cinema / 『サイドウェイ』

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サイドウェイ
原題:“Sideways” / 原作:レックス・ピケット(ソニー・マガジンズ刊行予定) / 監督:アレクサンダー・ペイン / 脚色:アレクサンダー・ペイン、ジム・テイラー / 製作:マイケル・ロンドン / 共同製作:ジョージ・パラ / 撮影監督:フェドン・パパマイケル,A.S.C. / プロダクション・デザイナー:ジェーン・アン・スチュアート / 編集:ケヴィン・テント / 衣装デザイナー:ウェンディ・チャック / 音楽:ロルフ・ケント / 出演:ポール・ジアマッティ、トーマス・ヘイデン・チャーチ、ヴァージニア・マドセン、サンドラ・オー、メリールイス・バーク、ジェシカ・ヘクト、アリシア・レイナー / 配給:20世紀フォックス
2004年アメリカ作品 / 上映時間:2時間10分 / 日本語字幕:古田由紀子
2005年03月05日日本公開(R-15指定)
公式サイト : http://www.foxjapan.com/movies/sideways/
VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズにて初見(2005/03/15)

[粗筋]
 いつからか、マイルス(ポール・ジアマッティ)にとって“鬱ぎの虫”は馴染み深いものになってしまった。同じワインの趣味を通して結ばれていたはずの妻ヴィクトリア(ジェシカ・ヘクト)との絆は二年前、至極あっさりと断ち切れ、長年の夢である小説家への道は依然険しく、どうにか出版エージェントを介して専門書の出版社編集長にまで話を繋ぐことは出来たが望みは薄い。
 それでも、三年を費やして執筆を続けていた小説はどうにか完成した。マイルスはカレッジ時代からの親友であるジャック(トーマス・ヘイデン・チャーチ)の結婚を祝し、また残された自由な日々を惜しんで、独身最後の一週間を男ふたり、水入らずの旅で費やすことにした。念願のワイナリー巡りと、ゴルフ三昧の時間を過ごすのである。盛んに「女を捕まえろ」とけしかけるジャックに少々辟易しながらも、週末、マイルスは愛車に親友を乗せて高速を走らせた。
 最初の目的地は――マイルスの実家。翌日が母(メリールイス・バーク)の誕生日だというのに素通りは出来ない、と言い訳したが、その実目的は母のへそくりだった。旅行資金として数枚の紙幣をくすねると、翌朝、リビングでテレビを点けたまま眠りに就いている母の脇をすり抜けて、いよいよ本格的な旅が始まった。
 目指したのはサンタ・バーバラ郡ブレトン。ここのモーテルを拠点にして周辺の数多あるワイナリーを渉猟、カリフォルニア・ワインを堪能し尽くそうという目論見――だったが、ジャックの考えは異なっていた。彼は独身最後の一週間、今後は不可能になる“女遊び”を心ゆくまで味わう傍ら、依然妻との別れから立ち直る気配のないマイルスにロマンスを提供しようとしていたのだ。余計なお世話だ、と突っぱねるものの、自分が恋愛に対して奥手、というより万事マイナス思考に偏りがちなのがすべての原因だと自覚しているマイルスは、図星を衝かれたようで気分は良くない。
 マイルスがブルトン近辺で贔屓にしているレストラン“ヒッチング・ポスト”を訪れるなり、ジャックはマイルスを唆した。ここのウエイトレスであり、常連だったマイルスとも既に顔馴染みであるマヤ(ヴァージニア・マドセン)はお前に興味を持ってるぞ、と。まさか、と否定しながらも、ワインに関する知識では自分に劣らないマヤは前々から気になる存在だったので、落ち着かない。加えて女性に関しては目敏さを発揮するジャックは、マイルスが既婚者だと思いこんでいた彼女の手に結婚指輪がない事実にすぐさま着目する。
 明けて月曜日。ふたりはいよいよワイナリー巡りを開始した。手慣れているマイルスは試飲のマナーがなっていないジャックに戸惑わされることも少なくなかったが、概ね楽しい道行きだった。ジャックのほうも、とある試飲カウンターでエキゾチックな美女ステファニー(サンドラ・オー)といい雰囲気になり、いい気になって大量のワインを買い込む。ステファニーはマヤと親友で、彼女の弁によれば結婚していたのは確かだが一年前に離婚している、という。障害は何もないじゃないか、と更にけしかけるジャックだったが、マイルスは未だ別れた妻に気兼ねしている。たまりかねたジャックは遂に秘密にしていたことを打ち明けた――ヴィクトリアはとうに再婚している、しかも結婚式にも招待した、というのだ。すぐに鬱ぎ込むマイルスを思いやって、いちばん楽しい瞬間を狙って告白するつもりだったというが、効果はなかった。ジャックの買い込んだワインを一本ラッパ飲みしながら、マイルスはブドウ畑を突っ走る……

[感想]
 日本での上映が決定するより以前、ゴールデン・グローブ賞が発表されるよりも前から本編に期待していたのは、全米での評価の高さもそうだが、監督が『アバウト・シュミット』のアレクサンダー・ペインだったから、というのも大きい。『アバウト・シュミット』はジャック・ニコルソンが定年を迎え、共に悠々自適の余生を送るはずだった妻に先立たれたことで自分の無能力ぶりを自覚していく男を可笑しくも切なく演じた、かなり痛烈なコメディである。キャンピング・カーで各地を旅して廻る、というシチュエーションやその先々での人間像はアメリカ独特のものだが、定年によって誰からも必要とされなくなってしまった孤独と虚しさは日本人にとっても他人事ではないはずで、同世代の人々が観れば相当に染みる作品だ、という評価をした。無論、だから私には解らない、というのではなく、異なった世代に属する私にもそう感じさせる説得力が存在した良作だったのである。だからこそ、その監督が新たに作り、より高い評価を受けているらしい本編に寄せる期待が高かったのだ。
 それだけ高い期待を寄せていたにも拘わらず、本編はまったく裏切らなかった。寧ろ期待を遥かに上回っていた、と言ってもいい。ゴールデン・グローブとアカデミー双方の脚本賞に輝いたシナリオに一分の隙もなく、二時間を超える尺の長さをほとんど意識させない――寧ろもっとずっと眺めていたいとさえ思わせるテンポのいい演出、個性的だがエキセントリックというレベルまでには達せず自然な立ち位置でおかしみを醸しだす俳優陣、70年代を意識してわざとノイズを混入させた映像の凝り方、古いジャズの雰囲気を再現した音楽の味わい深さに至るまで、殆ど難癖のつけようがない。
 強いて問題を挙げるとするなら――性描写がけっこうフランクである、という点だ。主人公であるマイルスは奥手さにも由来しているのだろう、欲望はあるにせよ普段は理性的な言動をしているのだが、その友人ジャックは女好きを自認しているだけあって言うことが露骨だ。そのうえ、結婚を間近に控えているくせにそれを秘密にしてステファニーに接触すると、更にやりたい放題になる。マヤを含む四人でステファニーの家を初めて訪れたその夜のうちに、扉ひとつ挟んだ隣にマイルスとマヤがいるにも拘わらず始めてしまい喘ぎ声を聞かせてふたりをしばし気不味くさせる。別行動を取った日、マイルスが部屋に戻ってみると真っ最中で、腰を動かしながら「出ていてくれ」と頼む。詳細は省くが、しまいには裸のまま町中を逃げまわる羽目にも陥る。さすがに小さい子や、性的に潔癖な価値観を持った人々にはお見せしない方が無難だろう。
 だが、そこまでやっているにも拘わらず、全体を通して観ると品性を感じさせるのが不思議だ。それは、どんな無謀な挙に出ようと登場人物に常に理性と誰かに対する思いやりが垣間見え、その優しさと不器用さが性的な露骨さをオブラートに包んでいるからだろう。また同時に、製作者たちの真摯な姿勢があってこそとも言える。
 前作『アバウト・シュミット』もそうだったが、本編も主人公は基本的にダメ人間であり、展開の上でもあまりいい目を見ないままに終わる。それ故にラストでの出来事が救いとなっていることも同様だ。だが、当初は主人公と関わりの無かった世界から突如福音が齎された印象のある『アバウト・シュミット』に対して、本編の“救い”はあくまで作中の出来事のさりげない延長上にあり、より自然で心地よい余韻となって響きわたる。また、構成の面でも実に洒落た締め括りであることにも注目したい。
 細部にまで神経の行き渡った作りで、あちらのレビュアーによる2004年唯一の完璧な映画、という評も頷ける。アカデミー賞では脚色部門のみの受賞だったが、低予算にして大作・話題作と並んで賞レースの有力候補に食い込んだクオリティは疑いようもない。コメディと呼ばれる割に爆笑する場面はないが、観たあともいつまでも胸に残り微笑みを呼び起こす名場面が無数にある本作は、まさしく上質のコメディ映画である。

 なお、本編を御覧になって初めてワインに興味を抱かれた方は、劇場に舞い戻ってでもプログラムを購入することをお勧めする。後ろのほうに、作中で登場したワインやロケーション先を詳細に解説してあるのです。詳しい解説は作中に譲っているものの、系統立てて表記し簡単ながらワインの銘柄の見方なども説明しているので、きっかけには丁度いいのではないでしょうか。
 にしても、驚くのはその記事右ページにある、ロケーション地図である。作中で登場したワイナリーやレストランの主要なものを網羅しているのだが――その多くがウェブサイトを持っている。しかも、独自ドメインで。どれもそんなに大きな店には見えなかったのだけれど……時代はそーいうところまで来ているのでしょうか。

(2005/03/16)


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