黒い物体 |
これは2002年の秋、長野県の某川での出来事である。この日は天気にも恵まれ、秋空の広がる釣り日和の1日だった。いつもの様に仕度をし、いつもの橋から入渓する。渓に降りると心地よい風が頬を撫でていく。この渓は通い慣れている為、何処に魚が付いているか大体見当が付いているので、快調に釣り上がって行く。時折いつもなら狙わないポイントにもフライを入れてみると、どうした事か今日は反応が有る。1時間程釣り上がった所に少し大きめなプールが有るが、雰囲気の割にいつもは釣果が乏しいポイントだ。しかし今日は丁寧に狙ってみる事にした。やはり今日は反応が良く、このプールだけで5匹が顔を出した。 次のポイントに移動しようと上流に目をやると、なにやら黒い物体に気付く。『なんだ?猿?猿にしては黒いし大きいな?カモシカ?』。上流を向いて立っていた奴が横を向いた時、始めて奴の正体に気付いた。その黒い物体は『熊!』だったのだ。それに気付いた瞬間に1歩も動けなくなってしまった。運良く奴はこちらの存在に気付いていない様子だ。距離も50メートル?位離れていた為、不思議と恐怖感は無かった。しばらく奴の行動を伺うことにした。1分程して奴はこちらに1度振り向き、川を渡り、山へと帰っていった。緊張の糸が切れた瞬間だった。 さすがにこれより上流には行く気になれず、車に戻る事にした。途中テンカラ師に会い先程の話をすると、地元の人らしく『去年あたりから、人里に出た熊は殺さず捕獲して、山に返してるから熊は多いよ』との事。熊もC&Rらしい・・・。それにたまげたのが、そのテンカラ師お構いなしに上流に釣り上がって行ったのである。地元人強し!しかし自分も怖いという感覚より、貴重な体験をしたという喜びに近い感覚だったのを今でも覚えている。 後日、同じポイントにビクビクしながら行ってみた。そして熊に遭遇したポイントを改めて見てみると、熊と自分の距離は20メートルも無かった事に気付き始めて恐怖で足が震えた。その時の自分の腰には熊避けの鈴がしっかり装着されていたのは言うまでも無い。おしまい。 |