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『light as a feather』トップページに戻るタッチ
原作:あだち充(小学館・刊) / 監督:犬童一心 / 脚本:山室有紀子 / 製作:本間英行 / 製作総括:島谷能成、亀井修、奥野敏聡、平井文宏 / プロデューサー:山中和成 / ラインプロデューサー:前田光治 / キャスティングプロデューサー:田中忠雄 / アシスタントプロデューサー:遠藤学 / 撮影:蔦井孝洋,J.S.C. / 美術:小川富美夫 / 録音:矢野正人 / 照明:疋田ヨシタケ / 編集:普嶋信一 / 助監督:熊澤誓人 / 製作担当:平山高志 / 視覚効果プロデュース:小川利弘 / VFXスーパーヴァイザー:坂美佐子、荒木史生 / VFXディレクター:太田垣香織 / 音楽:松谷卓 / 音楽プロデューサー:北原京子 / 主題歌:YUKI『歓びの種』(Epic Records) / 挿入歌:ユンナ『タッチ』『夢の続き』(Epic Records) / 出演:長澤まさみ、斉藤祥太、斉藤慶太、RIKIYA、平塚真介、上原風馬、安藤希、福士誠治、風吹ジュン、若槻千夏、徳井優、山崎一、高杉亘、渡辺哲、生田智子、本田博太郎、小日向文世、宅麻伸 / 配給:東宝
2005年日本作品 / 上映時間:1時間56分
2005年09月10日公開
公式サイト : http://www.asakura-minami.jp/
日比谷シャンテ・シネにて初見(2005/09/10)[粗筋]
隣同士の家で同じ年に生まれた、双子とひとりの子供。まるで三つ子のように仲良く育った三人は、野球好きだった親たちの影響で、一緒に甲子園に行く、という夢を思い描く。けれど成長して、そのうちの一人は決して自分では甲子園に行けないということにやがて気づいてしまう。何故なら、その子は女の子だったから。彼女は双子に向かって言う。「南を甲子園に連れてって」――
やがて三人は高校生になった。双子の兄弟である上杉達也(斉藤祥太)と和也(斉藤慶太)、お隣に住む浅倉南(長澤まさみ)は相変わらず仲のいい幼馴染みである。だが、根気強く野球を続け、明青高校野球部を牽引するエースにまで成長した和也と異なり、達也はシニアを最後に野球をやめ、漫然とした日々を送っていた。かつての投球を目にしたことのある野球部キャプテン・黒木武(上原風馬)は折に触れ達也を野球部へと勧誘するが、達也はのらりくらりと躱すだけだった。
マネージャーとして側にいる南の支えもあって、和也たち明青野球部は夏の甲子園野球予選大会で順調に勝ち進んでいった。そんななか、達也は何を思ったか、友人である原田正平(RIKIYA)の所属するボクシング部の門を叩く。如何せん未経験の世界なのでそう簡単に上達はしなかったが、野球をやめて以来やる気を失っていた息子を心配していた母・晴子(風吹ジュン)も南も、その楽しそうな様子を喜び静かに見守っていた。ただ和也は、努力では如何ともし難いスピードを持った兄の球を惜しんでいたけれど。
和也が順調に予選を勝ち進んでいくなか、しかし幼馴染み三人の関係は微妙に揺れはじめていた。小さい頃上杉兄弟は、密かに「どちらが南を嫁さんにするか」を真剣に話し合ったことがある。結論は、甲子園に連れて行った方がもらう、だった。努力家の弟は着実にその夢を実現に移しつつある。けれど、南の気持ちはどうなのだろう……?
和也が準決勝の相手を破り、甲子園へとリーチをかけた同じ日、達也は初めてのボクシングの試合に臨む。だが、結果は惜敗だった。ふて寝をしているところへ慰めに来た南に、達也は言う。「こういうとき、優しい女の子なら黙ってキスのひとつでもするんじゃないか?」――南はそうした。
予想外の展開に動揺する達也は、それからまるで何事もなかったかのようにいつも通りの振る舞いをする南に却って苛立ちを覚える。どうしてそんなに普通でいられるんだ、と詰問する達也に、南は「タッちゃんだからしたんだよ」と応える。その会話を、勉強部屋の外で聞いてしまう和也の姿があった。
決勝前日、南の父の頼みで達也は人数の足りない草野球のマウンドに立たされる羽目になった。頼まれたのは達也だけだったが、どういうわけか和也までが敵方で試合に加わる。肩慣らしの最中、和也は兄に賭けを持ちかけた。この勝負で勝ったほうが、一番欲しいものを手に入れる。和也の渾身の投球を、達也はフェンスの向こうへと飛ばした。
もう三人の関係は昔のような仲のいい幼馴染みではなくなっていた。けれど、変わっていく絆を惜しむように、和也は南を甲子園に連れて行くことを誓い、達也はそれを笑顔で送り出す。
だが、予選大会決勝のマウンドに、何故か和也の姿はなかった……[感想]
原作は、日本人なら最悪でも“浅倉南”という名前ぐらいは記憶しているはずの、1980年代を代表する青春漫画である。正直に言って、粗筋なんか書く必要もないんじゃないかと思ったくらいだが、そこはそれ。
この前に観た『奥さまは魔女』もそうだが、原作のイメージが強い作品をリメイク、或いは映画化するときの制約はきつい。まして本編のように最初が漫画、続くテレビアニメにおいても完璧にイメージを確立されたうえに、今でも“浅倉南”というキャラクターの存在感が薄れていないような作品を現代に置き換えて、実写で映像化するとなればなおさら困難は多い。まして、劇場映画に許された二時間程度の尺のなかで、作中時間で三年、連載に五年を費やした作品となれば余計だろう。
色々と違いはあるが、特に顕著な変更は、浅倉南が新体操を始めないことだ。原作やアニメの後半の展開で重要な意味を果たすシチュエーションであり、浅倉南という女の子が国民的アイドルになった理由のひとつでもある新体操という要素を外したため、これだけで駄目と感じる原作・アニメ版のファンも多いだろう。
そもそも本編の浅倉南というキャラクターはだいぶ印象が原作と異なる。新体操もそうだが、原作にあった万能の女の子、というイメージを大半取り払っているのだ。部員のためにお守りを作っている場面では「やっぱり裁縫は苦手だ」と言わせているし、父の喫茶店の手伝いをしている彼女を過剰に持て囃す客もいない。突き抜けた優秀さがなくなった一方で、その言動はごく普通の高校生らしくなり、親しみやすさが格段に増している。演じた長澤まさみが語る通り、原作の南には一歩間違うと同性からは嫌われやすい面があるのだが、そういう部分が見事に削られ、たぶん同性でもときどき心臓が弾みそうになるくらいの愛らしさを纏うようになった。
イメージは確かに違う。だが、ヒロインとしての存在感はまったく失っていない。そういう意味で現代の、長澤まさみという役者の雰囲気をよく活かした新しい浅倉南像を構築している点は評価するべきだ。原作通りだから優れている、というわけではないのである。
特に粗筋以降、『タッチ』の『タッチ』たる所以とも言える展開に入ってからの改変は著しい。原作ファンであればこそここから先の展開には驚かされることも多いだろうし、本編に対して否定的な見解を抱く要素の大半もおそらくこれ以降に詰まっている。
実際、原作との対比をせずとも、圧縮に圧縮をかけたが故の描写不足が目につく。個人的にいちばん気になったのは、原作でも和也・達也双方の女房役としてキーマンになる松平孝太郎が、和也亡き後に達也を受け入れていく心理的過程がごっそり抜け落ちている点だ。そもそも、原作では駄目男ぶりをこれでもかとばかりに呈して孝太郎に嫌われる要素に欠かない達也だが、映画ではあまり無能ぶりを強調していないために、後半で野球部に入った達也を毛嫌いする理由が解らない。逆に、いったいどういう心境の変化から、他の野球部員共々彼を受け入れるつもりになったのかも見えにくいのだ。野球漫画としての『タッチ』の感動はこうしたくだりの担う部分が大きいので、それ故この実写映画版では少々野球ものとしての牽引力が減ったように感じられる。
その代わり、映画版では達也・南・和也という三角関係の重みが増し、佳境まで物語を支配している。原作ではほとんど揺れ動かない南の気持ちが、一年生の甲子園予選決勝の前で激しく動揺し、それを和也の死後まで引きずり達也との距離感を見失う。一方の達也もまた、和也という存在の重みに苦しめられ、原作ファンであればこそ予想出来ない方向へと迷走していく。この胸が締めつけられるような切なさは原作以上と言ってもいい。
そうして設定や展開で大幅に手を入れている一方で、これだけは外せない、という名場面をほぼ原作のまま再現している点が嬉しい。中盤での達也と南、和也と南ふたつのキスシーンへの流れや、和也が死んだ直後の幾つかの場面、そしてクライマックスとなる予選決勝戦でも、いいところを引いて魅せてくれる。
そのうえで、修正した設定に合わせたものも含め、原作に匹敵する場面や展開を用意しているのだ。南が新体操を始めない代わりに、後半で用意された達也と南の投球練習場面は、映画版だからこその名シーンに仕上がっている。その後の南の行動にしても、一部時間の流れと合わせると不自然に感じられる要素は否めないが、映画独自のクライマックスを大いに盛り上げるのに役立っている。上杉・浅倉両家のあいだに建てられた勉強部屋の扱いについても注目していただきたい。最初の乱雑さから三人の関係が変化し、そして和也が死んで、達也と南の関係も変わっていくに従って、繊細な変化が施されている。何より、ラスト三球の組み立ては原作よりも良かった、と個人的には思う。あの順番でこそ、物語は――この三角関係はきっちりと昇華される。
エッセンスを圧縮しすぎたが故のバランスの悪さはある。だが、二時間の尺に詰めるために丁寧に設定を改変しつつも、原作のいい部分はきっちりと残して、なおかつ焦点の絞られた作品に仕立て上げたことは認めて然るべきだろう。本当にピュアで爽やかな感動が待つ、いい青春映画である。実写化は微妙、なんて言わずにとりあえず観てみなさい。(2005/09/10)