/ 『狐怪談』
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『light as a feather』トップページに戻る狐怪談
原題:“Wishing Stairs” / 監督:ユン・ジェヨン / 脚本:キム・スア、イ・ヨンヨン / 製作総指揮:イ・チュニョン / 撮影:ソ・ジョンミン / 編集:キム・サンボム、キム・ジェボム / 美術監督:チ・サンファ / 衣装:チョ・ユンミ / 特殊メイク:イ・チャンマン / CG:ユン・ジェフン、チョン・チャンイク、イ・ウォンソク / 音楽:コン・ミョン / 出演:ソン・ジヒョ、パク・ハンピョル、チョ・アン、パク・チヨン / シネ2000プロダクション製作 / 配給:東芝エンタテインメント
2003年韓国作品 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:根本理恵
2004年08月07日日本公開
公式サイト : http://www.kitsunekaidan.net/
新宿武蔵野館にて初見(2004/08/21)[粗筋]
ユン・ジンソン(ソン・ジヒョ)とキム・ソヒ(パク・ハンピョル)は女子校のバレエ部に所属する、とても仲の良い二人組だった。何処に行くにもふたり一緒で、夢はロンドンの舞台に立つこと。ソヒは純真にジンソンへの愛を示すけれど、一方のジンソンは少しずつ鬱屈を溜めていた――天真爛漫な魅力と天賦の才能を備えたソヒは部活でも常にプリマドンナを演じていたけれど、ジンソンはどんなに努力してもソヒの後塵を拝するだけ。表面的に笑顔を繕っても、羨望の気持ちを常に抱え込んでいた。
足を怪我していたソヒだったが、ようやく練習に復帰するまでに回復した。久々に舞踏室で踊るソヒの姿に、ジンソンは焦りを覚える――ソヒの動きはまるでブランクというものを感じさせない、可憐なものだった。
ふたりの通う女子校の校舎と寮のあいだには、通称“狐階段”と呼ばれる28段の階段がある。普通に歩けば28段だけれど、数えながら登ったとき、稀に29段を数えることがある。そのとき、「キツネよキツネ、私の願いを叶えて」と祈り、願いを口にすれば必ず叶う、という噂があった。ジンソンはある夜、階段で29を数えたあと祈りを捧げた。「私をコンクールで勝たせてください」
間もなく行われるコンクール、バレエ部から出場出来るのはたったひとり。部内で行われた選考会の席で、ジンソンはコンクールに出場したいあまりに、ソヒと交換したトゥシューズのなかにガラスの破片を忍ばせる。しかし、ソヒは痛みにも臆することなく見事な踊りを披露して代表の座を勝ち取った。
惨めな思いを引きずって帰ろうとするジンソンをソヒが追いかけてきた。ソヒはガラスを仕掛けたのがジンソンだと気づきながらそのままで踊り、なおもジンソンを責めようとはしなかった――その愛情ゆえの寛大さが、ジンソンの罪悪感を刺激し、彼女は頑なにソヒを拒む。大嫌い、とまで言ったジンソンにソヒは縋りつき、ジンソンはそれを振り払って――ソヒは階段から転落した。
ふたたび足を怪我したソヒに代わって代表の座に着いたジンソンは無事コンクールで栄冠を勝ち取った。一方のソヒは、転落時の怪我によってバレエを永遠に奪われた。見舞いに訪れたジンソンは、しかし罪悪感ゆえに彼女に近づくことが出来ず、雨のなか傘を置き去りに寮に逃げ帰る。
その夜、寮のジンソンの部屋を、忘れた傘を携えてソヒが訪ねてきた。しばらく前、狐階段に「永遠に一緒にいさせてください」と願いをかけたと打ち明けるソヒと、ジンソンは久々に打ち解けた時間を過ごす。だが、夜が明けてみるとソヒの姿はなく――登校した彼女に、惨い報せが齎された。ソヒは昨晩のうちに病院から投身自殺したというのである……[感想]
『女校怪談』『少女たちの遺言』と続いたシリーズの第三作――ということにはなっているが、一致しているのは女子校を舞台にしているという一点ぐらい、他はキャスト・スタッフともにまったく異なる。ただ今のところ、期待される新人監督に任せ、主要なキャストもオーディションで発掘しているらしい、というのは一貫しているようだ。いずれにしても旧作を意識する必要はないが、とりあえず二作目『少女たちの遺言』のみ鑑賞して好印象を抱いていた人間としては多少なりとも比較してみたくなるのが人情だろう。
終盤にパニックホラーと化して破綻してしまった印象のある『少女たちの遺言』に対して、本編はかなり計算の行き届いた作りとなっている。上の粗筋ではジンソンとソヒのふたりしか登場させられなかったが、他に美術部所属でソヒに対して憧れを抱く肥満の少女オム・ヘジュ(チョ・アン)に、同じ美術部で自分の才能を過信しアウトロー的な行動を取る異端児ハン・ユンジ(パク・チヨン)というふたりの少女が物語に絡み、終盤での醜悪極まりない展開に不気味な彩りを添えている。ユンジは最後までアウトローとして行動しているだけだが、そんな彼女やソヒに対してヘジュが抱いている感情が、ジンソンの次第に複雑化していく境遇と折り重なって物語の異様さを際立たせているのだ。
ただ、細部を見ると少々雑に感じられる点も多い。あまりに主眼となる女の子たちに気を取られすぎたせいだろう、周りがやたら不注意なのだ。たとえばソヒが怪我をした過程を考えれば、もともと次点にジンソンが上がっていたとしても彼女をコンクールに推薦するというのは考え難いし、バレエ部の顧問のふたりへの態度の一貫性のなさも気にかかる。
そうした常識的な観点からの齟齬を無視しても納得しにくいのは、終盤に連続する怪奇現象の必然性の乏しさだ。これもホラー映画にはありがちなことだが、如何にして登場人物、ひいては観客を怯えさせる(脅かす)かに執心するあまり、どうしてそんな状況に陥ったのか説明することを完璧に放棄している。元々怪奇現象の源となった出来事に確たる目的がない、或いは分散する意思があれば別としても、本編のように対象がはっきりしているのなら、現象にもう少し筋が通っていてもいい。筋が通っていた方が、結末での出来事もすっきりと受け入れられたはずだ。
だが本編の本当に恐ろしい面は、少女たちのあまりに純粋すぎる“欲望”を赤裸々に描き出していることにある。ジンソンはいちどだけでもソヒを超えることを願い、ソヒはそんな彼女とずっと一緒にいることを願い、ヘジュは痩せたいという願いを叶えたあと、死んだソヒを取り戻したいと思った――そんな身勝手な欲望の先に用意されたのが、本編の場合惨い出来事の数々だった、というだけに過ぎない。
少々まだるっこしい箇所があり、中だるみしている印象は否めないが、少女たちの瑞々しい姿と可憐なばかりではない内実を、しかし美しく描き出した作品である。恐怖を軸に据えた一種の青春映画であり、恋愛映画である、と乱暴に規定してしまうのもまた一興。そう思えば、ジンソンを演じたソン・ジヒョのどこか生硬で少年を思わせる容貌と、パク・ハンピョルの透明感のある笑顔は実に絶妙なカップリングと言えまいか。(2004/08/23)