オーディオ書籍

アマチュアオーディオマニアが読む本が少ない。 オーディオ雑誌は未だたくさんあるが、(アナログ・フェチの私が言うのも変だが)すべて偏っているように思われる。ここ20年余り雑誌に興味が無くなりを定期的には読まなくなりました。

日本放送出版協会から出ていた書籍は([中島平太郎「ハイファイスピーカー」山本武夫「レコードプレーヤー」安部美春「テープレコーダー」等)どれも包括的で、技術者ではない文科系のオーディオマニアが読んでも爲になるものだったし、修理や改造実験(改悪?)に必要な知識を与えてくれた。 「初歩のラジオ/電波科学」も当時、啓蒙的な雑誌だった。 

いま総括的な啓蒙書がない。現在、ハード系のオーディオ誌に見る自作記事では玉石でもあるまいに寡少高価な真空管を使った管球アンプや特殊な石のアンプ製作記事に偏っていて、昔の啓蒙の心が失われたように思われる。 現在進行形のOPアンプなどはメーカーは採用しても、製作記事にはあまり出てこない(安いから?または、すぐ古くなるから?)。 

私はこれらのオーディオ誌がなくなるのではないかと心配している。半世紀前と変わらず「何々で聴く何々」「珍しい物・高いもの(flagship)が素晴らしい」のような陳腐な手法(snob appeal)で読者を惹く:それらがオーディオという趣味をsnobbyなものに変えてしまったと感じます。オーディオ機器をスポーツカーに例えたり、自慢ではないがといって骨董品を自慢する人や何か特別なことを自分ではやっていると思い込んでいる人など大木こだま師匠なら「そんな奴おれへんやろ〜」(北摂弁)といわれそうな人がオーディオの世界には大勢います(古いゴミのような情報を集めている私を棚に挙げて)。マスコミや雑誌の無責任な<アナログレコードの復権>だとかに踊らされて、アナログレコードに未来があるように妄想し、ドイツのカッテング会社に研修に行き日本に帰ってから私にレコードの現状を尋ねた若い人など。。。気味悪いカメラ目線の評論家や読者の紹介写真、斜に構えた態度など、何か異質なものをずっと感じていましたが、日本を良く知る外人とメールしていた時、SNOBという言葉が出てきましたーソレダとハタと気が付きました。自分では違うと思っているところもSNOBです。日本だけでなく外国のオーディオマニアも似たり寄ったりです。引きこもりの私は彼らと接触するのを成る丈避けています。The Snob Appeal宣伝手法については    thevisualcommunicationguy.com/2017/10/05/snob-appeal-advertising/  で明確に定義されています。そこにpamperという単語が2回使われているのが印象的でした。読者を甘やかす・(考えさせず)分かった気持ちにさせるのが雑誌の役目なんでしょうか。sootheは知っていましたが”パンパース"で有名なpamperという単語は知りませんでした。

ステレオサウンド社の季刊HI-FI STEREO GUIDE 1976 & 1984 (バブル以降YEAR BOOKと言って年刊になった)を愛読している。特に1976年版にはスペックの読み方から説明してあり大変爲になる。 1984年版は紙質が落ちたがアナログ機器の最後のあだ花が賑々しくCDP初期の製品もあって面白い。これらは神保町の古書街を廻って見つけた。 装丁は1980年頃1992年頃の2回の変更があり、1970年代の装丁が一番良い(紙質もデザインも)。現在では考えられないほどの機種の多さで、若い人や外国人に日本のカートリッジの種類がカタログ上300種類程あったといっても信じてもらえません(OEMや特殊モデルも含めると更に多かった)。以下は1976年と1984年のステレオガイドに掲載されたレコード再生機種数です。各数字は海外モデルを含みますが、大まかに言うと日本対海外3:1の比率です。+が付いているのは追録。1984年版でオーディオテクニカのカートリッジだけで30種以上あるのは確かに異常で、本当に売れたのは数機種でしょう(売れなかったのは海外向けに回した?)。MCカートリッジの昇圧についてはトランス主体からヘッドアンプへの移行など、各時代の傾向もうかがえます。

Year & volume number Phono Cartridge Step-up Transformer/Headamp Record Player System Tone Arm Phonomotor/Turntable without arm
1976  Vol.4 239 17 (内Head Ampは4種) 155+2 69 28+1
1984 Vol.20 421+2 88(Head Ampは約30種) 149 73 46

以前は伊藤 毅著「音響工学原論」がネット公開されていました。初版は1955年で第10版が1974年で最終のものは1980年にコロナ社から出版されていたらしい。第7章「電気音響機器」の後半(7・5録音機器)がレコードに関係する部分です。雑誌の記事よりも骨があり為になります。7・6立体音響再生 584-585頁には1933年にベル研究所が行ったPhiladelphia-Washington間3経路同時中継の大実験の記述があります。AESのオーディオ年表(1877-1999) http://www.aes.org/aeshc/docs/audio.history.timeline.html では次のように記されています:"in 1933 Snow, Fletcher, and Steinberg at Bell Labs transmit the first inter-city stereo audio program".

1経路では<音源位置の横方向の識別はできないが、奥行きは音の大きさや残響の多少によっていくらか感知することができ
2経路では<音源位置の横方向の識別はかなり良くできるが、奥行きは余り良く区別ができず
3経路では<中央部が埋められることによって横方向も奥行きもよく識別できるようになる
4経路以上にしても<3経路の場合より著しく改善されるところがない
と基本的な特性について述べられています(585頁)。2経路のステレオでは音場の再生は不十分なことになりますが、多チャンネルミックスダウン(ミキシング・編集・音作り)などによってあたかも立体音場が再構築されるような錯覚を生み出すようにするのが2経路のステレオの実体なのでしょうか?
個人的な感想と体験:CDではセパレーションが良すぎて左右位置ばかりが強調され楽器や人が芝居の書割のように並んで実体感(厚みや奥行き)が感じられないことがあります(後ろに回ると何も無いカーテン幕上の展開)。私はそれを避けるため2つのスピーカシステムを同時に鳴らして(位相をあえて乱し)レコード同様の実体感を得る試みをしていますー恐らく邪道でしょうが。。。横に並んだ目で立体に見える理由は実は人体が微動しているからだという説があります。ステレオカメラで撮った写真画像を覗き眼鏡を通して見るとリアルですが正に書割り状態に見えます(目玉および顔を左右できないからでしょうね)。何が芸術上のリアルなのか?

早稲田大学の伊藤毅先生(1918-1999)はデンオンのテストレコードの監修やレコードのJIS規格S-8502(1973)の編纂にも参加されていました。1969年音響機器のJIS制定普及につき通商産業大臣表彰されていました。ハード面だけの研究にとどまらず、作曲も試みられていたそうです。

RCAのHarry F. Olson氏もUS特許3118977(1963)で"improved stereophonic disc-record phonograph"と称してMulti-groove stereophonic sound recording and reproducing systemを発表しました。2経路よりも3又は4チャンネルの方がリアリズムがある=豊かな空間表現が出来るそうです。直接音(direct sound)と反射した間接音(reflected sound)をそれぞれステレオ再生する試みで2x2として後の4チャンネル・サラウンドシステムにつながる試みでした。

ネット上のアーカイブでは安直な2次的な情報ではなく、オリジナル文書も幾つか拾うことができます。1934年の"Electrical Engineering"からSYMPOSIUM ON AUDITORY PERSPECTIVEのリプリントがあり、Harvey Fletcherの聴感限界分布研究やベル研究所が行った立体音響伝送実験報告を含む音響科学の記念碑的な文書を読むことができます。

http://www.aes.org/aeshc/docs/bell.labs/auditoryperspective.pdf

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参考図書

一部が絶版になっています。

  1. 山本武夫「レコードプレーヤ」(日本放送出版協会1971)。この本の内容が私のページの大部分を占めています。20年ほど前は歪の図を眺めて<そんなに惨くは無いだろう>と高をくくっていましたー私は自分でも確認しないと信用しない性癖があります。近年エクセルなどでシミュレーションできるようになったのでやってみると同じ結果になっていました。山本武夫氏が2008年に亡くなったのは(日本ビクター出身の鈴木弘明氏による)AESの死亡記事で知りました。
  2. Harry F. Olson著"MUSIC, PHYSICS and ENGINEERING" Second Edition (Dover Publications 1967)。初版のタイトルはMUSICAL ENGINEERING (McGraw-Hill Book Company 1952)。古いものですがその基礎研究は古くなっていません。というより他の本はこの種本の内容を敷衍反復しているにすぎないように思えます。
  3. 加銅鉄平・山川正光 共著「オーディオデータ便利帳」(誠文堂新光社1998)。デシベルの早見表やノモグラフなどは参照します。
  4. 山川正光「レコードプレーヤー百年史」(誠文堂新光社1996)。広く浅く一般的な読み物です。
  5. Frank Wonneberg: Das "Vinyl-Lexikon" 副題"Wahrheit und Legende des Schallplatte. Fachbegriffe, Sammlerlatein und Praxistips" (Schwarzkopf & Schwarzkopf 2000)。主なレーベル、再生機器のメーカー、使用上のいろいろなTipsなど1000項目を超える読み物として面白い<レコード事典>。 レコード製作過程や技術的な記述もある。 60頁以上レーベルの白黒写真が載っている。 Wonnebergは同じ出版社から<Labelkunde Vinyl>レーベルカラー写真を多数含む大作を2004年出版予定だったが延び延びになっている(版サイズの変更や写真の増量で遅れ2008年ついに出版)。
  6. DIN-Taschenbuch "Phonotechnik" (Beuth Verlag 1991)。現在有効なIEC 98(=現在のコード番号IEC-60098)と同内容のDIN規格他、コンパクトディスク(DIN IEC 908)も含めレコードに関連するDIN規格がまとめられている便利なハンドブックです。
  7. JIS規格とIEC規格のコピーを幾つか入手しましたが、LP時代において最重要な文書はモノラル時代のIEC98(1958年)です。後にステレオレコードを取り入れTranscription Recordを排除した1964年改定第2版。SPを排除した1987年改定第3版が最終版(現在のコード番号60098)です。
  8. 日本オーディオ協会編 「オーディオ資料'75」。当時の各種オーディオ規格(JIS・EIAJ・日本レコード協会・磁気テープ工業会)をまとめた本です。レコード盤の規格JIS S8502-1973が含まれていました。市場で混乱していた4チャンネルについては:EIAJはCP-302<4チャンネルステレオ機器に用いる色別>*註、CP-303<4チャンネル方式の音圧分布の測定方法および表示方法>ならびに<「CD-4」 4チャンネルディスクリートレコード再生方式>を制定(1972-73)。一方、日本レコード協会は3つ(RM=Regular Matrix, SQ Matrix and CD-4)に整理して日本レコード協会技術部会規格として1972年作成し解説しています。ところが1970年代後半にはすでに4チャンネルブームの山は去って終息に向かっていました。

    註: <4チャンネルステレオ機器に用いる色別>とは各チャンネルの線材の色コードです。各チャンネルの呼び名はChannel 1 L Front, Channel 2 L Back, Channel 3 R Front, Channel 4 R Backとするのが通例でした。

        各チャンネルが共通の接地の場合は5色による色別:LF 白/LB 黄/RF 赤/RB 茶/接地 緑と黄の縞模様または黒または無着色

        各チャンネルの正負を区別する必要がある場合は9色による色別:LF+ 白/LF- 青/LB+ 黄/LB- 灰/RF+ 赤/RF- 緑/RB+ 茶/RB- 紫/接地 緑と黄の縞模様または黒または無着色

    中古のレコードに挟まってSQ方式を解説したリーフレットを見つけました。それを見るにはここをクリックください。CD-4と同様に2チャンネルステレオとの互換性を説いていますが信用できません。

    山水電気のQSもありました。そのシンセサイザー兼デコーダーQSD-2のファンクション説明にある<4ディスクリートサウンド>はCompatible Discrete 4(CD-4)を意識した表現ですがQSの中身はRM matrix方式と同等とされています。クイーンの「オペラ座の夜」P-10075Eとオベーション社のQSテストレコード「SECTOR 4」も1976年当時デモ用に紹介されていました。LP「オペラ座の夜」は通常のステレオ盤だったと思うのですが、それをSURROUNDのポジションで聞くと<音の洪水>が聞こえたとのことです。Vario-Matrix回路は位相分別用IC(HA1327)とコントロールIC(HD3103P)とマトリックス用IC(HA1328)の3種類で構成されています。Vario-Matrixの内容は幾つかの特許の複合技術のようで山水電気による米国特許3982069の中に”vario-matrix decoder which produces four-channel output signals while varying combining ratios of input composite signals in accordance with instantaneous amplitude relationship between the directional audio input signals in the input composite signals to be decoded”の文言があります。セパレーションが良すぎるとかえって不自然な音になるので別の特許3952157では"A matrix four-channel decoding system wherein the mixing coefficients or mixing ratios of left and right composite signals of medium frequency range are continuously changed in accordance with the level conditions of directional audio input signals contained in the composite signals and the mixing coefficients or mixing ratios of the left and right composite signals of low and high frequency ranges are substantially fixed, thereby attaining the more natural four-channel reproduction."と述べており製品のセパレーションも対向チャンネル30dB隣接チャンネル20dBに抑えているそうです。これらの技術は後のDolby Systemにも引き継がれています(例えば4799260-1988 invented by Mandel etc and assigned to Dolby Laboratories Licensing Corporation: Variable Matrix Decoder)。

    CD-4の概念図:CD-4の録音特性は20kHz(実際には15kHz程度)まではRIAA録音特性、被変調信号20kHz-45kHzは定速度振幅録音特性(搬送波30kHzの基準レベル35.4mm/s)を基本として信号遅延補償や雑音除去補正を加える。45kHzまでの信号を刻むためにハーフスピードカッティングなど特殊技術を駆使し、再生針にはシバタ針など45kHzまでの再生能力を要求するものでした(普通の丸針では高域再生ロスが生じるのでサブキャリアを正確に再現できない)。優秀なカートリッジでも20kHzのセパレーションが20dBを達成することが困難なので音質的には満足のできるものではなかった。通常のステレオ溝自体のセパレーションでさえ50Hz以下低域と10kHz以上高域では30dBを達成することが難しい(カッターのMFBの制限など機械的な理由によるものらしい)。

    同じdiscrete 4チャンネルでも日本コロムビアはUD−4と称していたそうです。イリノイ大学のCooper博士と日本コロムビアの技師によるクロストークと位相特性を改善した米国特許3989903−1976(日本特許出願 昭48-52077:特許番号1038313)もありましたが、「時すでに遅し」で4チャンネルブームは終わっていました。Cooper氏は米国特許3985978−1976Method and apparatus for control of FM beat distortion(日本特許出願 昭48-52075:特許番号1029887)にてUM-system (Universal Matrix System=UMX)を提唱しました。

    米国のレコードカタログSchwann1973年12月号にはBert Whyteによる特別寄稿「Quadraphonic Sound Comes of Age」(4チャンネルサウンドの円熟期)が上質紙にカラープリントで載っていました。Bert Whyte(1920−1994)はMGMやRCAのレコーディングだけでなくHarry Belockと共にEverest Recordsを立ち上げ、Audio Magazineの副編集長でもありました。その文章には渦中の熱気が感じられます。米国ではRCAが採用したJVCのCD-4は当初1/3のスピードでしか30kHzのsubcarrierを満足にカッティングできなかったが、「最近ハーフスピードカッティング(16 2/3rpm)できるようになり低域の特性と全域の録音レベルが改善された」とあります。カタログにはハリウッドの舞台や鉄道列車の音などステレオの左右だけでなく奥行も表現できる4チャンネル音源が紹介されていました。4チャンネルの種類について次の文言がありました: For discs, there are 3 "matrix" systems (i.e. the encoding of front and rear channel information into the 2 walls of the standard stereo groove) among the labels listed below. These were developed by Columbia (SQ), Electro-Voice (EV), and Sansui (QS). Quadradisc (RCA) is a "discrete" system, with rear channel information superimposed as a carrier signal on the walls of the groove... All disc systems are compatible: that is, all quadraphonic discs will produce satisfactory 2-channel results on a conventional stereo phonograph with a standard stereo cartridge. Quad 8 tapes are in cartridge format, but have 4 discrete channels and must be played on special equipment: they are not compatible with standard 8-track cartridge tapes.当初CBSとEVはScheiber氏から特許使用を許可されレコードを製作したそうです。山水はレコードを作らなかったが、通常のステレオソースまでも4チャンネル再生できる機器を開発することで新境地を開きました(この再生法を楽しむ人は今でも居られるようですー至って健全で真っ当な楽しみ方だと思います)。

  9. 「長岡鉄男の日本オーディオ史 1950-82」(音楽之友社1993)とその続編「長岡鉄男の日本オーディオ史 アナログからデジタルへ」(音楽之友社1994)。彼一流の切り口で古いチラシ・カタログなど古い資料を紹介しながら、オーディオ機器の変遷からみた文化史になっています。鑑定団に登場する屑紙の収集家を思い出しました。価値はその道の人にしか分からない。その道が世間的に認知確立されていなければただの紙くずーそれでよいのだと思います。私はPSE付の「新しいごみ」を集めないようにしています。普通のオーディオマニアには「録音機能はいらない」とか、4チャンネル時代の混乱と後のサラウンドの関係などについての興味深い示唆もあります。4チャンネルの失敗は技術的な面よりも、録音側のホールエコーの処理や再生側Rear Speakerの配置・音量・位相などの問題の方が大きく、現在も解決されていない課題のように思えます(一方向からのごり押しの解決はできない)。映画の臨場感(ドルビーサラウンドシステム)と音楽の臨場感を同じに考えてよいのかも疑問です。現在ではビジュアルを入れない音楽鑑賞オンリーは少数派で偏狭なオーディオマニアということか?偏狭とマニアとは切り離せないものとも思われるのですが。。。モノラルの時代60年そしてステレオの時代60年、次はサラウンドもしくはsound mappingによる多チャンネルの時代と叫ばれていますが果たしてどうなるか?私には部屋などの関係からインターフェースで脳のシナプスに直接繋げる生体再生(現在の妥協案としてはサラウンドチェア)の方が普及実現性が高いと思います。4チャンネルでもうざかったのに多数のスピーカーを個人の部屋に点在して置くなど考えられません。オーディオ機器メーカーは個人の部屋を映画館や視聴室にしたいのでしょうか? オーディオマニアの中にはメーカーの目論見通りに考える人もいます。一方で私は生活の中の音楽を目指します。つまりオーディオは人それぞれ。ステレオ初期にモノラルが十分再生できていないのにステレオなんて、といわれたことがありました。サラウンドもリア・スピーカの小型軽量化や天井から吊るす方法などに工夫があれば一般化し広い部屋の中心で音楽を楽しむ?時代が来るのかも知れません。現状のサウンドマッピングは真の立体3次元ではない特殊なものなので視聴範囲が限定されているようです。 

  10. David L. Morton Jr.: SOUND RECORDING (First published in 2004 and its paperback edition in 2006). エジソンやベルリナー以前の黎明期から始まって、Phonographの誕生や電話通信やトーキーや磁気録音の発展(パリ万博のV. PoulsenによるTelegraphone)を含めハイファイの登場やLP時代以降現在のオンライン音楽やコピー問題にいたる録音技術発展の歴史(個々の技術が如何に発明され、どのように受け入れられ発展し、そして終息し次のフォーマットや技術に変容したか)がアメリカの社会的背景の中で叙述されています。従って”The Life Story of a Technology”の副題が付けられています。

  11. 井上敏也監修「レコードとレコード・プレーヤ」(ラジオ技術社1979)。日本ビクターの「設計の現場にたずさわっている技術者を動員して」まとめた本です。私のHPの読者からコピーを頂きました(HPを開いていて良かったと思う瞬間でした)ーこの古本の扉にはソニー芝浦図書室の受け入れスタンプ(1979.12-3)が押されソニー中央研究所により廃棄処分を受けた形跡があります。等価回路やシミュレーションについては山本氏のものと同様ですが、より設計現場に即した機器の詳細分析が盛り込まれています。山本氏の本もこの本も音の物理的性質から説き始めていますーどうもこの叙述法はP.Wilson & G.W.Webb共著の「Modern Gramophones and Electrical Reproducers」(1929)に範を採っているように思えます。因みに2014年ジャン平賀氏から1957年発行のP.Wilson著THE GRAMOPHONE HANDBOOKに続き、より貴重な1929年本もプレゼントされましたー有り難いことです。記念碑的な1929年本を抄訳した日本のHPがあったのですが現在見当たりません。オーディオ趣味に限って言うと私は天恵を受けていると感じます:見ず知らずの人から珍しいカートリッジやテストレコードや希少本を無償で贈呈されたり、人に頼まれて資料を探していたら私自身が求めていた別の資料を発見したり、心に引っかかっていた疑問が読者の質問で解けたりしたことが度々ありました。真心から「求めよ、さらば与えられん」は真実なんですね。私は信心家ではありませんが、何かに守られている、導かれていると感じる時があります。教えることより私が教えられることが多いのですー逆に言うと私に関っても碌なことは得られません。それでもメールアドレスを公開していることもあって年に数回奇妙なメールが舞い込みます。内容はそれぞれ思い込みの激しい人からで、HP に載せる為の邦文カタログの翻訳依頼や資料依頼、米国の針関係で裏事情を知っていていずれ本に書くので誰にも話すなというゴシップにすぎない長話、教えても物にならないと思われる人物から日本の針の供給先を教えろという依頼、世界のアナログ製品を網羅記述するプロジェクトを提示し協力を求める人等。お門違いや噴飯ものが多いですが、私のページも大して変わらないので他人のことは言えないですね。古いカタログや広告や特許文書の翻訳では後に自分の資料になったものもあります。私のページの製作上の秘訣はpublic domainの特許文書を見つけたことにあります。雑誌やカタログや広告やレコードのジャケット等は本来著作権で保護されていますが、持っている人は無制限に使えると(知らずか或いは意図的に)誤解しています。最近は有料会員制のホームページが多く見られるようになりました。無料では「やってられない」と感じるのか、とても残念なことです。いくら興味深いサイトでも一定の群れ(Group)に属したくない私がいます。2チャンネルの投稿は玉石混交(brainstorming)で砂浜で玉を見つけることができない人にはどれも石にしか見えない。流れに関係なく唐突に場違いな真実が語られることが多いので、パズルを解くように後々あれのことかと分かったこともあり、その理解内容は私のページに一部取り込んでいます。

  12. 広い視野に立った本も重要です。レコードあれこれのページで紹介した図解音楽事典[白水社1989]は音楽史、音響心理学、解剖生理学、楽器など広い範囲を体系的に概説した本で、各専門書数冊分に相当するほど内容が詰め込まれており、「音大学生が他の本を読まなくなくてすむ(困る)」とドイツ本国では書評されています。

  13. ジャン平賀氏から紹介されたSeashoreのIn Search Of Beauty In Music - A Scientific Approach To Musical Esthetics (1947年初版)もまだ読み始めたばかりですが、音楽美についての広範な記述は今でも例が無く度々再版されており、私は2007年のpaperbackを入手しました。このpaperbackは印刷の質が悪く、新たに活版せずに既存の本をコピーしたもののようで、誰かの手書きのアンダーラインやドットが散見されます。この手の安物の本は初めてで驚きました。本もコピーの時代になったのかなぁ。この本は音楽美について多方面から論及していますが録音・編集・再生における是非(所謂オーディオ的なもの)についての言及は一言もありません。ただ188頁の一節に心惹かれました:"Differential hearing. It is a well-established fact that, in an average audience of intelligent people, some may be particularly sensitive to any one of the four attributes (pitch, intensity, time, and timbre), and at the same time be relatively insensitive to any one or more of these four basic capacities. The result is that each person hears music according to the peculiarity of his own ear..." 耳で聞くのではなく脳を介して聞いているのですから当たり前といえばそれまで。

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自ら注意すべきこと:古い記事を頼りに纏めた本や情報は間違いを繰り返すこと(REPRINT・REPEAT)で正しい事のように見えたりする場合があります。又、時を隔て(当時では当たり前の)事柄を曲解して伝えたり・時期の入れ替え・不適用のものにまで拡大適用してしまうことなどもあります。原テキストにかえって読むことが必要ですーその作業で自ら幾つか再発見したこともありますが、やはり自分の記事にも<不正確な記事>や<間違った理解>が含まれているのを恐れます。知識を詰め込むよりも理解力を高めた方が良いと思いますが、私の場合は過去の知識を頼りに理解力を養っている状態です。私は特許文書や論文のハイライトではなくその伏線に興味深い内容やヒントを発見することがよくあります。私が理解できない場合の要素:これは私自身の拙い文章にも当てはまります。

  1. 文章表現に問題があり、通常の用語とは別の定義で使われている(狭いグループで使われている用語≠学問的専門用語)。用語がほどんど定義されることなくボンヤリと各人で別様に理解されていることが多い。一体何を指しているのか仲間内でしか理解されず(暗黙の了解≠理解)、しかもその理解内容は各人各様。<ビニール焼け>や<太い低音>や<音場/sound stage>などの類。全くの部外者の無知よりも半可通の思い込み(彼等にとっての常識)の方が往々にして質(たち)が悪く、繰り返された誤解や誤認を解くことは困難。常に新たに考え直す姿勢が大事だと思います。 自分で考えるということは、ネットや雑誌から意見を収集(compilation)しその中から自分に都合の良い意見を選択することとは違います。意見の内容を追思考し吟味することが必要です。追思考を伴わない意見(コピペや引用)は例え結論として正しくても私は重要視しません。正解でなくとも追思考を伴った意見や筋道を私は尊重するようにしています。WIKIPEDIAや検索は便利ですが、それで分かったつもりになる・満足してしまう人が多いと感じます(WIKIPEDIAにはかなり怪しい記述が見受けられます)。便利なものに頼りすぎると人間そのものの知力・体力が劣化するように思います。逆に言うと劣化した人間の能力を補佐・拡張する簡便なものが発明と呼ばれます。思い込み又は繰り返される誤認を私はshould-be biasと名付けています。でも世の中って半分はそのような仮想で成り立っているのが現実だと思います。私も例外ではありません。

  2. 表現者自身が良く内容を理解していない(適切な表現をしていない)。

  3. 発言の背景(時代を含めた条件)を無視して、一部の言葉尻だけ捕らえると誤解を生む原因になります。発言者は承知のことでも聞いただけの者には発言の背景<限定要素>を想像し理解できる人はそう多くは居ません。

  4. 引用する場合は特に、オリジナルの文脈から切り離して自分の文章に繋げると引用文が全く反対の意味を持つ(誤解を生む)危険があります。なので<引用も個人的な理解の内>とトップページでは申しました。安直な引用を残念に思うことが度々です(自分のことは棚に上げて)。引用者は引用によって(自ら具体的に説明しないで)他人に委ねることをしますが、その他人がどういう背景でその発言をしたかを考える人は少ないと感じます。「高名な人」とその「一節」を無思慮に結びつけるのは正しくない(ゴシップにすぎない)のですが。。。

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