オーディオ書籍

アマチュアオーディオマニアが読む本が少ない。 オーディオ雑誌は未だたくさんあるが、(アナログ・フェチの私が言うのも変だが)すべて偏っているように思われる。ここ20年余り商業雑誌に興味が無くなり定期的には読まなくなりました。[雑誌の目的は書き手と読者を共に甘やかすことpamperにあるようです]

日本放送出版協会から出ていた書籍は([中島平太郎「ハイファイスピーカー」山本武夫「レコードプレーヤー」安部美春「テープレコーダー」等)どれも包括的で、技術者ではない文科系のオーディオマニアが読んでも爲になるものだったし、修理や改造実験(改悪?)に必要な知識を与えてくれた。 「初歩のラジオ/電波科学」も当時、啓蒙的な雑誌だった。 

いま総括的な啓蒙書がない。現在、ハード系のオーディオ誌に見る自作記事では玉石でもあるまいに寡少高価な真空管を使った管球アンプや特殊な石のアンプ製作記事に偏っていて、昔の啓蒙の心が失われたように思われる。 現在進行形のOPアンプなどはメーカーは採用しても、製作記事にはあまり出てこない(安いから?または、すぐ古くなるから?)。 

私はこれらのオーディオ誌がなくなるのではないかと心配している。半世紀前と変わらず「何々で聴く何々」「珍しい物・高いもの(flagship)が素晴らしい」のような陳腐な手法(snob appeal)で読者を惹く:それらがオーディオという趣味をsnobbyなものに変えてしまったと感じます。オーディオ機器をスポーツカーに例えたり、自慢ではないがといって骨董品を自慢する人や何か特別なことを自分ではやっていると思い込んでいる人など大木こだま師匠なら「そんな奴おれへんやろ~」(北摂弁)といわれそうな人がオーディオの世界には大勢います(古いゴミのような情報を集めている私を棚に挙げて)。マスコミや雑誌の無責任な<アナログレコードの復権>だとかに踊らされて、アナログレコードに未来があるように妄想し、ドイツのカッティング会社に研修に行き日本に帰ってから私にレコードの現状を尋ねた若い人など。。。商業写真の陳腐な手法による気味悪いカメラ目線の評論家や読者の紹介写真、斜に構えた態度など、何か異質なものをずっと感じていましたが、日本を良く知る外人とメールしていた時、SNOBという言葉が出てきましたーソレダとハタと気が付きました。自分では違うと思っているところもSNOBです。日本だけでなく外国のオーディオマニアも似たり寄ったりです。引きこもりの私は彼らと接触するのを成る丈避けています。音楽を楽しむのではなくて特定の機械を愛好する人々。One holds what one hasということか。

ステレオサウンド社の季刊HI-FI STEREO GUIDE 1976 & 1984 (バブル以降YEAR BOOKと言って年刊になった)を愛読している。特に1976年版にはスペックの読み方から説明してあり爲になる。沢村亨(後の筆名沢村とおる)氏による解説でした。 1984年版は紙質が落ちたがアナログ機器の最後のあだ花が賑々しくCDP初期の製品もあって面白い。これらは神保町の古書街を廻って見つけた。 装丁は1980年頃1992年頃の2回の変更があり、1970年代の装丁が一番良い(紙質もデザインも)。 現在では考えられないほどの機種の多さで、若い人や外国人に日本のカートリッジの種類がカタログ上300種類程あったといっても信じてもらえません(OEMや特殊モデルも含めると更に多かった)。以下は1976年と1984年のステレオガイドに掲載されたレコード再生機種数です。各数字は海外モデルを含みますが、大まかに言うと日本対海外3:1の比率です。+が付いているのは追録。1984年版でオーディオテクニカのカートリッジだけで30種以上あるのは確かに異常で、本当に売れたのは数機種でしょう(売れなかったのは海外向けに回した?)。MCカートリッジの昇圧についてはトランス主体からヘッドアンプへの移行など、各時代の傾向もうかがえます。

Year & volume number Phono Cartridge Step-up Transformer/Headamp Record Player System Tone Arm Phonomotor/Turntable without arm
1976  Vol.4 239 17 (内Head Ampは4種) 155+2 69 28+1
1984 Vol.20 421+2 88(Head Ampは約30種) 149 73 46

以前は伊藤 毅著「音響工学原論」がネット公開されていました。初版は1955年で第10版が1974年で最終のものは1980年にコロナ社から出版されていたらしい。第7章「電気音響機器」の後半(7・5録音機器)がレコードに関係する部分です。雑誌の記事よりも骨があり為になります。7・6立体音響再生 584-585頁には1933年にベル研究所が行ったPhiladelphia-Washington間3経路同時中継の大実験の記述があります。

1経路では<音源位置の横方向の識別はできないが、奥行きは音の大きさや残響の多少によっていくらか感知することができ>
2経路では<音源位置の横方向の識別はかなり良くできるが、奥行きは余り良く区別ができず>
3経路では<中央部が埋められることによって横方向も奥行きもよく識別できるようになる>
4経路以上にしても<3経路の場合より著しく改善されるところがない>
と基本的な特性について述べられています(585頁)。2経路のステレオでは音場の再生は不十分なことになりますが、多チャンネルミックスダウン(ミキシング・編集・音作り)などによってあたかも立体音場が再構築されるような錯覚を生み出すようにするのが2経路のステレオの実体なのでしょうか? スクリーンのような面が2次元で立体は奥行きのある3次元です。

早稲田大学の伊藤毅先生(1918-1999)はデンオンのテストレコードの監修やレコードのJIS規格S-8502(1973)の編纂にも参加されていました。1969年音響機器のJIS制定普及につき通商産業大臣表彰されていました。ハード面だけの研究にとどまらず、作曲も試みられていたそうです。

RCAのHarry F. Olson氏もUS特許3118977(1963)で"improved stereophonic disc-record phonograph"と称してMulti-groove stereophonic sound recording and reproducing systemを発表しました。2経路よりも3又は4チャンネルの方がリアリズムがある=豊かな空間表現が出来るそうです。直接音(direct sound)と反射した間接音(reflected sound)をそれぞれステレオ再生する試みで2x2として後の4チャンネル・サラウンドシステムにつながる試みでした。

ネット上のアーカイブでは安直な2次的な情報ではなく、オリジナル文書も幾つか拾うことができます。1934年のSYMPOSIUM ON AUDITORY PERSPECTIVEのリプリントがあり、Harvey Fletcherの聴感限界分布研究やベル研究所が行った立体音響伝送実験報告を含む音響科学の記念碑的な文書を読むことができます。

http://www.aes.org/aeshc/docs/bell.labs/auditoryperspective.pdf

近年、英米の希少本が無償でダウンロードできるサイトが増えたことを喜んでいます。一方日本は趣味・文化の面でもデータベース化が遅れているように感じます。日本でフィルムセンターが立ち上がった1970年には既に多くの無声映画のフィルムが消滅・散逸していました。近年日本でも古い本の閲覧が可能になり(国立国会図書館デジタルコレクション)柳田国男の山嶋民譚集(創元社出版1942年再版)を読むことができました(その最初の論考「河童駒引」に興味があったからです)。古人の心の歴史として伝説や説話を読んでいます。物理的な特異性を古人は超自然的なものと結び付けた。例えば、馬から下りて引いて登るしかない谷戸地形や峠道→其の起点に崇敬された寺社があり下乗の礼をとらずに乗打ちしようとすると馬が進まない→神仏の霊威で進まないと感じた(山嶋民譚集P.77馬上咎メ)。昔は寺社の前に繋ぎ石や下乗の立て札があった。寺社の前をビュンビュン車が通りすぎる現在では発想しえないことです(乗打という言葉を初めて知りました)。
「ある事象」と「そう思う理由」の間には乖離があります。対象の性質よりも心の性質(心持)による事が多いのです。


参考図書

一部が絶版になっています。推奨する図書は1と2です。疑問があると関連個所を精読しそれぞれ回答を再発見することが度々です。

  1. 山本武夫「レコードプレーヤ」(日本放送出版協会1971)。この本の内容が私のページの大部分を占めています。以前は歪の図を眺めて<そんなに惨くは無いだろう>と高をくくっていましたー私は自分でも確認しないと信用しない性癖があります。エクセルなどでシミュレーションできるようになったのでやってみると同じ結果になっていました。我々は歪に対してある程度まで鈍感なのが現実なのですが歪の数字を見て感知できるとハズと思い込んでいる人がいます。山本武夫氏が2008年に亡くなったのは(日本ビクター出身の鈴木弘明氏による)AESの死亡記事で知りました。因みにAESの死亡記事一覧は20世紀後半のオーディオの巨人たちの総括とも言えます。
  2. Harry F. Olson著"MUSIC, PHYSICS and ENGINEERING" Second Edition (Dover Publications 1967)。初版のタイトルはMUSICAL ENGINEERING (McGraw-Hill Book Company 1952)。古いものですがその基礎研究は古くなっていません。特徴的なのは当時最新の研究だけでなく古い研究も参照し積層的に記述しているところです。
  3. 加銅鉄平・山川正光 共著「オーディオデータ便利帳」(誠文堂新光社1998)。
  4. 山川正光「レコードプレーヤー百年史」(誠文堂新光社1996)。広く浅く一般的な読み物です。
  5. Frank Wonneberg: Das "Vinyl-Lexikon" 副題"Wahrheit und Legende des Schallplatte. Fachbegriffe, Sammlerlatein und Praxistips" (Schwarzkopf & Schwarzkopf 2000)。主なレーベル、再生機器のメーカー、使用上のいろいろなTipsなど1000項目を超える読み物として面白い<レコード事典>。 レコード製作過程や技術的な記述もある。 60頁以上レーベルの白黒写真が載っている。 Wonnebergは同じ出版社から<Labelkunde Vinyl>レーベルカラー写真を多数含む大作を2004年出版予定だったが延び延びになっている(版サイズの変更や写真の増量で遅れ2008年ついに出版)。
  6. DIN-Taschenbuch "Phonotechnik" (Beuth Verlag 1991)。1987年のIEC 98(=現在のコード番号IEC-60098)と同内容のDIN規格他、コンパクトディスク(DIN IEC 908)も含めレコードに関連するDIN規格がまとめたハンドブックです。
  7. JIS規格とIEC規格のコピーを幾つか入手しましたが、LP時代において最重要な文書はモノラル時代のIEC98(1958年)です。後にステレオレコードを取り入れTranscription Recordを排除した1964年改定第2版。SPを排除した1987年改定第3版が最終版(現在のコード番号60098)です。
  8. 日本オーディオ協会編 「オーディオ資料'75」。当時の各種オーディオ規格(JIS・EIAJ・日本レコード協会・磁気テープ工業会)をまとめた本です。レコード盤の規格JIS S8502-1973が含まれていました。市場で混乱していた4チャンネルについては:EIAJはCP-302<4チャンネルステレオ機器に用いる色別>*註、CP-303<4チャンネル方式の音圧分布の測定方法および表示方法>ならびに<「CD-4」 4チャンネルディスクリートレコード再生方式>を制定(1972-73)。一方、日本レコード協会は3つ(RM=Regular Matrix, SQ Matrix and CD-4)に整理して日本レコード協会技術部会規格として1972年作成し解説しています。ところが1970年代後半にはすでに4チャンネルブームの山は去って終息に向かっていました。

    註: <4チャンネルステレオ機器に用いる色別>とは各チャンネルの線材の色コードです。各チャンネルの呼び名はChannel 1 L Front, Channel 2 L Back, Channel 3 R Front, Channel 4 R Backとするのが通例でした。

        各チャンネルが共通の接地の場合は5色による色別:LF 白/LB 黄/RF 赤/RB 茶/接地 緑と黄の縞模様または黒または無着色

        各チャンネルの正負を区別する必要がある場合は9色による色別:LF+ 白/LF- 青/LB+ 黄/LB- 灰/RF+ 赤/RF- 緑/RB+ 茶/RB- 紫/接地 緑と黄の縞模様または黒または無着色

    中古のレコードに挟まってSQ方式を解説したリーフレットを見つけました。それを見るにはここをクリックください。CD-4と同様に2チャンネルステレオとの互換性を説いていますが信用できません。

    山水電気のQSもありました。そのシンセサイザー兼デコーダーQSD-2のファンクション説明にある<4ディスクリートサウンド>はCompatible Discrete 4(CD-4)を意識した表現ですがQSの中身はRM matrix方式と同等とされています。クイーンの「オペラ座の夜」P-10075Eとオベーション社のQSテストレコード「SECTOR 4」も1976年当時デモ用に紹介されていました。LP「オペラ座の夜」は通常のステレオ盤だったと思うのですが、それをSURROUNDのポジションで聞くと<音の洪水>が聞こえたとのことです。Vario-Matrix回路は位相分別用IC(HA1327)とコントロールIC(HD3103P)とマトリックス用IC(HA1328)の3種類で構成されています。Vario-Matrixの内容は幾つかの特許の複合技術のようで山水電気による米国特許3982069の中に”vario-matrix decoder which produces four-channel output signals while varying combining ratios of input composite signals in accordance with instantaneous amplitude relationship between the directional audio input signals in the input composite signals to be decoded”の文言があります。セパレーションが良すぎるとかえって不自然な音になるので別の特許3952157では"A matrix four-channel decoding system wherein the mixing coefficients or mixing ratios of left and right composite signals of medium frequency range are continuously changed in accordance with the level conditions of directional audio input signals contained in the composite signals and the mixing coefficients or mixing ratios of the left and right composite signals of low and high frequency ranges are substantially fixed, thereby attaining the more natural four-channel reproduction."と述べており製品のセパレーションも対向チャンネル30dB隣接チャンネル20dBに抑えているそうです。これらの技術は後のDolby Systemにも引き継がれています(例えば4799260-1988 invented by Mandel etc and assigned to Dolby Laboratories Licensing Corporation: Variable Matrix Decoder)。

    CD-4の概念図:CD-4の録音特性は20kHz(実際には15kHz程度)まではRIAA録音特性、被変調信号20kHz-45kHzは定速度振幅録音特性(搬送波30kHzの基準レベル35.4mm/s)を基本として信号遅延補償や雑音除去補正を加える。45kHzまでの信号を刻むためにハーフスピードカッティングなど特殊技術を駆使し、再生針にはシバタ針など45kHzまでの再生能力を要求するものでした(普通の丸針では高域再生ロスが生じるのでサブキャリアを正確に再現できない)。優秀なカートリッジでも20kHzのセパレーションが20dBを達成することが困難なので音質的には満足できるものではなかった。通常のステレオ溝自体のセパレーションでさえ50Hz以下低域と10kHz以上高域では25dBを達成することが難しい(カッターのMFBの制限など機械的な理由によるものらしい)。

    同じdiscrete 4チャンネルでも日本コロムビアはUD-4と称していたそうです。イリノイ大学のCooper博士と日本コロムビアの技師によるクロストークと位相特性を改善した米国特許3989903-1976(日本特許出願 昭48-52077:特許番号1038313)もありましたが、「時すでに遅し」で4チャンネルブームは終わっていました。Cooper氏は米国特許3985978-1976Method and apparatus for control of FM beat distortion(日本特許出願 昭48-52075:特許番号1029887)にてUM-system (Universal Matrix System=UMX)を提唱しました。Duane H. Cooperの業績もAESの死亡記事一覧に載っています。

    米国のレコードカタログSchwann1973年12月号にはBert Whyteによる特別寄稿「Quadraphonic Sound Comes of Age」(4チャンネルサウンドの成熟期)が上質紙にカラープリントで載っていました。Bert Whyte(1920-1994)はMGMやRCAのレコーディングだけでなくHarry Belockと共にEverest Recordsを立ち上げ、Audio Magazineの副編集長でもありました。その文章には渦中の熱気が感じられます。米国ではRCAが採用したJVCのCD-4は当初1/3のスピードでしか30kHzのsubcarrierを満足にカッティングできなかったが、「最近ハーフスピードカッティング(16 2/3rpm)できるようになり低域の特性と全域の録音レベルが改善された」とあります。カタログにはハリウッドの舞台や鉄道列車の音などステレオの左右だけでなく奥行も表現できる4チャンネル音源が紹介されていました。4チャンネルの種類について次の文言がありました: For discs, there are 3 "matrix" systems (i.e. the encoding of front and rear channel information into the 2 walls of the standard stereo groove) among the labels listed below. These were developed by Columbia (SQ), Electro-Voice (EV), and Sansui (QS). Quadradisc (RCA) is a "discrete" system, with rear channel information superimposed as a carrier signal on the walls of the groove... All disc systems are compatible: that is, all quadraphonic discs will produce satisfactory 2-channel results on a conventional stereo phonograph with a standard stereo cartridge. Quad 8 tapes are in cartridge format, but have 4 discrete channels and must be played on special equipment: they are not compatible with standard 8-track cartridge tapes.当初CBSとEVはScheiber氏から特許使用を許可されレコードを製作したそうです。山水はレコードを作らなかったが、通常のステレオソースまでも4チャンネル再生できる機器を開発することで新境地を開きました(この再生法を楽しむ人は今でも居られるようですー至って健全で真っ当な楽しみ方だと思います)。

  9. 「長岡鉄男の日本オーディオ史 1950-82」(音楽之友社1993)とその続編「長岡鉄男の日本オーディオ史 アナログからデジタルへ」(音楽之友社1994)。彼一流の切り口で古いチラシ・カタログなど古い資料を紹介しながら、オーディオ機器の変遷からみた文化史になっています。鑑定団に登場する屑紙の収集家を思い出しました。価値はその道の人にしか分からない。その道が世間的に認知確立されていなければただの紙くずーそれでよいのだと思います。私はPSE付の「新しいごみ」を集めないようにしています。普通のオーディオマニアには「録音機能はいらない」とか、4チャンネル時代の混乱と後のサラウンドの関係などについての興味深い示唆もあります。4チャンネルの失敗は技術的な面よりも、録音側のホールエコーの処理や再生側Rear Speakerの配置・音量・位相などの問題の方が大きく、現在も解決されていない課題のように思えます(一方向からのごり押しの解決はできない)。映画の臨場感(ドルビーサラウンドシステム)と音楽の臨場感を同じに考えてよいのかも疑問です。録音手法と再生手法が一致するのが肝心なのです。現在ではビジュアルを入れない音楽鑑賞オンリーは少数派で偏狭なオーディオマニアということか?偏狭とマニアとは切り離せないものとも思われるのですが。。。モノラルの時代60年そしてステレオの時代60年、次はサラウンドもしくはsound mappingによる多チャンネルの時代と叫ばれていますが果たしてどうなるか?私には部屋などの関係からインターフェースで脳のシナプスに直接繋げる生体再生(現在の妥協案としてはサラウンドチェア)の方が普及実現性が高いと思います。4チャンネルでもうざかったのに多数のスピーカーを個人の部屋に点在して置くなど考えられません。オーディオ機器メーカーは個人の部屋を映画館や視聴室にしたいのでしょうか? オーディオマニアの中にはメーカーの目論見通りに考える人もいます。一方で私は生活の中の音楽を目指します。つまりオーディオは人それぞれ。ステレオ初期にモノラルが十分再生できていないのにステレオなんて、といわれたことがありました。サラウンドもリア・スピーカーの小型軽量化や天井から吊るす方法などに工夫があれば一般化し広い部屋の中心で音楽を楽しむ?時代が来るのかも知れません。現状のサウンドマッピングは真の立体3次元ではない特殊なものなので視聴範囲が限定されているようです。 因みに日本オーディオ協会(JAS)によって2010年から「デジタルホームシアター取り扱い技術者資格認定制度」が発足したのだそうです。

  10. David L. Morton Jr.: SOUND RECORDING (First published in 2004 and its paperback edition in 2006). エジソンやベルリナー以前の黎明期から始まって、Phonographの誕生や電話通信やトーキーや磁気録音の発展(パリ万博のV. PoulsenによるTelegraphone)を含めハイファイの登場やLP時代以降現在のオンライン音楽やコピー問題にいたる録音技術発展の歴史(個々の技術が如何に発明され、どのように受け入れられ発展し、そして終息し次のフォーマットや技術に変容したか)がアメリカの社会的背景の中で叙述されています。従って”The Life Story of a Technology”の副題が付けられています。ロック音楽録音について以下のように述べています(148頁):
    Often, two(or more) versions of a song were made, the first in one-channel (by then called "monophonic") sound for the single, and a second, stereo version created later for the LP.  Stereo effects on LP were often included simply as a gimmick to attract consumers to the higher priced album. Typically, stereo recordings of pop and rock singles were remixed version of the monophonic master tapes, so that the electric guitar track was put on one channel, the bass guitar on another, and the drums and vocals fed equally to both to make them seem to come from the center. They are not necessarily originally recorded in stereo. In other cases, recording engineers "panned" the sound of an instrument or voice from one speaker to another and back again, hoping to convey "psychedelic" sound that had become popular late in the 1960s. Such effects were clearly not related to high-fidelity sound, although they were achieved using hi-fi technology. 
    ステレオ録音とステレオ効果は別で、コンサートホールでの実演では指向性が弱まりレコードで聞く時ほど演者の位置は明確ではない(実演では音ではなく視覚によって位置を知覚している)。「ステレオ導入時にその錯覚(ステレオ効果)が魅力的で、音楽の楽しみを損なわないものだったので受け入れられた」と前段でMortonは述べています。
    歴史については個々の発明者や会社や製品にスポットが当てられますが、実際の歴史はもっと広範な社会状況と技術開発が関係しています。例えば電気録音及び再生については1920年代半ばベル研究所のMaxfieldとHarrisonの発明(AT&Tの子会社Western Electricが開発したレコード録音機)が知られていますが、それが実現できる前提として①ラッパ型ホーンによる吹込みの代わりにマイクロフォンの使用②多重マイクを使用する場合のミキサー③微細な信号を増幅する電気増幅器(3極管以上の真空管と増幅回路の開発)④loudspeaker等が必須です。電気録音に先行して1920年にラジオ放送が英米で開始されたがそれには既に電気録音に必要な機器が使われ始めていたので、1930年代には大半のラジオスタジオが現場でレコードを製作できる環境にあった。一般は電気再生ではなくサウンドボックスとラッパで聞いていた。ラジオも初めは鉱石ラジオでイヤホンで聞いていたが後にloudspeaker(moving coilを使用したdynamic speaker)をドライブするアンプ内蔵のラジオが普及して、そのアンプ部にレコード再生機を電気的に接続する事が一般化しました(電蓄の誕生)。1930年頃迄米国でも電気が通じていない家庭が多かった。従って電蓄の普及は米国でも1930年代後半以降でアンプ部を内蔵しloudspeakerを備えたラジオの普及が先行しています。ラジオ放送の時代を象徴する出来事として1934年米国Columbia RecordsがColumbia Broadcasting System(CBS)に吸収された。
    1929年のGreat Depressionはレコード産業にも多大な影響を与えたのでMortonは第九章The Crucial 1930sでWurlitzer/AMI/Seeburg/Rock-OlaなどのJukeboxが店内でのレコード消費と販売促進(聴いてからレコード店で購買)に寄与し1934年以降のレコード産業回復につながったとしています。coin-operated phonograph(後のJukebox)は1890年代からあったが1920年代の禁酒法時代に姿を消し(Deep Southで残存との噂もある)、1933年禁酒法(Prohibition)廃止後復活し大流行となった(1934年Wurlitzerの売り上げは5千台だったが1939年には3万台近くに跳ね上がった)。AMIのサイトによれば「jukeboxとjuke joint(ジュークボックスがある酒場)はミシシッピーデルタ(Deep Southの核心部)で各経営者が使っていたスラングだが、jukeboxとして宣伝販売したのはAMIのModel-A jukebox(1946年)が最初」とのことです。研究社の大英和辞典(1960)によるとjukeの語源は【Negro.Gullah juke-house roadhouse, (原義)house of prostitution, f.W-Afr.)】とありました。roadhouseは1920年代流行った郊外の街道沿いの旅館[居酒屋,ナイトクラブ]で禁酒法時代の米南部の情景が背景にある。
    1906年発表のVictrolaの成功はホーンを木製キャビネットに内蔵したことにより中流家庭の居間にふさわしかったことが指摘されています。確かに以前のホーンが飛び出したphonographはメカメカしい外観ですね。

  11. 井上敏也監修「レコードとレコード・プレーヤ」(ラジオ技術社1979)。日本ビクターの「設計の現場にたずさわっている技術者を動員して」まとめた本です。私のHPの読者からコピーを頂きました(HPを開いていて良かったと思う瞬間でした)ーこの古本の扉にはソニー芝浦図書室の受け入れスタンプ(1979.12-3)が押されソニー中央研究所により廃棄処分を受けた形跡があります。等価回路やシミュレーションについては山本氏のものと同様ですが、より設計現場に即した機器の詳細分析が盛り込まれています。

  12. P.Wilson & G.W.Webb共著の「Modern Gramophones and Electrical Reproducers」(1929)
    この記念碑的な1929年本を抄訳した日本のHPがあったのですが現在見当たりません。2014年ジャン平賀氏から1957年発行のP.Wilson著THE GRAMOPHONE HANDBOOKに続き1929年本もプレゼントされましたー有り難いことです。Gramophone MuseumにWilsonの業績と1929年本へのリンクがあります。初版と比べるとERRATAが追加されたが一部落丁しています⇒落丁部分の画像。見開き左側のはしがきにはCompton Mackenzie (The Gramohone誌の創設者)のサインがあります。
    見開き右側序論で述べているのは(①については落丁部分参照):
    ①電気録音が新しい流れ(channel)を作った。従来の流れ(機械的録音再生)ではレコードの普及は進んだが20世紀初めから四半世紀革新的なものは現れず進展は僅かだった(1925年が転回点になった)。
    ②電気インピーダンスを機械理論に応用すること(機械や音響の伝達を電気的な回路に置き換えて分析する等価回路)で技術的課題を解決し変換器(transducer)の改善に寄与した。注:pickupは振動を電気に変換(cutting headは逆)、soundboxは電気を介さず機械振動⇔音響でそのdiaphragmがスピーカーにもマイクにもなり、dynamic speakerは電気を音響に変える変換器です。

  13. 広い視野に立った本も重要ですレコードあれこれのページで紹介した図解音楽事典[白水社1989]は音楽史、音響心理学、解剖生理学、楽器など広い範囲を体系的に概説した本で、各専門書数冊分に相当するほど内容が詰め込まれています。

  14. ジャン平賀氏から紹介されたSeashoreのIn Search Of Beauty In Music - A Scientific Approach To Musical Esthetics (1947年初版)もまだ読み始めたばかりですが、音楽美についての広範な記述は今でも例が無く度々再版されており、私は2007年のpaperbackを入手しました。このpaperbackは印刷の質が悪く、新たに活版せずに既存の本をコピーしたもののようで、誰かの手書きのアンダーラインやドットが散見されます。この手の安物の本は初めてで驚きました。本もコピーの時代になったのかなぁ。この本は音楽美について多方面から論及していますが録音・編集・再生における是非(所謂オーディオ的なもの)についての言及は一言もありません。ただ188頁の一節に心惹かれました:"Differential hearing. It is a well-established fact that, in an average audience of intelligent people, some may be particularly sensitive to any one of the four attributes (pitch, intensity, time, and timbre), and at the same time be relatively insensitive to any one or more of these four basic capacities. The result is that each person hears music according to the peculiarity of his own ear..." 耳で聞くのではなく脳を介して聞いているのですから当たり前といえばそれまで。


オーディオ趣味に限って言うと私は天恵を受けていると感じます:見ず知らずの人から珍しいカートリッジやテストレコードや希少本を贈呈されたり、人に頼まれて資料を探していたら私自身が求めていた別の資料を発見したり、心に引っかかっていた疑問が読者の質問で解けたりしたことが度々ありました。心から「求めよ、さらば与えられん」は真実なんですね。心にアンテナを張っておくと意外なところからrevelationがあります。見たはずなのに気が付かなかったことに気づかされる。私は信心家ではありませんが、何かに導かれていると感じる時があります。教えることより私が教えられることが多いのですー逆に言うと私に関っても碌なことは得られません。それでもメールアドレスを公開していることもあって奇妙なメールが舞い込みます。内容はそれぞれ思い込みの激しい人からで、邦文カタログの翻訳依頼や資料依頼、米国の針関係で裏事情を知っていていずれ本に書くので誰にも話すなというゴシップにすぎない長話、教えても物にならないと思われる人物から日本の針の供給先を教えろという依頼、世界のアナログ製品を網羅記述するプロジェクトを提示し協力を求める人等。お門違いや噴飯ものが多いですが、私のページも大して変わらないので他人のことは言えないですね。古いカタログや広告や特許文書の翻訳では後に自分の資料になったものもあります。私のページの製作上の秘訣はpublic domainの特許文書を見つけたことにあります。雑誌やカタログや広告やレコードのジャケット等は本来著作権で保護されていますが、持っている人は無制限に使えると(知らずか或いは意図的に)誤解しています。最近は有料会員制のホームページが多く見られるようになりました。無料では「やってられない」と感じるのか、とても残念なことです。いくら興味深いサイトでも一定の羊の群れ(Group)に属したくない私がいます(囲い込みenclosureをmarketingと思っている連中に対しては私は寧ろstray sheepでありたい)。2チャンネルの投稿は玉石混交(brainstorming)で砂浜で玉を見つけることができない人にはどれも石にしか見えない。流れに関係なく唐突に場違いな真実が語られることが多いので、パズルを解くように後々あれのことかと分かったこともあり、その理解内容は私のページに一部取り込んでいます。

自ら注意すべきこと:古い記事を頼りに纏めた本や情報は間違いを繰り返すことで正しい事のように見えたりする場合があります。又、時を隔て(当時では当たり前の)事柄を曲解して伝えたり・時期の入れ替え・不適用のものにまで拡大適用してしまうことなどもあります。原テキストにかえって読むことが必要ですーその作業で自ら幾つか再発見したこともありますが、やはり自分の記事にも<不正確な記事>や<間違った理解>が含まれているのを恐れます。知識を詰め込むよりも理解力を高めた方が良いと思いますが、私の場合は過去の知識を頼りに理解力を養っている状態です。私は特許文書や論文のハイライトではなくその伏線に興味深い内容やヒントを発見することがよくあります。私が理解できない場合の要素:これは私自身の拙い文章にも当てはまります。

  1. 文章表現に問題があり、通常の用語とは別の定義で使われている(狭いグループで使われている用語≠学問的専門用語)。用語がほどんど定義されることなくボンヤリと各人で別様に理解されていることが多い。一体何を指しているのか仲間内でしか理解されず(暗黙の了解≠理解)、しかもその理解内容は各人各様。<ビニール焼け>や<太い低音>や<音場/sound stage>などの類。全くの部外者の無知よりも半可通の思い込み(彼等にとっての常識)の方が往々にして質(たち)が悪く、繰り返された誤解や誤認を解くことは困難。常に新たに考え直す姿勢が大事だと思います。 自分で考えるということは、ネットや雑誌から意見を収集(compilation)しその中から自分に都合の良い意見を選択することとは違います。意見の内容を追思考し吟味することが必要です。追思考を伴わない意見(コピペや引用)は例え結論として正しくても私は重要視しません。正解でなくとも追思考を伴った意見や筋道を私は尊重するようにしています。WIKIPEDIAや検索は便利ですが、それで分かったつもりになる・満足してしまう人が多いと感じます(WIKIPEDIAにはかなり怪しい記述が見受けられます)。便利なものに頼りすぎると人間そのものの知力・体力が劣化するように思います。人間の能力を補佐・拡張する簡便なものが発明と呼ばれます(例えば自転車は約5倍、自動車や電車は10倍以上時間当たりの移動距離が稼げます:体力が衰えると自転車は止めようと自覚できても、運転はなかなか手放しにくいようです:走る凶器とならないためには適性のない運転者を拒否する車を発明すべきですが商売上成り立ちません)。思い込み又は繰り返される誤認を私はshould-be biasと名付けています。でも世の中って半分はそのような仮想(expectant bias)で成り立っているのが現実だと思います。私も例外ではありません。

  2. 表現者自身が良く内容を理解していない(適切な表現をしていない)。

  3. 発言の背景(時代を含めた条件)を無視して、一部の言葉尻だけ捕らえると誤解を生む原因になります。発言者は承知のことでも聞いただけの者には発言の背景<限定要素>を想像し理解できる人はそう多くは居ません。

  4. 引用する場合は特に、オリジナルの文脈から切り離して自分の文章に繋げると引用文が全く反対の意味を持つ(誤解を生む)危険があります。なので<引用も個人的な理解の内>とトップページでは申しました。安直な引用を残念に思うことが度々です(自分のことは棚に上げて)。引用者は引用によって(自ら具体的に説明しないで)他人に委ねることをしますが、その他人がどういう背景でその発言をしたかを考える人は少ないと感じます。「高名な人」とその「一節」を無思慮に結びつけるのは正しくない(ゴシップにすぎない)のですが。。。誰某がこう言ったああ言ったと述べ、(自分自身は安全地帯に置いて)自らの理解内容を開示せず、聞いたことを繰り返すオウムのような人が多いと感じます。特に纏めサイトには注意(critical reading)が必要です。
    自戒の言葉:Compilation is not the work of science, but exhibiting the stream of thought conceived by somebody. Be careful about the sources of one's delusions.


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