cinema / 『トロイ』

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トロイ
原題:“TROY” / 監督:ウォルフガング・ペーターゼン / 製作:ウォルフガング・ペーターゼン、ダイアナ・ラスバン、コリン・ウィルソン / 脚本:デイヴィッド・ベニオフ / 撮影:ロジャー・プラット,BSC / 美術:ナイジェル・フェルプス / 編集:ピーター・ホーネス,A.C.E. / 衣装:ボブ・リングウッド / 音楽:ジェイムズ・ホーナー / 出演:ブラッド・ピット、エリック・バナ、オーランド・ブルーム、ダイアン・クルーガー、ブライアン・コックス、ショーン・ビーン、ブレンダン・グリーソン、ピーター・オトゥール、ローズ・バーン、サフロン・バロウズ、ジュリー・クリスティー / 配給:Warner Bros.
2004年アメリカ作品 / 上映時間:2時間43分 / 日本版字幕:菊地浩司
2004年05月22日日本公開
2004年10月29日DVD日本版発売 [amazon]
公式サイト : http://www.troy.jp/
丸の内ルーブルにて初見(2004/05/15)※先行オールナイト

[粗筋]
 ギリシアの都市国家群は、ひとりの強欲な王によって統一されようとしていた。その王――ミュケナイのアガメムノン(ブライアン・コックス)の勢力拡大に多大な貢献をしたのが、ギリシア屈指の戦士アキレス(ブラッド・ピット)。身の丈を大きく上回る敵さえ一閃で倒し、不死身とまで謳われるこの英雄は、だが誰に対しても忠誠を誓うことなく、アガメムノンに対しても不遜な口を利く。士気を左右するほどの名声を誇りながら、いつか自らに槍を突き立てかねないこの男を、アガメムノンは激しく忌み嫌いながら切り捨てることも出来ず、内心歯噛みしていた。
 ――その戦争の発端は、都市国家スパルタにあった。スパルタとともに列強に名を連ねる都市国家トロイはその日、長い交渉を実らせ和平を成立させた。特使としてスパルタの港を訪れていたトロイの王子にしてトロイ軍総指揮官ヘクトル(エリック・バナ)は、華やかな宴の席にあっても何故か浮かぬ顔をしている。同行した弟パリス(オーランド・ブルーム)の様子が気になって仕方なかった。ヘクトルの嫌な予感は、帰途の船中、最悪の形で現実となった。船倉に隠れていたのは、スパルタ王メネラオス(ブレンダン・グリーソン)の妻ヘレン(ダイアン・クルーガー)――あろうことかパリスは、客として遇された国の王妃を略奪していたのだ。
 当然、メネラオスは烈火の如く憤った。だがそれは、メネラオスの兄でもあるアガメムノンにとってひとつの好機だった。未だかつて一度たりとも破られたことのない強靱な城壁と、アキレスと並び称されるほどの英雄ヘクトルに率いられた軍勢、この二つを揃えるトロイに、理由もなく攻め入ることは出来なかったが、大義名分が備わったいま、協力関係にあるすべての都市国家に招集をかけてトロイを襲うことが出来る。
 だが、これほどの大部隊を纏めるためには、それだけの英雄が必要となる。嫌々ながら、アガメムノンは同盟国イタケの王オデッセウス(ショーン・ビーン)を使者としてアキレスのもとへ送った。アガメムノンに対して一片の敬意を抱くことも出来ないアキレスは渋るが、彼の性格を熟知したオデッセウスは、今回の戦いが史上最大のものになることを理由に参戦を求める。この戦争で功績を挙げれば、歴史に名を残すことが出来る――やはりオデッセウスの策士ぶりをよく理解しながらも、その言葉はアキレスにとって魅力的だった。
 トロイの王プリアモス(ピーター・オトゥール)は、災厄を齎したヘレンを諦めにも似た面持ちで受け入れた。荒淫で彼らを悩まし続けたパリスも、今度ばかりは本気が窺える。何より、いま彼女を帰したところで、いちど生まれた戦乱の契機が消えてなくなるわけではなかった。ヘクトルは弟とその新たな恋人を護る意を固めるが、妻アンドロマケ(サフロン・バロウズ)は生まれたばかりの我が子を胸に抱き、ふたたび夫を戦場に送らねばならない悲運を嘆く。
 やがて、ギリシア混成軍の千に達する船が碧きエーゲ海を渡った。先陣を切るアキレスも、それを迎え撃つヘクトルも、その先に待ち受けるものを知らない……

[感想]
 私は、ひと月ほど前に日本公開となった『コールドマウンテン』を“大河ドラマ”と表現したが、その表現がより相応しいのは本編のほうだろう。舞台の広大さは似たようなものだが、登場人物の数も事件の規模も、虎と猫ぐらい違う。何せあちらは背景こそアメリカ最大の内戦だが目的は主人公ふたりの愛の行方に絞られており、こちらは主要人物の道ならぬ愛がギリシア混成軍と最強の要塞都市との戦争を招く、という筋書きである。
 この時代、ギリシアで起きた事件や戦争のあらましは遺跡が証明しているが、その明確な推移は確定していない。一方で、この頃の出来事がオデュッセイアをはじめとする神話に形を変えて伝承されていることも解っている。そうしたことを踏まえて、本編は判明している大筋をなぞりながら、限られた尺の中で神話で語られているエピソードを随所に織り込んで、独自の歴史世界を構築している。
 神話をモチーフにしているが、しかしギリシア神話が一方で生々しく実に人間味に富んだ内容であることも周知のとおりで、丁寧に神話を取り混ぜた本編は、大河ドラマと呼ぶに相応しい雄々しい物語に仕立てながら、人々の動きにリアリティがある。例えば強欲なミュケナイの王アガメムノンは、弟の妻を奪った報復という名目でトロイを襲撃する。策士であるオデッセウスはアガメムノンの行動が理に適ったものでないことを解っていながら、国同士の関係を護るために戦陣に加わり、アキレスの助力を求める。そして、メネラオスはひたすらに、歓待した客によって妻を奪われたという侮辱に対して激怒している。
 だが、誰しもがそうすっきりと自らにとって割り切れる行動をしているわけではない。事件の当事者、スパルタ王の妻を略奪したトロイの王子パリスをはじめ、両国に不幸を齎すと自覚しながら彼に従う道を選んでしまったヘレン、弟の愚行を嘆きながらも彼を護り、そのために国を危機に晒さねばならない現実と葛藤するヘクトル、それに誰よりも己の存在が抱えている矛盾を自覚しながら戦場に赴く足を止めることの出来ないアキレス、という具合に、それぞれに自分の行動に疑問を覚えている様子がきっちりと描かれている。
 それぞれに微妙に立場の異なる人々が胸中で葛藤しているさまを並行しながら混乱せずに描いているから、見事な群像劇が成り立っている。それを更に助けているのが、大軍勢による戦闘場面だ。それも数に頼って迫力ばかりが際立った戦いではなく、大まかながら“戦術”が存在している。砂浜でのアキレス率いる部隊の見事な進撃、城壁際の微妙な戦況の変化、地の利を利用した奇襲作戦、そしてクライマックスの、あの有名な奇襲作戦。個々のキャラクターが引き立っているだけに、こうした戦闘シーンの完成度がより高まった。その戦いの中に身を埋める人々の心境が解っているだけに、ただ手に汗握る、という表現では足りない、胸に迫るような一幕にまで昇華されている。
 群像劇だが、その英雄性が格になっていることからも明らかなように、メインはブラッド・ピット演じるアキレスである。このために肉体改造をはじめ数年に及ぶ丹念な役作りをしてきた、というだけあって、心身共に見事な英雄像を提示している――が、この作品で彼が活きているのは、その対極にあるもうひとりの英雄・ヘクトルがしっかり立っているからだ。ギリシア混成軍の士気を左右するほどの英雄でありながらどの王にも与せず、それどころか混成軍の長であるアガメムノンを軽蔑すらしているアキレスに対して、ヘクトルは王が父であり、その王を心から尊敬し、家族とすべての国民を護ろうと国に忠実であろうとしている。あまりに多くの無慈悲な死を見届けてきたために神を崇敬せず、最初のトロイ進撃で海辺の神殿を落とすと、ヘクトルの眼前で神の像の首を叩き折ってしまったアキレスとは対照的に、信仰厚いがそれ故に信仰と自らの天分との矛盾に苦しみ続けているヘクトル――まさにある一点を軸に、同じ英雄でありながら正反対の場所に立つもうひとりの英雄がいたからこそ、アキレスは更に雄々しく、しかし人間味たっぷりに描かれている。直接対決のあとの繊細な展開が説得力を持つのも、ヘクトル=エリック・バナの演技があってこそだ。
 約2時間40分、たっぷりとドラマが詰め込まれ、飽きる暇など一秒もない出色のスペクタクル。大作はこうでないといけません。

 ……ただ、オーランド・ブルームはある意味、非常に割を食った、という気がする。悪人ながら首尾一貫した行動によって際立った存在感を見せつけたアガメムノン=ブライアン・コックスや、高潔という言葉がよく似合う王でありながら人の親らしい側面もきちんと湛えた人物を貫禄で演じきったピーター・“アラビアのロレンス”・オトゥール、そして上で挙げたような英雄たちに対して、彼の演じるパリスのしたことと言えば、両国を無用だったかも知れない戦乱の渦に巻き込み、場面場面で醜態をさらし、けっきょく最後まで望まれない活躍ばかりだった。
 実のところ、このパリスというキャラクターは、美貌と女性に対する才覚を除けば、凡人の域を出ない人物として描かれている。他の英雄たちがあまりに完成されているだけに間抜けさが際立っているだけで、実際に普通の人間があの立場に追い込まれたら、彼と同じような行動をするほかあるまい。英雄揃いの中にあって、誰よりも人間くさかったのが彼と、彼に従うというその一点だけで存在意義を与えられたヘレンだった――そういう二人が、実質的に歴史を動かし、神話に反映されるほどの伝説を作るきっかけを齎してしまった、そんな皮肉も本編のプロットには含まれているように感じる、のはちょっと穿ちすぎだろうか。

(2004/05/16・2004/10/28追記)


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