/ 『感染』
『cinema』トップページに戻る
『light as a feather』トップページに戻る感染
監督・脚本:落合正幸 / 原案:君塚良一 / エグゼクティヴ・プロデューサー:浜名一哉、小谷 靖 / プロデューサー:一瀬隆重 / アソシエイト・プロデューサー:森 谷雄、木藤幸江 / 撮影:増井初明 / 照明:多部田正俊 / 美術デザイン:荒川淳彦 / 視覚効果:松本 肇 / 特殊造形:松井祐一 / サウンド・デザイナー:志田博英 / 録音:野中英敏 / 音響効果:小川高松 / 編集:深沢佳文 / ライン・プロデューサー:金子哲男 / 音楽:配島邦明(ハイは草冠に“配”) / 主題歌:奥田美和子「夢」(BMG Japan) / 製作プロダクション:オズ / 出演:佐藤浩市、高嶋政伸、星野真里、真木よう子、木村多江、羽田美智子、モロ師岡、山崎樹範、草村礼子、南 果歩、佐野史郎 / 配給:東宝
2004年日本作品 / 上映時間:1時間38分
2004年10月02日公開
公式サイト : http://www.j-horror.com/
渋東シネタワー4にて初見(2004/10/03)※『予言』と同時上映[粗筋]
郊外にある中央病院はいま、窮地に立たされていた。折からの経営難で労働条件は悪化の一途を辿っており、この二週間のあいだに九人もの看護師が辞め、人材を総動員して昼夜問わず働かされている状況にある。打開策として計画された補修工事も中断されたままで機材が廊下に放置されたままで、給料は当然のように未払いになっている。家庭問題のために早急に金が必要な魚住医師(高嶋政伸)は、院長との交渉役を務め現在の院内で責任者的役割にある秋葉医師(佐藤浩市)に食ってかかるが、一方の秋葉も肝心の院長との連絡が取れず、同時に大挙する外来と人数を減らしてもなお手に余る入院患者の治療に追われ混乱に陥っていた。
混乱は院内のあちこちで発生していた。看護師長の塩崎(南 果歩)は備品不足から医療器具の無駄遣いに神経質になった。新人看護師の安積(星野真里)は仕事ぶりの鈍さと注射さえ満足に打てない手際の悪さを先輩の桐野(真木よう子)に責められ、自分の腕で練習しようとして叱られる。小児科医が務まらず人手不足のこの病院で外科医として雇われたものの、ろくに治療を任されないことに不満を抱いた平田医師(山崎樹範)は勝手に患者の縫合処置をするが、上司の岸田医師(モロ師岡)に見咎められ、忙しさに誰も戻らなくなった医局でひとり縫合の練習に耽り続けていた。
外来患者に重度の脳挫傷を起こしたまま放置されていた青年がいた。青年に気づいた中園医師(羽田美智子)が帰宅したあと、病院はついに当面外来の受付を断念した。どのみち診療時間は終わり、備品は残り少ない。今夜一晩が、この病院にとって最後の時間になるかも知れない。秋葉と魚住は話し合い、現在残された入院患者についても受入先を探すことに決めた――既にそういう段階を通り越して、受入先が見つからない可能性の高い患者ばかりだったが、もはや他に選択肢はなかった。
逼迫した状況のなか医局で煩悶する秋葉は、救急隊員から搬送患者の受入を要請されるが、それを拒む。救急隊員の伝える患者の状態は感染症の危険さえあり、中央病院のこの現状ではろくな処置を行うことも出来ない。押し問答のさなか、塩崎が呼びに来たのをいいことに秋葉は救急口から逃げるように離れるが、行く先には別の厄介が待ち受けていた。三ヶ月前、全身火傷で搬入され、秋葉らが懸命に治療を続けていた患者がベッドから転落、心停止を起こしていたのだ。駆けつけた魚住とともに除細動機を用いて処置を続けた結果、辛うじて蘇生した――と思った次の瞬間、心拍が停止した。魚住は塩化カルシウムと指示したはずが、看護師の立花(木村多江)が点滴に挿したのは塩化カリウムだったのだ……
しばし責任のなすりあいが繰り広げられたが、桐野が漏らした言葉を契機に、一同は隠蔽工作に出た――そうでなくても危機的状況であるこの時期に、医療事故の現場に居合わせたと発覚すれば、彼らは行き場を失う。腐敗を促進して事故の痕跡を消すために、秋葉らは遺体を空いた病室に運び入れ、暖房器具で取り囲んだ。
ひと仕事終えて一同は虚脱状態に陥るが、そのなかで塩崎は警備用モニターに奇妙なものを見つける。救急口に、患者を乗せたストレッチャーが一台、置き去りにされていたのだ。呼び出された秋葉が駆けつけてみると、帰ったと思いこんでいた赤井医師(佐野史郎)がその患者を救急口近くの物置に隔離していた。患者は、既に原形を留めぬほど溶解している。赤井は未知の感染症の可能性を指摘し、秋葉に恐ろしい提案を持ちかけた……[感想]
病院といえばある意味、ホラー映画における定番の舞台である。その定番の舞台を用いた本編だが、構想はなかなかオリジナリティに富んでいる。
陰謀渦巻く大病院や流行っていない病院、反対に既に廃止されてしまった病院などはよく登場するが、本編に登場する中央病院は極度の経営難に陥っており、給料は未払い、備品は底を尽きかかり、経験の少ない新人医師や看護師を雇ってもなお足りずに昼夜問わぬ勤務態勢が続いている。超常現象などとはかかわりなく、既に危機的状況を迎えている。この極端だが妙なリアリティのある設定が、独自の空気を生み出すとともに、その後の展開にとって重要な背景を形作っている。
多くのキャラクターが登場するが、それぞれ特徴が際立って判別はしやすく、入れ替わり立ち替わり登場しても観ているほうが混乱することはない。しかし当事者たちの混乱具合は非常によく伝わり、演出の巧さとテンポの良さが光っている。
異常は上の粗筋が終わったあたりから本格化するが、その生々しくもおぞましい描写がまたいい。色合いから細部のモチーフまで拘って作り込まれており、金属的なイメージと内臓的な質感を再現した画面は、じわじわと皮膚を犯していくような感覚を齎す。ヴィジュアルの構成については終始、文句の付け所がない。
肝心の恐怖演出も、少々音響と脅かしを使いすぎている嫌いはあるが、超常現象やVFXに頼らず、人物の表情や特殊効果によって緩急自在に表現しており、いずれもかなり強烈なインパクトを残す。具体的な事件が起きる場面と同等ぐらいに、実際には何もない場面が恐ろしく感じられるのは、ホラーとしての完成度の高さをいちばん解りやすく証明している。
本編の優れているのは、そうした怪奇描写がきちんとクライマックスでのカタストロフィとして結実しており、なおかつ説明しきれない――解釈の仕様が幾らでもある要素を留めていることである。言うのは簡単だが、このふたつを両立するのは容易な業ではない。すべてを解決してしまえばホラーとしての余韻を殺すことになるし、放り出してしまえば怖さよりも戸惑いを齎しがちだ。本編は序盤から思いもよらないポイントに伏線を鏤めて意外な結末に意味を与え、同時に幾つもの回収されない疑問を残すことで、ホラー映画ならではの不気味な余韻を醸しだしている。
惜しむらくは、この尺に設定を詰め込みすぎたせいだろう、幾つか無駄なキャラクターやエピソードを残してしまっていること。特にあるキャラクターなど、個人的には最後の目撃者として残されたのかと思っていたのだが、主な筋とは絡まないエピソードとして置き去りにされてしまった。そして、クライマックスで主人公となる秋葉医師を襲う怪奇現象が少々執拗すぎるのも考え物だと思う。バランスからしても、もうちょっと短めに切り上げて良かったかも知れない。だが、目につく粗はその程度で、全篇よく考えられ、丁寧に作られていることに変わりはない。
本編は六名の監督による競作企画“J-HORROR THEATER”の第一回作品として、鶴田法男監督『予言』と同時上映された。タイムスケジュールによってまずこちらから先に上映される格好になっているため、企画全体通しての第一作が本編である、と言い切っていいだろう。その第一作として、実に充分すぎる完成度を誇る逸品。ホラー愛好家ならば一見の価値有り、そうでない方にもお試し代わりに鑑賞する娯楽映画としてかなりの水準にある、と断言しましょう。いずれ劣らぬ名演を披露する俳優たちにも注目である。ところで本編、公開直前になってテレビ・ネットであることが話題になった。ある場面で、本来人のいるはずのない場所に顔が映っている、というものである。私も小耳に挟んでいて、肝心の場面になったとき思わず注視したのだが……
……なんとなーく、本物の人間のような気がします。偶然なのか話題作りなのか、はともかく。場所といいタイミングといい絶妙な、観た瞬間はかなりゾッとする出来のいい怪奇映像で、仮に本物であろうと偽物であろうと個人的には評価します。いいじゃないですか、ホラーなんだから。(2004/10/03・2004/10/05ちょこっと修正)