cinema / 『容疑者室井慎次』

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容疑者室井慎次
監督・脚本:君塚良一 / 製作:亀山千広 / プロデューサー:金井卓也、臼井裕詞、堀部徹、安藤親広 / キャスティングプロデューサー:東海林秀文 / アソシエイトプロデューサー:小出真佐樹 / ラインプロデューサー:井上あゆみ / 撮影:林淳一郎、さのてつろう / 照明:磯野雅宏 / 録音:本田孜 / 美術:増本知尋 / 装飾:藤田徹 / 編集:菊池純一 / VFXスーパーヴァイザー:立石勝 / VFXプロデューサー:浅野秀二 / 音楽:松本晃彦 / 制作:ROBOT / フジテレビジョン、ROBOT、東宝、スカパー!WT製作 / 出演:柳葉敏郎、田中麗奈、哀川翔、八嶋智人、吹越満、柄本明、佐野史郎、北村総一朗、小野武彦、斉藤暁、真矢みき、筧利夫 / 配給:東宝
2005年日本作品 / 上映時間:1時間57分
2005年08月27日公開
公式サイト : http://www.odoru-legend.com/
日劇PLEX2にて初見(2005/08/27)

[粗筋]
 地下鉄暴走事件から二ヶ月後、新宿北署の捜査本部にて、東京地方検察庁検事・窪園行雄(佐野史郎)らの手によってひとりの男の身柄が拘束された。彼の名は、室井慎次(柳葉敏郎)――他でもない、警視庁捜査一課管理官の職に就く、警察庁の官僚候補である。
 この非常事態のはじまりは、新宿北署管内で発生した殺人事件であった。雨の夜、黒木孝夫という男が殺害され、室井管理官が捜査本部長に就いて陣頭指揮を執った。被害者の着衣に残っていた指紋と目撃情報により、間もなくひとりの被疑者が浮上する。皮肉にもそれは新宿北署地域課所属の警官、神村誠一郎(山崎樹範)であった。事情聴取は勤務先の交番で長時間に亘って行われ、関係者の注意が逸れた一瞬の隙に、神村は逃走する。新宿駅前広場を舞台にした逃走劇の末、神村はトラックに撥ね飛ばされ、即死する。
 普通ならば被疑者死亡として送致、不起訴となるケースであったが、室井は処置に悩んだ。神村と黒木とのあいだに明確な関係性は見出されず、口論の末に物取りを装って殺害したと見られていたが、果たしてこの結論でいいのか、と資料を睨みつづけた室井は、ふたりの所持品に共通項を見出し、まだふたりには警察の掴んでいない繋がりがあると判断、捜査の続行を宣言する。
 しかし、事態は様々なしがらみを伴って、複雑に動きはじめる。最大の背景は、警察庁次官・池神(津嘉山正種)と警視庁副総監・安住(大和田伸也)の対立であった。警視庁の不祥事は即ち現幹部の責任となり、安住副総監追い落としの好機と捉えた池神次官は室井に捜査の中止を指示する。対する安曇副総監は、別の犯人が存在する可能性をも示唆する室井を歓迎した。どちらに対するおもねりもなく、新宿北署刑事課強行犯係・工藤敬一(哀川翔)らとともに純粋に真相を追い求める道を選択する室井だったが、そんな矢先であった――窪園検事を筆頭とする検察庁の面々が、捜査官たちの面前で室井に手錠をかけたのは。
 告発は、神村の母の依頼を受けた灰島英樹(八嶋智人)が所長を務める灰島法律事務所によって行われた。「訴訟パラノイア」と呼ばれるほど、“法の下での正義”に取り憑かれた灰島に対して、警察庁は室井のために策を用意する気配はなかった。代わって動いたのは、室井との縁浅からぬふたりのキャリア警察官、新城賢太郎長官官房審議補佐官(筧利夫)と沖田仁美刑事部捜査一課管理官(真矢みき)である。沖田は警察庁に代わる格好で、徒手空拳の室井のために弁護士を手配する。
 沖田が依頼したのは、かつて別の事件において自衛隊に訴えられた警官を救った経緯のある弁護士・津田誠吾(柄本明)の事務所である。だが、津田はどういうわけか、まだ弁護士になって日の浅い小原久美子(田中麗奈)にこの重責を託した。
 特異な告発例のため、久美子はまず何よりも先に室井の釈放手続を取る。だが、室井の逮捕によってこんどは警察庁が責任問題を取り沙汰され、立場が逆転したことでより錯綜した権力闘争が室井を雁字搦めにする。
 新城らの手回しによって辛うじて釈放はされたが、室井は停職処分を受けた。しかし、自分が逮捕された背景に新宿での殺人事件がある、と推理した室井は捜査にこだわり、その足で新宿北署を訪れる。警視庁によって捜査本部は解散、閉鎖されていたが、その室井の心意気に工藤らが応えた。
 果たして室井はこの窮地を無事に乗り切ることが出来るのか。そして、殺人事件の真相とは一体……?

[感想]
 大ヒットとなった『交渉人真下正義』の公開から四ヶ月足らずで登場した、『踊る大捜査線』からのスピンオフ企画第二弾である。真下同様、やはり第一話から登場し、本編の主人公・青島俊作と立場を超えた絆を結んできた室井警視正が逮捕される、という掴みがまずファンには衝撃的な一本である。
 だが、本編は他のシリーズ作品同様に『踊る大捜査線』とのリンクを意識しながら、同時に『交渉人真下正義』以上に極力独立した物語として描こうとしている気配がある。説明台詞を排除しながらも、ナレーションを含む成熟した語り口で情報を少しずつ整理していく描き方は、確実に初見の観客を意識したものだろう。
 また、シリーズの他の作品――少なくとも劇場版三作と比べて、タッチがかなり硬質でシリアスになっていることも特徴的だ。粗筋では新宿での殺人事件の捜査から書いているが、実際の作中では室井は既に逮捕され、拘留されている状態である。そこから弁護士である久美子のナレーションとともに、最悪に至った過程が描かれる。そして物語は終始、警察庁・警視庁・灰島事務所とのダーティな駆け引きと、最悪の状況でもなお信念を貫こうとし、しかしどうしようもない窮地故に揺らぐ室井を中心に展開していく。否応なしに、作品はかなり深刻に展開していく。
 しかし、基本的にシリーズのなかの一篇である、という姿勢は崩していない。室井と新城・沖田との関係や警察内部の対立構造は引き継いでいるし、オリジナルの登場人物であっても、たとえば新宿北署の捜査員と室井との信頼関係は湾岸署とのそれを踏襲し、無縁のキャラクターであっても方向性は変わっていない。
 一方で、シリーズ作品に一貫した欠点もそのまま流し込まれてしまっている。場面個々のインパクトを追求するあまり、非現実的な描写が多くなったり、不自然な箇所が随所に見られるのだ。特にそれが顕著となっているのは、事件の背景の深みと、クライマックスである。過程の面白さを追求するあまり、結末がその魅力に及んでいないというのはオリジナルの劇場版二作にも共通している問題点であり、先んじる『交渉人真下正義』にしても本編にしてもその束縛から逃れていない。とりわけ本編の場合、室井が黒か白か、という問いかけをしているにも拘わらず、逮捕そのものが警察内部の力関係とある謀略の為せるところとはじめから明白になっているため、余計に“犯人捜し”の緊迫感が欲しかったところだが、駆け引きと窮地を脱していく過程とに焦点を絞るあまり、謎解きはかなり安易と感じられる。劇場版についてはいずれも謎掛けが優秀であるだけに、この欠点が未だ払拭されない――というより払拭する気がないように見受けられるのが、ミステリファンとしては残念だ。
 だが、過程の仰々しさと結末のあっけなさから生じる空虚さというのもまた、実はシリーズ全般に共通する要素でもあり、そういう意味でもやはりこの作品は『踊る大捜査線』の一話なのだ、と感じさせられる。この主題は君塚良一脚本による作品群で頻出しており、強いて『踊る〜』に結びつけるのも問題なのだが、君塚作品というより『踊る〜』シリーズの一環として見る客のほうが多いことを考えると、独立した作品として評価されたかったなら、もう少し新機軸が欲しかったところだ。
 但し、謎解きのカタルシスではなく、決着しても残る割り切れなさを狙ったドラマとして捉えれば、本編の行き方は間違っていない。多くの登場人物が右往左往した挙句に辿りついた結論がこれで、その結果室井が選ぼうとした道を思うと、これほど割に合わないことはない。そして、その感慨が終盤のドラマに繋がっていく。
 場面個々のインパクトを優先している、と書いたが、そういう意味では実に印象に残る場面の多い作品である。実在しない新宿北署を、新宿には使用されなくなった教会の廃墟が幾つかある、という事実から、そうした教会を警察署に改装したという設定で構築しており、新宿特有の無国籍性を反映した署内の雰囲気と、そこに据えられた捜査本部でのクライマックスは警察を中心とした映画では異例のイメージを作りあげている。また、室井が立ち回る各所での、光と影をふんだんに使った映像演出も素晴らしく、特にクライマックス目前、灰島法律事務所での一幕は鮮烈だ。
 そして何よりも素晴らしいのは、俳優それぞれの熱演ぶりである。旧作で完成されたキャラクターをきっちり引き継いで訴えかける室井や新城は無論のこと、前回の登場から二年のブランクを経て「別人か?!」と思うほどにキャラクターを膨らませ成長させてきた沖田、自らの過去と担当した事件とを重ね合わせて少しずつ室井に共鳴していく弁護士の久美子、警察に拘わったがため将来を断たれながら久美子の情熱に自らの想いを仮託する上司の津田、『THE MOVIE 2』当時の沖田を超える濃さで室井らを翻弄する灰島、更に検事の窪園らからほんの僅かな登場の公安の刑事まで、異様な存在感を示している。
 テーマやプロットから考えると、もっと掘り下げようがあったのでは、と感じられる。だが、それでも場面場面の印象深さが素晴らしいため、作品全体としての印象は要素それぞれで判断するほど悪くない。単独で成立した作品にしようと、旧作への際立ったリンクはしていないと言っても、根っこを引き継ぎ、更にシリーズ全体にとっても新たな局面へと示唆する出来事を入れている点で、やはりシリーズのファンであればこそより深く楽しめる作品に仕上がっている。
 正直なところ、シリーズ作品としても単独の作品としても評価の仕方が難しいのだが、しかしどちらの角度からもかなり丁寧に作られ、かなり強烈な印象を留める作品であろう。認める認めないは別として『踊る大捜査線』シリーズのファンならば間違いなく必見であるし、ここからシリーズに入っていくか否かを決めるのも悪くない。
 ……自分でも褒めているのかいないのかよく解らん。

 前作『交渉人真下正義』で鑑賞した舞台挨拶があまりに楽しかったので今回も初日の初回、舞台挨拶込みのチケットを意地で入手して鑑賞した。やもすると本編より面白く、出演者と監督の入れ込みようが強烈に伝わる挨拶だっただけに、共感のあまり贔屓してしまいそうになるのを抑えて書いたもので、余計に複雑な書き方になってしまったが、そうして悩ませるぐらいに“深み”のある作品だと感じたことぐらいは汲み取っていただけたと思う。
 ところで、『交渉人真下正義』と立て続けに発表された本編だが、更なる続編はこの作品の人気次第であるという。そういう意味でも、とりあえず『踊る〜』シリーズのファンならば本編は押さえておかねばなるまい。今度こそ、大本命である青島刑事に登場してもらうために。
 個人的に、もしシリーズに次があるのならば、本編で更に細部が明瞭になった『潜水艦事件』を絡めた話にして欲しい、と思っていたりする――一部の登場人物がその件に絡んだ、という設定のため、プログラムにそのあらましが記されているのだが――うまく処理すれば、シリーズでも無類の面白さになると思うのだけど、どうだろう。既に旧聞に類する話ではあるので、その影響から発生した新たな事件をベースに、過去の描写も交えながら……
 ……という具合に妄想が膨らんでしまうので、尚更本筋の続きがどーしても見たいのです。

(2005/08/27)


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