cinema / 『1.0[ワン・ポイント・オー]』

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1.0[ワン・ポイント・オー]
原題:“One Point O” / 監督:ジェフ・レンフロー&マーテン・トーソン / 製作:R.D.ロブ、カイル・ゲイツ、トーマス・マイ / 製作総指揮:クリス・ジーフェルニッヒ、マシュー・ミリヒ、ザカリー・マッツ、アンドレアス・シュミッド、アンドレアス・グロッシュ / 共同製作:吉鶴義光、藤崎博文、金惠玉、ジェレミー・シスト、パドリアック・オーブリー / 共同製作総指揮:フレデリック・トール・フレドリクソン、エドウィン・B.スチュアート / 撮影監督:クリストファー・スース / 美術:エガート・ケティルソン / 編集:トロイ・タカキ、ダニエル・サドラー / 衣装デザイン:マリア・ヴァレス / VFXスーパーヴァイザー:デイル・タンギー / 音楽:テリー・マイケル・ハッド / 出演:ジェレミー・シスト、デボラ・カーラ・アンガー、ウド・キアー、ランス・ヘンリクセン、ユージン・バード、ブルース・ペイン、アナ・マリア・ポパ / 配給:ALBATROS FILM
2004年アメリカ・ルーマニア・アイスランド合作 / 上映時間:1時間32分 / 日本語字幕:林完治
2005年06月18日日本公開
公式サイト : http://www.onepointo.jp/
シネセゾン渋谷にて初見(2005/07/04)

[粗筋]
 発端は、いつの間にかドアの内側に投げ込まれていた、箱。
 コンピューターの技術者として生計を立てているサイモン(ジェレミー・シスト)だが、このところあまり調子がよくない。顧客から発注されているコードは納期ギリギリとなった現在に至っても完成せず、家賃を滞納しているために大家からは退去勧告を出されている。そんなときに、突如その箱は届けられた。いつ、誰が置いていったのかも解らない。差出人の名前などどこにも書かれておらず、素っ気ない梱包を解いても中身はなし。訝りながら、サイモンはその箱をダスト・シュートに放り入れる。
 買い出しから戻った彼の前を、屍体袋を載せた担架が通り過ぎていく。近頃あちこちを騒がせている謎の殺人事件の被害者がこのアパートからも出たらしい。しかし、サイモンに構っている暇はなかった。既に納期は過ぎており、メールで二十四時間の猶予を願い出たばかりだった。これから根を詰めて仕上げにかからねばならない。部屋に戻ったサイモンを迎えたのは、またしてもいつの間にか投げ入れられていた、空っぽの箱。
 そこへ、大家が顔を見せた。監視カメラに使っているシステムが突然フリーズしてしまい手に負えなくなっている、という。修理してくれれば滞納には目を瞑ってもいい、という大家に、サイモンは重い腰を上げた。
 システムのフリーズ程度は簡単に直せる。サイモンの狙いは大家の目を盗んでシステムに手を加え、自室のPCから監視カメラの画像が見られるように細工する。作業を終えてもなかなか戻らない大家を待つあいだ、飲物を拝借しようと開いた冷蔵庫には、何故か肉のパックばかりが大量に詰め込まれていた。
 アパートの住人は誰も彼もどこか怪しげで、後ろ暗いものがあるようだ。隣人(ブルース・ペイン)は経営するクラブを軸に妙な“ゲーム”を企画しているらしいし、向かいに住むデリック(ウド・キア)はナノテクノロジーに凝って、電子技術で自分の“子供”を作りあげている。管理人として地下で生活するハワード(ランス・ヘンリクセン)もまた、うらぶれた生活からは想像も出来ないような科学知識の持ち主であるらしい。
 どうやら、このアパートで何か異様なことが起きているらしい……そう感じながらも、具体像は掴めないまま、しかし着実に“何か”がサイモンを、アパートを侵蝕していく……

[感想]
 公式サイトは本編を“不条理系ナノテク・スリラー”という惹句で紹介している。一見しただけでは内容を把握しづらいフレーズだが、いざ実物を観てみると、確かにその通りの作品なのだ。寧ろ、説明しづらい本編の性質をよく言い当てている。
 早い段階から“目に見えない何か”の脅威を描いている作品だというのは察しがつく。主人公が何らかのプログラムに仕事として携わっているということ、また隣人のデリックが初登場の時点で“ナノテク”という言葉を口にしていることから、この点を秘密にしようとはしていない。また、その何らかの“脅威”の影響下で発生すると思われる出来事はいずれも不条理極まりない。何故、箱なのか? 隣人たちの奇妙な行動にはどんな理由があるのか? あちこちで発見され、遂にアパートにまで波及した怪死事件の意味するところは何なのか? 比較的明快な疑問に紛れて、デリックの製造した機械の息子アダムの奇怪な言動、隣人の制作したゲームの奇妙さ、また地下に住む管理人ハワードがプレゼントと言ってサイモンに手渡す虫型ロボット、などなど、近未来であることを強調するという動機もあるだろうが、あまりに異様なガジェットが頻出し、ひたすらに幻惑されるその様はまさに“不条理”という言葉が似つかわしい。
 あまりに謎めいた事物や出来事が連なるために、背後できっちりと進行している物語がいまいち把握しづらく、筋としての起伏を欠いているように見えることが、娯楽映画として鑑賞すると気に掛かる。実際、サイモンの与り知らぬところで話は複数の思惑を絡めて動いており、彼が目の当たりにするのはその片鱗でしかない。その緻密な“変化”を検証していくことが本編の楽しみ方のひとつとなっている一方で、いちど鑑賞しただけでは動きが乏しい、或いは描写が焦点を絞り込んでいない、という難を生じているのも事実だ。
 ただ、その企みの深遠さはただごとではない。やがて発覚する“ウイルス”の意味、そこから派生する決着は強烈である。二度・三度と鑑賞すれば、丁寧に張られた伏線の妙味を楽しめるはずだ。
 個性的な役柄を演じる俳優たちの怪しさも出色である。ウド・キアやランス・ヘンリクセンといったベテランは無論のこと、無名の隣人ブルース・ペインや大家などの薄気味悪さも印象深い。また、一見誰よりも常識的でサイモン寄りの思考の持ち主と見せながら、どこか危うげなものを漂わせるデボラ・カーラ・アンガーの存在感も秀でている。主役であるサイモンがいちばん地味とさえ映るが、そういう状況でもピリピリとした緊張感や恐怖感を丁寧に表現してキャラクターを際立たせるジェレミー・シストもいい。
 監督ふたりは最近とみに増えたCM・PV出身監督に列せられるようだが、いかにもそれらしく癖のあるカメラワークや色彩の統一感が、また異様な雰囲気を膨らませている。よくよく考察していくと、そのカメラワークにさえ意図を垣間見ることが出来るのはやはりただ者ではない。
 と、個人的には高く評価するが、果たして一般的な観客に受け入れられる作品かどうかは微妙なところだ。謎解きもあって決着もあるが、何も解決していないし寧ろ更に謎を深めているだけという捉え方も出来る。また、これといった牽引材料を用意せず、最後まで謎めいた要素のみで引っ張っているために、エンタテインメントを求める観客には受け入れがたいのではないかと思う。
 広告では『SAW』を引き合いに出しているが、寧ろ並べて考えるならダレン・アロノフスキー監督の『π』あたりのほうが適当だろう。明快な決着よりも観賞後に至るまで知的な刺激を残す作品を求めるなら、これは久々に理想的な秀作である。

(2005/07/06)


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