cinema / 『リクルート』

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リクルート
原題:“The Recruit” / 監督:ロジャー・ドナルドソン / 脚本:ロジャー・タウン、カート・ウィマー、ミッチ・グレイザー / 製作:ロジャー・バーンバウム、ジェフ・アップル、ゲイリー・バーバー / 製作総指揮:ジョナサン・グリックマン、リック・キドニー / 撮影監督:スチュアート・ドライバーグ / プロダクション・デザイン:アンドリュー・マッカルパイン / 編集:デヴィッド・ローゼンブルーム,A.C.E. / 音楽:クラウス・バデルト / 衣装デザイン:ベアトリス・アルナ・パッツァー / 出演:アル・パチーノ、コリン・ファレル、ブリジット・モイナハン、ガブリエル・マクト、マイク・レルバ、カール・ブルーナー / タッチストーン・ピクチャーズ&スパイグラス・エンタテインメント提供 / 配給:ブエナビスタインターナショナル(ジャパン)
2003年アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:松浦美奈
2004年01月17日日本公開
公式サイト : http://www.movies.co.jp/recruit/
丸の内ピカデリー2にて初見(2004/02/01)

[粗筋]
 MITを首席で卒業、“スパルタカス”と名付けたプログラムの開発でコンピューター業界からの勧誘もあり、ジェイムズ・クレイトン(コリン・ファレル)の将来は既に約束されたも同然、のはずだった。彼が現れるまでは。
 ウォルター・バーク(アル・パチーノ)と名乗った男は、自らの所属をCIA=中欧情報局と告げた。長年に亘って諜報員候補生のスカウトを行ってきたバークは、ジェイムズに適正を認めたのだという。半信半疑で聞いていたジェイムズだったが、バークが去り際に父の名前を出したことで顔色を変える。ジェイムズの父・エドワードは1990年、ペルーで発生した飛行機事故を境に消息を絶ち、今もなお生死すら判然としていなかった。バークが父の話を俎上にしたせいで、ジェイムズのなかにはひとつの疑いが芽吹く。父は、CIAの諜報員ではなかったのか……?
 大手メーカーとの面談を袖にして、ジェイムズはCIAの門をくぐった。筆記テスト、心理テスト、面談を経て、他の候補生と共にジェイムズが送り込まれたのは“ファーム”と名付けられた研修所。ここで新人たちは諜報員、ひいては“NOC”と呼ばれる、一般人のなかに潜入するスパイのなかのスパイを目指して、巧妙な人の騙し方、格闘術、殺人術を叩き込まれる。相変わらず父の死の謎とCIAとの関係が頭の片隅にこびりついているジェイムズだったが、持ち前の才能で次第に頭角を顕していく。
 だが、訓練の厳しさはそんな彼の想像を遙かに凌駕していた。ある日の夜、他の四人の仲間と共にバークに誘われてバーに向かったジェイムズは、訓練の名のもとに、バーで寝たがっている女を各人ひとりずつ駐車場まで連れ出してくるように命じられた。ジェイムズが目をつけた女性を口説いていると、彼はかたわらに見覚えのある女性の姿を見つける。彼女――レイラ・ムーア(ブリジット・モイナハン)はジェイムズと同じく“ファーム”での訓練生だったが、辞めさせられたために自棄酒を飲んでいる最中だという。前々から通じるものを感じていた彼女の誘いに乗せられるように、一緒にバーを出たジェイムズだったが、駐車場に出た途端、レイラは身につけていた無線機に「任務完了」と告げた。ジェイムズたちを載せてきたバンのなかでは、バークが北叟笑んでいた……
 ジェイムズは憤りのあまり、嘘発見テストへの耐性訓練の場でレイラに復讐を試みた。意図は的を射て、レイラにとことん恥をかかせることに成功したものの、その事実に彼女と同様ショックを受けている自分に驚愕する。すぐに頭を下げて仲直りしたが、そのときからふたりの関係は僅かに変化する。
 間もなく訓練は最終段階に入った。実際に町に出て、対象を尾行するという講習で、ジェイムズはレイラと組まされる。多少慣れが生まれはじめた頃のうえ、気心が知れた仲間との行動で気持ちに緩みがあったのだろう、突然何者かの襲撃を受け、ジェイムズは拉致監禁される。
 犯人たちは一等教官の名前を知りたがった。前々からバークに、指導内容の機密を探っている敵がいると伝えられていたジェイムズは繰り返される拷問、孤立無援の状況に幾度も屈しそうになるが、ギリギリのところで踏み止まり続けた。だが、これ以上ないタイミングでレイラの名前を出され、暗に彼女に対する苛烈な拷問を示唆されたジェイムズは遂にバークの名前を口にしてしまう。その瞬間、牢獄の壁が開き――その向こうに見慣れた講義室と、訓練生たちにしたり顔で諜報員の鉄則を語るバークの姿があった。
 翌日、ジェイムズは適性なしという診断を下されて、“ファーム”を追われた。酒浸りになっていたジェイムズのもとを、ふたたびパークが訪れる。彼が口にしたのは、あまりに意外な台詞だった。過去十五年間を通して最も長く拷問に耐え抜いた君は、誰よりも“NOC”に相応しい、と。そして、バークが提示した極秘任務は二重スパイの疑いがある人物を内偵し、情報の通達手段を特定すること。その対象とは、他でもない……

[感想]
 ベテランのアル・パチーノとホープのコリン・ファレルの共演によるCIAを舞台にしたサスペンス、と聞いて咄嗟に思い浮かべたのは『スパイゲーム』だった。
 が、実態はかなり違う。同じCIA、新人とベテランのせめぎ合いを描いていても、キャラクターの膨らみとメインふたりの親子関係にも似た絆を描くことに重点を置いていた『スパイゲーム』に対して、本編は徹頭徹尾サスペンスを主軸に据えている。
 一般的な職員は無論のこと、機密レベルの低い部署で働いている諜報員はまだしも、はじめからエリートとして――しかも一切の援助なし、孤立無援の状況で隠密行動を迫られる“NOC”ともなると、自らの目に映るもの、耳にするものすべてを鵜呑みにせず、冷静に判断し臨機応変に切り抜けていく才覚が求められる。その才能を養成するために必要なカリキュラムは? と考えていけば、まさに本編のような過程が求められるのは理の当然だ。
 CIAに勤務していた人物がスーパーバイザーとして関わったというだけあって、この場面のリアリティと緊張感はただごとではない。勢い、観ている方も鵜の目鷹の目で思わず拳に力が入ってしまう。見えているものが決して額面通りではないのだ、という過酷な現実が、観客のほうにも刷り込まれていく。
 しかも、この状況は“ファーム”を終えたあとも継続する。寧ろ、何処までがテストで何処までが実地か判断できない状態は、訓練などの数倍神経を蝕むだろう。その状況を実に巧みにサスペンスとして織り込み、ギリギリまでひっくり返していく、良く練り込まれた脚本が素晴らしい。
 そのサスペンスの主人公となるふたりにふたりの演技派が座っていることも好感触を齎す一因となっている。何事にも動揺しない、まさしくベテランと呼ぶに相応しい風格をたたえたアル・パチーノに、キャラクターに合わせて訛りさえ変えてしまう技術と説得力をこの若さで体現するコリン・ファレル、この両者だからこそ先読みの出来ないサスペンスを実現し、終盤ギリギリまで緊張感を持続していると言えるだろう。
 ただ、まるっきり隙がないわけではない。主役格ふたりの演技は迫力充分だが、彼らを含めたキャラクターすべてが、騙し合いという構造を支えるためとは言え薄っぺらになっており、ジェイムズの父親を巡る過去という要素があっても深みがやや足りない、という嫌味がある。また、演出そのものはシンプルで、これといったインパクトを発揮する場面がないのも少々残念だった。
 が、そうした事実は裏返せばサスペンスの構築にかけたスタッフの意欲を示すものだし、シンプルな演出はそのまま解りやすさにも通じる。映画というものを良く理解しているスタッフが、ラスト数分まで観客を釘付けにすることを目論んで作り上げた、上質の娯楽作品。どうか、彼らの台詞ひとつひとつに気を配って御覧ください。

(2004/02/01)


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