第05話 『崩 克』
早朝、ムーゼス執事から魔法術を含めた一般教育を教わった後、
ザンジバル先生から剣術の訓練を受けるまで貴重な間があった。
合理的に教育するのなら、疲労の少ない一般教育や魔法術を先。
疲労する剣術が後が理想。
しかし、その日は、たまたま、理想だっただけで、いつもは理想通りいかない。
なぜかというと “実戦を舐めるな。疲れるから先に魔法術など軟弱だ” という発想もある。
世の中は、合理的にできていない。
ガイオス王子が教室から出る
「やっと、終わった〜」
従者のサラミス、グレイク、アルロイも続く。
「お疲れ様。ガイオス王子」 グレイク
「・・・ふ まいるよ。通しで詰め込んだ後は、できるまで次のページに進まないで繰り返しだよ」
「王子。これから、どうします?」
「んん・・・少し庭園に行くか」
むかしは “遊ぶ” “何か起きる” と期待があった。
キラキラとした日常、非現実的な出来事など起こりはしない。
修学や訓練のことなど考えたくもなく、健康的に体を動かすのも却下。
無常に過ぎていく貴重な時間は、何をするでもなく、4人でブラブラ、ぼんやり過ごす。
「グレイク、アルロイ。従者になって自由がなくなったんじゃないか?」
「臣下たるものの当然の義務ですよ」
「そうそう。義務、義務」
次期王の覚えめでたければ、お側付きで安泰。
疎まれると疎外される。
どちらが良いかといえば、王子との相性や資質による。
つまり、王子のお側付きが良いとは限らない。
食事は美味しいものが食える、それだけ。
他に刺激といえば、悔しいことに、
これしかない。
自分に向け必殺の矢を射ったフレア公女だろうか。
フレアも監視を従えて庭園を横切っている。
その日も平穏に始まり、苦痛と少しばかりの成長で日常が過ぎようとしていた。
深夜。
フィリア王城内から火の手が上がる。
外からの攻撃に強い城も、城内からの出火で大混乱。
しかし、本当の混乱は、黒装束の侵入者がいたことから始まる。
次々に護衛兵、武官、文官が殺傷されていく、
「・・・・何事だ!?」 サリオス王
「王。賊です。直ちに護衛兵を繰り出します、王族は安全のため東塔へ」 ギレンス将軍
「んん、わかった」
「スピルリナ。護衛兵を連れて王の避難を・・・」
「はっ!」
こうなると経験は乏しく。緊急避難での対応力も幅が狭い子供のガイオス王子は従うしかない。
標準以上の知識と剣術を叩き込まれていても、あくまで同世代を越える程度でしかなかった。
なにより覚悟の重さで開きがあった。
東塔から突如、黒装束の男たちが現れて、あっという間に乱戦になっていく。
そして、突然、サリオス王子が呻いて倒れる。
王に剣を刺していたのは家臣のスピルリナだった。
「王!」 女王、母の目が見開かれる。
「貴様!」
ザンジバル先生が剣を抜いてスピルリナに切りかかる。
あっという間に敵と、味方が入り乱れていく。
まだ完全に起き切っていないガイオス王子も死に逝く父の姿に呆然とする。
「ガイオス!! 罠だ! 逃げろ! 敵はギレンス将軍だ!」
ザンジバル先生の言葉に驚き。さらに茫然自失。
次の瞬間、ザンジバル先生に押されたガイオスは、ようやく、走り出す。
敵と味方が入り乱れる、
ガイオス王子は、剣を抜くも誰が敵で味方なのかわからず、東塔から逃げ出そうとする。
血生臭い戦いの喧騒を抜けて広間へ。
「・・ほう・・・ガイオス王子。ご無事でしたか・・・」
広間の反対から剣を抜いたギレンス将軍が近付いてくる。
怖気づく。ガイオス王子。
「どうしました?」
「ガイオス王子。早くこちらへ・・・」
迫るギレンス将軍の目は狂気に踊り、剣を振り上げようとした時、
頭上から耳障りな軋みが響いた。
それは、ギレンス将軍の剣を弾き、彼を一瞬にして遠ざけさせた、
二人の間にシャンデリアが落ち、ガラスが粉砕する。
「・・・こっちよ」
ガイオスは、声の主に向かって走り出した。
が、声の主を見ると目を疑いたくなるか。
足踏みしたくなる。
フレアが剣を握って立っていた。
ギレンス将軍に殺されるのがイヤで、自らの手で殺そうというのだろうか。
目を見ると狂気というより氷。
何を考えているのかわからない。
「ここで、死にたいの?」
「別に構わないけど・・・」
ギレンス将軍が起き上がり、剣を握ろうとしている。
慌ててフレアの方に逃げ出す。
状況が掴めないガイオスは混乱する。
一緒に逃げているのは自分を殺そうとしたフレア。
庭園を横切って茂みに隠れる。
「・・・ど、どうして、助けてくれたの?」
「借りを返しただけ・・・」
「借り?」
「あなたの母親に命を助けてもらったからよ」
そして、急に母ニーナが心配になる。
そういう年頃、当然だろうか。
「・・・・・・」
「・・・戻るつもり?」
「城から出た方が良い」
「近くの駐留軍と合流しないと殺される」
「でも・・」
「わたしの両親は、あなたの父親サリオスに殺された。二人ともね」
ぞっ! とする。
「・・・フレアは、どうするの?」
「わたしは城を出る・・・」
「あんたの母親への借りは、とりあえず、返したし」
「・・・僕も城を出るよ・・・」
この判断が正しいか、間違っているかは、わからない。
城内の味方が多いのか、少ないのか。
場外の味方が多いのか、少ないのか。
残るのも、出るのも、自分の判断で決めるしかなかった。
帝王学は学んでいる。
しかし、現実に状況を突き付けられ判断しなければならないと迷う。
城内の喧騒は続く。
場外でも、あちら、こちらで切り合っていた。
少なくともサリオス王は存在しない。
自分が逃亡すれば総崩れとなるはず・・・
そして、次期王のガイオスは一人の従者も連れず。
仇敵の娘と一緒にいる。
王族しか知らない抜け道があったりする。
そこは、地下通路を抜けると外に出る。
いま、フレアが剣を振るったら死ぬだろう、と思いながら。
後ろから殺す動機は、十分過ぎるほどある。
しかし、フレアは、氷のような瞳で前を見詰めたまま歩く。
ガイオスは、戦々恐々で、我が身の不運を呪う。
王族でなければ・・・・・・
王城の周りに城下町があり。
王城の火の手は城下町も混乱させていた。
火炎は次第に収まっていた。
しかし、火事見物者で路地が溢れる。
「・・・城が燃えてしまうなんて」
「綺麗ね」
「・・綺麗って・・・・」
「わたしが火を付けたもの、いい気味・・・・」
微笑むフレアの頬が炎に照らされる。
「・・・ど、どうして・・・」
「眠っている間に殺されたかったの?」
「し、襲撃が、あるって、知ってたの?」
「離れにあるわたしの部屋が通り道だったみたいね」
「監視兵が真っ先に殺されたわ」
「・・・・・」
「いつ殺されてもおかしくなかったから、まともに眠れなかった」
「物音に気付いて外を覗いたら襲撃者が集まっていたの」
「じゃ 襲撃を知らせるために火を?」
「ええ」
「どうして?」
「眠ったまま、殺されるなんて・・・」
「あなたは、起きている時、滅多刺しで殺されるべきよ」
「・・・そう・・・王は、殺されたよ。滅多刺しじゃなかったけど・・・」
「いい気味」
本当に微笑む。
ここで斬り合いになってもおかしくないのだが・・・・
親不孝だから?
貸借が複雑に絡み過ぎて損益を出せないから?
母が助けた娘を殺す気になれないから?
復讐者の権利?
そこまで頭が回らない。
いつも従者の意見を参考に判断する王族の弱点だろうか。
少なくとも、いま、一人でいたくないという気分といえる。
一番近い、駐屯地へと向かおうとする。
途中、黒装束の男4人に襲撃される。
ガイオスも、フレアも、子供でしかない。
絶体絶命の窮地。
しかし、突然、矢が黒装束の男たちを襲う。
そして、4人とも倒されてしまう。
「やれやれ、襲撃者だからといって黒装束でなければならないと、誰が決めたんだか」
茂みからシラクスが現れる。
「やあ、ガイオス王子。夜中にデートかい?」
「ち、違うよ!」
「・・・・・」 フレア
「ほぉ いわくつきの二人が一緒とはね・・・・さてと・・・どうしたものかな・・・」
シラクスが周りを見渡して思案する。
「シラクス。何が起きたか知っているの?」
「んん、状況から察するに・・・・反乱以外にあるかい?」
「・・・ないけど」
シラクスが少しばかり微笑む。
他国のスパイというのは、ロクなやつじゃない。
同情くらいすべきだ。
せめて社交辞令ぐらい言うべきだろう。
それが年端もいかない子供相手なら、儀礼的にも慰めの言葉くらい言うべきだろう。
とはいえ、命の恩人で利用する気でいるのなら。まだ救いはある。
「君たちは、どうしたいね?」
「近くの駐屯地に行きたいと思っているよ」
「演習でアジス川に行っているな」
「演習?」
「いま、駐屯地はドラクーン対策で教導軍抜きだからね」
「中央の命令があれば簡単に移動するよ」
「・・・・・・」
「ところで、あの連中は、味方と思うかい?」
闇夜の向こう。駐屯地の方から黒装束の男たちが向かってくる。
「間抜けだねぇ 夜だからって、黒装束が良いとは限らないのに・・・・」
「どうしたら・・・」
「王子なら自分で考えるべきだろうな。常識的な判断だ」
「・・・逃げる」
「どこに?」
「東の国・・・デセート王国」
単にフィリアの東側にいるだけ、
そっちが近いだけだった。
「なるほど、じゃ 行こうか」
「・・・シラクスも?」
「買い付けで、そっちに行こうと思っていただけだよ」
「あ、そう」
「・・・・・・」 フレア
「シラクス・・・助けてくれて、ありがとう」
「おや、一生、言わない、つもりなのかと思ったよ」 にやり。
「そこまで横柄じゃないよ」
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