cinema / 『ピンク・パンサー』

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ピンク・パンサー
原題:“The Pink Panther” / 監督:ショーン・レヴィ / ストーリー:レン・ブラム、マイケル・サルツマン / 脚本:レン・ブラム、スティーヴ・マーティン / 映画原案:ブレイク・エドワーズ監督『ピンク・パンサー』シリーズ / 製作:ロバート・シモンズ / 製作総指揮:トレイシー・トレンチ、アイラ・シューマン / 撮影:ジョナサン・ブラウン / 美術:リリー・キルヴァート / 編集:ジョージ・フォルシー・Jr.,A.C.E.、ブラッド・E・ウィルハイト / 衣装:ジョセフ・G・オーリシ / 音楽監修:ランドール・ポスター / 音楽:クリストフ・ベック / 『ピンク・パンサー』のテーマ作曲:ヘンリー・マンシーニ / 出演:スティーヴ・マーティン、ケヴィン・クライン、ジャン・レノ、エミリー・モーティマー、ヘンリー・ツェーニー、クリスティン・チェノウィス、ロジャー・リース、ウィリアム・アバディ、ビヨンセ・ノウルズ、ジェイソン・ステイサム / メトロ・ゴールドウィン・メイヤー・ピクチャーズ&コロンビア・ピクチャーズ製作 / 配給:20世紀フォックス
2006年アメリカ作品 / 上映時間:1時間33分 / 日本語字幕:栗原とみ子
2006年05月13日日本公開
公式サイト : http://www.foxjapan.com/movies/pinkpanther/
日比谷みゆき座にて初見(2006/05/13)

[粗筋]
 サッカーのフランス代表チームの英雄的存在グリュアン(ジェイソン・ステイサム)が、中国との試合終了直後、毒矢によって殺された。同時に、彼の指に嵌っていた、眩い宝石“ピンク・パンサー”も消えていたのだった――
 国賓として観戦していたドレフュス主任警部(ケヴィン・クライン)はこの大事件を、候補に挙がりながら七度も逃している国民栄誉賞受賞の弾みにしようと目論見、自らの手柄を最大限に演出する作を企てた。どうしようもなく愚かで自信過剰、馬鹿な言動でマスコミを翻弄した挙句に捜査に失敗し、来るドレフュスの功績をより引き立ててくれるような人間を用意するのである。そこで彼が白羽の矢を立てたのが、田舎町で巡査を務めるジャック・クルーゾー(スティーヴ・マーティン)という男であった。自らの理想をそのまま体現したようなこの男をパリに招くと、ドレフュスはそれまでの巡査から警部に取り立て、グリュアン殺害と“ピンク・パンサー”盗難事件の捜査に当たらせる。
 これまで自らの能力を発揮するに相応しい場を与えられていなかった、と感じていたクルーゾー警部はここぞとばかりに奮起した。ドレフュスの助手で何故かクルーゾーに惹かれているらしいニコル(エミリー・モーティマー)に、実は彼の挙動を監視させるためにドレフュスが送りこんだサポート役の刑事ポントン(ジャン・レノ)の助力を得て捜査に乗り出す。
 当人には深い考えがあるらしいが傍目には適当極まりない捜査の過程で、次第に容疑者が浮上していった。尊大なグリュアンの指導はチーム内からも恨みを買っており、ベンチから外された主力選手のビズ(ウィリアム・アバディ)、ロシア出身のコーチのユーリ(ヘンリー・ツェーニー)、“ピンク・パンサー”に執着を抱いていたカジノのオーナー・ラロック(ロジャー・リース)、グリュアンの最後の恋人であり、歌姫として人気を博していたザニア(ビヨンセ・ノウルズ)――各所でトラブルを引き起こしているあいだに、事件は新たな犠牲者を齎すのだった。
 果たして犯人は誰なのか? “ピンク・パンサー”は発見できるのか? ていうか本当にクルーゾー警部で事件は解決できるのか?!

[感想]
 相変わらず新作を追うのが精一杯で過去の名作を鑑賞している余裕のない私は、スラップスティックの名作として知られるオリジナルの『ピンク・パンサー』シリーズについても未だ触れていない。強いて言うなら、クルーゾー警部のキャラクターを完成させたピーター・セラーズの人生をユーモラスに描いた『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』のなかで間接的にそのコメディ・センスに触れただけだった。
 海外の映画データベースの評価などを参照するにつけ、オリジナルを知っている、愛着のある向きには多々含むところがあるようだが、ほとんど何も知らない状態で鑑賞した私の目に、本編は充分面白い作品であった。
 まず、キャラクターの配置が絶妙だ。とことん間抜けで破天荒な行動ばかりしているクルーゾー警部の、しかし憎めない人物像を筆頭に、そんな彼を利用しようとしながら翻弄され、客観的にはクルーゾー同様に間の抜けた言動の多いドレフュス主任警部。どこかすっとぼけていて、ほとんど理由もなくクルーゾーに想いを寄せているらしい助手のニコル。生真面目でしばしばクルーゾーにツッコミを入れたそうにしながらドレフュス主任警部の命令通り黙って従う哀しき平刑事のポントン。そしてお約束のように色気と謎めいた存在感を振りまくザニア。基本的にお約束通りで際立ったところはないが、だからこそ通りすがりに繰り返し犠牲になるサイクリングの青年や破壊の限りを尽くされるホテルの従業員らと同様に、クルーゾー警部の無茶苦茶な魅力を巧みに引き立てているのである。
 理詰めで話を動かそうとせず、コミカルな描写を繋ぎあわせて、その間隙を縫って伏線を張り物語を転がしていく手管もいい。ちゃんと事件解決に繋がる描写がちゃんと鏤められていて、それをクライマックスで回収しているのである――そりゃ、ごく冷静に分析すれば支離滅裂だし、最後に起きる事件をどうしてクルーゾーが事前に予測できたのかは不明なままなのだが、そのくらいはご愛敬である。肝心の謎については、きちんとカメラワークも利用して、その気になれば予測できる程度にちゃんと伏線を織りこんで、しかもそれ自体が笑える、という構造はいっそ天晴と言うべきだろう。
 前述のとおり、オリジナルと比較すれば色々言いたいことはあるのだろう。だが、完成された土壌を用いて、現代に正統的なスラップスティック・コメディを復活させようとしたその志は素晴らしい。いっそあまり深く考えることなく、その躰を張った笑いに身を委ねるのが楽しい映画である。
 そういう作品なので、オリジナルへの拘りさえなければ恐らくは年齢性別言語圏の別を問わず楽しめるだろうが――ただ、ところどころにけっこうアダルトなギャグが混ざっていることはとりあえずお断りしておく。子連れで鑑賞するつもりの方は、観ながら説明の仕方も考えておきましょう。

(2006/05/13)


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