第04話 『スパイラルハート』
ドラクーン王国の歌劇団が国境を越えて、フィリア王国の街道に入ってくる。
太鼓、笛、弦楽器の音が響き渡り。
フィリア王国中が歌劇団を見ようと大人も、子供も、行列を迎えるため集まる。
フィリアとドラクーン国境の峠
カオス世界最強の王国ドラクーン。
コルレア王国の商人のシラクスと同僚ケレスは、国境を行き来する隊商を眺める。
「・・・怪しいといえば怪しい。怪しくないといえば怪しくない」 ケレス
「中途半端というのなら、その通りだがね」 シラクス
「手を出さそうで出さないのなら。出さない方が良いよ。交易上、不利益しかないからね」
「それは、道理だが道理が通ると思い込むのも、危険か・・・」
刹那。
シラクスの展開した魔法の場が飛んで来る矢を感知。
魔法石の力で逸らした。
ケレスが剣を抜くと魔法の力場を広げ、襲撃者の位置を探る。
さらに矢が飛んでくる。
魔法石で加速されているのは明らかだった。
魔法石の魔法力が防御の力場で急速に消費されていく。
可能な限り魔法力を温存するためギリギリまで待つ、
最小限の力で逸らすため、矢じりが体のそばをかすっていく、
周囲に場を作って魔法力を相殺しながら脱出を図る。
魔法を使わずに木の影に入って済ませれば、楽。
襲われた理由は、明白だった。
ドラクーン王国がフィリア王国に野心を持っている。
コルレア王国の介入させたくないため、
フィリアの目と耳であるシラクスとケレスを抹殺しようとしている。
魔法通信は妨害されていた。
相当なパワーを持っている。
しかし、単純な方法もあった。
シラクスがケレスに目配せすると。長い付き合いで、だいたい解かる。
伝書鳩に襲撃されたことを書いて解き放つ。
襲撃者の魔法力が伝書鳩に向かおうとする。
僅かな間隙を付いて襲撃者に接近する。
互いの魔法力が矢に集中して限界まで魔法力が消費されていく。
矢がバラバラに破壊されて体に当たる。
シラクス、ケレスと襲撃者二人が剣を抜いて切りかかる。
数度の打ち合い。
剣技。集中力。瞬時の判断が勝敗を分ける、
襲撃者の一人が即死。
もう一人が致命傷を受けて倒れる。
シラクスは右肩から血を流し
ケレスが左腕に怪我をしていた。
「話してもらおうか」
シラクスが、剣を襲撃者の首筋に当てる
「殺せ。どうせ助からん」 襲撃者
「そうでもない。魔法石と医療薬を持っている」 シラクス
はぁ はぁ はぁ
「ふっ もう魔法力は、ほとんど残っていないだろう・・・」
はぁ はぁ はぁ
「伝書鳩に気を取られた・・・もう・・・・いい・・・」
シラクスは、襲撃者に止めを刺す。
所持品を調べたが身元を証明するようなものはない。
身元がわかるような物や貴重品は、襲撃する前にどこかに埋める。
シラクスも、ケレスも襲撃する時は、そうしていた。
探す気力も魔法力も、ほとんど残っておらず。
魔法通信で情報を送る。
大量のダミーと暗号で最小限の内容。
魔法通信は、公開されていた。
いくら暗号でも詳細な内容で送れば、暗号そのものが解読される。
詳細は、直接、会って話すか。文書で手渡す。
二人は、残った魔法力を全て注ぎ込んで治療を早める。
「ケレス。2対2で攻撃してきたのは焦っていたと考えていいだろうな」
「ああ、仲間を待って4人なら楽勝だった。事を起こすのが近い。ということだ」
「傷を治して魔法力が溜まるまで、4、5日くらいか」
「本隊に合流して休息するのが得策だな」
「怪我しているから一週間は、見た方が良い」
「とにかく、情報を本国に送ろう。コルレアがどう出るか」
「ドラクーンと戦いたくないな、命がいくらあっても足りない」
「どことでも同じさ、俺たちは死んだことも正式に伝えられないからね」
シラクスは、簡単に土を盛られた二つの山を見て呟いた。
そして、一組のスパイが人に見られないように峠を降りて行く。
フィリア王城
ギレンス将軍、ムーゼス執事、ザンジバル侯爵が地図を前に立っていた。
「ドラクーンの動きが怪しいのは、わかっている」 ギレンス将軍
「しかし、諜報の話しでは、ドラクーンの内政に失態はない。安定している」 ザンジバル侯爵
「フィリアを侵略するには動機がなさ過ぎる」
「将兵に動機がないと侵略するエネルギーに欠ける」 ギレンス将軍
「ドラクーン王がフィリアを侵攻すると決めたとして」
「どれだけの腹心が賛同するかだが・・・」 ザンジバル侯爵
「意欲がなければ不発。不発すれば王の威信が失墜する」
「簡単に他国を侵攻できるわけがない」 ギレンス将軍
「しかし、ドラクーンの諜報機関がフィリアで暗躍しているのは事実だ」
「各国の諜報機関も影響を受けている」 ザンジバル侯爵
「王だからといって全能ではない」
「重臣の出世欲をいくら急き立てても民衆のエネルギーを誘導して利用できなければ戦力にはならない」
「民衆が侵略に疑問を持ったら終わりだ」
「明確な大義名分がなければ侵攻不可だ」 ギレンス将軍
「確かに、それに他国を占領しても占領政策が上手くいくとは限らない」
「その国民から支持を得られなければ負担が大きくなる」
「征服欲だけでは、いずれは撤収してしまう」 ムーゼス執事
「では、目的は、なんだ」 ザンジバル侯爵
「それを探っている。まだ、掴めてないが」 ムーゼス執事
「その暗躍しているグループとフレアを保護していた者とのつながりは?」 ザンジバル侯爵
「ネピロスの旧家だ。ドラクーンとの繋がりはない。ただの善良な農民だよ」 ムーゼス執事
「見せしめは無しか」 ザンジバル侯爵
「ネピロス衆の感情を悪化させるだけだ。不問にした」 ムーゼス執事
「生ぬるいな」 ギレンス将軍
「たまたま、飴が当たっただけだ。フィリア王政が安泰であれば良い」 ムーゼス執事
「ドラクーンが事を起こすとしてもドラクーン軍の主力が国境に迫っているわけではない」
「仮に動いたとしても、こっちの展開は間に合う」 ギレンス将軍
「ギレンス将軍。ドラクーンとフィリアの戦力比は4対1。勝てるかね」 ムーゼス執事
「全軍を向けてくるわけではない。せいぜい、3対1」
「地の利を生かせれば、何とか防衛できる」 ギレンス将軍
「事前に軍を有利な場所に動かす必要があるのでは?」 ザンジバル
「いや、ドラクーンに口実を与えるだけだ。動かすとしても小規模な部隊だろう」 ムーゼス
「教導軍を動かして、地の利を図らせておこう」 ギレンス将軍
「教導軍は軍の指揮系統の中核。間違いのないようにしてくれ」
「彼らを失えば軍の行軍や野営すら怪しくなる」 ザンジバル
「了解している」 ギレンス将軍
「他になければ、王に報告に行こう」
フィリア王城の庭園でドラクーン歌劇の舞踊が始まる。
フィリアの民衆は華やかな演舞に酔いしれる。
「サリオス国王。いかがです。我が国の舞踊は?」
「ククルス卿。素晴らしい舞踊だ。我が王国にはない芸能だ」
「なんでしたら、こちらに歌劇団の支部を作ってはどうですかな。お力添えできますよ」
「支部か・・・検討してみよう。伝統芸能の伝播も両国の関係を深める上で、悪くなかろう」
「サリオス国王。両国の関係が、より深くならんことを祈りますよ」
「もちろん・・・時に・・・ククルス卿。雲の様子は、どうかな?」
「いまのところ、平穏ですよ」
「それは良いことだ」
「人間は、閉ざされた有限な世界で無限の欲望を持つ、不幸なものだ」
「ええ、まったく。苦労させられますな」
「これ以上の人間は、生きて行けないという事実を受け入れられない者は、多いですから」
「例え、このカオス世界が、一つの国になったとしても生きていける人間が少し増えるだけに過ぎない」
「わたしもそう思います」
「国が別れている事を不自由と思う人間もいます」
「別れている方が、生きる世界を選択できる自由があるということです」
「確かに」
「たった一つの世界。それは国政の失策が国民の不自由と直結している」
「世界が分かれているなら違う生き方を認める寛容さがあるというべきだろう」
「今後も互いに国の違いを尊重するということで・・・・」
ククリス卿の言葉にサリオス国王が頷く。
この会話をどこまで信じられるかわからない。
ただの社交辞令ともいえる。
どちらも自国の王政と主権を維持するため、他国の王政や主権に干渉し略奪する。
そして、国益のため戦争も辞さないという気概だけはある。
これは、国というレベルに収まらず。
個人、家族、社会全般にも当てはまる。
しかし、世の中、保身や利害が無視される場合もあり、そんなにあまくない。
単純に利害関係だけで割り切れない。
一つが宗教であり。
もう一つが憎しみだった。
保身や利益を損なっても成そうという現象も時として起こる。
ガイオス王子、サラミス、グレイク、アルロイ。
4人は、謁見席からドラクーンの舞踊を見ていた。
沈滞気味なカオス界で華やかな出来事は少ない。
その分、楽しみも増す。
カオス界最強のドラクーン王国は、外交で国威を示すと同時に懐柔工作でも歌劇団を多用する。
鞭であると同時に飴でもある、というのは外交で有効だった。
道化が会場を笑わせる。
大人と子供は受ける節が微妙に違い笑い声がずれる。
笑うタイミングで意識が大人なのか。意識が子供のままなのか。なんとなく判断できる。
ガイオス王子も子供に近いタイミングで笑う。
しかし、散々、帝王学を叩き込まれ、
大人が笑う節も、わからなくもないのが表情でわかる。
単に頭で理解しているだけなのだが・・・
「王子。フレアが気になるので」 サラミス
時折、フレアに視線を送っていたのを見抜かれて動揺する。
「んん、少し」
フレアは、王の反対側で母の謁見席に少し近い席にいる。
なんとなく、フレアに母親を取られたようで面白くない。
母に命がけで助けてもらっていながら人の心は嫉妬心の比重が大きい。
「・・・意外とかわいいですね。さすがネピロスの公族」 アルロイ
「あはは・・・アルロイ。俺の代わりに命を狙われてみろよ」
「それは勘弁」
「このぉ〜 不忠なやつだな」
「かわいい女の子から命を狙われる刺激的な人生を奪ってしまうなんて、それこそ不忠です」
「遠慮なく、奪ってくれよ。あの時の矢で死ぬところだったんだぞ」
「まあ、王子たるもの、命の一つや二つくらい狙われないと」 グレイク
「命が二つあるのなら、一つくらい狙われても構わないけどね」
「一つしかないから貴重なんでは?」 サラミス
「くそぉ〜 民主化してやる」
「それは、貴族階級が困るので反対」 サラミス
「そう、そう、高貴で、優雅で、品格を保てる。王侯貴族の世界。命がけで守るに値する」 アルロイ
「下賎な輩に政なんて。どうせ、金に目が眩んで他の国に国益を売りかねないね」 グレイク
うんうん
王侯貴族体制も民主主義体制も、
トップと、それを支える階層が存在するという点で構造が似ている。
そういった構造を世襲で固定させるか、
実力主義、能力主義、人気主義、運不運で選出。固定させないかの違いでしかない。
また、民族的慣習や政治学など搦めて、どういう形で連続させていくかで政体も微妙に変わってくる。
無政府主義者は、いつの世、どの世界にもいる。
しかし、これが成功する可能性は低かった。
少なくとも既得権益を守ろうという勢力は善悪に関わらず存在し。
不正腐敗と更なる自由を求める勢力の衝突は常に起こった。
性善説に期待する法制もあれば、性悪説に対処する法制もある。
前者は、自由な風潮が作られ、犯罪も起こしやすい。
後者は、不自由な風潮が作られ、制約が多い。
どちらか、というより割り振りや兼ね合いの問題といえた、
カオス世界の王国諸国でも風土、国情の違いとなって現れる。
王政も、王が有能で貴族階級が寛容で融和的な判断がされていれば、それほど悪くはなかった。
そして・・・・
ドラクーン歌劇団が余韻を残しなら帰国していく。
祭りの前は楽しく。
祭りの最中は目まぐるしく。
祭りの後は寂しいほど。
ガイオス王子は訓練が再開し、憂鬱で色褪せた日常が繰り返される。
『ガイオス王子。本当なら祭りの間こそ。訓練をしなければならないのですよ』
『・・・・・』 引きつる
『なぜだか、わかりますかな』
『な、なぜでしょう。ザンジバル先生』
『王族にとって、最も重要なのは “克” 己の我欲を自制する事を学ばなければなりません』
『は、はい』 泣き
『まあ・・・いいでしょう。今回は、特別に休みとしましょう』
『はい♪』
思い出すだけでも、ため息しか出ない。
ガイオス王子が、王政を投げ出したいと、密かに思ってしまうのも。子供だからとはいえない。
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