cinema / 『10ミニッツ・オールダー イデアの森』

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10ミニッツ・オールダー イデアの森
原題:“10 Minutes Older the Cello”
共通スタッフ
エグゼクティヴ・プロデューサー:ウルリッヒ・フェルスバーグ / 製作:ニコラス・マクリントック、ナイジェル・トーマス、ウルリッヒ・フェルスバーグ / 音楽:ポール・イングリッシュビー / チェロ演奏:クラウディオ・ボルケス / 配給:日活
2002年ドイツ・イギリス作品 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:石田泰子
2003年12月20日日本公開
2004年07月09日DVD日本版発売 [amazon] ※『人生のメビウス』同梱
公式サイト : http://www.10minutesolder.com/
日比谷シャンテ・シネにて初見(2003/12/27)

[概要]
 テーマは“時”、所要時間は10分。15人の映画監督に課せられたのはこのふたつ。それぞれに映画界に多大な功績を残した映像作家たちが、互いに内容を知らぬまま競演したオムニバス映画である。作品は、全体のテーマ音楽をチェロ演奏に統一した『イデアの森』と、同じくテーマ音楽をトランペット演奏が奏でる『人生のメビウス』のふたつに分けられ、同時期に別の劇場を使って公開された。
 それぞれの個性を反映した作品が並ぶため、全体の感想を述べるのは難しい。そこで本稿は、従来とは形式を変えて、各編別個で簡単に粗筋と感想を並べる。なお、『人生のメビウス』に含まれる作品の感想は別項を参照していただきたい。

水の寓話
原題:“Histoire D'Eaux” / 監督・脚本:ベルナルド・ベルトルッチ / 撮影:ファビオ・チャンケッティ / 編集:ヤーコポ・クァードリ / 出演:ヴェレリア・ブルーニ・テデスキ、アミット・アロッツ、タルン・ベティほか
 国を脱出した男達。そのうちのふたりが列を抜け出し、ひとりがもうひとりに水を頼んだ。水を汲みに行った男は、現地の女と出会い、恋に落ちて、その地に根を下ろすが……
 のっけから奇妙な味わいの一篇である。怒濤のような展開のために、結末は却って解りやすいが、その結び付け方が巧い。イタリアの料理店がどんどんインド風に変貌していく有様が何とも言えず可笑しかった。

時代X4
原題:“About Time 2” / 監督・脚本・音楽:マイク・フィギス / 撮影:マーク・フィギス、ダニー・コーエン、ルーシー・ブリストーほか / 出演:マーク・ロング、アレクサンドラ・スターデン、ドミニク・ウエスト、ハワード・ゴーニーほか
 四分割された画面。パソコンで文章を打ち込む男。どこかへと急ぐ女。戦争ごっこにいそしむ子供達。二台のモニタに映った老夫婦の顔。やがて、それぞれの出来事が交錯していく。
 10分間ずっと、四分割の画面でそれぞれの出来事が展開する。最初左下の画面にいた人物が右下、右上と移動したり、細かな配置換えが始まるとそれぞれの関係が飲み込めてきて、物語の本質にある不条理さが浮き彫りになってくるが、それまでがちょっとしんどい。
 さながらメビウスのような作りを持った一篇で、吟味すればするほど色々な思索が垣間見えてきそうだが、それ故にこのオムニバス形式では鬱陶しく感じられてしまうのがちと勿体なかった。その実験性の放つ魅力は凄まじいのだけど。

老優の一瞬
原題:“One Moment” / 監督:イジー・メンツェル / 音楽:レオシ・ヤナーチェク / 出演:ルドルフ・フルシンスキー
 数々の作品に出演した俳優ルドルフ・フルシンスキー。過去の出演作と現在の姿を重ね合わせて、役者としての生涯を10分に凝縮する。
 人間が“醜く”老いる様を、“滑稽”に“愛らしく”描いた短篇。俳優であるということは、その生涯を安易に10分間に詰め込まれてしまうことをも求められるらしい。

10分後
原題:“Ten Minutes After” / 監督:イシュトヴァン・サボー / 撮影:ラヨシュ・コルタイ / 出演:イルディコ・バンサギイ、ガブール・マテほか
 誕生日を迎えた夫の帰りを待ち焦がれる妻。だが、友人たちと共にようやく我が家の扉を叩いた夫は泥酔し、何かに苛立っていた。
 平易なタッチで予測しえない悲劇の到来を描いた、短篇サスペンスといった趣の作品。冒頭では柔らかな笑みを浮かべていた女性が退場する後ろ姿とのコントラストが強烈。
 劇場で観ているときは気づかなかったが、あとにして思うと異常にカット数が少ない。ここまでやるなら全編ワンショットで、とも思うが……きついか。

ジャン=リュック・ナンシーとの対話
原題:“Vers Nancy” / 監督:クレール・ドゥニ / 撮影:アグネス・ゴダール、リオネル・ペリンほか / 編集:エマニュエル・パンカレ / 出演:ジャン=リュック・ナンシー、アナ・サマルジャ
 心臓移植を受けた哲学者ジャン=リュック・ナンシーと、若い女性のアナ。フランスをひた走る列車のコンパートメントで、己と他者の関係性についての議論を繰り返す……
 心臓移植、という重要なポイントを知らなかった(気づかなかった)ために、作中の議論がよく飲み込めなかったように思う。ラストの一言が効いており、その効力を再確認するという意味でもいまいちど挑戦したい作品。

啓示されし者
原題:“The Enlightenment” / 監督:フォルカー・シュレンドルフ / 撮影:ティルマン・ビュートナー、アンドレアス・ヘファー / 出演:ビビアナ・ベグロー、イルム・ヘルマン
 とあるキャンプ場を浮遊する一匹の蚊。時間について考察する“彼”の眼下で、生と死を巡る悲喜劇が展開する。
 あのゲームを思い出してちょっと笑ってしまいました。“蚊”視点って……
 それはともかく、ナレーションで語られる内容は陳腐ではあるが深甚。視点が良く動きすぎる弊害で人物が捉えにくく、時制とひとつひとつの事柄の繋がりが判然としない。だが、その描写そのものが主題と結びついて、奇妙な余韻を残す。ラストシーンもまたコミカルだが、虫にありがちな行動に深い意味を感じさせる。

星に魅せられて
原題:“Addicted To The Stars” / 監督・脚本:マイケル・ラドフォード / 撮影:パスカル・ラボー / 編集:ルシアン・ツケッティ / 美術:クリスティナ・ムーア / 出演:ダニエル・クレイグ、チャールズ・サイモンほか
 80光年の宇宙旅行から帰還した飛行士。変わりすぎた街の姿に戸惑いながら、彼は同僚の言葉を無視して、愛する家族の元を訪ねる。
 僅か10分で描かれた、折り目正しいSF。アイディアそのものはとうの昔に使い古されたものだが、シンプルであるが故にひたすら重く、結末の美しさが光る。

時間の闇の中で
原題:“Dans Le Noir Du Temps” / 監督:ジャン=リュック・ゴダール / 脚本:アンヌ=マリー・ミエヴィル / 撮影:ジュリアン・イルシュ
 ゴダール作品の断片を含む様々な映像と、アンヌ=マリー・ミエヴィルの詩と音楽とのコラボレーション。
『老優の一瞬』は俳優の人生を、客観的に再編したものだが、こちらは監督の創作史を極めて主観的に綴った、という印象。あくまでもそういう印象を受けた、という話である。全く関連性のない映像に、やはり関連はないが含蓄のある台詞を繋ぎあわせ、築き上げたイメージでまず最初に読み取れるのがそれというだけのことだ。映画のために一生を捧げ、その筋では神のように讃えられるゴダールだからこそ作りうる一本。

[全体の感想]
 邦題通り、トリを飾ったゴダールを筆頭に実験的、思索的な作品が多い。第一線をひた走る監督がそれぞれのスタイルと思想を僅か10分に詰め込んだ、しかも晦渋な作品が八本も続くとあって、充実感は並の映画と比べるべくもないが、齎される疲労感も並大抵のものではない。観るなら気合いを入れて望み、出来るなら二度・三度と鑑賞してほしいところ。映画をシンプルな娯楽と捉える方には(ことこちら『イデアの森』は)向かないだろうが、浅はかな代物では不満だ、と言う方には是非とも御覧戴きたい。
 どれがお気に入り、というのはちょっと難しいのだが、間違いなく印象に残っているのは『時代X4』の強烈な実験性と、『ジャン=リュック・ナンシーとの対話』ラストの会話の鮮烈さ。『星に魅せられて』のラストシーンも素晴らしい。

(2003/12/27・2004/07/09追記)


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