥取駅
「鳥取発出雲行き一番急行列車因幡発車いたします」
「山陰線の課題は、下関まで通して乗ってくれないことだな」
「そのへんは、この先、京を目指すことで解消すれであろう。人口稠密地である京と大坂に用がある連中は多い」
「しかし、本州の端である下関に用がある連中は少数」
「今のままであれば、貨物路線だな。日本海を航海する貨物船と勝負している路線となりつつある」
「今日は、中国地方の大名家をつなぎ合わせたことを喜ぶべきであろう」
「厳密には、一国残っているがそちらは、二十年はほっときたいなあ」
「中国地方で山陰と山陽の十一カ国のうち残っているのは、森藩がある美作だ」
「責任は、東海道鉄道に押し付けよう」
「そうだな、山陽道は山陽道鉄道株式会社は福山以西であるから、わが社が備前と美作をつなげる道理はない」
「かつて、毛利藩が最大領土を広げた時も美作は、毛利の支配権が長く続くことはなかったしな」
「美作間で鉄道を延ばしたとして、そこで行き止まりなのも痛い」
「鉄道は、網で行くのがよい。山陰線の全線開通がなせば、京に集まる人と材をごっそりと鳥取や米子にまで引き込むことができる」
「しかし、津山で行き止まりならば往来が我々が求める水準からは不十分といえる」
「森藩の自助努力でお願いいたそう」
1887年(明治二十一年)三月一日
水道橋駅
「昨年の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間と青函連絡船により、日本橋と函館が結ばれました。また札幌と小樽間、日本橋と船橋間が開通いたしました。百円の収入を得るために必要な経費は、三十九円でした」
「今年から新延は、北海道と奥羽、日南線、外環状線か。一か所を削らねばなるまい」
「日本の骨格を作るのであれば、順位が低いのは、日南線か奥羽線というのが妥当だな」
「どちらか一方には、函館線の二百五十キロが完成するまで待っていただきたい」
「といっても、双方が譲りにくいものがある」
「妙案はないか」
「まず、函館線の全通までにかかる日数を決めるべきだ、根拠を決めよう」
「三年で函館線を全通させれば、四年後から取り掛かれます」
「では、双方の伸延距離は?」
「青森と秋田間が、百八十キロ。青森から新潟になると四百六十キロ」
「小倉から大分経由で鹿児島までなら四百六十キロ」
「では、他の観点から考えてはどうでしょう。外環状線も船橋まで来ました。残りの船橋と鹿島神宮間は八十キロであり、一年で全通させようと思えばできます」
「今年だけ目をつむって、四か所に着工でよいのではないでしょうか」
「確かにそうすれば、全てがおさまる」
「では、外環状線は最優先で全通を」
「函館線は、小樽から小沢まで四十九キロ」
「日南線は、小倉から行橋までの二十五キロ」
「奥羽線は、青森から川部までの三十二キロ」
「今年だけ以上の四か所を着工するものとする」
「以上をもちまして、本年度の決算報告を終えさせていただきます」
三月三日
江戸物理学校
「教授は、金属イオンを閉じ込めることができれば、固体でもかまわないとおっしゃいましたが、そのようなめどはついているでしょうか」
「屋井殿、一言でいうと難しいの一言だよ。ここに塩化ナトリウムの結晶がある。これは、ナトリウムイオンと塩化物イオンの二種類のイオンにより一対一で形成されているものとそこまでわかっている。だったら、予見であればこの二つは相互に隣接する区間に入っているとして、立方体の相互に置き換えればいいかもしれない。しかし、化学は万能ではない。結晶を構成する格子の大きさをはかる方法がいまだ見つかっていない。そもそも塩化ナトリウムの結晶一グラム中に双方のイオンがいくつあるのかもわかっていない。では、ダニエル電池を構成する亜鉛イオンとナトリウムイオンのどちらが大きいか科学的に判別する方法は見つかっていないのだよ。なんとなく、金属亜鉛は重いから、亜鉛イオンの方が大きいだろうと漠然と思うだけなのだよ。科学的に証明できなければ、科学がその方面で進歩するとは言えない」
「では、狙いをつけて亜鉛イオンなり銅イオンを閉じ込める格子を作成させることはできないと」
「試行錯誤を繰返すしかあるまい」
「では、液体電池ではなく、固体電池を完成させるしかないか」
「もちろん、電極以外に使われるものの中に、減極剤というものがある。酸化還元反応の能力が低下して、起電力が低下するのを防ぐ役を負う。ボルタ電池は、水素が発生して起電力が低下する弱点があるが、過酸化水素や二クロム酸カリウムなどにより水素の発生を抑制することができる」
「それは、固体電池にも応用できるのでしょうか」
「減極剤として用いれば、応用ができると思うが」
「では、減極剤として有用なものを試してみたくありますので、どのようなものが減極剤として用いられるのでしょうか」
「酸化還元剤として有用なものが多いね。過酸化水素水はその典型だね。後は、水素イオンと電子が結合するのを防ぐものは、空気中の酸素、二酸化マンガン、酸化銀や酸化水銀などあたるねえ」
「意外と使えるものが少ないのですねえ」
「種類は多いのだが、固体もしくは気体という条件が付けば、おのずから候補が絞れる」
「でしたら、液体の過酸化水素も駄目ですか」
「初期状態が液体だからねえ。目指す物の中に入れるとなれば、固体を試した後ということになるだろう」
「では、先の候補三点に絞って実験をしたくあります」
「それが一番の近道といわれそうだが、電池の構造から考えねばならないですね」
「後固体電池は、安価な電極も必要となる」
「先は長いことになりそう」
四月三日
オテル日本橋
「今年の議題は、保存食となった」
「では、今年も鮭缶は出品可能だな」
「パナマ運河建設に従事している連中に感謝とお得意様として良品の発掘を兼ねてだね」
「だったら、味噌に醤油、納豆も出品できるな」
「一般審査員が投票さえしてくれれば問題ないが、どの家庭でも製造できるものでは投票は期待できないだろうな」
「近江からは、鮒寿司」
「越前からは、越前ガニの缶詰」
「鮭缶よりは目新しいな」
「紀州からは、特大南高梅の梅干し」
「鹿児島からは芋焼酎か」
「松山からは、冷凍みかんか」
「函館からは、白口浜という昆布」
「それでは、最優秀賞に選ばれましたのは、武蔵の国で小平から出品されましたブルーベリージャムがその栄誉を得ました。会場でブルーベリージャムを同じく保存食であるヨーグルトに小さじ一杯落として真っ白なヨーグルトの上で広がるブルーの塊が何とも幻想的であり、子どもにせがまれた保護者の財布を緩めた見た目の良さと今回の課題である保存食という点を二つの食材で堪能してくれましたので目の肥えた審査員の目にも止まりました」
「美術部門と合わせ、来年は、将軍のおひざ元、武蔵の国に日本アルプス百景美術館の本館と分館が双璧をなすことになります」
「しかし、地域振興という点では、日本橋に近すぎるな」
「本館と分館がそろうのだ。両方に行きたいという観光客でにぎわうのではないか」
「実演販売に有利なものが選考される傾向にあるなあ」
「会場にて、語りかけるものが有利ではあるな。集客できる商品か。今後の課題かね」
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