青と蒼のしずく〜a calling from tears〜
Lass / 2003年04月25日発売 / Windows98・2000・Me・XP対応ゲーム / 18禁 [amazon購入ページ][ゲーム概要]
新設ソフトハウス・Lassのデビュー作。謎の海面上昇により終焉の危機を迎えた世界を舞台にした、恋愛AVG。
今より少しだけ未来の。謎の海面上昇によって滅亡の危機に瀕した世界。かつては山間にあった綿津見市も今は海を望み、佐倉秋人の通う学園も遠くない将来海の中に消える運命にあった。それでも、日頃からエロのことしか頭にない悪友・広原淳司(通称ヒロッチョ)と、快活で秋人とヒロッチョの世話係のような役割にいる幼馴染み・岬 愛夏とともに、平穏な日常生活を送る秋人。だが、秋人にとって予想もしなかった変化が、いま間近に訪れていた……[感想]
シナリオの問題点を中心に論じていく。
文章力は一定水準にある。また、全体的な会話のテンポは悪くない。「鳥の王」を巡る展開や、幼馴染みと義理の妹のシナリオを支えるシチュエーション、会話の端々に窺える閃きには鋭さがあり、個々を取り上げるとセンスの高さを感じさせる。が、全体を見渡すと整頓が出来ていない、とか、若書きの域を出ていない、といったネガティヴな印象が付きまとう。
前半で顕著な問題として、物語の展開が極端なくらいに主人公の親友ヒロッチョに依存している点が挙げられる。煩悩のみを糧に生きているようなこの男、要所要所で登場するだけならば間違いなく魅力的なキャラクターと言える。まだ攻略対象となる女性キャラが殆ど顔を見せない前半では、いまいち覇気の感じられない主人公に代わって進行を引っ張っている印象があり、そういう意味では重要なキャラクターであり最初のうちはそれなりに彼との会話を楽しんでもいられる。
――が、如何せん喋りすぎなのである。エロトークも散発的なら楽しめるものを、この男は基本的にそれしか口にしないから、付き合わされている側は間もなく飽きる。確かに語彙は多く言葉遊びもふんだんに含まれているが、主旨が同じなら新味は感じられない。結果、文章量は多いが単に話を引き延ばしているだけで、間延びした印象だけを残してしまった。
キャラクター攻略が佳境にかかり、会話が主人公とヒロイン中心になるとこの「間延び」感はだいぶ払拭される。が、キャラクター独自のイベントが基本的に軸となる一本のみであり、その処理も簡単であるために、長ったらしい前半と比して薄味な印象を与えてしまっている。後半でヒロッチョの出番は極端に減り、本来の「メインシナリオを彩るエッセンス」としての役割を果たすようになるが、結局前半での過剰な活躍がストーリーの足を引っ張っているのである。ヒロインそれぞれのシナリオに話を移そう。柱となるエピソードが基本的にひとつしかないために薄味である、というのは既に述べたとおりだが、その「柱」もいい加減手垢がつきすぎたものが多いのがちと拙い。手垢が付いていようと表現の仕方に違った視点や語り口が用いられているなら問題はないのだが、さほど目新しい表現は見られなかったし、多少認められた「捻り」も多くの小説や漫画で何度も使用されたものが殆どで、組み合わせにも新味が感じられなかった、というのが正直なところである。
加えて、どのエピソードも突っ込みが甘い。綾乃やルゥのエピソードなどは、(インモラルの味付けをした果のエピソードなどよりも)根本のところでプレイヤーの抵抗を招きかねないものなのだから、もっとディテールをきっちり描いて、深いところまで選択肢を用意して悩ませるべきではなかったか。併せて他のキャラクターのシナリオも、複数の柱を用意してきっちりと屋台骨を組み、このふたりに見合うだけの力強さを付加せねばならないが、前半の間延びした印象を払拭するためにはその程度の努力は必要不可欠だったはずだ。さもなければ、ヒロッチョの台詞をもっと大胆にカットするぐらいの配慮がいる。
キャラクター各個のシナリオでいちばん精度が高かったのは図書委員の女の子の話だった。他のキャラクターではいまいち活きていたと言い難い「海面上昇」の要素が最も印象的な形で利用され、本と初恋とを巡るストーリー展開も従来見られなかったタイプのもので、読んでいていちばん楽しめた。何より、主人公と前々から付き合いのあった友人と切り離されたところで話が展開していたため、ヒロッチョが静かだったのがいい。――但し、彼女にしてももっと突っ込んで描いて欲しかった、という嫌味は消えない。そして何よりも問題なのは、今も少しだけ触れたように、本来このゲームの売りであったはずの「海面上昇」というテーマが活きていない点である。辛うじて活きていたのは前述の図書委員の少女とサポートロイド・ルゥのエピソードぐらい、あとはおかずについてくるキャベツ程度にしか活用されておらず、箸を付けなくてもまったく問題ない程度の扱いでしかない。
いずれ人類そのものが死に至るかも知れない、という感覚は、登場人物たちの暮らしにもっと深刻な影を落として然るべきはずなのに、ごく些細な形でしか描かれず主人公たちの生活には際立った影響を与えておらず、極論すればこのテーマ自体がなくても殆どのキャラクターの基本的なシナリオになんらの問題も生じない。結果として従来の、『To Heart』あたりで完成されてしまった恋愛AVGの焼き直しと思しい骨格しか残らないとしても、致し方ないだろう。実際、それ以上でもそれ以下でもないのだから。折悪しくというか、本編と日を同じくしてリニューアル版が発売された『終末の過ごし方』という作品がある。そちらと比較していただければ、本編の「終末」というテーマに対する突っ込みの甘さがご理解いただけるだろう。重さがまるで違う――無論、重く描けばいいというものではないが、それにしても生温い。
テーマとされている以上、プレイヤーにとっての興味は「海面上昇」の原因にも注がれる。が、大半のキャラクターではその理由にメスを入れることもしていない。たった一人、原因そのものに言及し、ひょんなことから解決までしてしまう箇所があるが――その理由と解決の設定自体が安易だ。語られている通りの理由で海水面が上昇しても、標高0メートル地帯からせいぜい100メートル程度のところが水没するだけで、即人類滅亡とか「何もかもが失われる」というような深刻な事態に陥る可能性は極めて低い。他にもエネルギーバランスが無茶苦茶だとか、果たしてそこまで重大な真実を衆目から隠しておくことは可能か、など細かい難点があり、まるで説得力を欠いている。シナリオのなかにある要素ひとつひとつを取り上げていけば、ポイントになる部分も少なくない。が、全体のぎこちなさがその長所を相殺してあまりある、といった印象だった。文句を言いながらも私は色んなやり方で楽しんできたのだが――純粋にこーいうゲームを遊びたい、このテーマに惹かれて購入した、というユーザーにとってはどうだろう?
前半で顕著な下ネタを寛容に受け流せる(或いは虚心に楽しめる)、テーマ抜きの恋愛部分や日常描写を軽いAVGとして楽しむことが出来る、という人なら、なかなかに斬新で整ったシステムと共に料金分楽しめるに違いない。が、「水没する世界」という売り文句に惹かれて買った人を納得させるのは難しい、というより無理だろう。
率直に言って、シナリオはかなり失敗した作品である。グラフィックについては、一応水準をクリアしていると言ってもいい。イベントCGの枚数が致命的に少ないとか、背景がポリゴンで描いたように見える、など問題点はあるし、興味のなかった人を絵だけで惹き付けられるほどの仕上がりではないものの、絵の不出来で避けられる、ということはない、と思う。
音楽はやや印象が乏しい。この手のゲームとしては自然な雰囲気の音楽に仕上がっているが、それ故に印象に残りにくいのは宿命と言うべきかも知れない。主題歌およびエンディングテーマは、メロディ自体は面白いのだけどそれ以外――歌詞、アレンジ、歌唱力――でもうちょっと頑張って欲しかった。ことオープニングテーマは大貫妙子が似たようなテーマで作った曲(『会いたい気持ち』)があり、それが頭にあった私にはどうしても聴き劣りがした。最後に、システムについて評価しておく。全般にきつい書き方をしているが、システムは最初から感心させられることが多かった。
少々要求されるスペックが高い嫌味があるが、それも致し方ない、と思わせるくらいに実験と意欲が窺われる。メッセージ窓の上に別のメッセージ窓を重ね、或いは左右にひとつずつ窓を表示させて、会話のタイミングや心理を演出する手法。まばたきのようなオーソドックスな演出は無論、電車の動きをリアルに再現する処理を、重さを殆ど感じさせずに実現した手腕は素晴らしい。些か設定項目が多すぎる気はするが、ショートカットを事細かに指定できるコンフィグ、それもゲームパッドに対応させたあたりもいい配慮だ。
が、反面、当然気を遣うべき点がいくつか疎かになっているのが残念だ。上書きセーブやゲーム終了のときに確認のダイアログを表示してくれないので誤操作がフォローできない点、メッセージウインドウ右下にマウスがかかると勝手にコマンドメニューが表示されてしまい誤操作を助長しがちである点、などはショートカットの設定などよりも先に何らかの配慮が欲しかった。システムの完成度の高さに救われているが、全体としては「辛うじて水準」という程度の評価にせざるを得ない。特にシナリオまわりの製作に携わっている方は、一層の精進が必要だろう。
最後にもう一点、声優についてちょっと触れておきたい。
全体的には悪くないのだが、台詞の主旨と演技の仕方がやや噛み合っていない部分がいくつか認められた。そして、綾乃のぼんやりとした喋り方のときがかなりわざとらしい。後半ではだいぶこなれた印象になったのだが、初登場から彼女の秘密に触れかかるあたりまでの演技は雑で聞き苦しくさえあった。後半になると台詞の中で突然トーンが変わる、という部分があるのだが、その変化が不気味に感じられるくらいだったのも行き過ぎ。演出のせいなのか声優の技量の問題なのかは不明だが、思わず話を進めるのを躊躇うくらいの箇所があることを指摘しておく。後半こなれてきただけに勿体なく思った。