前回検討した回路は歪み率が1%を割り、何とか使える領域にはありますが、Hi−Fiアンプを謳う以上、歪みをあと一歩減らしたいものです。そこでNFBをかけて特性改善を試みることにしました。
これまでは終段のみを検討してきましたが、NFBをかけるということで、トランスの前にオペアンプによる増幅回路を追加しました。
インプットトランスSEPP回路の作例では、前段はトランジスタ1〜2石の増幅回路とするのが一般的ですが、最適設計を行うのが面倒だったので、その辺の設計が簡単なオペアンプとしました。ただ知っての通りオペアンプのゲインは非常に高いので、上手にNFBをかけないと発振してしまいます。特に今回はNFBループにトランスが入ることになるので、さまざまな試行錯誤が必要になりそうです。
設計した回路を右に示します。オペアンプは一般的なLF411としました。NFBはオペアンプの出力からかけるマイナーNFBと、SEPPの出力からかけるオーバーオールのNFBからなる、多重帰還回路です。
またドライバ段と終段は直流的にはトランスによって分離されているので、オーバーオールNFBに無極性電解コンデンサを直列に挿入して、直流NFBがかからないようにしてあります。
RNF2を変化させたときの、増幅度の変化を示します。
RNF2 | ∞ | 10kΩ | 4.7kΩ |
利得 | 25.7dB | 16.4dB | 13.1dB |
NFB | 0dB | 9.3dB | 12.5dB |
全高調波歪み率を右に示します。
NFBにより歪み率が下がっていく様子がよく現れています。1Wで0.1%を割るところまでは行っていませんが、何とか及第点と言ったところでしょうか。
周波数特性を上に示します。
NFBをかけると70kHz付近に12dB程度のピークが出現します。トランスによる位相回転が原因と推察されます。
負荷が8オームの場合の矩形波応答波形を示します。右図は左図の横軸を拡大したものです。
周波数特性のピークに対応したリンギングが観測されています。ただ容量負荷(0.22μF)を並列に接続しても、リンギングにあまり変化はありません
左図は無負荷および容量負荷の時の矩形波応答特性です。
無負荷時のリンギングが最も大きいことが分かります。一方容量負荷の時も、決して良くはないですが、無負荷時よりは小さいという結果が得られました。
本回路の出力段はエミッタ接地であり、負荷抵抗によってゲインが変化し、負荷抵抗が∞(実際はトランジスタの出力抵抗によって制限される)となる無負荷時が最もゲインが大きくなります。無負荷時のリンギングが最も悪かったのは、オープンループゲインが大きくなった分、NFBの安定性が悪化したためと考えられます。
一方、容量負荷のみの場合に若干リンギングが減ったのは、負荷が接続されてオープンループゲインがその分減少し、NFBが若干安定になったと説明できます。
一般的に、アンプの出力に容量負荷が接続されると、アンプの出力抵抗との相互作用によって位相が回転し、リンギングが増加、すなわち発振しやすくなります。本回路の矩形波応答特性もかなりのリンギングが観測され、容量負荷に弱いように感じられますが、これはトランスの位相回転に由来するものなので、出力に容量負荷が接続されても直ちに発振はしないと考えられます。特に無負荷時においては、容量負荷によってオープンループゲインが下がり、むしろ安定化することを測定結果は示しています。
NFBによって歪み率を下げることはできましたが、トランスによる位相回転によりあまり多量のNFBをかけることができず、高々-12dBすなわち1/4程度の改善に留まりました。また予想されたとは言えNFBによる増幅器の不安定化が見られ、かなりのリンギングが観測されます。救いなのは、このリンギングが容量負荷の影響によるものではないということで、スピーカーとの接続時に直ちに発振することは無いと言う事です。
さて色々検討してきましたが、古典回路だけあって、性能を向上させるのはなかなか困難です。特性的にはあと一歩改善できればという思いもありますが、アンプの音は聞いて見なければ分からないので、この段階で完成したアンプとしてまとめてみる事にしました。こちらをどうぞ。