cinema / 『オペラ座の怪人』

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オペラ座の怪人
原題:“The Phantom of the Opera” / 原作:ガストン・ルルー / 監督・脚本:ジョエル・シュマッカー / 製作・作曲・脚本:アンドリュー・ロイド=ウェバー / 製作総指揮:ポール・ヒッチコック、オースティン・ショウ / 美術:アンソニー・プラット / 共同製作:エリ・リッチバーグ / 撮影:ジョン・マシソン / キャスティング・ディレクター:デヴィッド・グリンドロッド,C.D.G. / 音楽共同製作:ナイジェル・ライト / 音楽スーパーヴァイザー・指揮:サイモン・リー / 振付:ピーター・ダーリング / 衣装:アレキサンドラ・バーン / 編集:テリー・ロウリング,A.C.E. / ヘアメイク:ジェニー・シャーコア / 出演:ジェラルド・バトラー、エミー・ロッサム、パトリック・ウィルソン、ミランダ・リチャードソン、ミニー・ドライヴァー、シアラン・ハインズ、サイモン・カロウ、ジェニファー・エリソン / 配給:GAGA-HUMAX
2004年アメリカ作品 / 上映時間:2時間23分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2005年01月29日日本公開
公式サイト : http://www.opera-movie.jp/
新宿アカデミーにて初見(2005/03/05)

[粗筋]
 1919年、パリ。閉鎖されて久しいオペラ座で、オークションが開催された。華やかだった時代に演じられた番組のポスターなど、様々なガラクタに混じって売りに出されたのは、古びたオルゴール。競り落としたのは老紳士ラウル・シャニュイ子爵(パトリック・ウィルソン)。彼は手渡されたオルゴールを慈しむように見つめ、そんな彼の姿を遠くからマダム・ジリー(ミランダ・リチャードソン)が見つめている。やがて、オークションはハイライトを迎えた。1970年代、オペラ座が閉鎖されるきっかけとなったあの事件で落とされたシャンデリアに電気の配線が施され、天井へと戻されていったのである。劇場を取り巻くランプに火が灯されるとともに、あの華やかなりし時代の記憶がラウル子爵とマダム・ジリーの胸中に甦っていく……
 ――当時、オペラ座は頻繁な怪事に悩まされていた。オーナーは老齢であることを理由に事業から撤退し、替わって経営を担ったのは“スクラップ・メタル”を巡る事業で財を成したフィルマン(シアラン・ハインズ)とアンドレ(サイモン・カロウ)のふたりである。だが、彼らが団員たちに紹介されたその目の前でいきなり事件は発生する。新作「ハンニバル」の稽古途中に幕が落ち、プリマドンナのカルロッタ(ミニー・ドライヴァー)を押し潰した。幸いにも怪我はなかったが、度重なる事故に嫌気を覚えた彼女は舞台から降板する、と言いだし劇場を飛び出してしまう。困惑する新支配人たちに、団員たちのダンス教師を務めていたマダム・ジリーは代役としてオペラ座の寄宿生であり、このときはまだ数多くいるダンサーのひとりであったクリスティーヌ(エミー・ロッサム)を推薦する。経験のない彼女を起用することに支配人たちは躊躇いを示したが、試しに披露した彼女の声の美しさに、成功を確信する。
 期待通り、初日は大喝采のうちに幕を下ろした。同じダンサーのひとりであったメグ(ジェニファー・エリソン)は喜び、いったいどんな方に指導を受けたのか、と訊ねる。クリスティーヌは音楽の天使、と応えた。優れた音楽家であった父と母とを幼いうちに亡くし、オペラ座に預けられた彼女が暗い礼拝堂でひとり祈りを捧げていたとき、頭上からその歌声が囁きかけ、以来彼女はその声を師と崇めたのだという。メグにはまるで夢物語のようにしか聴こえなかった……
 ややあって、楽屋に戻った彼女を、オペラ座の新たなパトロンのひとりであるラウルが訪ねる。ボックス席で観劇したラウルは、プリマドンナが幼い日の“恋人”であったと気づいたのだ。再会を喜び、成功を祝して食事に誘うラウルに、だがクリスティーヌは気持ちを同じくしながらも素直に頷かない。自分は、音楽の天使によってここに縛り付けられている、と認識しているのだ。着替えて来るのを待っている、と言いおいてラウルが出て行くと、入れ替わるように彼女の“音楽の天使”が囁きかけた――自分の姿が見たいのなら、鏡を見なさい。そこには、顔の半分を覆う奇妙な仮面を被った男が佇んでいた。鏡の向こう側から差し出された手に引かれるまま、クリスティーヌは見知らぬ空間へと迷い込んでいく。
 このとき彼女はまだ気づいていなかった――彼こそ確かに彼女を音楽という名の女神の元に導いたその人であると同時に、オペラ座に頻発する怪異を巻き起こしていた張本人――ファントム・オブ・オペラ(ジェラルド・バトラー)であるということに。

[感想]
 原典は、『黄色い部屋の謎』で密室トリックの歴史に未だ名を残すガストン・ルルーによる小説。映画版の雛形となっているのは、そのルルーの小説をもとにアンドリュー・ロイド=ウェバーが作曲を手がけた大ヒットミュージカル。いずれも極めて著名だが、生憎と私はそのいずれにも触れたことがない。新鮮な感覚で観られたという点、この作品に対してだけ考えれば幸運と言えようか。
 いずれにしても定評を得ている“原作”であり、後者の立役者であるウェバーが製作に脚本のリライト、また最終的にはカットされたらしいが新たに楽曲を書き下ろすことまでしたという本編は、その時点である程度の質を保証されていたと考えられる。そうした期待を一切裏切らない、完成されたエンタテインメントである。
 冒頭にミュージカルの印象はない。モノクロ調の映像のなかで、1919年、すべてが遠い過去となってしまったオペラ座に蝟集する人々と、そこで開催されるオークションの様子が描かれる。落札価格は軒並み低く、朽ちたような感触の映像と相俟って尚更に物悲しい。そして司会が取って付けたようなクライマックスとして、過去の事件で落ちたシャンデリアを吊り上げ、電飾を点す――途端に、オペラ座は華やかであった1870年代の姿を取り戻し、自在に動き回るカメラが開演前、劇場に続々と集まる人々の姿や、リハーサルの準備を整える劇団員、ダンサーや裏方の様子を捉える。きちんと背景を調べたと思しく、狭いなかでポールに掴まり躰を解しているダンサーや、喉の状態を気遣って薬湯と思しきものを霧吹きで口に吹きつける役者たちなどなど、その様子が細かに点綴される。リハーサルが始まると、途端にオーナーが引退と新たな支配人ふたりを関係者たちに告げ、御披露目とばかりに一幕を演じ始めたプリマドンナの身に災厄が降りかかり、あれよあれよという間に日陰にいた少女クリスティーヌが担ぎ出される……
 描写の勢いは、短時間に様々な要素を詰め込まねばならないミュージカルならではであり、自由自在に移動するカメラは映画ならではであり、双方の良さを大胆に、しかし丁寧に織り交ぜた世界は瞬く間にこちらを捉えてしまう。あとはただただ流されるがまま、だ。二時間半という尺は決して短くないが、いつまでもこの絢爛たる世界のなかに浸らせてくれ、と感じさせ、長さを殆ど意識させない。
 随所に普通の台詞があるが、重要な場面は基本的にすべて歌によって表現される。これも初めて触れるからこそ感心できるのかも知れないが、ひとつの旋律にこめた情報量の多さが凄まじい。序盤や作中で上演されるオペラの楽曲は別として、中盤、ファントムからの手紙で混乱を来す関係者の様子や、屋上で歌いながら互いの愛を確かめ合うクリスティーヌとラウルの様子を物陰で凝視しながらその旋律に憎悪の言葉を重ねていくファントム、またクライマックスでの緊張感溢れる場面など、全体像を把握するのが大変なくらいに言葉が折り重なる。このくだり、字幕で内容を理解するのはかなり大変であり、ある程度は語学力と複数の言葉を同時に聴き取る技が必要かも知れない。或いは繰り返し鑑賞し、その繊細さを吟味していく。
 ……と分析していけば、なるほど、原作であるミュージカルが大ヒットし今なお世界各地でロングランを続けている理由も察せられる。テーマ曲の印象的な旋律の功績も大であろうが、楽曲の構成と言葉の並べ方が実に絶妙でドラマチックなのである。
 但し、冷静に判断して、脚本の組み立ては少々乱暴ではないかと思う。長い間オペラ座の暗闇に閉じこめられて、策を弄してそれなりに贅沢な生活をしていたファントムがクリスティーヌに執着する理由の説明が、あの異常心理だけではいまいち通らないし、“音楽の天使”が間違いなくファントムであったと確信したあとのクリスティーヌの態度の揺れもところどころ理解に苦しむ場面がある。その綾は歌詞と俳優たちの歌唱力に委ねられているわけで、それ自体はハイレベルであることを疑いはしないが、脚本側がその能力に寄り添いすぎていささか手抜かりをしているように感じるのも事実だ。また、映画化に際して付け添えられたと思しいアクション場面が、一部まさに取って付けたように感じられるのも勿体ない。クリスティーヌを助けに向かったラウルがかかったあの罠はいったい何だ。
 が、そうした疑問を観ているあいだ感じるにせよしないにせよ、いつの間にか忘れさせられていることも確かだったりする。楽曲のクオリティに俳優たちの歌唱力、作り込まれた舞台や衣装に、『フォーン・ブース』などが証明するスピード感のある演出とが相俟って、まさに怒濤の如くこちらを呑みこんでラストシーンまで導いていく。
 終盤間近までの迫力とは裏腹に哀しく穏やかで、美しくもほのかに不気味な余韻を残すラストもまた秀逸。ミュージカル版が何故あれほどまで支持されているのかも、のファンがほぼ諸手を挙げて賞賛している理由もよく解る。これは確かに、問答無用で面白い。

(2005/03/08)


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