cinema / 『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』

『cinema』トップページに戻る
『light as a feather』トップページに戻る


10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス
原題:“10 Minutes Older the trumpet”
共通スタッフ
エグゼクティヴ・プロデューサー:ウルリッヒ・フェルスバーグ / 製作:ニコラス・マクリントック、ナイジェル・トーマス、ウルリッヒ・フェルスバーグ / 音楽:ポール・イングリッシュビー / トランペット演奏:ヒュー・マセケラ / 配給:日活
2002年ドイツ・イギリス作品 / 上映時間:1時間32分 / 日本語字幕:石田泰子
2003年12月13日日本公開
2004年07月09日DVD日本版発売 [amazon] ※『イデアの森』同梱
公式サイト : http://www.10minutesolder.com/
恵比寿ガーデンシネマにて初見(2003/12/27)

[概要]
 テーマは“時”、所要時間は10分。15人の映画監督に課せられたのはこのふたつ。それぞれに映画界に多大な功績を残した映像作家たちが、互いに内容を知らぬまま競演したオムニバス映画である。作品は、全体のテーマ音楽をチェロ演奏に統一した『イデアの森』と、同じくテーマ音楽をトランペット演奏が奏でる『人生のメビウス』のふたつに分けられ、同時期に別の劇場を使って公開された。
 それぞれの個性を反映した作品が並ぶため、全体の感想を述べるのは難しい。そこで本稿は、従来とは形式を変えて、各編別個で簡単に粗筋と感想を並べる。なお、『イデアの森』に含まれる作品の感想は別項を参照していただきたい。

結婚は10分で決める
原題:“Dogs Have No Hell” / 監督・脚本・編集・製作:アキ・カウリスマキ / 撮影:ティモ・サルミネン、オッリ・ヴァルヤ / 美術:マルック・ペティレ / 出演:カティ・オウティネン、マルック・ペルトラほか
 刑務所を出たばかりの男は、共同経営者に株を売り払ってシベリアへの旅費を手に入れると、すぐさま愛する女のもとに駆けつけた。伴侶として、新天地をともに目指すため――
 カンヌ映画祭で絶賛された『過去のない男』のキャスト・スタッフもろとも使い回しという何とも大胆な一本。贅沢や華美なものに束縛されない、ありのままの幸せを描いたラヴストーリーという意味でも珍しい作品だと思う。この短篇のために、やはり『過去のない男』に登場したバンドにほぼ一曲演奏させているのも凄い。

ライフライン
原題:“Lifeline” / 監督・脚本:ビクトル・エリセ / 撮影:アンヘル・ルイス・フェルナンデス / 編集:フリア・フアニス / 出演:アナ・ソフィア・リャーニョ、ペラヨ・スアレスほか
 出産を終え、疲れ果てて眠る女。その傍らの揺籃で、赤子を包むシーツがゆっくりと血に染まっていく。
 10年に一本ずつしか製作しない超寡作監督の、やっぱり10年ぶりとなる作品。『ミツバチのささやき』などと同じく、全く無駄のない描写で何気ない生活の一幕に深い意味を添えている。ラストシーンで登場する日付はエリセ監督の生まれた年であり、またナチス・ドイツの台頭を予見させる出来事があった日でもあり、ささやかな幸せの背後に暗い世相が広がっている、という二面性をも籠めた、重厚な一篇。

失われた一万年
原題:“The Thousand Years Older” / 監督・脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク / 撮影:ヴィセンテ・リオス / 編集:ジョー・ビニ / 写真:レーナ・ヘルツォーク / 通訳・出演:マウロ・レナート・オリヴェイラ
 1980年頃、ブラジルとボリビアの国境付近の森林に、白人を頑なに拒み続け独自の暮らしを続けていたウルイウ族という部族があった。金鉱採掘のために接触した探検隊により、部族は僅か数週間のうちに数千年分の進化を遂げる。だが同時に、文明との接触は、彼らに未知の病原をも齎すこととなった。
 ドキュメンタリータッチの作品である。過去のフィルムを使いすぎだ、という気もするが、きっちり利用しているからこそ“現在”とのコントラストが痛々しい。時というテーマを描きながら、文明というものの空虚さにも触れている。

女優のブレイクタイム
原題:“Int. Trailer. Night” / 監督・脚本:ジム・ジャームッシュ / 撮影:フレデリック・エルメス / 編集:ジェイ・ラビノヴィッツ / 出演:クロエ・セヴィニー、マット・マーロイほか
 女優に与えられた休憩時間はたったの10分。その間もひっきりなしにスタッフが姿を現し、恋人からかかってきた電話にくつろぐ暇もなく、貴重な時間は過ぎようとしていた。
 シンプルで美しい小話。短いなかに、鬱陶しい現実と隣り合わせになりながらもプロとしての気概を備えた女優の姿が見事に表現されている。お姫様のような衣裳を纏った女優が、ソファに深くもたれ煙草を吸う姿は、何となく世を拗ねている女子高生みたいで可笑しかった。

トローナからの12マイル
原題:“Twelve Miles To Trona” / 監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース / 撮影:フェドン・パパマイケル / 音楽:Eels / 出演:チャールズ・エステン、アンバー・タンプリンほか
 腹ごなしに口にしたクッキーに薬が混ざっていた。過剰供給の状態で何分保つか解らない体に鞭打ってビルは車を走らせる。トローナから隣町のリッジクレストまでせいぜい十分保てば……だが、薬の効力は瞬く間にビルの五感を蝕んでいく。
 短篇でもロードムービーは作れる、という証拠。必要なエッセンスはすべて詰め込まれ、僅か10分が永遠にも等しく感じられる。ラストの妙な擽ったさ、据わりの悪さが、それまでの出来事を更に幻想的に見せているのである。

ゴアVSブッシュ
原題:“We Wuz Robbed” / 監督・製作:スパイク・リー / 撮影:クリス・ノル / 編集:バリー・アレキサンダー・ブラウン / 出演:マイケル・フェルドマン、ニック・バルディック、マイク・フーリーほか
 あの大統領選でいったい何が起きたのか。じわじわと縮まっていく票差に再逆転を確信するゴア陣営だったが、幾つもの異様な状況が、思わぬ形で彼らを追い込む。すべては僅か10分ばかりのうちに決着した。
『失われた一万年』同様のドキュメンタリーだが、数人のインタビューをパッチワーク様に繋ぎあわせテンポ良く見せる手法はまるで正反対だ。インタビュー対象がゴア陣営に与する人々のみのため少々偏った印象を与えるが、10分という制約に原題にある「奪われた票」を表現するにはたぶんブッシュ陣営のコメントは役に立たないだろう。
 ゴアが勝ったところで現在と異なった社会情勢が形成されるとは断言できないものの、あの出来事により失われたもの、そして教訓とするべきものを幾つも感じさせる、優れたメッセージ性を備えた作品。映像と台詞だけでこれだけリズミカルに見せられる、という事実を示した点でも秀逸な一本だ。

夢幻百花
原題:“100 Flowers Hidden Deep” / 監督:チェン・カイコー / 脚本:チャン・タン / 撮影:ヤン・シュー / 編集:リー・ファン / 音楽:チャオ・リン / 出演:フェン・ユエンジョン、グン・ラほか
 男の依頼で引っ越し屋の一同が訪れたのは、廃墟と化した百花通り。成り行きで、ありもしない荷物を運び込むふりをする引っ越し屋たちだったが……
 なんと意外にも、端正な“怪談”である。男の奇矯な行動がラストで引っ越し屋たちに見せる“幻”は、時の変遷が生んだ幽霊と捉えることも出来る。まさにアジア人らしい視点から、時の移り変わりを僅か10分で描ききった秀作。粒ぞろいの『10ミニッツ・オールダー』のなかでも、個人的にはいちばんのお気に入り。

[全体の感想]
 晦渋な印象のあった『イデアの森』と比べると平易で、ごく普通の娯楽作品としても通用しそうな作品が多い。とりわけ終盤の三本はテーマと10分の縛りとの結びつきを保ちながら、それぞれの監督の個性を示しつつ娯楽性も留めている、と素晴らしい完成度。
 個人的なベストは、上にも書いたとおり『夢幻百花』。思い入れの強さから『ライフライン』、社会性と娯楽性の共存という点で『ゴアVSブッシュ』も捨てがたいが、怪談好きにとってあの簡潔さと深みは堪らないものがあった

 軽く余談。
『イデアの森』、本編ともに音楽を手がけているのは同じ人物だが、メイン・テーマはそれぞれ原題が示すとおり前者がチェロ、後者がトランペットとなっている。あくまで好みの問題だが、ジャズ愛好家としては本編のブルージーな演奏に痺れっぱなしだった。

(2003/12/27・2004/07/09追記)


『cinema』トップページに戻る
『light as a feather』トップページに戻る