cinema / 『恋人はスナイパー《劇場版》』

『cinema』トップページに戻る
『light as a feather』トップページに戻る


恋人はスナイパー《劇場版》
原作:西村京太郎『華麗なる誘拐』(トクマノベルス・刊) / 監督:六車俊治 / アクション監督:高橋伸稔 / 演出協力:内村光良 / 企画・プロデュース:佐々木 基 / プロデューサー:島袋憲一郎 / 脚本:君塚良一 / 撮影監督:藤石 修(J.S.C.) / 美術:北谷岳之 / 編集:田口拓也(J.S.E.)、河村信二 / タイトルバック・VFXデザイン:山本雅之 / 音楽:松本晃彦 / 主題歌:AJI『ONE MORE TIME』(Epic Records) / 製作:テレビ朝日、電通、東映、マセキ芸能社、GAGA Communications / 出演:内村光良、水野美紀、竹中直人、中村獅童、阿部 寛、田辺誠一、赤座美代子、一戸奈未、八千草 薫、古田新太、田口トモロヲ、秋野太作、いかりや長介 / 配給:東映
2004年日本作品 / 上映時間:1時間52分
2004年04月17日公開
公式サイト : http://www.sniper-movie.com/
丸の内東映劇場にて初見(2004/04/17)

[粗筋]
 六本木ヒルズの中華料理店を家族とともに訪れた円道寺きなこ(水野美紀)の目前で、惨劇は幕を開けた。テラスに陣取っていたカップルのひとりが、突如胸を撃ち抜かれて絶命した。弾道を辿った先にきなこは見覚えのある男を発見し、すぐさまそちらへ走ると、そこにいたのは間違いなく范火清(ハン・ホーチン=中村獅童)――一時期日本を騒然とさせた香港の暗殺組織《1211》に所属するスナイパーのひとりとして、かつてきなこが対峙したことのある男。懸命に追跡したきなこだったが、結局まかれてしまう。
 その日を契機に、北海道と福岡で立て続けに狙撃殺人事件が発生した。被害者同士の繋がりはまったく認められず、無差別殺人の様相を呈し始めると、きなこは上司であり婚約者の船木(田辺誠一)とともに首相官邸に呼び出される。若田部首相(秋野太作)をはじめとした内閣の歴々が居並ぶなかでふたりが聞かされたのは、《1211》を名乗る男からの耳を疑うような通話記録だった。
「日本国民一億三千万人を誘拐した。身代金は五千億円。応じなければ、人質を殺していく」
 当然だが、電話に出た書記官はこの申し出を完璧に無視した。しかし今朝になって一連の狙撃事件を自らの犯行と認める《1211》からの連絡があり、考慮しないわけにはいかなくなったのだ。《1211》、スナイパーによる犯行。このふたつが揃ったとき、刑事局主席審議官の上杉(田口トモロヲ)はある人物の名前を口にする。
 彼――王凱歌(ウォン・カイコー=内村光良)はかつて《1211》に所属、范火清の兄貴分として彼に指導したこともあった凄腕のスナイパーだった。留学生チャン・ホイとして日本に潜伏していたとき、きなこの実家である中華料理店にホームステイしていたことがあり、その際きなこと心通わせたが、やがて素性が判明し、いまは香港の刑務所で250年の刑期を勤めている。彼に捜査協力させるため、警視庁はきなこを派遣して日本に輸送させた。船木との結婚を間近に控え、彼を忘れるつもりでいたきなこは、王凱歌と目を合わせることが出来なかった。
 凱歌は現場の痕跡から范火清の射撃の腕が向上していることに気づき、更にその後発生したバスの運転手の狙撃事件では他に三人の狙撃手がいたことを示唆する。だが、それでも凱歌は納得できなかった。《1211》はボスであるコー・松木(竹中直人)の信念により、無関係な一般市民を手にかけることは許されていない。捜査陣は弟分を庇っているだけだ、とその見解を無視する。
 間もなくきなこたちは凱歌の指摘した犯人像に合致する不審人物ふたりを特定し、うちひとりのライフルの強化選手であった女性を尾行する。その女の足跡を追ったきなこと船木は、意外な人物のもとに辿り着いた。その男、神宮児(阿部 寛)は警察の不祥事に際して秘密裏にアドバイスを行っている弁護士だった。きなこと船木は神宮児と面会するが、容疑にも至らない現状で追求できることは何もない。
 そして、事態は突如として急展開を迎えた。犯行声明と一連の政府とのやり取り、そして犯行現場を撮影した動画を収めたROMがマスコミ各社に届けられ、その中で犯人はある下町の工場を経営する人物の口座に五千円を送金、代わりに送られてくるバッジを身につけていれば狙撃の対象から外す、という声明を発表したのだ――

[感想]
 本編はテレビの特別ドラマという扱いながら本格派のアクションと娯楽性の高いプロット、豪華な出演陣によって好評を博した『恋人はスナイパー』シリーズ初の劇場版にして完結編、という体裁である。
 実はわたし、先行するテレビ版二作品をきちんと鑑賞していない。放送されたときに断片的に見た覚えはあるが、全体を通して見ていないのだ。が、それでもだいたい全体像は把握できたので、単体の作品として鑑賞しても問題はないだろう――尤も、事前にずいぶん一所懸命PRをしてくれたので、予備知識がいい具合にすり込まれていた可能性も否定できない。
 だが、それを差し引いても、本編は単独の作品としてなかなかの牽引力がある。西村京太郎氏が1977年に発表した長篇『華麗なる誘拐』を下敷きにしたストーリーは冒頭の掴みから中盤の展開と緊密で、ほとんどだれることがなかった。
 ただ、原作のいちばんの見所である、完璧に見えた計画が破綻し、探偵の計略によって追い込まれていく部分が殆ど形骸さえ留めていなかったのが勿体ない。既に発表から二十年以上を隔てた原作のままではいま通用しない部分が多く、その辺は概ね補われているのだが、どうせならトリックや終盤の罠そのものにも現代なりのアレンジを施して一歩上へ登って欲しかった、という気はする。特に最終的に金を奪う方法など、法の網を逃れる手段まで講じていた原作と比べるとかなり安直に思える――本編で手を加えられた“動機”からすると、確かにそこまで用心する必要はなかったわけだが。
 だがその分、終盤で代わりに見所となっているのは、旧作でも売りになっていたアクションシーンである。今年に入ってからあんまりこれ、というアクション映画を観ていないという思いがあったのだが(強いて言うなら『レジェンド・オブ・メキシコ』だが、あれは感覚がちょっと違う)、久々に重量感のあるアクションシーンに巡り会えた。しかも、主人公である王凱歌がどちらかというと射撃のほうに重きを置いたぶん、それを補っているのが水野美紀演じる円道寺きなこなのである。動きにキレがあり、銃剣との格闘という珍しいシークエンスまでも披露する見事なアクション女優ぶりを示している。女性のあんなに勇ましいアクションを見たのはとても久しぶり、という気もする。
 西村京太郎作品をベースにした、という部分はあまり意識しないほうがいいかも知れない。日本国民全員の誘拐、というシチュエーションを活かす、という意味では当然原作に軍配が上がるものの、それをテーマとして活用した、という意味では本編もまた正しい道を辿っている。事件の内容をよく消化し、『恋人はスナイパー』というシリーズの設定に馴染ませたうえで、事件もシリーズ全体の物語も(君塚脚本の癖で少々雑さは目立つが)きちんと閉じている。
 終盤で発覚する計画の破綻や身代金の回収手段など、この大がかりな誘拐計画の細部がもう少し整っていれば、という嫌味はあるが、トータルではよくバランスの取れた娯楽映画に仕上がっている。お約束通りとも見える結末も、過剰に飾りすぎず優しい余韻を残していて好感触だった。
 それにしても竹中直人は毎回おいしいところを攫っていくなー。

 ご存じのように、本編の公開に先立つことひと月ほど前、コメディアンから近年は性格俳優に転身し活躍していたいかりや長介氏が亡くなり、図らずも本編が氏の遺作となった。
 いちど病床に倒れ、復帰してからの出演だったと思われるが、その演技は正直に言って全体に精彩を欠く。特に初登場の場面など、声に力がないので台詞が聴き取りにくい。だがその一方で、王凱歌の面会に訪れる場面や、バッジを薦める妻と娘を一喝する一幕など、見せどころではきちんと力を発揮して、深みのある演技を見せてもいる。
 当然のごとく、エンドクレジットの末尾に掲げられた氏に対する悼辞を見送りつつ、改めて惜しい方を亡くした、と思う。最後まで味のあるバイプレイヤーを貫き、その引き際までも“いい役者”だった。

(2004/04/17)


『cinema』トップページに戻る
『light as a feather』トップページに戻る