松阪城 


一五八八年、蒲生氏郷が築いた城です、県史跡になっていて、作家梶井基次郎の「城のある町にて」でも有名です。
現在は公園になっていて、松阪市民は松阪城の事を単に「公園」と呼ぴます。

管理人は小学校の頃、この松阪城の真下にあるプールやグランドまでよく足を運びました。


小津さんの日記にも、たびたび出て来ます。


「桜を見に公園へ行った」

「藤を見に公園へ行った」

「公園でパンを食った」

「・・昼寝した・・」

「公園へ梅見に行って遊んだ」



小津さんの中では生まれ育った深川と同様に重要な原風景の様な気がします。
「父ありき」の上田の城で親子が語るシ−ンがありますが、あの城はまるで松阪城そのものに見えます。
実際のロケは信州、小諸でしたが・・・・。







大正七年四月五日 日記より

「妹と昼から公園に行かうと云うから行く・・・・桜は綺麗に咲く・・・」









大正十年四月二十九日 日記より

「・・・・西洋の本借りブラプラと公園に藤見に散歩に行った。・・・・」




この紫藤は通算樹齢三百数十年で松阪の名木として市民に親しまれています。




                      
鈴屋



松阪の生んだ18世紀最大の日本古典研究家 本居宣長の旧宅を松阪城に移築してあります。
旧宅2階の書斎を「鈴屋」と呼んでいます。

ちなみに本居宣長も小津一族で、本名を小津宣長と言い実家は商家でした。

本日は休日・・・中には入れず 残念。
鈴屋 遠景、芝生。


大正七年三月三一日 日記より。

「・・・公園に趣く鈴廼舎の芝生で遊ぶ・・・」 


ここら辺で遊んだんでしょうか・・・・。

なんか目に浮かびますねぇ。
歴史民族資料館



公園内にあります、大正時代は図書館になっていました。

大正七年八月十三日 日記より

「・・・図書館で昼寝した・・・・」
御城番屋敷



城下の武家屋敷跡。
この道のず〜と先あたりが小津旧宅。旧宅からは、この道通ってくるのが公園への最短コ−スか?