cinema / 『ハルク』

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ハルク
原題:“HULK” / 監督:アン・リー / 原作コミック:スタン・リー、ジャック・カービー / 原案・製作:ジェームズ・シェイマス / 脚本:マイケル・フランス、ジョン・ターマン / 製作:ゲイル・アン・ハード、アヴィ・アラド、ラリー・フランコ / 製作総指揮:スタン・リー、ケヴィン・フィージ / 撮影:フレデリック・エルムズ、A.S.C. / プロダクション・デザイン:リック・ヘインリックス / 編集:ティム・スクワイアーズ、A.C.E. / 衣装:マリット・アレン / 音楽:ダニー・エルフマン / 視覚効果:ILM / アニメーション・スーパーバイザー:コリン・ブラディ / 視覚効果スーパーバイザー:デニス・ミューレン / 特殊効果スーパーバイザー:マイケル・ランティエリ / 出演:エリック・バナ、ジェニファー・コネリー、ニック・ノルティ、サム・エリオット、ジョシュ・ルーカス / 配給:UIP Japan
2003年アメリカ作品 / 上映時間:2時間18分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2003年08月02日日本公開
公式サイト : http://www.hero-movie.jp/
日劇PLEX3にて初見(2003/08/30)

[粗筋]
 天才的な科学者ブルース・バナー(エリック・バナ)の身辺は最近やや不穏な気配を帯びていた。研究所でナノテクノロジーを利用した動物の組織再生能力の増進をテーマとしていたが、ギリギリのところで不都合が発生する。その研究を、兵器開発企業に属する研究者グレン・タルボット(ジョシュ・ルーカス)が狙っており、主要研究者であるブルースとその元恋人でいまも共同研究者であるベティー・ロス(ジェニファー・コネリー)の引き抜きを画策していた。そして、新たに入ってきた清掃員が犬三匹を連れて、ブルースの周辺を怪しげに徘徊する。
 至急にプレゼンテーションの準備を行う必要があったため連日実験を行っていたブルースたちだったが、ある日同僚の一人が機材の整備中にミスを犯し、ガンマ線流出事故が発生した。咄嗟にブルースは友人たちを庇い致死量を遥かに上回るガンマ線を浴びたが、彼はほとんど無傷で生還した。それどころか、膝の古傷が癒え昔よりも活力が漲っていることを自覚する。自分で自分の躰の状態を訝しがっていた彼の元を、例の清掃員が訪ねた。この男は、ブルースの様子を間近で観察するために清掃員の職を得たという。何故なら、彼は死んだと思われていたブルースの実の父、デヴィッド(ニック・ノルティ)だったから――デヴィッドは、ブルースの中には自分の血から受け継いだものがあると仄めかし、立ち去っていく。
 ガンマ線の照射を受けて無事だったという不可解な事実に突如現れた実の父、そして次第に暗雲を色濃くしていく研究。もともと感情を露わにしないブルースはストレスを溜めこんでいき、とある深夜の研究室でそれを爆発させてしまう――そうして、ブルースはもうひとりの自分に目醒めてしまった。ブルースの躰は巨大化し、衝動の赴くままに破壊行為を繰り返し、やがて驚異的な跳躍力で自宅に帰り、元の姿に戻って眠りに就いた。
 目を醒ましたとき、一連の出来事はブルースにとって夢のように感じられた。だが、心配してやってきたベティが「研究所が爆破にあった」と言い、彼女の父であるロス将軍(サム・エリオット)が部下を率いて訪れ、ブルースの幼少時に起きた一連の出来事を理由に彼の自宅に監視をつけ、行動を束縛すると、現実の出来事だと認めないわけには行かなくなった。
 そこへ突然、デヴィッドからの連絡が入る。父はあろうことか、彼の三匹の飼い犬にブルースの血を加工したものを注射し、ブルース同様の化物となったものをベティーのもとに送りこんだという。なんとかこの場を抜け出し彼女を助け出そうとしていたところに、様々な遺恨を抱えていたグレンがやってきてブルースを殴打する。自分に関わる人々の理不尽な行動にふたたびブルースの怒りが爆発し、巨人化してグレンや監視役を投げ飛ばしてベティの元に向かう――

[感想]
 名前こそ聞いていても、本編の原作となった『超人ハルク』という作品の内容について、私は全く知らなかった。加えて、いちばん最初に映画館でかかった予告編のタッチから、私は本編をてっきりコメディだと思い込んでいた。公開が決まってからも積極的に観るつもりはなく、ほとんど情報を集めないまま鑑賞したのだが――それがよかったのかも知れない。結構面白かった。
 科学的なディテールがしっかりしているわりに、巨大化して服のほとんどが破れてもズボンだけが無事なこととか、エネルギーのインフレ激しすぎないかとかツッコミどころが多々あるが、それは原作の時点から“ハルク”というキャラクターが抱え込んでいたジレンマであり、結局は一種の約束だと受け止めるしかない。それが出来ずに最後まで悶々としてしまうような人ならはじめから観ない方が身のためだろう。
 もともと造型からしてアンチヒーローであり、どちらかというと他の誰かを守るというより“ハルク”自身の破壊をいかにして防ぐか、というのが追う側にとっても当人にとっても重要な課題となっているため、これといった敵が見えてこない。ゆえに、他のアメコミ・ヒーローでは曲がりなりにも存在するカタルシスがやや弱く、そういうものを望んでいる人にとっても物足りなさを感じるだろう。終盤ではいちおう敵が登場するが、戦い方が抽象的で解りにくいことも作品をクセのあるものにしている。
 が、そういう存在からしてどこか不条理なものをテーマに据えた、ひとつのドラマとしてみるとなかなか秀逸だ。ブルースが最初の変身のきっかけとなる、感情的な爆発に追い込まれる過程の描き方はなかなか巧いし、ブルースの研究課題が孕む矛盾を採り上げたり、二組の親子の葛藤を並行して描いたりといった小技が随所で効いていて、比較的重厚なテーマ性を備えた作品が多いアメコミ映画のなかでも特に深みを感じさせる。
 予告編の段階では物議を醸したCGも、劇場で、しかも予告編で使われなかった場面場面を観ていると気にならない、というかかなりの迫力で結構楽しめてしまう。こと後半、戦車相手に格闘を繰り広げる場面では、乗っている兵士の動きや心理を垣間見せることで“ハルク”の圧倒的な強さを緩急豊かに魅せており、このあたりから変身を解除するあたりまでのくだりは、アクション映画として最大の見せ場として成功している。他の場面でも、スクリーンを分割して複数のショットを同時に見せたり、ぬいぐるみを振ったり瞳をアップにしたりという動きに別の映像を混ぜるなどの外連があちこちに観られて、「娯楽映画に仕上げる」という意識も濃い――少々やりすぎのきらいもあるが。
 本編の監督アン・リーが台湾出身であり、スタッフも監督と長年作業を共にしている人々が多いせいもあるのか、話運びが東洋哲学的な色合いを帯びており、少々人を選ぶような印象を受けた。だが、原作の精神を保存しながら自らの流儀に合わせて現代風の「アンチ・ヒーロー」を完成させる試みとしては充分に及第点だろう。微妙に中国発の大作『HERO 英雄』と通じるものを感じたり。

(2003/08/31)


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