cinema / 『トム・ヤム・クン!』

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トム・ヤム・クン!
原題:“Tom-Yum-Goong” / 監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ / アクション監督:パンナー・リットグライ、トニー・ジャー / 脚本:ナバリー・ピヤロートトーンディー、ジョー・ワンナピン、コンデート・ジャトゥランラッサミー / 製作:プラッチャヤー・ピンゲーオ、スカンヤー・ウォンサターパット / 製作総指揮:ソムサック・デーチャラタナプラスート / 撮影監督:ナタウット・キッティクン / プロダクション・デザイン:アッカデート・ゲーオコート / 編集:マルッ・シラチャルン / 衣装デザイン:エーカプン・ンガーンチャマン / 出演:トニー・ジャー、ペットターイ・ウォンカムラオ、ボンコット・コンマライ、チン・シン、ジョニー・グエン、ダミアン・テ・モンテマス、デイヴィッド・チャッチャワン・アッサノワン、ネイサン・ジョーンズ、ラティフ・クロウダー、ジョナサン・パトリック=フー、ソートーン・ルンルアン、ナッダナイ・コーン、サムバット、ヨーヨー&シン / 配給:KLOCKWORX×GAGA Communications
2005年タイ作品 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:風間綾平
2006年04月22日日本公開
公式サイト : http://www.tyg-movie.jp/
銀座シネパトスにて初見(2006/05/05)

[粗筋]
 タイ東部に、王に献上するための象を育て、鞍上の王と象の弱点を守るために、空拳でも戦いに臨むことの出来る戦士《チャトゥラバート》の末裔が静かに暮らしていた。
《チャトゥラバート》の武術を受け継いで育ったカーム(トニー・ジャー)にとって、象のポーヤイ(サムバット)はいわばもうひとりの父親だった。やがて生まれてきたポーヤイの子供コーン(ヨーヨー&シン)も、だからカームにとっては弟に等しい。そんな彼にとって、哀しくも誇らしい日が訪れた。春にタイ各地で開催されるソンクラーン=水かけ祭と並行して開催された象の審査会にポーヤイを連れて行き、国王に献上するのである。哀しみながらも、父コイ(ソーントン・ルンルアン)の長年の夢の実現とポーヤイならば確実に得られる栄誉をカームは喜ぶ。
 だが、その喜びは惨くも裏切られた。審査会の場でポーヤイは突如暴れ出し、異変に気づいてコイはポーヤイを連れ帰ろうとしたが、返礼に浴びせられたのは銃弾――彼らは知るよしもなかったが、審査会の場に紛れ込んでいたのはコーンの母象を射殺した密猟者だったのだ。異常に気づいたカームは必死で密猟者たちを追うが、あと一歩のところで逃げられてしまう。しかも、彼らはコーンさえ一緒に攫っていったのだ――
 命に別状のなかった父を村に帰したあと、カームは怒りを爆発させる。密輸組織のアジトを突き止めると即刻潜入、その傑出した戦闘能力で一味を一掃すると、ポーヤイたちがジョニー(ジョニー・グエン)という男によってオーストラリアへと密輸されたという情報を得、単身海を渡った。
 空港を出た早々、カームは予想外のトラブルに巻き込まれる。タクシーに乗ると間もなくパトカーに追走された。運転手が実は強盗であったらしいのだが、何故か強盗もろとも警察から銃で狙われる羽目になってしまう。たまたま現場に居合わせたのが、シドニー警察でも人情派で知られるタイ人の警官・マーク巡査(ペットターイ・ウォンカムラオ)であったため、辛うじて命は救われるものの、理由も解らず追われている状況に代わりはない。だが、パトカーで搬送されているさなかにジョニーの姿を発見したカームは、躊躇することなく彼らを追った。
 そうとは知らぬまま、ジョニーたちの麻薬取引の現場に現れたカームは、自転車やバイク、インライン・スケートを駆使した一味の襲撃に遭うが、これも懸命にすり抜ける――しかし、激戦のあまり、命からがら現場を離れたあと、道端で気を失ってしまう。
 そんな彼を救ったのは、ジョニーとの縁浅からぬ女性プラー(ボンコット・コンマライ)だった。ジョニーとカームとの詳しい経緯は知らないまでも、放っておくことが出来なかった彼女はアパートに彼を連れ帰ると介抱するが、途中で呼び出しを受けて、彼を置き去りに出て行った。呼び出された先で行われていたのは、マダム・ローズ(チン・シン)の手配による警察幹部の接待だった。しかし、そこに突如現れた凶漢によって幹部は暗殺、先にカームを逃がしたことを咎められて警護の任につけられていたマーク巡査に濡れ衣が被せられてしまう。一緒に派遣された女たちも射殺されたが、運良く生き延びたプラーは、証拠品となるカメラを入手した。だが、そのことが原因となって、彼女もまた追われる身となってしまった。
 プラーから事情を聞いたカームは、先日の事件以来、様相が一変してしまったレストラン“トム・ヤム・クン”にこそ秘密が存在する、と判断し、単身乗り込んでいく。斯くして、カームと密輸組織との戦争が本格的に始まった――!

[感想]
 同じ監督・主演・メインスタッフによる前作『マッハ!!!!!!!!』の齎した衝撃は凄まじかった。香港から派生したワイヤー・アクションに、絶え間なく発達し続けるCG技術によって、およそ不可能と思われていたアクション表現が可能になる一方で、生身のアクションの重みや迫力にお目にかかる機会は激減しており、緩やかな“飢え”を感じていたアクション映画愛好家たちにとって、あの作品は思いもかけない場所から届けられたご馳走だった。主演であるトニー・ジャーの演技力はさておき、驚異的な身体能力を駆使したアクションはすべて生身の力強さが漲っており、「絶対2・3人は本気で死んでるよー!!」と信じこまされてしまうような危険極まりないスタントの数々は、2年近く経過した今なお記憶に新しい。
 それだけに期待も高く、同時に果たして前作を超えられるのか、という不安をも齎していた本作だが、難なく重圧をはね除けた、どころか、あれほど私たちを興奮させた『マッハ!!!!!!!!』を見事に凌駕してしまった。
 ストーリーはややごちゃごちゃしている印象がある。要は密輸とその目的が焦点になっているのだが、マーク巡査の災難とコールガールらしいプラーの目撃談とが交錯して、中盤くらいまでは敵の素性がいまいち解りづらい。アクションだけでは物語を牽引できない、またクライマックスにおけるカタルシスを極限まで演出するために、謎を工夫したというところだろうが、少々整理が行き届かず混乱した印象を受ける。随所に絡められる、タイと象の関係や密猟問題の項などは、すべてニュースのかたちにするのではなく、もう少し登場人物の言動に絡めて描いていくべきだっただろう。
 だが、結局のところは巨悪に単身立ち向かうアクション・ヒーローという構図は明確で、主人公が敵をなぎ倒すさまを爽快感に繋げるためのお約束を外していない点は評価できる。マダム・ローズを筆頭とする敵方のあまりの悪逆非道ぶりに、クライマックスを飾る49人連続骨折り関節決めが、見た目の痛ましさよりも爽快感を覚えてしまうほどであるのだから。
 そして何より感心するのは、『マッハ!!!!!!!!』既に完成されていた、と思いこんでいたのに、トニー・ジャーのアクションはあちらよりもキレを増し、スタントのアイディアも更に込み入ったものになっていることである。タイにおける最初の攻防、河畔に建つ家をなぎ倒してしまうあたりはさすがにちょっとやりすぎの印象があるが、オーストラリアに舞台を移してからのアクション・シーンはいずれも斬新で見応えに欠かない。最初の混戦となる工場内では、バイクに自転車、インラインスケート、果ては四輪バイクまでも向こうに回して奮闘し、細部では跳躍して隙間を越えたところで逆立ち、そのまま狭い足場を伝って逃げ延びるとか、予告編でも使われている、左右の金網を交互に蹴って敵を躱すとかいった、曲芸的な趣向を盛り込んで楽しませる。
 そして続くレストラン“トム・ヤム・クン”においては、4分間ワンカットによるアクション、という驚異的な趣向が用意されている。実のところこの場面においては、クッションを用いた安全対策などを講じるのが難しいせいもあるのだろう、個々のアクションはけっこう単純なものばかりなのだが、それを4分間、カットなしで撮り続けているというだけで、観ている側はただただ圧倒される。続いて火のかけられた寺院を舞台にした異種格闘技三連戦でも、スプリンクラーの放水で溢れた水を散らした華麗なアクションが目を惹く。
 だがやはり出色はクライマックス、49人連続の骨折り・関節決めである。それまではどこか遠慮があったのか、時として敵に圧倒されることもあった主人公カームだが、ここではある事実に激昂して、まさに鬼神の如き戦いぶりを見せる。同じ骨を折るにしても様々な趣向を施し、しかも息を吐く間もないので、この場面の緊迫感はただごとではない。前述の4分間ノーカット・アクションと合わせて、このふたつのシークエンスだけでも本編はアクション映画史に残る傑作と呼んで差し支えないだろう。
 そのあとの最終決戦においては、密かに鏤めていた伏線を巧みに寄り合わせて、ドラマとしても見事なカタルシスを形作る。プロットの整理の悪さが惜しまれるが、こうしたふんだんな工夫が、本編を細部の拙さを乗り越えて優れた娯楽映画へと仕立て上げている。
マッハ!!!!!!!!』に痺れた人ならばあれ以上の爽快感が堪能でき、本物のアクション映画を! と渇望している方にはいいからとっとと観ろ、と心よりお薦めできる大傑作である。なにせ、もう少し余韻を味わおうと帰宅後に『マッハ!!!!!!!!』をDVDにて再鑑賞してみたところ、物足りなくさえ感じたのだから凄まじい。
 あとは、脇役に頼ることなく、ドラマ部分もきっちり支えられるだけの演技力をトニー・ジャーが身に付けてくれれば、と思うが――それは高望みしすぎだろう。既に新たなる計画に向けて動いている主演トニー・ジャー、監督プラッチャヤー・ピンゲーオ、アクション監督パンナー・リットグライらの今後に注目したい。

(2006/05/06)


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