cinema / 『セルラー』

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セルラー
原題:“Cellular” / 監督:デヴィッド・R・エリス / 原案:ラリー・コーエン / 脚本:クリス・モーガン / 製作:ディーン・デヴリン、ローレン・ロイド / 製作総指揮:ダグラス・カーティス、トビー・エメリッヒ、リチャード・ブレナー、キース・ゴールドバーグ / 製作補:マーク・ロスキン / 撮影監督:ゲイリー・カポ / プロダクション・デザイナー:ジェイムズ・ヒンクル / 編集:エリック・A.シアーズ,A.C.E. / 衣装デザイン:クリストファー・ローレンス / キャスティング:ロジャー・ミュッセンデン,C.S.A. / 音楽:ジョン・オットマン / 出演:キム・ベイシンガー、クリス・エバンス、ジェイソン・ステイサム、ウィリアム・H・メイシー、ノア・エメリッヒ、エリック・クリスチャン・オルセン / ニュー・ライン・シネマ提供 / エレクトリック・エンターテインメント製作 / 配給:日本ヘラルド
2004年アメリカ作品 / 上映時間:1時間35分 / 日本語字幕:栗原とみ子
2005年02月26日日本公開
公式サイト : http://www.herald.co.jp/official/cellular/index.shtml
新宿オデヲン座にて初見(2005/02/25)※先行レイトショー

[粗筋]
 息子リッキーの通う中学で生物を教えているジェシカ(キム・ベイシンガー)が帰宅して間もなく、災厄は訪れた。突如裏口から侵入してきた三人の男は問答無用で家政婦を射殺するとジェシカを拉致し、見知らぬ一軒家の屋根裏部屋に監禁した。三人のリーダー格と思われる男・イーサン(ジェイソン・ステイサム)は屋根裏にあった電話機を破壊して立ち去っていく。
 説明も何もなく訪れた窮地に恐慌状態に陥りながらもジェシカは、イーサンの破壊していった電話がまだ音を発していることに気づき、一計を凝らす。回線を接続し、繋がった見知らぬ相手に助けを求めたのだ。
 数回の挑戦の挙句に、その発信を受けたのはライアン(クリス・エバンス)。無責任でいい加減で、自己中心的な言動の多い若者だった。突如見知らぬ男に誘拐され屋根裏に監禁された、というジェシカからのSOSを最初は真に受けなかったライアンだが、10分間だけ時間を貸して欲しい、警察にこの電話を届けてくれればそれでいい、という必死の訴えに、渋々警察署へと車を走らせた。
 警察署でライアンから携帯電話を受け取ったのは、27年間の奉職を終え退官間近のムーニー巡査部長(ウィリアム・H・メイシー)だった。彼がジェシカの素性を手許にメモしたところで騒ぎが勃発、直接四階の担当部署に伝えてくれ、と言われ、困惑しながらも階段を上がっていったライアンだが、次第に悪化する電波状態にジェシカが怯え、足止めを食う。そのとき、屋根裏にふたたび現れたイーサンが、ジェシカを締めあげて何かの在処を聞き出そうとした。心当たりのないジェシカは何も知らない、自分たちは無関係だと訴えるしかないが、そんな彼女にイーサンが仄めかしたのはリッキーが通う学校の名前――午後一時四十五分に、サッカー場に向かう息子を車で迎えに行く手筈になっていたことを、イーサンたちは知っていた。ジェシカは屋根裏の窓から、男達が彼女の車に乗って出かけていくのを、為す術もなく見守るほかなかった。
 電話越しに一部始終を聞き、ようやくジェシカが本当に窮地に立たされていることを理解したライアンは、電波状態の不安な階段を登ることを止め、直接リッキーを助けるために学校へと向かった。だが、あと一歩のところで連れ去られてしまう。ライアンはジェシカたちの居場所に近づくために、近くに駐めてあった警備会社の車を“拝借”して尾行を試みる。
 もともと自己中心的に生きて来たライアンに、尾行の技術などあろうはずもなく、道路を大混乱に陥れた挙句に相手を見失ってしまう。渋滞に巻き込まれ、携帯電話のバッテリーが切れかかるというトラブルにも見舞われるが、辛うじて切り抜けたライアンは、何とかジェシカの監禁場所を探り出そうとする。
 一方その頃、署内の混乱で別の人間に話をするよう伝えたものの、妙に青年の話が気になってならないムーニーは、携帯電話の女が告げた名前と断片的な地名を元に彼女の住所を割り出し、直接訪ねる。だが、そこにはジェシカと名乗る女がちゃんといた。質の悪い悪戯と判断したムーニーは、胸を撫で下ろして妻の待つ家に帰っていった――ジェシカの家にいたのが、イーサンたちの仲間だとは知らずに。
 子供を人質にしてジェシカから夫クレイグとの待ち合わせ場所を聞き出したイーサンたちは空港へと赴き、ライアンもまた空港へと急ぐ。しかしその途中、行き違った弁護士の携帯電話と混線してしまい、回線はそのまま弁護士の車へと引っ張られてしまった。“お願い”して電話も車も弁護士から拝借したライアンは大至急空港へと駆けつけるが、そこで彼は思いがけない事実を知ることになる――

[感想]
 設定からしてなんとなくそんな気はしていたが、本編はジョエル・シューマカー監督『フォーン・ブース』の姉妹編のような位置づけにある。同作を手がけた脚本家のラリー・コーエンが別に執筆していた、この発想を裏返したようなシチュエーションに基づく脚本を下敷きに練り直したのが本編ということらしい。
 どの程度の潤色が施されたのかは不明だが、本編も『フォーン・ブース』同様によく作り込まれたサスペンス映画になっているあたり、その精神は受け継いでいるようだ。かなり早い段階で悪漢に攫われ監禁されるヒロイン、彼女が懸命に繋いだ回線を偶然受けてしまったことで巻き込まれる若者、息を吐く暇もなく物語は急激に展開していく。『フォーン・ブース』と比べると、ヒロインはともかく電話を受けた相手が自在に動き回れるために、あちらにあったような実験性が薄れ普通のサスペンスに近い感覚になっているが、その分、「この回線が途切れたら殺される」という意識と携帯電話という制約を極力活かしており、創意は確かに感じられる。
 登場人物の造形は全般に類型の誹りを免れない。ヒロインのジェシカ、そのSOSを受信するライアン、彼らを追い込むイーサンといった主要キャラクターにこれといった特徴付けがなされておらず、言動は没個性的だ。唯一、退職間近の刑事ムーニーが実に際立った個性を見せつけるが、それが機能しているのはほとんどコメディの場面のみになっている。
 が、このキャラクターの性格付けが物語のスピード感に大いに寄与していることも事実だ。キャラクターが類型的であるからこそ、観客のほうでいちいち特徴を把握するために努力をする必要がなく、スムーズに物語に没頭できるわけであり、また類型的だから随所の危険や緊張感が即座に伝わってくる。一方で、随所に挿入されるコメディタッチの描写が程良く緊張感を和らげており、そのお陰でストーリーに緩急が生じている。常に窮地にあるジェシカはともかく、ライアンも随所でコミカルな言動を見せてくれるが、ほとんどの“笑い”を請け負っているのはキャラの立ったムーニーである。のっけから仕事かと思えば郵便物に妙なクレームをつけているし、家に帰ったあとは妻と並んでパックの試作品を顔に塗って呆然としているし、事件を探りはじめてからも随所で笑いを提供してくれる。他にも、序盤でライアンに引っかけられる友人や、途中で妙な巻き込まれ方をする弁護士などなど、サブキャラながら印象的な役割を果たす人物が多いのも面白さのひとつになっている。
 携帯電話に突然かかってきたSOS、というワンアイディアに絶対の自信を持ち、それを徹底活用しながら娯楽として堪能できるサスペンスを作る、という一貫した姿勢と、それを実現するうえでの絶妙なバランス感覚が光っている。ステレオタイプと言ってもいいキャラクターを説得力充分に演じる俳優陣の質の高さも寄与するところ大だろう。追い込まれたヒロインを悲壮感たっぷりに演じたキム・ベイシンガー、身勝手な青年が少しずつ能動的に大胆に変貌していく様をユーモアも交えつつ表現したクリス・エバンス、次の瞬間どんな挙に出るか解らない悪党にオーラからなりきって見せたジェイソン・ステイサム、普段は愛嬌のあるおっさんだがいざ事件に容喙すると一転頼りがいのあるベテラン刑事に変貌するウィリアム・H・メイシー、この四人の柱が実にしっかりしている。
 ベースのアイディアに興味を集中させたかったためか、イーサンらの目的の謎や終盤の変化が凡庸になってしまったのが残念だが、その分携帯電話というツールを最後の最後まで応用してみせた意欲が素晴らしい。抜きん出た部分はないが、基本を忠実に押さえトータルで水準を上回ってみせた良作である。なんで日本では二週間限定上映という道を選んだのか謎ですが、映像ソフト化されてもけっこう息長く支持されるように思います。

(2005/02/27)


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