インプットトランス式SEPPパワーアンプ

2012年4月3日公開

はじめに

外観写真

 古典回路である、インプットトランス式SEPP回路を採用したパワーアンプです。製作は2012年3月。第29作目のアンプです。

 インプットトランス式SEPP回路は、プッシュプル回路の一種で、入力トランスと2つの同極性のトランジスタによって構成されています。
 同極性のトランジスタでプッシュプル動作を実現する場合、入力には位相反転回路が必須となります。位相反転回路としてシンプルにトランスを使用したのが、本アンプで採用したインプットトランス式SEPP回路です。トランスの代わりに、能動素子を使った回路としては、CE分割式というのもあります。
 どちらもコンプリメンタリのパワートランジスタが製造できなかった60年代初期に採用された回路ですが、インプットトランス式においてはトランスによる特性劣化や高NFB化の困難、CE分割型においては回路が複雑な割に諸特性がいま一つといった問題があり、優秀なコンプリメンタリペアのパワートランジスタを製造できる現在では全く採用されることのない、言わば過ぎ去った過去の回路です。

 この回路を使う気になったのは、小学生のときに買った「初歩のトランジスタ技術」という本に載っていた、本格ステレオアンプの製作記事の回路がこの形式で、さぞ良い音がするのではといった当時の思いがあり、いつか試してみたいと考えていたためです。トランスが使われている、と言う所がこの回路の公式的な弱点ですが、トランスをふんだんに使っている真空管アンプの評価が高いことを思えば、トランスの使用はオーディオ的には案外弱点ではないのかもしれず、試してみる価値はあるように思われます。
 またデジタル化が進む現代にあっては、アナログパワーアンプ用コンプリメンタリペアのパワートランジスタの入手困難が危惧されます。同極性トランジスタだけでパワーアンプを製作できる回路があれば、オーディオ用コンプリメンタリペアのパワートランジスタが絶滅したとしても安心です。

 そんなかんなで、ようやくインプットトランス式SEPP回路について本腰を入れて検討し、パワーアンプとして完成させたのが本作品です。

 

回路

回路図

 回路は基本的には実験していたときのままですが、若干定数を変更しています。

 NFB抵抗は、マイナーNFB側を15kΩ、オーバーオールNFB側を22kΩとしました。また周波数特性における60kHz付近のピークを押さえるため、オペアンプの入力に1kΩと470pFからなるCRハイカットフィルターを挿入しました。

 オペアンプは一般的なLF411です。何か意図があっての採用ではなく、たまたま目に付いたので使っただけです。トランジスタは2SC372と2SD235を使いました。2SD235は少年時代にこれでアンプを組もうと購入し、その後ずっとパーツ箱に眠っていた石で、本機の回路と同様に夢の実現ということで採用しました。2SC372も当時の定番トランジスタということでチョイスしたものです。

 電源電圧は無信号時で±8.6V、最終的な出力は3Wです。本機はインプットトランス式SEPP回路の実地テスト的な感じで製作しているので、作りやすさを優先し、出力は控えめとしました。

 

製作

回路部写真

 使用パーツについては、オーディオ用ではなく一般的なパーツで製作しました。抵抗器は炭素皮膜抵抗、電解コンデンサも一般品です。ただあまり手を抜くのも何なので、NFB抵抗は金属皮膜抵抗を、入力カップリングコンデンサは松下のフィルムコンデンサを使用しました。

 本回路は増幅回路にトランスを使用しているため、電源トランスからの漏れ磁束の影響が懸念されます。なので電源トランスはトロイダル型を使うことにしました。また電源リップルの影響も大きく受ける回路なので、平滑コンデンサもスペースの許す限り増やすことにし、10000μFを4つ投入しています。整流ダイオードも一般品で、以前まとめ買いしたS2VBを使いました。スイッチ、LED、ボリュームなどはすべて部品箱に眠っていたものを活用しました。

内部写真

 回路は、ユニバーサル基板をつかって製作しました。ただ一般的な使い方と違って、銅箔面の方に部品をつけています。改良のしやすさを考えての配置だったのですが、実際にはそれほど配線しやすいと言うものではありませんでした。

 パワートランジスタはシャーシ底面に取り付け、シャーシを放熱板として使用するようにしました。出力が3W程度なので、これで十分です。

 ケースはリード社の一般向けアルミケースP−1型です。蓋が上になるように配置していますが、普通のネジで留めるとかっこ悪いので、手回しできるネジに交換しています。

 

特性

周波数特性

周波数特性

 負荷8Ωにおける、出力1V(=125mW)時の周波数特性を上図に示します。見てのとおり、60kHz付近にピークがありますが、入力部のハイカットフィルタである程度抑圧されています。


歪み率

ひずみ率

 本機の歪み率を右図に示します。
 実験のときよりNFBが少ないため歪み率はやや悪く、出力1Wで約0.5%程度の値となっています。この歪みを聞き分けられるかどうかは微妙な所です。


ダンピングファクター

 ON/OFF法によるダンピングファクターの値は3.4でした。終段がエミッタ接地であること、NFBを多く掛けれないことが相まって半導体アンプとしてはかなり悪く、スピーカーの制動への影響や、インピーダンス特性の音圧特性への影響が問題となる値です。

 

試聴(プラセボ入り)

 特性からすると、あまりよい音は期待できそうにありませんが、とにかく試聴してみました。DENONのPMA−390Vとの比較となります。
 一聴した感じではそれなりのHi−Fi音ですが、よく聞くと何か靄のかかったと言うか、大事なものが抜け落ちているような感じがしました。特に管弦楽曲で、主旋律以外を演奏している楽器の音がこもってしまい、アンサンブルの妙を感じることができません。最近製作しているアンプは、皆それぞれ性能を追い込んで作っていることもあり、音の違いを聴き取るのに苦労することが多いですが、このアンプの音は明らかに悪いと感じられました。なにより音に魅力がないことが致命的です。

 いろいろ苦労して設計・製作した割に、結果はいま一つという作品となってしまいました。回路的にはまだ改善の余地があるように思われます。ちょっと冷却期間をおいて、再びチャレンジしたいと思います。