cinema / 『ラフ ROUGH』

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ラフ ROUGH
原作:あだち充(小学館・刊) / 監督:大谷健太郎 / 脚本:金子ありさ / 製作:本間英行 / 製作統括:島谷能成、亀井修、高田真治、奥野敏聡、三木裕明 / 撮影:北信康 / 美術:都築雄二 / 録音:鶴巻仁 / 照明:川辺隆之 / 助監督:村上秀晃 / 製作担当:中尾和恵 / 音楽:服部隆之 / 主題歌:スキマスイッチ『ガラナ』(BMG JAPAN/AUGASTA RECORDS) / 出演:長澤まさみ、速水もこみち、阿部力、石田卓也、高橋真唯、森廉、安藤なつ、黒瀬真奈美、池澤あやか、増元裕子、市川由衣、森下能幸、田中要次、八嶋智人、田丸麻紀、徳井優、松重豊、渡辺えり子 / 配給:東宝
2006年日本作品 / 上映時間:1時間46分
2006年08月26日公開
公式サイト : http://www.rough-movie.jp/
日比谷シャンテシネにて初見(2006/09/02)

[粗筋]
 大和圭介(速水もこみち)中学三年の夏は散々だった。競泳自由形で日本選手権決勝にまでコマを進めながら、ターン時の失敗で足を挫き終盤はまともに泳げずに終わる。足を引きずり会場をあとにしようとしたところ、すれ違った少女には何故か「人殺し」呼ばわりされる。
 その後、スポーツ推薦で私立栄泉高校に進んだ圭介は上鷺寮に暮らしはじめるが、同じ屋根の下に、あの少女がいた。高飛び込みでスポーツ推薦を受けた彼女――二ノ宮亜美(長澤まさみ)は高校でも圭介に対して憎悪の眼差しを向けるが、相変わらず圭介には何故迫害されなければいけないのか理解できない。
 上鷺寮では年中行事として、男子生徒と女子生徒、それぞれでクジ引きを行い、当選者同士が一日強制的にデートをさせられるというイベントが催される。ちょっとした誤解で寮生委員長補佐の久米勝(森廉)から権利を譲られた圭介が待ち合わせ場所に赴いてみれば、そこにいたのは――二ノ宮亜美だった。
 渋々、指定されたデートコースを辿るふたりだが、会話はまるでない。しかし、折角休みを潰しているのだから、と何とか話を始めると、ようやく亜美は圭介を恨んでいる理由を口にした。実は彼女、圭介の実家が経営する和菓子屋“やまと”とは長年のライヴァル関係にある同業者“にのみや”の娘なのである。“やまと”が実質“にのみや”の和菓子をパクリ、それが大ヒットとなってしまったため、打開のため新商品開発に躍起になった亜美の祖父が過労のために早死にしたという。理解は出来たものの、圭介にはどうしても納得できない――なんで実家の恨みを自分にぶつけるんだ?
 圭介にとって驚きの出来事がこのあとにもうひとつ待ち受けていた。雨に祟られ、急遽避難したのは亜美が小さい頃からお世話になっていて、“お兄ちゃん”と呼ぶほど親しげにしている人物のマンション。その人物とは、現在の自由形日本記録保持者であり、圭介が密かに憧れ尊敬していた選手・仲西弘樹(阿部力)だったのである。かつて“やまと”の急進についていくことが出来ず左前になった“にのみや”を窮地から救ったのが仲西の実家であり、それが縁で家族ぐるみで親密な付き合いが続いているのだという。
 しかも亜美は、その仲西が圭介のことを「急に伸びる可能性を秘めている、不気味な選手」と褒めていたと教えてくれた。浮き足立つ圭介だったが、直後にその話を仲西に持ち出すと、「記憶にない」と素っ気なく否定される。自分憎さから亜美がついた嘘だった――寮に着くなり、圭介は亜美に向かって「お前なんて大嫌いだ」と吐き捨てる。
 この出来事が、万事マイペースだった圭介に火を点けた。遅くまで残り練習を重ねた圭介はふたたび日本選手権にて仲西と対峙する。結果は、一歩及ばず2着。だが、表彰台に立った仲西は、隣にいる圭介に「やっぱり不気味な選手だ」と言った。好敵手になるかも知れない男に、試合を前に余計なことを考えさせぬよう、配慮して仲西は嘘をついたのである。謝りに行った圭介に、だが亜美は機先を制して「やるじゃない」と怒ったような表情で圭介を認め、でもまだ“お兄ちゃん”のほうが凄い、と言い放って立ち去ってしまう。
 一方的な憎悪から始まった圭介と亜美の関係は、この頃から次第に変化していく――だが、次の夏の日本選手権を前に、思いもかけない出来事が彼らを襲うのだった……

[感想]
 原作は、あだち充の数ある作品のなかでも、個人的に最高傑作と捉えていた作品である。いままで映像化されないものか、と待ち望んでいた作品でもあり、本作の公開は――昨年の『タッチ』に続く長澤まさみの起用、高校生役にしては体格の堂々とした速水もこみちの主演など不安材料が幾つかあったものの、それでも首を長くして楽しみにしていた。
 鑑賞し終わっての感想は、だが充分に満足のいくものだった、とは言い難い。何せ『タッチ』ほどではないにせよ長尺の物語を2時間足らずに圧縮せねばならないのだから、原作通りなどとはじめから期待などせず、エピソードの取捨選択が行われていることは覚悟の上だったので、話が多数切られていたことに文句はない。
 だが、その取捨選択の手際が実によくない。当初、「人殺し」と罵るまでに圭介を恨んでいた亜美が態度を軟化させるきっかけが上でも記したデートのひと幕なのだが、原作ではここで圭介が、体調を崩した老人を助けた場面があって、亜美がデート後半で彼への対応を変えることが正当化されている。だが、映画ではこのくだりを取っ払ってしまったため、何故亜美の態度が変わったのか解らないままになってしまった。
 このデートのひと幕は後半で提示される、圭介と亜美の関係性についての別のエピソードにも連携していく伏線(実際には作者は大してそういう意識もなく描いていたようだがそれは別の話)にもなっているのだが、映画ではこの関係性は残している。だが、明確な伏線がないのに唐突に提示しているため、思いっ切り話のなかで浮いているのである。いちおうオリジナルの要素により裏付けはしているが、状況的な必然性が形作られていないので説得力はない。私感を言えば、大幅にエピソードをカットした映画のなかであればこの要素は決して必要ではなく、取っ払ってしまっても良かったと思う。寧ろこの事実なしに圭介と亜美の距離が狭まっていくさまに描写を割いたほうが賢明だった。
 しかし、そうは言いつつも見所は多々ある。まず、スタッフ自身が力を入れたと語っている競泳の場面は確かに圧巻だ。単純にプールサイドから撮影するのではなく、水中撮影もふんだんに採り入れ、場面によっては選手と並行してカメラを動かし、乱舞する水泡や大きく繰り出される手足の動きなどをきちんと捉え躍動感たっぷりに描いている。その力強さと美しさは一見の価値がある。
 また、青春映画としての骨格はなかなかしっかりしている。特に圭介のルームメイト・緒方(石田卓也)が中心となるエピソード前後の描写は秀逸だ。圭介を叱咤する緒方、そんな彼の競技を見て唇を噛みしめ、足許を蹴りつけながら寮へと向かう圭介、このあたりの描写は実に沁みる。
 全般として動機付けの弱さは否めないものの、主要登場人物たちの感情的な転機となる海水浴のくだりや、圭介が亜美に対して初めて偽りのない想いを語る場面は苦みと爽やかさが入り交じっていて快い。そして原作の肝ともなるあの傑出したラストシーンの趣向を、長澤まさみによって再現していることも好感を抱いた。
 但し、ここでも気になることはある。原作ではラストシーンの趣向を活かすために、実に巧みなきっかけを用意しているが、映画ではそこを削ってしまっている。直前まで亜美のなかで葛藤があったように描かれている作劇の都合上致し方ないとも言えるが、しかし原作のような流れがなかったために、あそこであのモチーフを利用する必然性を欠いてしまっている。原作ではなかった伏線をかなり早い段階で用意していることは認めるものの、それを亜美が利用する機会や動機を置いていないので、やっていることが芝居がかって見えてしまっている。この潤色はさすがにいただけない。
 何よりも本編の欠点は、原作を見ていてもあれこれと不満が出てくるのは無論、恐らくは原作未読の人には解りづらい部分をあまりに多く残しすぎていることである。「原作を参考にしてください」と言っているも同然の話作りは、やはり映画としては問題ありだろう。細かな感情表現の機微、映像の美しさなど、それに長澤まさみや市川由衣などいまをときめく女優たちの水着姿がふんだんに拝めるという点も含めて見所は多々あるのだが、脚本や編集の構成力の乏しさで大幅に損をしている。
 個人的には決して嫌いではないものの、手放しでは褒められない作品である――最近、別の作品で似たような感想を書いた覚えがあるが。

(2006/09/02)


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